俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風

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最終話.俺が悪役令嬢になって、それから……

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 まず思ったのは、「身体が重い」だ。
 ついさっきまで、まとう肉体がなかったからだ。なんとも地に足のついた重さである。

 次に、「息が苦しい」。
 一度心臓が止まったはずだが、魔法な力で血液の保存と最低限の生命活動を維持していたのだろう肉体だが、それは「生かすため」の維持であって「動かすこと」の維持ではない。
 痛みや苦しさといったものを無視して無理やり心臓を動かし、呼吸させていただけに、動作するに足りるほど使用してない器官もあったのかもしれない。意図すると非常に呼吸しづらい。

 そして最後に、「身体が動かない」だ。
 死後硬直的なものだろうか。それとも動かしていなかったことの弊害だろうか。ゲーム通りなら、死んでから一週間後に蘇生したはずだが……

 俺は「向こうの世界」で鍛えてきた光魔法――無詠唱の『光の癒しライトヒール』を使用し、体調を整えた。
 詠唱時と比べて効果はかなり劣るが、スピードだけを求めるなら無詠唱は使いやすい。例外として口が利けない今とかなら尚更な。熟練度が上がるとこういうこともできるらしい。試したらできたし。やっぱ魔法は奥が深い。肉体強化みたいな裏技も多そうだしな。

「「――おおっ!?」」

 さっきまで死体だった身体が光ったからだろう、近くにいる連中が声を上げた。

 ――うむ、よし、これで動けるな。

 使っていなかった呼吸器官に違和感を覚え、軽く咳をしながら、石のベッド……祭壇に寝かされていた俺は、手を着いて上半身を起こした。

 頼りないロウソクの明かりで照らされた周囲……古めかしい石造りの教会を見回す。狭い部屋だ。二十人も入れば長椅子も埋まるだろう。
 ここは、学校の敷地内にある、大昔に使われていた教会だ。
 今や廃墟どころか、広大な敷地内のどこにあるかもわかっていない場所である。――アルカと魔王がデートで見つける場所なんだよな。

 俺から見て左は、信者や訪問者用の、備え付けの石の長椅子がある。

 何人かが座っていた。
 驚いた顔で、俺を見ていた。

 ――よかったな、アクロディリア。あいつらは間違いなく、おまえのために祈ってくれてた連中だぞ。まあおまえっつーか、俺のためでもあるけどな。……あるよな?

 俺にとっては五ヶ月ぶりの再会になる、ちょっと懐かしい連中がいた。いてくれた。……いなかったらどうしようかと思った。

 アルカ。
 キルフェコルト。
 クローナ。
 ラインラック。
 ヴァーサス。
 グラン。

 そして、レン。

 …………

 ……あと、あいつら……え? 三馬鹿じゃね? ……え? なんで? 会ってない攻略キャラがいないのはわかるけど、三馬鹿は関係なくねえ?

「「アクロ様!」」

 しかもメインのイケメンとか差し置いて、喜色満面で真っ先に駆けてきたんだけど! え、なんで!? ……あれ!? リアもいねえ!? あいつこの野郎! よくも自分が殺したくせに俺の前に顔をおっふっ!? 三馬鹿の当たりが思ったより強い!!

 三人の女子にもみくちゃにされた。抱かれたり抱きしめられたり泣かれたりした。……ハッ!? あのマイエンジェル・マリエルまで俺のために涙を……泣いてねえな。まったく冷静な子だよ。「わー」とか棒読みな歓声を漏らしているよ。それはそれで嬉しいけど。

 三馬鹿の激しい抱擁を受けながら、視線を右に向ける。

「……」

 少し疲れた表情の、赤い瞳のイケメン……今まさに「復活の秘術」を唱え、成功させた魔王ベルヴェルドが、冷めた瞳で俺を見ていた。ちーすベル様! 復活あざーす!

 ――うん、だいたい「アルカの復活」シーンと同じだな。予想外の奴らがいるとか、復活したのに攻略キャラが誰一人駆け寄ってこないとか、「シナリオ通りじゃない点」も多々あるが……まあそれこそ主人公と悪役令嬢の差という奴だろう。

「無事でよかった。……という言い方も少しおかしいか」

 三馬鹿がすすり泣きながらも少々落ち着いたところで、ようやくラインラックが腰を上げて近づいてきた。もちろん後ろにはヴァーサスも控えている。
 ……まあ、前に見た穏やかな表情だな。ゲームではアルカ復活に静かに涙した金髪王子だが、悪役令嬢の復活では泣いてくれないようだ。まあ男に泣かれても俺も困るが。

「よく戻ってきた。私も約束を果たすことができそうだ」

 約束? ……あ、料理か。そうだな、今度こそ果たしてもらうかな。

「――君たち。夜も遅い、今夜はこれくらいにしてそろそろ寮に戻ろう。私たちが送る」

 それにしても、さすがの気遣いである。このままじゃ何もできないので、ぜひ三馬鹿を連れて行ってくれ。……あ、そうだ。

「ちょっと待って」

 名残惜しそうに俺から離れ、背を向けた三人を呼び止める。

「三人とも、わたしのために祈ってくれてありがとう。また明日」

「「アクロ様!」」

 ――はい、また抱かれましたー。
 今この時にわざわざ言おうか言うまいか迷ったけど、今言わないとタイミングが難しくなりそうだったからな。

 ……それに、素直に嬉しいしな。
 アクロディリアのために泣いてくれる人がいる。それだけで心が満たされる。……ところでマリエルは今度こそ……泣いてねえな。チッ。冷静な子だよっ。




 今一度三馬鹿を落ち着かせて、今度こそラインラックとヴァーサスに三人を連れて行ってもらった。ふう……本当に予想外の連中がいたもんだ。

「すげえな。本当に生き返ったのか」

 今度は、クローナを従えたキルフェコルトが俺の前にやってきた。興味深そうにニヤニヤしながら。
 こいつもゲームでは「泣いてねえよ」とか言って涙ぐんでくれたんだが、どうやらアクロディリアでは無理らしい。

「人徳ですわ。果たして殿下が死んだら生き返れるかしら?」
「フン。おまえが生き返れたなら大丈夫だろ」

 まったくである。皮肉にもなりゃしねえ。こっちはきっと天使活動での好感度も掻き集めてようやく規定値達成、って感じだろうしな。
 
 いつも勝ち気で自信満々な俺様王子が、ふっと、顔を引き締めた。こいつには珍しい真面目な顔だ。

「――寝覚めの悪い日々から解放されたな。おまえみたいな奴でも、知り合いが死ぬのは悲しい」

 それもまったくだ。

「あら? わたしが死んで悲しかったの? でもわたしは殿下が死んでもきっと悲しくないわよ?」

 今度はこっちがニヤニヤして言うと、キルフェコルトはいつもの勝ち気な笑みを浮かべた。

「いや、おまえは絶対泣く。そんな奴だから俺は今ここにいるんだよ」

 わかったようなことを言うだけ言って、アニキは背を向けた。クローナは頭を下げ、後を追う。

 まあ泣くかどうかはわからないが、悲しいのは確かだろうな……いや、あいつがそう読んだなら、俺はたぶん泣くんだろうな。俺あんまり自分のことはわかんねえから。

 …………

 あいつには中身が違うことを……たぶん気づいちゃいるだろうけど、俺の口から話したいな。いつになるかはわからんが。




「フロントフロン様……」

 おう、今度は大盾の騎士見習いグランか。

「心配かけたわね」

 グランはまだなんか戸惑っているようだ。喜んでいいのかなんなのか、って感じで。あとさすがに取り巻きの女子はいない。さすがにここに連れてきてたら俺片っ端から張り倒してると思う。

「う、うん、心配っていうか、さ……」

 と、グランは頭を掻いた。

「……ついさっきなんだよね。俺がフロントフロン様が死んだって聞かされたの」

 は?

「で、なんだかよくわからないけど、今から生き返らせるから来いって言われてここにいるんだけど……」

 …………

 ああ、はい。そりゃそんな不承不承というか、何が何だかって感じにもなるわな。

 「死んだよ」
 「えー」
 「でもすぐ生き返るから手伝って」
 「えー」
 「生き返ったよ」
 「えー」

 ……ってことだろ。グランからすれば。なんなんだよこの一連の流れ、って思うわな。俺がグランの立場でも戸惑うばかりだと思うわ。

 うん、まあ、アレだな。

「もう気にしなくていいと思うわ。というか、気にしたところで何もないから」
「あ、それでいいんだ……」

 生き返った本人が「気にすんな」と言っていることがグラン的には気にかかったようだが、昔の青汁張りに苦み走ったこの出来事は、色々納得できないまま無理やり飲み込む方向で行くようだ。
 かなり大変なことが起こったはずなのにな。
 戸惑う気持ちわかるわー。

「あの……じゃあ、また訓練で」

 頭を捻りながら、グランは行ってしまった。……今言っても戸惑うばかりだろうから、落ち着いたら祈ってくれたお礼を言おう。




「――リア。来い」

 すっかり人が減ってしまったこの場で、ようやく魔王が動いた。この度の元凶であり犯人である配下のリア・グレイ――第二魔将軍リアジェイルを呼んだ。ちなみに学生バージョンである。赤髪の色っぽいねーちゃんバージョンではない。
 
「…………」
「…………」

 歩み寄ってきた小さな少女は、無表情で俺を見る。そして俺もじーっとリアを見る。

 ……このままじゃ埒があかないので、俺から切り出すことにした。

「人違いよね?」
「うん」

 うわ、こいつ気軽に頷きやがった。人違いで殺したこと認めやがった。ダメじゃね? こんな軽く肯定するのダメじゃね?

「ごめん」

 うわ、しかも気軽に謝りやがった! ダメじゃね!? さすがにダメじゃね!? 殺しといて「ごめん」の一言で済むわけなくね!?

「光属性持ちの女……まさかあっちの地味で華がない女の方だとは思わなかった」

 リアは「あっち」と言いながら、まだ椅子に座っているアルカを差す。急にディスられたアルカは苦笑いである。

「……その様子だと、納得したの?」

 魔王に近づく女、と勘違いして殺されたアクロディリア。
 これがもし勘違いせず、アルカだったと認識したら。

 アクロディリアおれが死んで一週間が経っている。
 リアも真実を知り、その上でアルカに対して何らかの答えを出しているはずだ。俺はその答えで殺されたけどな!

「納得はいかない」

 はっきり言い切ったリアの瞳には、初めて怒りの感情らしきものが見えた。ついでにかすかな闇の魔力も感じた。……なるほど、やはりこれは仮の姿か。

「……でも、我が主が手を出すなと。勘違いで人を殺したという負い目から聞き入れるしかない……」

 そうかい。そうかいそうかい。あーそう。

「ざまーみろ!」
「っ!?」
「アルカと先生は結婚するね! 周囲の反対を押し切って結婚するね! 子供も生まれるね!」
「…っ!?」
「子供の名前はどんなかな!? 二人の名前を掛け合わせるのかな!? アルベルかな!?」
「……ダサ」

 ……この傾向とこの勢いとこのノリで、まさかの一言でこっちが傷つくという不思議な現象が起こった。
 ……非リアに「ダサい」は一番手軽でかなり効果的な言葉のナイフなんだぞ……簡単に言葉の暴力を振るいやがって……俺の発言はまだ優しいでしょ! ビンタくらいでしょ! なんで刃物レベルで反撃するの!?

「あなたわたし殺したじゃない! 少しは責めさせなさいよ!」

 あと魔王! 先生! いくらアルカが好きだからって落差が露骨だよ!
 アルカが死んだ時はガステン瞬殺してるのに、アクロディリアおれが死んだ時は部下のお叱りこんなもんかよ!? え、何!? 「ダメだそ(コツン)」「てへっ」とか、そんな軽いノリで済ませたんじゃねえだろうな!? 人が死んでるんですよ!

 ……はあ。もういいや。

 そう、こいつに対しての怒りみたいなものは、実はあんまりないのだ。
 夢の中でも何度も殺されたが、夏休みの最中にようやく反撃できたしな夢の中ではリベンジに成功している。……まあ夢の中での出来事だけど。

「もう行きなさいよ。言っとくけど、これで終わりじゃないから」
「わかった。償いは身体でする」

 か、からだで……? え、それはどういう意味……ダメだ!! よりによってレンがいるこの場では何も言えない!!

 俺の知的好奇心を最大限煽っておいて、リアはすたすたと教会から出て行った。身体で……なんという魅惑の言葉だろう……




「――ハイロゥに会ったな?」

 知的好奇心が妄想に直行しようとする中、今度は魔王ベルヴェルドが声を掛けてきた。実はずっと傍にいたんだよね。

「まさか奴が魂をこちらに送るとはな……どんな取引をした?」

 それは……って、魔王は勘違いをしているようだ。俺は死んだ扱いにはならなかったから、ハイロゥの管轄下には入らなかったのだ。
 そう、冥路の貴婦人ハイロゥのことを知っているなら、彼女が「死者と取引をしない」ということは知っているだろう。
 魔王はそれを知っていて……あ、そういうことか。

「復活すると思ってませんでした?」

 俺の質問に、魔王は即座に頷いた。

「うむ。反魂の術はそれなりに数と種類があるが、結局最後に問われるのは『魂の有無』になる。魂が奴の下になければ復活する可能性は高いが、そうじゃなければ奴と取引をする必要がある。『魂をよこせ』とな」

 そうなのか。
 まあこの通りなわけだし、「この世界」では人が生き返ることも、なくはないのか。ただ魔王の口ぶりからすると、可能性自体は低いみたいだが。

「ちなみに先生から取引しようとは思わなかったんですか?」
「世界を超えるだけの力が足りない」

 ……そうか。ベル様も魔王とは言え、なんか世界各地に力が散り散りになってるらしいからな。まだ万全ではない、という設定だったっけ。

「まあハイロゥのことはいい。それより貴様、余のことを知っているな?」

 余? ……あ、そうか。俺はまだ先生=魔王ってのを知らないことになってるからな。察するに、今の口調は魔王時代の本来のアレだな。確かゲーム終盤でも変わってきてたよな。

「ハイロゥさんが教えてくれました」

 これは嘘ですけどね! ゲームで知りましたけど!
 だが「どこまで知ってる」とか「なぜ聞いた?」とか深く突っ込まれる前に、話を変えよう。

「先生、生き返らせてくれてありがとうございます」
「……いや、余の下僕が迷惑をかけた。先のことは判らないが、余は人と対立する気はない」

 うん、それも知ってまーす! 本来ならアルカに言うセリフだもんな!

「少しくらいは悪いと思ってます?」
「うむ。出来る償いならする」

 よし、言質ゲット!

 ――今ここで問題なのは、俺がフラグを横取りしたことだ。

 ゲームでは「アルカの死でベルヴェルドの心境が変化し、かつ己の気持ちに気づく」のだ。そのフラグを俺が奪った形になってしまったので、改めて立て直す必要がある。

 要するに、俺はキューピッドをやらなければいけないわけだ。俺にはアルカと魔王の恋愛事情を邪魔する気なんてないし、魔王はともかくアルカには幸せになってほしいからな。

「先生」

 アルカには聞こえないよう声を潜め、ささやくように告げた。

この事故・・・・は、先生とアルカさんの関係が曖昧だから起こったことです。今後二度とこういうことが起きないよう、先生の本心をアルカさんに伝え、二人の関係をはっきりさせてください。
 わたしに償う気があるというなら、ぜひそうしてください」

 俺の要求はかなり予想外だったようで、いつも言いようのない威厳を保つ魔王の無表情が、初めて曇った。

「……余の、本心だと……?」

 これ以上言うのは野暮である。あとは本人に任せよう。




 来る者がようやくいなくなったので、俺はやっと石の祭壇から降りることができた。
 そういえば、今の俺の格好は、靴も履きっぱなしの制服姿である。さすがにマントは外されているようだが。よく見ると、リアに刺された時の制服の穴も開いているな。死んだあの時からこの恰好だったのかもしれない。

「ヨウ君……」

 屈伸したり腕を伸ばしたりして身体の調子を確かめていると、アルカがやってきた。これまたグランと同じくらい戸惑っている感じだ。

「……ごめんね。私の身代わりでこんなことになって……」

 うん。実行犯よりこいつの方が罪悪感ありそうな辺り、人間性が如実に出ていると思う。リアはダメだ。あいつは……あいつには身体で償ってもらうからな! 身体で! ……やべえすげえワクワクする!

「アルカ」

 俺は静かに呼びかける。

「あの時も言ったよな?」
「え……?」
「おまえが無事ならそれでいい」

 本当にな。マジでな。
 だから俺はリアに対してそこまで怒りはないのだ。むしろアルカ殺してたら絶対に許してないし、許す気もない。
 それどころか、アルカの代わりに死ねたのなら、それはそれで本望だとも思っていた。まあ死にたかったわけではないけどな! それとこれとは違う話だけどな!

 俺が男なら、たぶん好きになってる。そしてレンとの狭間で男心が揺れている。
 俺はこのアルカ・・・・・が大好きだ。

 ……ハーレムルートのアルカは大嫌いだけどな。

 こいつはたぶん大丈夫だとは思うが……でも、ここからどっちにも行けるだけに……
 いや、好感度だけ見るなら、王子連中は全然足りないはずだが……いやでも油断は…………まあいいか! ここで考えててもどうにもならん!

 それより俺は、他に言うべきことがある。

「アルカ、先生好きだろ?」
「えっ、……えっ!? 急に何!?」

 さっと顔が赤くなった。わかりやすいにも程があるだろ……

 俺は、おろおろキョロキョロ動揺しまくりのアルカと擦れ違い様、こちらにも囁いておいた。

「――もし俺に悪いと思うなら、今すぐ先生に告白しろ。おまえらの関係がはっきりしないから、こういう事故が起こったんだよ。色々懸念もあるだろうけど、そういうのは全部抜きで、本心だけ話せ。今だぞ」

 そのまま通り過ぎる。
 アルカは振り返ったのか、それとも向こうにいる魔王を見ているのかは、わからない。

 だが、きっと俺たちが行ったあと、何かが起こるのだろう。起こるはずだ。こう……覗き見したいアレコレが! もしかして様々な大人の階段を二段三段飛ばしであんなことをっ……イヤッ! アルカのスケベ! 淫獣め! もっとやれ!

 ……なんて俗なことを、さっきまで死んでいた悪役令嬢が思っているとは誰も思うまい。

「――行きましょう」
「――はい」

 座っていた椅子から動かず控えていたレンにはそれだけ言い、レンも短く答え……俺たちは古い教会を出た。




 会話はなかった。
 森の奥にある出入り口から出て、少し欠けた月明かりと星明かりを頼りに、少し遠くに見える寮を目指す。

 本当に、会話はなかった。
 俺はただ歩き、レンは後ろから付いてくる。それだけだ。

 ――まあ正直、なんか色々話したいことはたくさんあったのだが、なんだかうまく言葉が出てくれない。

 死んだ言い訳とか、勝手に死んでごめんとか、護衛なしで外に出て悪かったとか。フロントフロン家には伝えたのか、とか。なんか思いつくのは八割方謝ることばっかだ。

 何を言っても白々しいというか、薄っぺらいというか、なんというか。そう思うと何も言えない。
 元々俺の発言なんて薄っぺらいもんばっかのくせにな。

 でも、この時間は、そんなに嫌いじゃない。
 またレンと共に歩きたい、そしてレンの護衛としての責任問題を軽減したい。そう思っていた。

 俺の心残りの一つは、今、執行されている。

 まあレンの方が何を思っているかは、本当にわからないが。……「こいつ殴りてーなー」とか思ってるかもしれない。何勝手に死んでんの? とか。
 ……怖え。レンの殺気とか久々だから、漏らすくらいビビッちゃうかもなぁ。




 見慣れた――だが俺にとっては五ヶ月ぶりの寮に戻ってきた。
 月の欠け方からして、やはり俺が死んでから一週間してから「復活の秘術」が行われたのだろうと思う。死んだの満月の夜だったからな。

 外出時間を余裕で過ぎているような深夜である。俺とレンは足音を消し、静かに、そして速やかに自室へと滑り込んだ。

「ふう……」

 匂いだか雰囲気だかわからないが、何も変わってない。とにかくほっとした。

 本当に生き返ったんだな。
 帰ってきたんだな。

 ここに来て、ようやく強く実感することができた。
 部屋は、あの夜、俺が抜け出した時のままだ。何も変化はない、と思う。

 ここでなら、あの時と同じように、気楽にレンと話ができる気がする。

 少しだけ緊張し、しかしずっとずっと呼びたかったその名前を、ようやく呼ぶ。

「レン」

 返事はなかった。
 返事は、なかった。

「――あなたは何をやってるんですか……!」

 返事の代わりに、背中に、すがられた。
 震える声と震える身体に、俺の心はひどく乱された。

「私のいないところで死なないで! 私より先に死なないで! あなたがいなくなったら、私はどうしたらいいんですか!」

 ……あ、うん。

「……ごめん。ごめんな」

 もうそれだけしか言えなかった。

 ここまで想われているとは、思わなかった。
 嫌われちゃいないとは思っていたけど、泣かれるほどレンの心に俺が住んでいるとは、思わなかった。

 ボッコボコにされた方がまだ気が楽だ。

 つらい。
 大切な人に泣かれるのは、本当につらい。




 しばらくそのままでいて、落ち着いたらしきレンは離れた。
 一度顔を洗ってくると行って部屋を出ていき、戻ってきたら怒涛のように怒りの声と小言と質問を浴びせられた。「そんな君も嫌いじゃないよ!」って言ったら殴られた。戻ってきたんだな、とすごく実感した。

 そんなこんなで空が白むまで話をし――どくん、と俺の中の魔力が強く鼓動を打った。気づけ、と言わんばかりに。
 この感覚は、天堂先輩とディスオラから餞別に貰った魔力か。

 ……あ、そうか! 大事なことを忘れていた!

「レン」
「まだ説教は終わってません」

 あ、はーい。……いやいや待て待て。

「それはあとで聞く。それより先に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
「なんですか? 些細なことなら続行ですからね」

 あ、はーい。……いやいや些細じゃねえよ。ものっすごく大事なことだよ。
 まず……そうだな、事前に言っておくべきだな。いきなり出したらそれこそ驚くからな。

「文句はたくさんあると思うけど、俺が死んだことは無駄じゃなかったんだよ」
「それは殴られたいという意味ですか? いくら生き返ったからと、死を安易に考えすぎでは? 護衛としてそういう考えた方は感心しませんね」

 ……やべえな。完全に説教スイッチ入っちゃってるな。普段のお小言がままごとに思えるほど持続性も内容も段違いだ。

 いや、でも、これは本当に大事な大事なことなのだ。

「アクロディリアを見つけたんだ。本物のアクロディリアの魂を」
「……は?」

 よかった。さすがに説教スイッチが切れた。
 細かいことはあとにするとして、本題だけ伝えておく。

「あいつ死んだことになってたみたいでな。俺が経由してきた『死の世界』にいたよ」
「アクロディリア様が? 死んだことに?」

 訝しげなレンだが、事実である。……まあ俺も、事情を知らないで話だけ聞けば眉唾もんだわな。信じなくても仕方ないな。突拍子もない話だしな。

「正確にはまたちょっと違うみたいだけど、とにかくそこにいたんだよ。で、なんか罪を犯した者が、己と罪に向き合う罰みたいなものを受けてたみたいでね」
「……もしや『冥路』ですか?」

 お?

「知ってるの?」
「ええ、有名な『死の世界』の話ですから。皆知っていると思いますよ」

 ふうん……俺らの世界で言うと、「血の池地獄」とか「針地獄」とか「閻魔」とか、その辺の少し突っ込んだレベルの知識なのかもな。

「そうですか、アクロディリア様が罰を……」

 何やらかしたのかは俺にもわからないが、きっと人間の法律なんかとは違う概念での罪だからな。何がどういう基準なのかとかサッパリだ。
 まあでも、アクロディリアの性格の悪さからして、知らずに色々やっちゃったんだろうな、とは思う。簡単に想像が付く。

「それで、アクロディリア様は?」
「それなんだけど、入る肉体も預かってきてる。今から出すけど、驚くなよ」

 やり方を聞いたわけじゃないが、感覚としてわかるのだ。魔力を体外に放出する感覚で行けるはずだ。

 ――果たして、部屋には第三の人物……赤いドレスの少女が現れた。よかった、ちゃんと出せた。

「おっと」

 魔力でも動かせるはずだが、そこまではやり方がわからない。倒れそうになった人形を抱えて、今まで俺が座っていた椅子に座らせた。

「綺麗な子ですね」
「一応神が作った身体らしい。だから手荒なことしないでってさ」

 元傾国の美姫だった神がモデルになってるんだよ、とは言わなかった。だって嘘臭いから。

「で、アクロディリアの魂を入れる、と……」




 開きっぱなしだった灰色の瞳がかすかに揺れた。
 ゆっくりと瞬きし、周囲を見る。こいつ……動くぞ! ……まあ動かない方が問題なのだが。

「アクロディリア様……?」

 人形が座る椅子の傍らにしゃがみこみ、視線を合わせているレンが呼びかける。

 と――

 どこかはっきりしなかった人形の瞳が、くわっと見開かれた。

「レン!」
「は、はい」
「ごめんなさい!」
「は……?」

 ――アクロディリアの第一声は、レンへの謝罪でした。





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