無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン

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不穏

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 ブリュンヒルデの言葉に、レオンは肩をすくめて返した。
 それは色々な意味で正しくはなかったからだ。

「あくまでも、候補、ですよ。それに厳密には、リーゼロッテが僕の、って言うべきですしね」

 ただ、その部分を除けば、正しい言葉でもある。

 そう、確かにリーゼロッテは、レオンの元婚約者候補であった。
 そもそも幾度か会ったことがあったのも、どちらかと言えばそういう理由によるものだったのである。
 同じ公爵家であり、両家にはそれなりの交友関係があったこともあって、当時そんな話が持ち上がっていたのだ。

 尚、候補止まりだったのは、まだ貴族として表に出れない頃の話であったためである。
 貴族として周知されていないというのに、婚約者も何もあったものではない、というわけだ。

 レオンが主体だったのは、その時点で既にレオンが次期当主扱いされていたからで――

「あら、それほど違いはないでしょう? 貴方に何事もなかったとしても、どの道解消されていたでしょうことも含めて」

「まあ、確かにその通りではあるんですが……」

 リーゼロッテが候補とはいえレオンの婚約者扱いされていた時期があるというのは、あくまでもリーゼロッテが爵位を継ぐこととは無縁と思われていたからだ。
 しかし今ではリーゼロッテは次期当主ということになっており、何事もなかったらレオンも次期当主だったのである。
 公爵家の当主同士が結婚するということはさすがに有り得ないため、レオンのことがなくともどうせそのうち解消されてしまっていたことだった、というわけだ。

 だがそれは自然とリーゼロッテが次期当主になったことに触れてしまう内容であるため、デリケートと言えばデリケートな話題である。
 まさかブリュンヒルデの方が触れてくるとは思わず、僅かに驚いてしまうが、そんなレオンの心境を読んだようにブリュンヒルデは苦笑を浮かべた。

「ふふ、私の方からこの話題を振るとは思わなかった、って顔ね?」

「いえ……ええ、まあ、それは……」

 一瞬否定しかけたものの、ブリュンヒルデの様子からその必要はなさそうだと判断し肯定する。
 するとその判断は正しかったのか、ブリュンヒルデはさらに苦笑を深めた。

「その様子からすると、私達のことは知っているみたいね?」

「まあある程度は。……逆にこっちからも聞きますが、リーゼロッテとのことはあまり気にしてない感じなんですかね?」

「……踏み込むわね?」

「聞いても大丈夫そうだと判断出来たもので」

 そう答えると、今度はブリュンヒルデが肩をすくめた。
 ただブリュンヒルデのそれは、肯定の意だったようである。

「……ま、もちろん何とも思わないってことはないわよ? 私はこれでも、次期公爵家当主らしくあろうと精一杯努力してきたつもりだもの。……だけど、だからこそ分かってもいるのよ。世の中には、頑張ったからといって報われることばかりじゃない……むしろ報われる方が少ないんだって。そもそも、誰が悪いわけでもないんだもの。恨んだりしたところでそれは筋違いだし、無駄でしかないでしょ?」

「……リーゼロッテは、そう思ってなさそうですが?」

 直接聞いたわけではないが、多分そうだ。
 でなければ、たとえ家のことで色々な可能性が考えられようとも、あそこまで露骨に避けたりはしないだろう。

「それはまあ、仕方ないことだと思うわ。あの娘には色々な重圧がかかってるでしょうし、そのことは私だからこそよく分かる……いえ、私よりも期待されているということを考えれば、私の頃以上に大変でしょうしね。それが分かるから、私はあの娘が心配なのよ」

「……そうですか」

 少なくとも、その言葉には嘘がないように思えた。
 もしも嘘であったのならば、相手の方が上手だったということだろう。

「もしよければ、今の言葉伝えておきましょうか? 傍から見ている限りだと、ろくに話すことも出来ていなさそうですし」

 そんなことを口にしたのもそれが理由なのだが、ブリュンヒルデとしては予想外だったらしい。
 軽く目を見開き、しかし結局苦笑と共に首を横に振った。

「いえ、止めておいてちょうだい。私は確かにあの娘の助けになりたいと思ってるし、だからここに来たんだけど……それでも、完全にあの娘の味方って言える立場でもないから。あの娘が警戒するのは正しいし、余計な迷いを与えたくもないもの」

「……分かりました」

 完全に納得しているわけではないが、本人がそう言うのであれば従うしかあるまい。

 と、そんな不満を感じ取ったのか、ブリュンヒルデは話を切り上げるように、さて、と呟いた。

「ごめんなさいね、余計な話をしちゃって。何か用事があってここに来たんでしょう?」

「確かに用があってここには来ましたが、半ば暇潰しみたいなものなので、別に問題はないですよ。どうせ昼食後の授業でも同じことをすることになるでしょうし」

「……そう。でもそれでも、私が若い子の時間を奪っちゃったことに変わりはないもの」

「いや、若い子って……ブリュンヒルデ先生も十分若いですよね」

「ふふ、お世辞でもそう言ってもらえるのは嬉しいわね。……それにしても、先生、か。そうよね、そう呼ばれる立場になったんだものね……」

 それは独り言だったのだろうが、妙に真剣な様子に見えた。

「先生……?」

「あ、いえ、ごめんなさい。何でもないわ」

「そうですか……? それよりも、むしろ邪魔したのは僕の方な気がするんですが。先生こそ用もなくここにいたわけじゃありませんよね?」

「私のはただの待ち合わせのようなものだから、気を使う必要はないわよ? むしろ私の暇潰しに付き合わせちゃったようなものだし。本当にごめんなさいね」

「いえ、ですから、別に問題はありませんって」

 とはいえ、待ち合わせだというのならば、とっとと去っておいた方がいいだろう。
 あまり長居をしていたら、本当にレオンの方が邪魔をすることになってしまいそうだ。

「まあ、ですがそういうことなら、邪魔にならないうちに僕はお暇するとしますね」

「別に気にする必要はないんだけど、まあ貴方にも都合はあるものね。じゃあ、また」

「はい、それじゃあ、また」

 そうして頭を下げると、訓練場の方へと歩き出す。
 と。

「……そうだわ。最後に一つだけ聞いておきたいのだけど」

「はい? 何ですか?」

 足を止め、振り返るが、ブリュンヒルデはレオンの方を向いてはいなかった。

 それでも、意識だけは向けられているということが分かる様子で、続けて口を開く。

「――貴方は、あの娘の味方かしら?」

 質問の意図は読めなかったが、それが真剣なものであるのは分かった。
 だからレオンも真剣に考えた上で、言葉を告げる。

「……そうですね、そのつもりです。まあ、少なくとも、彼女の身に何か危機が迫るようなことがあれば、無条件で助けに行こうかと思う程度には」

「そう……なら、安心かしらね」

 話は終わりとばかりに、それ以上の言葉が続くことはなかった。
 何とも意味深な言葉ではあったが、尋ねても無駄だろうということは分かる。
 こちらを見てはいなかったが、もう一度小さく頭を下げ、今度こそ訓練場の方へと向かった。

 そのまま足を進め、ふと振り返るが、ブリュンヒルデは前を向いたままだ。
 その姿を眺めながら、偶然ではあったものの、話せてよかったなと思う。
 何となくそうなのではないかと思ってはいたが、リーゼロッテの考えすぎでしかなかったということが分かったからだ。

 ブリュンヒルデはああ言っていたものの、そのうち折りをみてさり気なく伝えてみようか、などとも思い――そんな時のことであった。

「――首尾は、順調――」

「――で、もうすぐ――」

 不意に誰かが話しているような声が聞こえたのだ。

 それが気になったのは、囁くような声だったからである。
 遠くの声だからそう聞こえたというよりは、内緒話をしているかのようで――

「――あの防御魔法しか――無能――早く――」

「――分かって――売る――便宜――」

 何となく耳を澄ませてしまった瞬間、そんな言葉を耳が拾った。

 反射的に足を止め、声の出所を探るために周囲へと意識を向ける。
 しかしそれを捉えるよりも早く、声は聞こえなくなってしまった。

 思わず舌打ちを漏らす。

「今の聞こえた言葉……ただの考えすぎならいいんだけど……」

 だがそこから自然と連想されるのは、やはりリーゼロッテだ。
 しかも売るとかいう物騒な単語まで聞こえてしまった。
 この学院の中でそうそう変なことがあるとは思えないが……一応警戒しておいた方がいいのかもしれない。

 ブリュンヒルデにも一応伝えておこうかと思ったものの、思ったよりも集中していたのか、先ほどの場所に戻ったところでブリュンヒルデの姿は既になかった。
 待ち人が来て既にどこかへと行ってしまったのだろう。

 まあ、元々何の確証もない、半ば妄想じみたものである。
 過度に警戒しすぎるのもアレだし、一先ずはザーラにそれとなく伝えておけばいいだろうか。

 そんなことを考えながら、レオンはとりあえずその場から離れ……しかし、過度な警戒をするぐらいでちょうどよかったのかもしれない。
 その後の昼食に、リーゼロッテはついぞ姿を見せることはなかったのであった。
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