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再封印
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早いもので、ユーリアがFクラスと共に訓練場に行くようになって十日が経とうとしていた。
それはつまりユーリアが従士を得てからそれだけが経ったということでもある。
正直なところ、慣れているかいないかで言えば、まったく慣れていない。
Fクラスの人と……あの人と同じ場所にいることはさすがに多少は慣れ、不自然ではない程度の振る舞いは出来るようになったとは思うものの、他人がすぐ近くにいるということに対する慣れは全然だ。
騎士の人達はよくこれが気にならないものだと、感心にも似たものを覚える毎日である。
あるいは、魔力の相性がよければまた違うのかもしれない。
魔力というのはその人を形作る根源的な要素の一つだと言われているものだ。
魔力の相性がいいということは人としての相性がいいということでもあり、騎士と従士が恋人や夫婦になることが多いのはそういったことも関係していると言われている。
それが本当なのかは分からないが……アロイスとユーリアの相性があまりよくないということだけは少なくとも合っているのだろう。
明確に言葉に出来るものではない、感覚的なものでしかないのだが、そうなのだろうということだけは分かるからだ。
別にアロイスが嫌いというわけではない。
穏やかで優しく、いつだって気を使ってくれているのが分かる。
人としてはいい人だと思うし、従士としての役目を果たそうとするのにも積極的だ。
従士だからといって騎士に従順とは限らないらしいので、それを考えれば、従士としても悪くはないのかもしれない。
だがそういったことを理解できるのに、どうにも近くにいられると落ち着かないのだ。
苦手、というのが一番近いかもしれない。
具体的にどこがというわけではないのだが、だからこそ感覚的なもので、相性はあまりよくないのだろうとも思うのだ。
本音を言ってしまうのであれば、変更したいほどである。
というか……実のところアロイス以上に相性のいい人はいたのだ。
ユーリアは境遇のせいもあって魔力の波長が特殊らしいが、それでも平均的な変換効率を得られそうな相手を先日の『お見合い』の場で見つけることが出来たのである。
しかし、残念なことにその者はDクラスであった。
従士にはなれない可能性が高く、選ぶには不適切だったのである。
あるいはそれでも、先のことを考えるのであればその人を従士とすべきだったのかもしれない。
変換効率が悪いということは、それだけ必要な魔力が増えるということで、逆もまたしかりである。
効率は平均的とはいえ、他が悪いということを考えれば、相対的には魔力の絶対量は少なくとも問題ないということになるのだ。
そもそも王立学院に入学出来る程度には優秀なのである。
ユーリア専属の従士と考えれば、決して有り得ない選択肢ではなかった。
だが、それが有り得るのは先のことを想定した場合のみだ。
要するに、最終的にはその人を従士にするのが最善ということになるが、今の時点ではそうではないということである。
しかしユーリアには、一刻も早く現状の二倍ほどの魔力が使えるようになる必要があった。
そして今の時点でその可能性を持っていたのは、アロイスだけだったのである。
とはいえ、アロイスで何が問題かと言えば、結局のところはユーリアの個人的なことでしかない。
ユーリアが我慢すればいいだけなのだから、問題はなかった。
「……一部とはいえ、魔王が復活してしまうかもしれない可能性を考えれば、私個人のことなど些事でしかありませんからね」
と、そんなことを呟いた時のことであった。
人の気配を感じ視線を向ければ、そこにいたのは件のアロイスだ。
相変わらず柔和な笑みを浮かべている姿は、ある意味この状況に相応しくはない。
そんなことを考えてしまうのも相性がよくないからなのだろうか、などと思っている間に、アロイスは近付いてきた。
やはりいつも通りに、その頭を下げる。
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、私が早く来れたというだけですから。気にしないでください」
「そう言っていただけますと助かります。っと、挨拶がまだでしたね。こんばんわ、ユーリア様。先ほどぶりですね」
「はい。こんばんわ、アロイスさん。そうですね、先ほどぶりです」
そう言葉を返しつつも、ユーリアがそこで首を傾げたのは、直前にいつも通りだと思ったばかりだが、何となくいつもとは少しだけ雰囲気が違うように思えたからである。
「何となくでしかありませんけれど、いつもとは少し雰囲気が違う気がしますね?」
「そうですか? ……参りましたね。これでもいつも通りを装うつもりだったのですが、さすがに無理でしたか」
「何かあったのですか?」
「いえ、今からまさにその何かがあるんじゃないですか。これから次第で、魔王の封印の一部が解けてしまうかもしれない。その事実を前に冷静でいられるほどには、さすがの僕の神経が図太くありませんよ」
「なるほど……確かにそれはそうかもしれませんね」
そんな当たり前のことに気付かなかったということは、ユーリアもユーリアで平静ではないということなのかもしれない。
自覚はないが……自覚がない方が危険かと、自らを落ち着かせるように一度深呼吸をした。
「それに、こんな時間にこんな場所で女性と二人きり、という状況ですからね。そういう意味でも、平静ではいられませんよ」
にこりと笑って告げられた言葉に、溜息を吐き出す。
確かに、それは事実と言えば事実ではあった。
視線を空に向ければ、とうに夜の帳は下りきっている。
本来ならばそろそろ寝なければならない時間帯で、こうして外にいることが知られてしまえば確実に怒られることだろう。
ただ、時間帯はともかく、場所に関しては色気も何もあるまい。
視線を下ろせば、そこにあるのは闇の中に沈んではいるも、見慣れたものだ。
ここ最近の授業の時間の全てを過ごしている、訓練場であった。
「さあ、戯言はともかくとして、さっさと始めてしまいましょうか。あまりのんびりとしていると見つかってしまうかもしれませんし」
「そうですね。見つかったところで事が事なために怒られはしないとは思いますが……知る者は少ない方がいいですからね」
同感であったので頷き、首元へと手を添える。
そこにあるのは飾り気のないネックレスだが、普段はその先を見せることがないそれを引っ張り出す。
その先にあったのは、小さな指輪だ。
ユーリアの小指にすら入らないだろう、これまた飾り気のない赤い宝石だけが埋め込まれたもの。
一見何の変哲もないようなそれを前に、アロイスがごくりと唾を飲みこんだ。
「それが……魔王の封印、ですか」
「ええ。気配が漏れることのないよう厳重に結界が重ねられていますが、ちゃんと本物です」
そう、それこそは魔王の一部を封じ込めている封印そのものであった。
厳密には、指輪に埋め込まれているこの赤い宝石がその本体である。
何の変哲もない宝石のように見えるのは、何重にも張り巡らされた結界によって何とかそう見せているのだ。
そんな重要なものを身につけているのは、これが公爵家の当主としての義務だからである。
文字通り自分の身を以て封印を守る義務が課せられているのだ。
それは学院に通っているからといって免除されることではない。
ただ、さすがにその義務のことを知っているのは一部のみだ。
大半の人達は封印はしっかりした場所で守られていると聞かされている。
本当は元公爵家の人間だからといってアロイスに知る権利はないのだが……こればかりは仕方があるまい。
協力させようとしている以上は、知らせなければさすがに厳しいだろう。
「そしてその再封印を今からここで行う、というわけですね……」
緊張にか、アロイスが唾を飲み込んだのが分かった。
だが何をするのかは既にアロイスに伝えているし、それはアロイスがたった今口にした通りのことである。
黙って頷きを返した。
再封印というのは文字通りの意味だ。
既に封印が施されているこれに、さらに封印を施すのである。
代々の公爵家の当主に課せられている義務の一つだ。
とはいえ、本来であればもちろんこんな場所でやることではない。
それなのにこんな場所でやろうとしているのは、ここが学院で最も適していることと、一刻も早く再封印を施すべきだからである。
別に今すぐにでも封印が解けてしまいそうな、何らかの前兆があったというわけではない。
しかしそんなことが起こっても不思議ではない状況に、この封印はあるのだ。
何故ならば、ここ百年ほどこれはまともな封印を施されていないからである。
手を抜いたりしていたというわけではないのだが、何故かハーヴェイ家はここ百年ほど男の当主しか出ていないのだ。
その間しっかり封印は継続してかけられてはいたものの、魔王に男の魔力は効かないと言われている。
それを考えれば、その封印がどこまで効果があるのか不明瞭に過ぎるのだ。
そしてそれが原因で魔王の一部の封印が解ける、などということがあってはなるまい。
だからこそ、なるべく早くこうして再封印を行う必要があったのだ。
公爵家としての権力を使い無理やり『お見合い』を行わせたり、同じくユーリア達を特別扱いさせるようにしたり、こうして学院で再封印を行うなどといった、不本意なことを押してまで。
公爵家の当主として最大の義務は、聖剣の乙女が魔王を倒すその日まで封印を維持することだ。
それを果たせないなどということが、万が一にもあってはならなかった。
それが今日であったのは、単に魔力が足りるようになったのが今日だからである。
色々と試した結果、魔力供給の変換効率は二割ほどにまで上がり、何とかユーリアの現在の魔力と同等の量の魔力をアロイスから受け取ることが出来るようになったのだ。
再封印には、最低でもレベル40の平均魔力が必要である。
生まれつき魔力が少ないユーリアでは現状その半分しか満たすことが出来ず、そのために従士が必要だったのだ。
「さて……それでは、始めますね。手を」
「はい」
差し出されたアロイスの手を握りながら、目を閉じる。
結局のところ、こうして身体の一部を繋げるのが最も効率がよくなるということが分かったのだ。
僅かに覚える不快感を必死に押し殺しながら、もう片方の手で封印を握り締める。
再封印のやり方は、何度も繰り返し確認してきた。
浮かび上がってくる不安を誤魔化すように、封印を握る手にさらなる力を込めながら魔力を流し始め――そんな時のことであった。
「そういえばユーリア様、知っていますか?」
唐突に話しかけてきたアロイスに、眉をひそめる。
何のつもりなのかは分からないが、既に再封印は始まっているのだ。
余計なことに意識を向ける余裕はない。
「本来騎士が従士から魔力を受け取る時というのは、色々と気をつけなければならないことが多いんです。まあ、従士が気をつけていればいいことなので、騎士は基本知らないみたいですが」
しかしそんなユーリアのことに気付いているのかいないのか、言葉は止まらない。
魔力を供給するにはアロイスにも集中が必要だというのに、本当にどういうつもりなのか。
だが魔力は、しっかりと渡されている。
再封印により魔力がどんどん減っていってしまうが、その分をアロイスから渡される魔力で補充していく。
「そもそも魔力の受け渡しというのは、慎重に慎重を期した上で行わなければならないんですよ。何せ他人の魔力を自分の中に受け入れるわけですからね。無造作に行っていいわけがない。少しずつ少しずつ慣らして、実戦で使えるようになるには三年は必要と言われています」
リラックスさせるつもりなのかもしれないが、完全に逆効果でしかない。
僅かな苛立ちを感じながらも再封印を続け、供給される魔力で減った分の魔力を補充し――不意に、違和感を覚えた。
供給される魔力の量が、妙に多いのだ。
いや……多くなっていっている、と言うべきか。
最初は減った分を補充するには足らず、少しずつ均衡が取れ始め……今では完全に上回ってしまっている。
最初の頃の分の補充もということなのかもしれないが、それを含めてすら既に過剰だ。
しかし再封印を始めてしまっている今、集中を切らすことは出来ず、声を上げることすらままならない。
もう必要がないというのに、どんどん魔力は送り込まれてきて――
「ところで、知っていましたか? 魔力を受け渡すということは、魔力を相手に流すということとほぼ同じなんです。まあだからこそ慎重さが求められるんですが。だって、基本ですからね。男と女の魔力がぶつかった場合、勝つのは魔力の強い方だというのは。それは相手の身体の中でさえ変わりません。ええ、つまり――」
瞬間、身体の中で何かが弾けた音が聞こえて気がした。
いや、それはきっと気のせいではない。
注ぎ込まれ続け、許容量を超え……つまりは、自分の総魔力を上回る魔力を一度に注ぎ込まれた結果、その魔力が自分の魔力を突き破って爆ぜたのだ。
不思議と痛みはなく、だが身体の力が抜けていくことだけは分かった。
「――相手の魔力を超える魔力を注ぎ込むと、こうなるというわけですね」
閉じたままの瞼の向こう側から、そんなどこか笑いを含んだような声が聞こえた。
それはつまりユーリアが従士を得てからそれだけが経ったということでもある。
正直なところ、慣れているかいないかで言えば、まったく慣れていない。
Fクラスの人と……あの人と同じ場所にいることはさすがに多少は慣れ、不自然ではない程度の振る舞いは出来るようになったとは思うものの、他人がすぐ近くにいるということに対する慣れは全然だ。
騎士の人達はよくこれが気にならないものだと、感心にも似たものを覚える毎日である。
あるいは、魔力の相性がよければまた違うのかもしれない。
魔力というのはその人を形作る根源的な要素の一つだと言われているものだ。
魔力の相性がいいということは人としての相性がいいということでもあり、騎士と従士が恋人や夫婦になることが多いのはそういったことも関係していると言われている。
それが本当なのかは分からないが……アロイスとユーリアの相性があまりよくないということだけは少なくとも合っているのだろう。
明確に言葉に出来るものではない、感覚的なものでしかないのだが、そうなのだろうということだけは分かるからだ。
別にアロイスが嫌いというわけではない。
穏やかで優しく、いつだって気を使ってくれているのが分かる。
人としてはいい人だと思うし、従士としての役目を果たそうとするのにも積極的だ。
従士だからといって騎士に従順とは限らないらしいので、それを考えれば、従士としても悪くはないのかもしれない。
だがそういったことを理解できるのに、どうにも近くにいられると落ち着かないのだ。
苦手、というのが一番近いかもしれない。
具体的にどこがというわけではないのだが、だからこそ感覚的なもので、相性はあまりよくないのだろうとも思うのだ。
本音を言ってしまうのであれば、変更したいほどである。
というか……実のところアロイス以上に相性のいい人はいたのだ。
ユーリアは境遇のせいもあって魔力の波長が特殊らしいが、それでも平均的な変換効率を得られそうな相手を先日の『お見合い』の場で見つけることが出来たのである。
しかし、残念なことにその者はDクラスであった。
従士にはなれない可能性が高く、選ぶには不適切だったのである。
あるいはそれでも、先のことを考えるのであればその人を従士とすべきだったのかもしれない。
変換効率が悪いということは、それだけ必要な魔力が増えるということで、逆もまたしかりである。
効率は平均的とはいえ、他が悪いということを考えれば、相対的には魔力の絶対量は少なくとも問題ないということになるのだ。
そもそも王立学院に入学出来る程度には優秀なのである。
ユーリア専属の従士と考えれば、決して有り得ない選択肢ではなかった。
だが、それが有り得るのは先のことを想定した場合のみだ。
要するに、最終的にはその人を従士にするのが最善ということになるが、今の時点ではそうではないということである。
しかしユーリアには、一刻も早く現状の二倍ほどの魔力が使えるようになる必要があった。
そして今の時点でその可能性を持っていたのは、アロイスだけだったのである。
とはいえ、アロイスで何が問題かと言えば、結局のところはユーリアの個人的なことでしかない。
ユーリアが我慢すればいいだけなのだから、問題はなかった。
「……一部とはいえ、魔王が復活してしまうかもしれない可能性を考えれば、私個人のことなど些事でしかありませんからね」
と、そんなことを呟いた時のことであった。
人の気配を感じ視線を向ければ、そこにいたのは件のアロイスだ。
相変わらず柔和な笑みを浮かべている姿は、ある意味この状況に相応しくはない。
そんなことを考えてしまうのも相性がよくないからなのだろうか、などと思っている間に、アロイスは近付いてきた。
やはりいつも通りに、その頭を下げる。
「遅くなって申し訳ありません」
「いえ、私が早く来れたというだけですから。気にしないでください」
「そう言っていただけますと助かります。っと、挨拶がまだでしたね。こんばんわ、ユーリア様。先ほどぶりですね」
「はい。こんばんわ、アロイスさん。そうですね、先ほどぶりです」
そう言葉を返しつつも、ユーリアがそこで首を傾げたのは、直前にいつも通りだと思ったばかりだが、何となくいつもとは少しだけ雰囲気が違うように思えたからである。
「何となくでしかありませんけれど、いつもとは少し雰囲気が違う気がしますね?」
「そうですか? ……参りましたね。これでもいつも通りを装うつもりだったのですが、さすがに無理でしたか」
「何かあったのですか?」
「いえ、今からまさにその何かがあるんじゃないですか。これから次第で、魔王の封印の一部が解けてしまうかもしれない。その事実を前に冷静でいられるほどには、さすがの僕の神経が図太くありませんよ」
「なるほど……確かにそれはそうかもしれませんね」
そんな当たり前のことに気付かなかったということは、ユーリアもユーリアで平静ではないということなのかもしれない。
自覚はないが……自覚がない方が危険かと、自らを落ち着かせるように一度深呼吸をした。
「それに、こんな時間にこんな場所で女性と二人きり、という状況ですからね。そういう意味でも、平静ではいられませんよ」
にこりと笑って告げられた言葉に、溜息を吐き出す。
確かに、それは事実と言えば事実ではあった。
視線を空に向ければ、とうに夜の帳は下りきっている。
本来ならばそろそろ寝なければならない時間帯で、こうして外にいることが知られてしまえば確実に怒られることだろう。
ただ、時間帯はともかく、場所に関しては色気も何もあるまい。
視線を下ろせば、そこにあるのは闇の中に沈んではいるも、見慣れたものだ。
ここ最近の授業の時間の全てを過ごしている、訓練場であった。
「さあ、戯言はともかくとして、さっさと始めてしまいましょうか。あまりのんびりとしていると見つかってしまうかもしれませんし」
「そうですね。見つかったところで事が事なために怒られはしないとは思いますが……知る者は少ない方がいいですからね」
同感であったので頷き、首元へと手を添える。
そこにあるのは飾り気のないネックレスだが、普段はその先を見せることがないそれを引っ張り出す。
その先にあったのは、小さな指輪だ。
ユーリアの小指にすら入らないだろう、これまた飾り気のない赤い宝石だけが埋め込まれたもの。
一見何の変哲もないようなそれを前に、アロイスがごくりと唾を飲みこんだ。
「それが……魔王の封印、ですか」
「ええ。気配が漏れることのないよう厳重に結界が重ねられていますが、ちゃんと本物です」
そう、それこそは魔王の一部を封じ込めている封印そのものであった。
厳密には、指輪に埋め込まれているこの赤い宝石がその本体である。
何の変哲もない宝石のように見えるのは、何重にも張り巡らされた結界によって何とかそう見せているのだ。
そんな重要なものを身につけているのは、これが公爵家の当主としての義務だからである。
文字通り自分の身を以て封印を守る義務が課せられているのだ。
それは学院に通っているからといって免除されることではない。
ただ、さすがにその義務のことを知っているのは一部のみだ。
大半の人達は封印はしっかりした場所で守られていると聞かされている。
本当は元公爵家の人間だからといってアロイスに知る権利はないのだが……こればかりは仕方があるまい。
協力させようとしている以上は、知らせなければさすがに厳しいだろう。
「そしてその再封印を今からここで行う、というわけですね……」
緊張にか、アロイスが唾を飲み込んだのが分かった。
だが何をするのかは既にアロイスに伝えているし、それはアロイスがたった今口にした通りのことである。
黙って頷きを返した。
再封印というのは文字通りの意味だ。
既に封印が施されているこれに、さらに封印を施すのである。
代々の公爵家の当主に課せられている義務の一つだ。
とはいえ、本来であればもちろんこんな場所でやることではない。
それなのにこんな場所でやろうとしているのは、ここが学院で最も適していることと、一刻も早く再封印を施すべきだからである。
別に今すぐにでも封印が解けてしまいそうな、何らかの前兆があったというわけではない。
しかしそんなことが起こっても不思議ではない状況に、この封印はあるのだ。
何故ならば、ここ百年ほどこれはまともな封印を施されていないからである。
手を抜いたりしていたというわけではないのだが、何故かハーヴェイ家はここ百年ほど男の当主しか出ていないのだ。
その間しっかり封印は継続してかけられてはいたものの、魔王に男の魔力は効かないと言われている。
それを考えれば、その封印がどこまで効果があるのか不明瞭に過ぎるのだ。
そしてそれが原因で魔王の一部の封印が解ける、などということがあってはなるまい。
だからこそ、なるべく早くこうして再封印を行う必要があったのだ。
公爵家としての権力を使い無理やり『お見合い』を行わせたり、同じくユーリア達を特別扱いさせるようにしたり、こうして学院で再封印を行うなどといった、不本意なことを押してまで。
公爵家の当主として最大の義務は、聖剣の乙女が魔王を倒すその日まで封印を維持することだ。
それを果たせないなどということが、万が一にもあってはならなかった。
それが今日であったのは、単に魔力が足りるようになったのが今日だからである。
色々と試した結果、魔力供給の変換効率は二割ほどにまで上がり、何とかユーリアの現在の魔力と同等の量の魔力をアロイスから受け取ることが出来るようになったのだ。
再封印には、最低でもレベル40の平均魔力が必要である。
生まれつき魔力が少ないユーリアでは現状その半分しか満たすことが出来ず、そのために従士が必要だったのだ。
「さて……それでは、始めますね。手を」
「はい」
差し出されたアロイスの手を握りながら、目を閉じる。
結局のところ、こうして身体の一部を繋げるのが最も効率がよくなるということが分かったのだ。
僅かに覚える不快感を必死に押し殺しながら、もう片方の手で封印を握り締める。
再封印のやり方は、何度も繰り返し確認してきた。
浮かび上がってくる不安を誤魔化すように、封印を握る手にさらなる力を込めながら魔力を流し始め――そんな時のことであった。
「そういえばユーリア様、知っていますか?」
唐突に話しかけてきたアロイスに、眉をひそめる。
何のつもりなのかは分からないが、既に再封印は始まっているのだ。
余計なことに意識を向ける余裕はない。
「本来騎士が従士から魔力を受け取る時というのは、色々と気をつけなければならないことが多いんです。まあ、従士が気をつけていればいいことなので、騎士は基本知らないみたいですが」
しかしそんなユーリアのことに気付いているのかいないのか、言葉は止まらない。
魔力を供給するにはアロイスにも集中が必要だというのに、本当にどういうつもりなのか。
だが魔力は、しっかりと渡されている。
再封印により魔力がどんどん減っていってしまうが、その分をアロイスから渡される魔力で補充していく。
「そもそも魔力の受け渡しというのは、慎重に慎重を期した上で行わなければならないんですよ。何せ他人の魔力を自分の中に受け入れるわけですからね。無造作に行っていいわけがない。少しずつ少しずつ慣らして、実戦で使えるようになるには三年は必要と言われています」
リラックスさせるつもりなのかもしれないが、完全に逆効果でしかない。
僅かな苛立ちを感じながらも再封印を続け、供給される魔力で減った分の魔力を補充し――不意に、違和感を覚えた。
供給される魔力の量が、妙に多いのだ。
いや……多くなっていっている、と言うべきか。
最初は減った分を補充するには足らず、少しずつ均衡が取れ始め……今では完全に上回ってしまっている。
最初の頃の分の補充もということなのかもしれないが、それを含めてすら既に過剰だ。
しかし再封印を始めてしまっている今、集中を切らすことは出来ず、声を上げることすらままならない。
もう必要がないというのに、どんどん魔力は送り込まれてきて――
「ところで、知っていましたか? 魔力を受け渡すということは、魔力を相手に流すということとほぼ同じなんです。まあだからこそ慎重さが求められるんですが。だって、基本ですからね。男と女の魔力がぶつかった場合、勝つのは魔力の強い方だというのは。それは相手の身体の中でさえ変わりません。ええ、つまり――」
瞬間、身体の中で何かが弾けた音が聞こえて気がした。
いや、それはきっと気のせいではない。
注ぎ込まれ続け、許容量を超え……つまりは、自分の総魔力を上回る魔力を一度に注ぎ込まれた結果、その魔力が自分の魔力を突き破って爆ぜたのだ。
不思議と痛みはなく、だが身体の力が抜けていくことだけは分かった。
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