俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

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第三章:出会ってしまった二人編

第六十二話 ありがちな話

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 何だか騒がしかった人だかりを避け、満腹になった俺は市場の中を歩いていく。天気が良いので、潮の香りと風が気持ちいい。


 「何を買って帰るかなあ。山ん中だと焼き魚が一番楽だけど、海鮮汁も悪くないか……カニか、あれ?」

 流石に漁港の市場だけあって魚屋が一番目を引く。一応、日本でも見たことがある魚ばかりなので食すことにも料理するにも特に問題にならなさそうなのも良い点と言える。

 「お金はそこそこ持ってるし、船の料金も30000セラなら、まあ一週間の船旅と考えれば高くも無い……ハズ」

 「――! ――!」

 ぶつぶつと呟きながら歩いていると、どうやら市場の端まで来てしまったようで、目の前には何も無くなってしまっていた。

 「戻るか。ん……?」


 「またそんなものを売りに出してるのか? ウチなんか見ろよ、鯛だぜ鯛!」

 「うるせぇ! 買わないならどっかいけってんだ!」

  俺が踵を返すと、端の方で言い争いをしている声が聞こえてきた。辺りを見ると、かろうじて屋根があるといった軒下に少年と呼んで差し支えないのが二人争っていた。鯛と思わしき魚を持った日焼けした少年が何事かを言い、取り巻きがにやにやと笑っていた。


 「俺だってちゃんと釣ってきてんだ!」

 「だっはっは! アジばっかりかよ! やっぱ船で沖に出ないとな! あ、親父が船で逃げたんだったか? だっはっは!」

 「く、くそ……こいつ……!」

 「いて!? このオクトパス野郎! やっちまえ!」

 「へへ、そうこなくっちゃな!」

 「おら! こんなしょぼい魚釣って喜んでじゃねぇぞ」

 「や、やめろ!? うあ……!?」

 「こいつも捨てちまえ」

 多勢に無勢、殴られ蹴られ、足元に置いてあった桶に手をかけたところでいじめられている方の少年が慌てておおいかぶさる。

 「だ、ダメだ! こいつは一番の売り物だ!」

 「こんな気持ち悪いの誰が買うんだよ!」

 ゲシゲシと蹴り始めたので、これはアカンと思い俺は大声をあげながらいじめっ子達に突撃する。

 「お前等、そこまでだ! 殴ったのは良くないがそりゃやり過ぎだ!」

 「何だあんちゃん? 邪魔するなら同じ目に合うぞ?」

 ちょっと凄んでみたが怯みもしなかった。

 よろしい、ならば実力行使だ……!

 「秘技! ベルト・スティール!」

 『速』を最大限上げた俺の動きを捉えることなど不可能! 襲いかかってくる少年たちには消えた様に見えただろう。瞬く間に少年たちの横をすり抜け……俺の手には三人分のベルトと腰ひもがあった。

 ずるり……抑えの利かなくなったズボンは下半身を露わにする。ついでにナイフでパンツの紐も切っておいた。この意味、分かるな?

 「ぎゃあああ!?」

 「うおお、いつの間に……!?」

 「く、くそ、魔術士か!? お、覚えてやがれ!」

 「忘れもんだ!」

 パンツを抑えて逃げようとする少年たちの足元に向かってベルトを勢いよく投げると、うまいこと絡まってこけた。あ、モロだしだ。


 「いやあああ変態ぃぃぃ!?」

 「ち、違う!」

 「おい、構うな! 逃げるぞ!」

 
 「悪は滅びるのだ」

 「あ、ありがとう、この辺じゃ見ない顔の兄ちゃん……」

 「オエッ……そ、その言い方はやめてくれ」

 「う、うん……良かった、売り物は無事だ……」

 桶の中を確認して安心する少年。歳は12、3ってところだろうか? ちょっと勝気そうな目が印象的で、髪の毛はぼさぼさだが、肩くらいまである

 「それ、売り物なのか? 何の魚なんだ? 俺は食材を探していてな、モノによっては買うぞ」

 俺がそう言うと、少年は目を泳がせてしどろもどろで答えてきた。

 「い、いや、兄ちゃん身なりがいいし、お金もってんだろ? こいつは兄ちゃんみたいな人は要らないと思うんだ……」

 「? 美味しくないのか?」

 桶を後ろに隠しながら俯き、ぽつぽつと呟き始めた。

 「……うん……あまり美味しくないんだ……食感もにちゃにちゃしてるし、見た目も気持ち悪いからさ。でも大きいから腹もちがいいってお金が無い人は買って行ってくれるんだよ」

 気持ち悪い……?

 「どんな魚なんだ? 深海魚か……?」

 「シンカイギョ? ううん、正直に言うと魚じゃないんだ。足もいっぱいあるし」

 「……見せてくれ」

 「見ない方がいいと思うけど……」

 足がいっぱいで魚ではない……となると、アレかアレしかない……。俺は確信を得るため、少年が差しだしてきたの桶を覗き込むとそこには……。


 「……タコの方だったか」

 桶の中には狭し、と三匹のタコが浸かっていた。どれも大きい。

 「タコ? こいつはオクトパスって名前だぞ?」

 「俺の故郷ではタコって言ってたんだよ。いや、立派なタコじゃないかコレ」

 「えー!? 俺が言うのも何だけど、本当に美味しくないんだって!」

 とは言うが、すでに俺の頭の中には『タコのから揚げ』『ゆでタコ』そして極めつけの『タコ焼き』が頭に浮かんでいた。昼を食べたばかりなのにお腹が鳴りそうな勢いだ。

 「……全部作れそうだな」

 <はい。材料と道具さえあれば食べたことがある料理は再現可能ですので問題ありません>

 「どうしたんだ兄ちゃん、ぶつぶつ言って。やっぱり気持ち悪いんだろ? 俺、釣りに行くとこいつばっかり釣れるんだよなあ……小魚も釣れるんだけどさ」

 「どのくらいの頻度で釣れるんだ?」

 「だいたい三匹だよ。だから今日は大漁は大漁って訳。誰か買ってくれないかなあ……」

 はあ、とため息を吐く少年をよく見ればシャツは着古して伸び、顔色も良くない。恐らく貧乏ではないかと推測され、いじめられる理由もよくある話ではないかとも。

 さて、それは後でいいとしてまずはタコだ。どうやらこの地域には一部を除きタコを食べる習慣がないらしい。しかも安く買いたたかれている。

 これを払拭するためにはどうすればいいか?

 ……答えは一つ。タコに『需要』を作ればいいのだ!

 「少年、このタコ、俺が買う。いくらだ?」

 「は? い、いいよ無理しなくても……助けてくれただけで感謝してるよ」

 「いや、俺が食べたいんだ」

 「マジか……頭大丈夫か? 一匹400セラだけど本当にいいのか?」

 「安いな……10,000セラで買わせてもらうぞ」

 「げ!? ちょ、もらえないよ……」

 「いいからとっておけ。それからこの後お前、暇か?」

 「え、うん。兄ちゃんが買ってくれたから売り物はもうイワシくらいしか無いけど……」

 「そのイワシも全部くれ」

 俺が財布を出そうとしたところで少年に止められる。

 「全部持って行っていいよ!? 10,000セラも貰ったらお釣りが出るって! それで、暇になったけどどうするんだい?」

 「もちろんこのタコを食べる! その美味しさを知ってもらおうと思ってな」

 「マジか……ますます頭おかしいんじゃないかな……」

 呆れた様に言うが、少しは興味があるのかもしれないようで、そわそわしていた。俺は少年に尋ねる。

 「この町に鍛冶屋はあるか?」

 「鍛冶屋……ああ、一件だけあるよ! ちょっと頑固な親父がやってるけど、料理するんじゃないの?」

 「料理をするにはまず道具からってな。案内してくれるか? ええっと……」

 「俺はユーキ! 兄ちゃんは?」

 「俺はカケルだ。よろしくなユーキ」

 「うん! 鍛冶屋はこっちだよ!」

 何故か嬉しそうに俺の手を引いて、歩き出す。

 深い鍋に包丁……それと揚げ物鍋と……たこ焼き器が必要か。

 「じゅるり」

 <じゅるり>

 俺は桶に入ったタコを見ながらタコ料理に想いを馳せるのだった。
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