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第五章:疑惑の女神と破壊神編
第百三十三話 カケル、やっぱり流される
しおりを挟む――書庫へ入ってから数時間。
俺達は手分けして書庫の棚を調べていた。棚は種類別にきちんと収められており、歴史について記された本が無いか、封印について書かれているものがないかとくまなく探していた。
しかし、めぼしいものは見当たらず、徒労に終わろうとしていた。
「だいたい城にあったものと同じようなものだな」
リファが歴史について書かれた本をペラペラとめくりながら言う。ルルカが見たことのある本とも同じらしいので、偽物が混じっているということは無さそうだ。
「……」
「どうしたティリア」
「いえ、棚を見ていると何か違和感があるんです。きっちりとおさまっているんですけど、何かが足りない……そんな気がするんです」
ティリアがじっと棚を見ていると、横にユーティリアが立ち口を開く。
「膨大な量……それこそ、この聖堂が建てられてからの文献や書物を残していると言われています。私も読むことは殆どありませんね」
「この聖堂ってどれくらい前からあるんだ?」
俺の問いにエドウィンが答えてくれる。
「確か300年ほど前だと聞いている。む、そういえばそのころアウロラ様と破壊神が争ったという話があったかな……?」
301年前だったか……などとあまり意味の無い誤差をぶつぶつ言いながら考え込むエドウィン。ふむ、断片的に誰かが思い出したりする割には文献などが残っていないのは謎だな。
グラオザムの言った『光の勇者』それとアウロラの封印と破壊神。それと……あ、そういや忘れていたけど、もう一つあったな。
「そういや、エリアランドの封印が解けるときに光の玉が出て来たよな?」
「そういえば『対抗する力はあるんだろうな?』とか言ってたっけ」
クロウが本をめくりながら俺に答えてくれる。するとレヴナントがそのことについて聞いて来た。
「光の玉かい? アウロラの封印を解いたら?」
「ん? ああ、その時アウロラから連絡があって『自分の力の一部だ』っていった後フッと消えた。光の玉については何も言わなかったなそういや」
「なるほど……」
レヴナントは顎に手を当てて考えつつ、また本棚へと戻って行った。あいつ、やけに熱心だな……? そこにルルカが俺に向かって本を持ってきた。
「カケルさん。これ、封印について書かれているよ」
「マジか! でかしたルルカ!」
「ふっふ、賢者だからね!」
よく分からない返しだが、その本をめくると、確かに封印について書かれていた。
――曰く
アウロラが破壊神を封印した際、六つに分けたのだそうだ。そして、協力してくれた六人の人間に見張りを任せることになる。それが後の『魔王』と呼ばれ、六つの大陸に、それぞれ一つの封印と一人の魔王が存在するのだと書かれていた。
「となると、エリアランドは封印が解けたから残りは五つか。ティリアかリファは封印を知っているか?」
「……いいえ、お父様なら知っているかもしれませんけど」
「私も知らないな。もし知っているとすれば、こちらも父上だろうと思う」
リファはともかく、ティリアが継承されていないのは変な感じがするな。まあ完全に覚醒していないとか言ってたから、戻ったら教えてくれるかもしれない。
「とりあえず今できそうなのは封印を解くことだけか。ヘルーガ教を叩いておきたい気もするけど……」
「あいつらはいつどこにいるか分からないから仕方ないよ。アウロラ様の封印を探していけばその内会えると思う。で、まだ書庫を探すかい?」
クロウが俺にそう言うと、本を棚に戻していた。あまり面白い情報は無かったようだ。
「ここはもう何も無さそうじゃな。しかし魔王とアウロラ様にそんな関係性があったとは」
「……言われてみればそうだな。アウロラのやつ俺に『魔王を討伐するために異世界人を送り込むことがある』とか言っていたのにな」
「え!? 私倒されちゃうんですか!? でも、そんな話は聞いたことありませんよ?」
魔王を倒す=ティリアも倒されるということになるので驚くのも無理はない。さらに言えば、俺は異世界人なのに魔王なのだ。ティリアが驚いていると、またレヴナントが話しかけてきた。
「……それは本当かい?」
「あ、ああ。どうしたんだ?」
「その時のこと、覚えているかい?」
レブナントが一瞬、俺に険しい顔をし、すぐに元に戻る。
「えっと……確かこんな感じだったかな『勇者は居ないわ。けど、魔王は居る……これも良くある話だけど、転生者っていうのは元の世界の人間より能力が高いのよ。だから場合によっては魔王を倒してもらうために送り込んだりするわ。ま、成長する前に殺されたら一緒なんだけどね』
確かこんな感じだった覚えがある。
「まだあるかい?」
「ああ、後は……『でも送られたからって別に選ばれた人間って訳じゃないから安心していいわよ。とりあえず送った後はこちらではもう関与できない。あなたの人生だから。魔王を倒そうが適当に生涯を閉じようが自由よ。だからそれも含めて黙って送り込むのよ、貴方は魔王を倒すのに選ばれました! って言われても困るでしょ? 魔王なんて誰かが倒してくれたらそれでいいし、別に転生者じゃなくても倒せない訳でもないし』こんな感じのことを言っていたな」
「……選ばれた人間じゃない……魔王を倒す……」
「レブナント?」
「ん。すまない、考え事をしていたよ。そろそろ戻るかい? お腹が空いて来たよ」
「そうですね! エドウィン、今日は私達がカケルさん達を歓迎しましょう」
「仰せのままに」
ふう、と肩を竦めて微笑むレヴナントに、ユーティリアがエドウィンに指示を出していた。
書庫から出ると、クロウの同僚も目を覚まし、破壊された聖堂の片づけなどに従事。
「アウロラ様が使わされた魔王様、ありがとうございました! クロウ君も無事で良かった……」
と、クロウと同じく孤児だったと言う神官がお礼に来たりと忙しかった。夜の食事は流石にお布施などで運営しているため、自家栽培の野菜や、飼育している家畜を使ったものがメインだった。
「デヴァイン教は偉いんだな。お布施はきちんと信者に別の形で還元しているのか」
「うむ。聖女様のお考えということもあるが、私達は助ける代わりにお布施をもらっているのだ。豪勢な食事などはできまいよ」
「なるほど、クロウもそんな経緯から?」
「……私がたまたま町の外で挨拶をするお仕事に出ていた時、見かけたんです」
悲しそうな顔をするユーティリアに代わり、エドウィンがその時のことを話してくれる。
「一時期、アウグゼストに捨て子が流行った時期があってな。アウロラ様なら、聖女様なら助けてくれると町に置いて親が消えるんだ……見ちゃおれんかったよ」
「それで聖堂で育てたのか? だからクロウは聖女様の役に立ちたいって意気込んでいたんだな」
「ゴホ……!? い、言わなくていいだろ!!」
「フフ、ここに居る時は難しい顔をしていましたけど、カケルさんと一緒にいるクロウ君はとても自然ですね。歳若いのに神官にしてしまったのは間違いだったかもしれません」
「い、いえ! 聖女様! 僕は全然間違いだと思っていません! 何でも言いつけてください!」
「ほらな」
「ですね♪」
俺がティリアに言うと、笑いながら答えていた。
「ぐ……そ、それより、次はどこへ行くんだ? やっぱり光翼の魔王の国へ行くのか?」
「そうだなあ……王族のリファが居れば話を聞きやすいし、ティリアの覚醒についても聞いておきたいところだし、そうなるかな」
「そうか。聖女様、僕もカケルの着いて行っていいでしょうか?」
「構いませんが……カケルさん達にお任せすることになりそうですし、クロウ君はもう行く必要はありませんよ?」
俺もそう思う。
デヴァイン教はアウロラの電話もあり、ひとまず白だと認定していた。なので、クロウやレオッタ達とはここでお別れだと思っていたのだ。しかしクロウはそのつもりは無かったらしい。
「僕はガリウスのせいとはいえ、エリアランドで取り返しのつかないことをしてしまいました。だからあいつを追い、倒さないといけない。そう考えています。そして、それが終わった後、僕が殺してしまったあの竜の騎士の家族へ謝罪をする。そう、決めています」
「そうですか……」
俺達はあえて口にしなかったが、クロウはクロウであの件について考えることがあるようだ。初めて戦った盲信状態から抜け出た今ならクロウは間違えたりしないと俺は思った。
「……知っての通り、封印から抜け出る魔物は強力だ。死ぬかもしれないぞ」
「いいさ。その時はそれが僕の罰だったと思うまでだ。嫌って言ってもついていくからな」
「うむ、いい眼になったな」
リファがクロウの肩を叩き頷く。ティリアやルルカ、師匠と反対をするものはおらず、ため息を吐いてユーティリアが口を開く。
「分かりました。聖女ユーティリアの名において、事件の真相とアウロラ様の封印を解く任を与えます! ……カケルさん、どうかよろしくお願いします」
「頼むぞ」
ユーティリアとエドウィンがそう言い、俺は頷いた。
そして食事は和やかな雰囲気のまま終わり、夜も更けたころ――
「やはり……改ざんの跡がある。300年も経てば変わることもあるだろうけど、これはいくらなんでもおかしい。いや、当事者でないとこんなものかもしれないな。あの時、エアモルベーゼを封印したのは魔王ではなく……誰だ!」
ヒュ! と、何も無い壁に向かってレヴナントがナイフを投げる。
壁に刺さるかと思われたナイフは、空中でビタッと止まりカラン、と、乾いた音を立てて床に落ちた。
「……君か」
スッとナイフが落ちた付近から『存在の不可視』が切れた俺が姿を現す。
「どうしたんだい、そんなスキルも持っていたんだね? まさか夜這いかな? フフ、私は歓迎だよ、ベッドへ行こうか」
と、取り繕うように次々と言葉を放つレヴナントを訝しげに見つめ、俺は口を開いた。
「……お前は……一体何者だ?」
「どういう意味かな?」
「お前には不可解な点が多すぎる。最初はメリーヌ師匠に依頼された人物だったが、俺との関わりが多すぎるんだ。師匠を逃がした後、船を貸してくれたこと。聖堂までついてきたこと」
「ふふ、興味本位――」
と、レヴナントが言おうとしたところで、俺はそれを遮った。
「ならどうしてお前は『電話』のことを知っている? 俺はこの世界に来て一度たりとも『電話』と口にしたことは無い。スマホならルルカやティリアに言ったことはあるがな。そしてこの世界に電話は存在しない」
「……」
レヴナントが目を細めて口元を歪ませる。
「あの時か……よく聞いていたものだ、いや、感心するよ」
「お前は……!」
「さて、答えを言うのは簡単だけど。まだその時じゃない。悪いけど、もう少し踊ってもらいたい」
「力づくでもいいんだぞ」
「君にはまだ無理だよ」
「……!?」
スッと姿が消えたと思った瞬間、レヴナントが俺の後ろに立っていた。
<見えませんでした……!?>
「くそ……!」
ナルレアが驚くと言うことは相当なことだ。俺は慌てて間合いを取ろうとするが、涼しい顔をしたレヴナントは俺の手首を掴み、もう片方の腕で、俺の額に指を置いて呟く。
「……次の行き先は獣人の国にしよう。そこで、私の満足が行く結果が出れば、私の知っていることを話してあげる」
「う……!?」
「大丈夫、記憶を改ざんしたりはしないよ。君は私には勝てない、今は大人しく……眠って」
酷く優しい声を出し、微笑むレヴナント。
「い、しきが……」
「おやすみ」
意識を失う瞬間、最後に見たレヴナントは黒い髪をした……女の子……に、みえ、た……。
◆ ◇ ◆
「流石は異世界人。いや、カケルさんの元々の勘の良さなのかしら……え!?」
カケルを部屋に連れて行こうと手を伸ばしたところで、カケルは何事もなかったように立ち上がり、レヴナントが珍しく驚きの声をあげた。
<お初にお目にかかります。私の名はナルレア。カケル様の意識の底にいる、ナビゲーターをしております>
「……びっくりね。まさか起き上がれる上に別人格? だなんて。で、どうするの?」
<今はカケル様に危害を加えるつもりが無いようですので、あなたのおっしゃるように踊らされましょう。ただ、一つ取引をしたいと思っています>
「面白い子ね。いいわ、聞いてあげる」
<――を――するための方法を――>
「へえ、ならもしかすると――ならできるかもしれないわ。船にそういうのが好きなやつがいる」
<……分かりました。では、後ほど。ああ、もし私と話がしたいときは、さっきみたいにカケル様を気絶させてください>
「人のことは言えないけど、あなたも中々酷いわね……分かったわ。もし、私が敵だったら……どうする?」
<言うまでもありませんね>
カチャリ、と、ナルレアは振り返りもせず、部屋から出ていき、レヴナントは肩を竦めてそれを見送ったのだった。
ナルレアの背中は語っていた『その時は容赦はしない』、と。
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