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第七章:常闇と魔王の真実編
第百六十一話 アニス
しおりを挟む「……雨、止まないな」
「この地域では一度振り始めると、しばらく止まないのだ。もし城へ行くなら小雨になったくらいで行くといいだろうな」
「クロウとアニスがイチャイチャしているのを横目に俺達は、時間を潰すのだった」
「イチャイチャなんかしてないだろ!?」
おっと、口に出してしまったか。
まあ実際のところ、別にクロウとアニスは殆ど喋らず、もっぱらティリアとルルカに遊ばれていたりする。
「とりあえず、動きようがないのう。強行突破するか?」
「この雨なら馬車の音も聞こえにくくなるだろうけど、視界が悪いのはいただけないかな。それと、城に残っている魔王や獣人達の様子も知りたいし」
城のみんなが皆殺しにされていなければいいがと思いつつ、とりあえずアニスはティリア達に任せて、師匠とレヴナントの会話に参加する。
「俺の『存在の不可視』があれば、内部は何とかなると思う。ファライディと獣人達の様子は俺が先行して見に行けばいいだろ? チャーさん、ここから城まで歩くとどれくらいだ?」
「ん? そうだな……城までは何度か行ったことがあるが、吾輩の足で3時間といったところだろう」
猫で3時間か、俺が『速』を上げれば1時間程度で到着しそうだな。
「分かった、じゃあ雨が少なくなってきたら俺が先に出向く。もし俺が半日経っても戻って来なかったらミリティアさんへ連絡してくれるか」
俺がそう言うと、リファが頷きながら返してくれた。
「カケルばかりに頼るのは心苦しいが頼む。だが、戻らなかったら、じゃない。必ず戻って来るんだ」
「そうだよ。ボクも行きたいけど、足手まといになりそうだから行かないだけなんだからね」
ルルカもアニスの頭を撫でながら口を尖らせてしかめっ面で言うと、レヴナントが口を開いた。
「念のため私も行くよ。大盗賊の私なら、見つからず潜入なんて難しいことじゃないしね。とりあえず、この村にあるはずのセフィロト通信装置が使えるか確認しないとね」
「恐らく村長の家だと思う。後で案内しよう」
「? 今からでいいじゃないか」
チャーさんが後で、というので俺が訝しんで聞くと、チャーさんが少し間を置いて呟いた。
「……そろそろご飯の時間だろう」
「あ、そうですね。夕飯は何を作ってくれるんですか!」
猫は食いしん坊だった。そして、もはや自分で作るという選択肢を捨てた魔王が一人叫んでいた。
◆ ◇ ◆
「アニスはまだ見つからんのか?」
「は、城の中はもちろん、近くの森にも姿はありませんでした。村に行ったのでしょうか。封印はまだ見つかっていないので急ぎではありませんが……」
黒ローブ達は総動員して生贄にするための巫女、アニスを探していた。だが、広い城内をくまなく探しても見当たらず、まさか魔物の出る森へは行っていないだろうと思いつつ外も探してみたが発見には至らなかった。
「可能性はあるが、人のいるところへは立ち入りたがらない子だからな……いや、待てよ。あの騎士崩れ共が村を潰したとか自慢げに話していたな」
「ええ」
「アニスは死者に惹かれる性質を持っている。もしかしたら呼ばれたのかもしれんな。滅ぼされた村へ行ってみろ、恐らくそこにいるはずだ」
「かしこまりました」
黒ローブはギルドラに礼をし、その場を後にした。ギルドラはそれを見送り、廊下を歩きだす。
「(アニスはどうとでもなる。それよりも封印だ……城にも文献や伝承が残されていない……魔王なら知っていたか? しかし、彼奴は行方不明……私としたことが焦ったな……しかし、獣人共を人質にしている限り、城を攻められたとてやりようはあるか。そう、ゆっくりやればいい……)」
ギルドラは封印をまだ見つけることができていなかった。この国は闇と森に囲まれた土地のため、怪しい場所などいくつもあり、一筋縄ではいかなかったのだ。
ヴァント王国と同じく、ギルドラは王族が何かを知っていると考えたが、肝心の魔王はこの城にはいなかった。
◆ ◇ ◆
「ごちそうさまでした!!」
満面の笑みで手を合わせたのはティリアだ。今日の献立はオムライスとクリームシチューで、デッドリー熊さんの素材を引き渡したお礼に野菜や鶏肉といった食材をもらっていたので利用させてもらった。調味料は俺のカバンに入れておけば腐ることも無いので、色々料理をすることができるのは大きい。
「おいしい……はむはむ……」
「カケルの料理は美味しいんだ、これだけでも生きている価値があるだろ?」
「確かに。シチューをおかわり」
感情が無いので嬉しいのかどうなのかはさっぱりわからないが、一心不乱に食べる様子は微笑ましかった。やはり子供にはオムライスかカレーなのだ。
「悪い、もう無いんだ……どこかの強欲の魔王様が全部食っちまってな。今、ブラックボアールの肉を使って仕込んでいるやつがあるからもう少し待ってくれれば別の料理を出せるぞ」
「うう……お、美味しかったもので、つい……って強欲ってなんですか!?」
「お前一人で三人分食っておいてどの口が言うんだ」
「ひゅみまへん!? もふいいまひぇん! でもお肉食べたいです!」
大食いのお子さ魔王のほっぺを引っぱってやるが、懲りていなかった。そこでレヴナントが立ち上がる。
「さて、それじゃ猫君、村長の家へ案内してくれるかい?」
(チャーさん用の魚中心のメニュー)をたらふく食べて顔を洗っていたチャーさんが、レヴナントの言葉で伸びをしたあと返事をした。
「分かった。カケル殿はどうする?」
「……レヴナントに任せる。頼めるか?」
するとレブナントは口元を緩ませてから俺を見ながら答える。
「ふふ、そう言われちゃ期待に応えるしかないね。それじゃ行こうか」
レヴナントがチャーさんと共に出て行くと、師匠が俺の横に立った。
「カケルよ、良かったのか?」
「ああ。別に逃げたりはしないと思うよ、あいつは俺達に……俺に用があるみたいだからな」
――その後、レヴナントが返って来るまで適当に雑談に華を咲かせていたが、アニスは意外と面白い子だということが分かった。
「……」
「……」
「ぷふ……だ、ダメだ! 勝てない! ぷぷ……」
「ぶい」
「そもそも感情が無いやつとにらめっこしてる時点でおかしいだろ……」
「クロウ君……酷い……」
「あ、いや……」
「嘘。気にしてない」
「こいつ……!」
と、いった具合だった。死にたいというネガティブな思考を持っている割に、人とのコミュニケーションはしっかり取れていた。
俺はそのやりとりには参加せず、チャーさんのご主人の家を見渡していた。どうやら、女性だったようで鏡があった。
「これ、なに?」
俺が色々見ていると、アニスが飽きたのかとことことやってきて、鏡がついているテーブルにあるものに興味を示した。
「ん? ……イヤリング、かな? 動物の牙か何かで作っているな」
象牙っぽいエナメルな質感がとてもきれいで、アニスも「ほー」と言いながら呟いた。
「きれい」
白いイヤリングを手に取ってはアニスに似合いそうな気がする。だが、故人のものを勝手に使うわけにはいかないだろうと、俺は元に戻すようアニスに言う。
この調子ならアニスも死にたいなどと言わなくなるかもしれないと考えていたのだが、俺が甘かった。
その夜――
◆ ◇ ◆
パチッ
かすかに仲間の気配を感じとったアニスが目を覚ます。
「……来た」
アニスは乾かしていた黒いローブをまとう。丁度その時、クロウがトイレで目を覚ましていた。
「……ん? アニス……? こんな夜中に何やってるんだ?」
「クロウ君。ごめんね、わたしは帰らないと」
「……帰る……? !……ヘルーガ教に……? どうし――」
クロウが叫ぼうとすると、アニスがクロウに手を翳す。すると、急に声が出なくなり、体が強張る。いわゆる『金縛り』という現象だった。困惑するクロウにアニスが語りかける。
「楽しい、ということがどういうことか分からないけど、今日みんなと一緒にいた時間は心がほわっとしたよ。もしかしたらこれが楽しいってことなのかもしれない」
だったら、と声の出ないクロウが目で訴えかけるが、アニスは首を振って呟く。
「一緒にいてもっとこの感覚を知りたい。でも、わたしを助けてくれたギルドラおじさんをそのままにしておけないの。帰ったら生贄にされるかもしれないけど、それはわたしも望んだことだから」
「ま、待っ――」
「嘘。声が出るの? この地に留まる還れない魂がクロウ君を縛っているのに。もっと早く会えてたら、良かったのかな……バイバイ」
降りしきる雨の中へ身を投じるアニス。直後、クロウの耳に外からの声が聞こえていた。
(おお、アニス様! ご無事で!)
(やはりギルドラ様の言っていた通りか……お一人で?)
(うん。村の人を埋めていたの)
(それはそれは……死ししてなおエアモルベーゼ様の加護がありますとも。さ、ギルドラ様がお待ちです)
(わかった)
アニスはカケル達のことを言わず、教徒に連れられて去っていく。幸い大雨のおかげで馬には気づかなかった。最後にアニスは一度だけ、クロウのいる家を振り返った。
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