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第七章:常闇と魔王の真実編
第百六十三話 クロウ
しおりを挟む「はあ……はあ……」
「あまり無理をするなクロウ少年。雨で滑る――」
ずしゃ……!
「言わんことじゃない……」
「うるさい、いいから城まで案内するんだ」
窓から抜け出してクロウとチャコシルフィドは雨の中を走っていた。ローブのフードを被り、雨を凌いではいたが雨量が多く、すでにびしょ濡れで、白いはずのローブは泥だらけになっていた。前を走って城への案内をするチャコシルフィドも白猫とは思えないほど茶色くなっていた。
「後どれくらいなんだ?」
「もうすぐだ。……見ろ」
チャコシルフィドが顔を上げると、森の隙間から城下町が見え、さらにその奥に城があった。
雨のせいか、占領されているからかは分からないが、静かな城下町へと足を踏み入れる。アニスを助けようとここまできたが、策も無く走ってきたクロウは急に不安になる。
「どうする……どうやって城へ入る? 入ったとしてアニスをどうやって見つければ……」
色々と考えを巡らすが、こういう時カケルならどうするかと頭を振る。
「……正門は恐らく無理だろう、どこか勝手口みたいな扉があれば……」
「いつもは衛兵がいるのだが、占領されているからかいないようだな。城の庭へ侵入した後、壁伝いに歩いて探してみるとしよう」
家や店の間を隠れながら移動し、クロウは城の庭へ入ることに成功。チャコシルフィドが素早く左、クロウが右から回り込むことにし、城の周りをぐるりと一周する、
「ハッ……!」
城の裏手に差し掛かった時、一つの扉を発見する。どこに通じているか分からないが、ここから……と近づいた瞬間、扉がキィっと開いた。
「(マズイ……!?)」
咄嗟に近くの植木に身を隠すと、出てきた人物が訝しむ。
「ん? 今なにか音が……」
「にゃー」
「何だ、猫か。雨の中餌でも探してるのか? ま、いいか……少しサボらせてもらうぜ……」
「(い、今の声はチャーさんか……? 助かった……)」
鳴きまねは最後の手段だと思っているクロウはどこからか鳴いてくれたチャコシルフィドに感謝しつつ様子を伺う。すると、もう一人黒ローブの男が扉から出てきた。
「おう、先客かよ」
「お前か。帰ってたのか」
「ああ、巫女様を見つけたからな……ったく、面倒だったよ」
「ははは、いいじゃないか。それで大義を成せるならな。一本どうだ?」
「もらおう。ま、巫女様も可哀相なもんだ。あの騎士に差し出すんだってよ。ふー……」
「ほう……物好きな男だ。まだ子供だろうに……ふー……」
「違いない。感情が無いのが救いかね。夕飯の後、お楽しみタイムだそうだ。おお、それと封印を見つけたらしいぞ」
「本当か!? ならこれでこの国は終わるな。他の国はどうなっているのか……」
「どうだかな。おっと、こんな時間か。そろそろ料理を運ばないとな。あの騎士共うるさいんだよな」
「今は使われてやろうじゃないか。どうせやつらもいずれ終わる。さて、俺も戻るか……おっと……」
最初に出てきた黒ローブのフードが外れると、垂れ下がった犬耳が出てきた。どうやら獣人がこの国を滅ぼすことに加担しているらしい。
「(同種族もおかまいなしか……一体あの男に何があったんだろう)」
獣人は何の恨みがあってこんなことをするのかと考えるが、聞いてみなければわからないかと一旦飲み込んだ。やがて完全に気配が無くなったことを確認し、クロウは茂みから出る。そこへチャコシルフィドが合流してきた。
「ここからしかなさそうだな」
「みたいだね。アニスがピンチみたいだ、早く行こう」
チャコシルフィドは頷き、クロウはそっと扉を開ける。二人組が施錠をしないでいたことは幸いであった。入った場所は倉庫のような場所で、上へと登る階段があった。
「慎重に行こう。その前に雨を絞っておくか……お前も絞ってやろうか?」
「遠慮する。鍋敷きにはなりたくないのでな」
チャコシルフィドがぶるぶると体を震わせている横で、クロウはローブを脱いで絞り、羽織りなおすと少し軽くなった気がした。
「……助けにきたこと、アニスは嫌がるかな……でも、僕はやっぱり死にたいなんて気にいらないよ」
「その意気だ少年。しかしあまり時間は無いぞ?」
「そうだね……せめて城の中が分かればいいんだけど……」
「吾輩が先行して偵察をしよう。その後を着いて来てくれ」
「助かるよ」
一人と一匹は頷き合い、行動を開始する。
一階の倉庫から、二階への階段を上がるとそこは厨房だった。先ほど煙草を吸っていた男がガラガラと料理をどこかへ運ぶようだ。他に人影は無い。
「大丈夫だ」
厨房出て二階の廊下へ出たクロウは、ガラガラと運ぶ男の背中を見つける。柱や、調度品を置く台などに身を隠しながらその後を追う。
食堂付近の階段下に身を隠した時、クロウは目を見開いた。
「巫女様、足元にお気を付けを」
「はい」
「(アニス……!)」
黒いローブは変わらないが、若干金の刺繍が縁どられている豪華版を纏っていた。女性の声をした黒ローブに連れられて食堂へと入っていく。チラリと見えた食堂の中には騎士や黒ローブ達がごっそり見えた。
「(どうする? 乗り込むのか?)」
「(いや、あの数を相手にするのは無理だ。やっぱり夕食後、騎士の部屋に行ったところを狙おう)」
じっと身を顰め、食事が終わるのを待つ。やがて食事が終わり、ぞろぞろと食堂から人が出てくるのを一人一人見ていく。
「(どいつだリーダーは……アニスを連れて行くやつは……)」
そこにアニスと、金髪の男、そして初老の黒ローブを着た男が放しながら出てきた。
「じゃあ、嬢ちゃん。後でな」
「はい」
「それでは用意をさせますので……」
「ああ、頼んだぜ」
「(あいつがそうか! ……あ!?)」
「(あやつ! ご主人を刺した男……!! フー!!)」
アニスはすぐに部屋へ行かないらしいということと同時に、振り向いた騎士の顔は見覚えがあった。チャコシルフィドも毛を逆立てて牙を剥く。
「(エリアランドで毒薬を渡した副隊長……!? あいつがこの騒動を? でもあいつは牢獄にいたはずじゃ……?)」
「(クロウ少年、どっちを追うのだ?)」
チャコシルフィドに囁かれハッとするクロウ。そうだ、それは今どうでもいいと、イグニスタを追うことに決めた。
クロウは階段下から動かず、体の小さいチャコシルフィドが追跡し、場所を知らせる作戦を取り、三階の部屋であることを突き止める。
「三階か……アニスが一人で来てくれればそのまま連れて行こう。隠れる場所は?」
「銅像が三階のホールにあった。そこに身を隠せば大丈夫そうだ。しかし、城の人間はどこへいったのだろうか……」
「後で調べればいいさ。行こう」
三階へと赴き、チャコシルフィドの言う銅像に身を隠す。結局、元居たはずの城の人間達が徘徊しておらず、騎士と黒ローブも数が多い訳ではないため侵入と移動自体は楽だった。
「……来た。くそ、あのおっさんも一緒か……」
アニスとギルドラがイグニスタの部屋へ入り、少し待つとギルドラが出てきて、礼をして扉を閉めた。
直後――
ぞくり
「うう……?」
「どうした?」
「いや、背筋が急に……大丈夫だ、アニスを助けよう。中はあいつ一人だ。あいつなら僕だけでも倒せるはずさ」
クロウとチャコシルフィドが扉の前に立つと、中から声が聞こえてきた。
「近くで見ればかわいい顔立ちじゃねえか。ま、胸のボリュームが欲しいところだが、我慢するか」
「何をするか知らないけど、好きにすればいいわ。どうせ明日には死ぬんだから」
「気が強いのは結構だぜ。一晩中かわいがってやるからな……もしかしたら死にたくなくなるかもしれないがな」
キヒヒ、と、嫌な笑いを浮かべるイグニスタがアニスを抱えてベッドへ投げる。
「(今日のご飯、あまり美味しくなかった。昨日食べたシチューと……オムなんとかは美味しかったな)」
自分がこれから何をされるのかは薄々感づいていたが、どうでもいいと目を瞑る。思い出されるのは昨日の夜、あの小さな家で過ごしたことだった。
「(わたしはギルドラおじさんに恩を返さないといけない。ごめんねクロウ君)」
「さて! それじゃ楽しませてもらおうかな!」
イグニスタが叫び、アニスのローブに手をかけたその時、静かに扉を開けてクロウがなだれ込んでくる!
「≪漆黒の刃≫!」
「んなぁにぃ!?」
黒い斬撃がイグニスタを襲う。腕は斬れるかもしれないが、死にはしないハズ、もらったとクロウは思っていた。
だが!
「……なぁんてな! はぁ!」
ガキン! ザン!
「え!? 漆黒の刃を素手で弾いた!?」
弾かれた刃が壁を傷つけて霧散し、驚愕するクロウ。イグニスタがベッドから降りながら指を鳴らす。
「ネズミが入りこんでいたことなんざお見通しなんだよ」
「フー! 吾輩は猫だ!」
「見りゃわかるよ!? そういうことじゃねぇ! ……というかてめぇ、俺を嵌めた黒ローブじゃねぇか!? なんでこんなところにいやがる!?」
「それはお互い様だと思うけどね。それにクスリを渡したのはそうだけど、失敗したのは君に実力が無かったからじゃないのかい?」
「チッ、言うじゃねぇか」
「クロウ君、どうして」
アニスが身を起こし、じっとクロウの目を見ながら呟く。
「僕は僕のやりたいようにしたいからここに来た。アニスは連れて帰る」
「はっ、ガキ同士が恋愛ごっこってか? 丁度いい、お前に嵌められた恨みを晴らさせてもらうぞ」
「負けられない……!」
クロウがチャクラムを取り出して構えると、アニスが叫ぶ!
「クロウ君! 後ろ!」
「え?」
「はっはっは! 私が戻ったとでも思ったのかね?」
アニスの声でクロウが振り向くと、満面の笑みを浮かべたギルドラが、クロウの頭にメイスを振りかぶっていた。
ゴッ……! ゴトリ……
「少年!? しっかりしろクロウ少年!」
意識を失う直前、クロウの耳にはチャコシルフィドの声が遠く聞こえていた――
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