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(番外編)カピバラと神様
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営業先で先方が交通渋滞により遅れると連絡が入ったときには既に現場近くに着いていた。
事務所に戻るのも面倒なので、すぐ近くの小さな動物園で時間を潰すことにした。
確か小学校の遠足で来たとき以来だな。
園内は年季が入っているが清潔さが保たれている。平日だからか人は少ない。
ぶらぶらと見回っていると「ふれあいコーナー」と書かれたカピバラゾーンを見つけた。
柵の中で思い思いに過ごしている5匹のカピバラたち。
それぞれ名前が付けられているらしく、可愛らしく飾られた名前紹介の看板の写真を見ても正直顔の見分けがつかない。
一匹だけシゲじいに似ているカピバラがいる。そういえばシゲじいはいつも神社の温泉に入っているイメージだけど、たまにいない時もある。
俺と初めて会ったときも山の中だったしな。
でもこのよく似たカピバラがシゲじいなわけがないし。動物園にいたらおかしいだろ。
柵のはしにカピバラのおやつが売っていたのでせっかくだから買うことにした。
キャベツ、リンゴ、カボチャが種類別に透明容器に入れられていて、おやつ代を入れるための箱がセットされている。
どれを買おうかな?
「ワシはリンゴがいいのぅ。」
「やっぱシゲじいかよ!」
おかしいと思ったんだ。なぜならここにいるカピバラは5匹。でも紹介看板には4匹分しか書かれていない。
シゲじいとおやつ目当てにやってきた少し小さなカピバラにリンゴをあげる。
「こんなとこで何してんの?」
「ここはワシの"おやつポイント"じゃ。新鮮な牧草とおやつがいつでも食べられるんじゃぞ。」
1匹増えていても意外とバレないらしい。
それにシゲじいは物の怪なので"見える人"は見えるし、"見えない人"には全く認識されないとのこと。
ここの飼育員は"見えない人"らしい。
「それにここには定期的に"柚子"が入荷されるからいつもちょっと失敬しておるんじゃ。」
それ窃盗。
いつも持ってくる神社へのお供え物がまさか盗品だったなんて。
いや、でも妖怪の悪戯と思えばまぁ有りなのか?
「そうじゃ、童が最近神社に来ておらんから椿様に様子を見てこいと言われたんじゃった。忘れておったわ。」
小さな会社と言っても繁忙期くらいはある。
最近の休みの日はたまった家事と休息に費やしてしまっていた。
「わかった。次の休みには必ず行くよ。それよりも椿様に言われたことを忘れてシゲじいは怒られないのか?」
「フォフォフォ。ワシは椿様の眷属というわけではないからの。」
***************************
ワシが椿様と会ったのはいつだったか。
己がただの動物ではないと勘付いたのは仲間との寿命のズレだった。
群れの仲間がどんどん入れ替わるのにワシはいつまでも変わらない。
そして怪我をしようと病になろうと決して死ぬことができないとも知った。
仲間もワシを異物と見なすようになったので群れから離れ、人の近くで暮らすようになった。
人の言葉も理解できるようになって、世界は広いということを知った。
そこから好奇心の赴くまま世界を旅した。
うっかり密猟者に捕まったこともあったが、己を認識できる人が少なかったので色んな乗り物を乗り継いであちこちへ行った。
童には100歳を超えていると言ったが、「年齢」を理解できるようになってから数え始めて、100歳を超えると数えるのをやめてしまったので実際はもっとあるだろう。
そんな中、乗っていた船が海で難破したので泳いでたどり着いたのが日本だった。
そこでワシは温泉を知った。
日本はどこに行っても温泉がある。それぞれ香りも肌触りも違っていてとても良い。
そうしているうちに山奥の神社で椿様に会った。
神という存在は知ってはいたが、会うのは初めてだったのでしばらく話し相手をするようになった。
神様は八峯乃海石榴と名乗ったが長くて覚えられないので椿様と呼ぶことにした。
そのころ椿様は「陰の力」を持て余していて浄化したいと悩んでいた。
浄化といえば心が洗われるということと解釈し、温泉の存在を教えたら椿様は神社に温泉を作った。
そしてワシは神の湯の虜になってしまった。
そこから成り行きで「陰の力」に取り憑かれた山の野生動物たちを神社の温泉まで誘導するという手伝いを始めた。
たまに来る狛狐から「物の怪風情が神に馴れ馴れしいぞ」と絡まれるようになったが、彼は椿様から良いように小間使いにされていて気の毒だから放っておいた。
ときどき椿様から「眷属にならないか」と誘われたが、狛狐のようにこき使われそうなのでお断りした。
長い間そのように過ごしていたある日、山に迷い込んだ小さな童がいた。
ワシの姿は子供には認識しやすいらしく、その童も例外ではなかった。
そしてワシのことを「大きいネズミ」と言うのでつい訂正してしまった。
度胸のある小さな童はワシと椿様の中に容易に入り込んできた。
そこから孫の成長を見る気持ちで童と過ごしてきたが、ある日突然その縁は切られることになる。
再び童と邂逅したとき、ワシは大人になったあの子だと気付かなかった。人間の成長は早いものだ。幼い頃の面影があったのですぐにあの子だとわかった。
椿様に会わせるときには年甲斐もなくワクワクしたものじゃった。
椿様も最初は気付かなかったが内に持つ縁の強さですぐにわかったようだった。
いつか童が嫁入りしたらワシはまた旅に出よう。
神社から出ることができない椿様と、嫁入りしたら同じくこの地に縛られることになる童のために沢山の土産物を用意しよう。
終わりが見えない寿命の中、一人ぼっちの神様と過ごすのも悪くないと思っておったが、思いがけず孫みたいな子が増えてこれぞまさに僥倖じゃ。
終わり
*******************
完結です。
読んでいただきありがとうございました。
事務所に戻るのも面倒なので、すぐ近くの小さな動物園で時間を潰すことにした。
確か小学校の遠足で来たとき以来だな。
園内は年季が入っているが清潔さが保たれている。平日だからか人は少ない。
ぶらぶらと見回っていると「ふれあいコーナー」と書かれたカピバラゾーンを見つけた。
柵の中で思い思いに過ごしている5匹のカピバラたち。
それぞれ名前が付けられているらしく、可愛らしく飾られた名前紹介の看板の写真を見ても正直顔の見分けがつかない。
一匹だけシゲじいに似ているカピバラがいる。そういえばシゲじいはいつも神社の温泉に入っているイメージだけど、たまにいない時もある。
俺と初めて会ったときも山の中だったしな。
でもこのよく似たカピバラがシゲじいなわけがないし。動物園にいたらおかしいだろ。
柵のはしにカピバラのおやつが売っていたのでせっかくだから買うことにした。
キャベツ、リンゴ、カボチャが種類別に透明容器に入れられていて、おやつ代を入れるための箱がセットされている。
どれを買おうかな?
「ワシはリンゴがいいのぅ。」
「やっぱシゲじいかよ!」
おかしいと思ったんだ。なぜならここにいるカピバラは5匹。でも紹介看板には4匹分しか書かれていない。
シゲじいとおやつ目当てにやってきた少し小さなカピバラにリンゴをあげる。
「こんなとこで何してんの?」
「ここはワシの"おやつポイント"じゃ。新鮮な牧草とおやつがいつでも食べられるんじゃぞ。」
1匹増えていても意外とバレないらしい。
それにシゲじいは物の怪なので"見える人"は見えるし、"見えない人"には全く認識されないとのこと。
ここの飼育員は"見えない人"らしい。
「それにここには定期的に"柚子"が入荷されるからいつもちょっと失敬しておるんじゃ。」
それ窃盗。
いつも持ってくる神社へのお供え物がまさか盗品だったなんて。
いや、でも妖怪の悪戯と思えばまぁ有りなのか?
「そうじゃ、童が最近神社に来ておらんから椿様に様子を見てこいと言われたんじゃった。忘れておったわ。」
小さな会社と言っても繁忙期くらいはある。
最近の休みの日はたまった家事と休息に費やしてしまっていた。
「わかった。次の休みには必ず行くよ。それよりも椿様に言われたことを忘れてシゲじいは怒られないのか?」
「フォフォフォ。ワシは椿様の眷属というわけではないからの。」
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ワシが椿様と会ったのはいつだったか。
己がただの動物ではないと勘付いたのは仲間との寿命のズレだった。
群れの仲間がどんどん入れ替わるのにワシはいつまでも変わらない。
そして怪我をしようと病になろうと決して死ぬことができないとも知った。
仲間もワシを異物と見なすようになったので群れから離れ、人の近くで暮らすようになった。
人の言葉も理解できるようになって、世界は広いということを知った。
そこから好奇心の赴くまま世界を旅した。
うっかり密猟者に捕まったこともあったが、己を認識できる人が少なかったので色んな乗り物を乗り継いであちこちへ行った。
童には100歳を超えていると言ったが、「年齢」を理解できるようになってから数え始めて、100歳を超えると数えるのをやめてしまったので実際はもっとあるだろう。
そんな中、乗っていた船が海で難破したので泳いでたどり着いたのが日本だった。
そこでワシは温泉を知った。
日本はどこに行っても温泉がある。それぞれ香りも肌触りも違っていてとても良い。
そうしているうちに山奥の神社で椿様に会った。
神という存在は知ってはいたが、会うのは初めてだったのでしばらく話し相手をするようになった。
神様は八峯乃海石榴と名乗ったが長くて覚えられないので椿様と呼ぶことにした。
そのころ椿様は「陰の力」を持て余していて浄化したいと悩んでいた。
浄化といえば心が洗われるということと解釈し、温泉の存在を教えたら椿様は神社に温泉を作った。
そしてワシは神の湯の虜になってしまった。
そこから成り行きで「陰の力」に取り憑かれた山の野生動物たちを神社の温泉まで誘導するという手伝いを始めた。
たまに来る狛狐から「物の怪風情が神に馴れ馴れしいぞ」と絡まれるようになったが、彼は椿様から良いように小間使いにされていて気の毒だから放っておいた。
ときどき椿様から「眷属にならないか」と誘われたが、狛狐のようにこき使われそうなのでお断りした。
長い間そのように過ごしていたある日、山に迷い込んだ小さな童がいた。
ワシの姿は子供には認識しやすいらしく、その童も例外ではなかった。
そしてワシのことを「大きいネズミ」と言うのでつい訂正してしまった。
度胸のある小さな童はワシと椿様の中に容易に入り込んできた。
そこから孫の成長を見る気持ちで童と過ごしてきたが、ある日突然その縁は切られることになる。
再び童と邂逅したとき、ワシは大人になったあの子だと気付かなかった。人間の成長は早いものだ。幼い頃の面影があったのですぐにあの子だとわかった。
椿様に会わせるときには年甲斐もなくワクワクしたものじゃった。
椿様も最初は気付かなかったが内に持つ縁の強さですぐにわかったようだった。
いつか童が嫁入りしたらワシはまた旅に出よう。
神社から出ることができない椿様と、嫁入りしたら同じくこの地に縛られることになる童のために沢山の土産物を用意しよう。
終わりが見えない寿命の中、一人ぼっちの神様と過ごすのも悪くないと思っておったが、思いがけず孫みたいな子が増えてこれぞまさに僥倖じゃ。
終わり
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完結です。
読んでいただきありがとうございました。
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