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一章 押しかけ弟子は金髪キラキラ英国青年
好きを言うのがダメなら……
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◇ ◇ ◇
翌日、俺は愛車の四駆SUVに乗って漆芸館へと向かう。
町までは峠道。道路は細く、片側は山の斜面が続いている。生え茂る草木は紅葉が進み、観光客には風情がある光景と喜ばれるが、見慣れた俺には冬のカウントダウンにしか見えず軽く憂鬱だ。
隣には未だ顔が腫れぼったいライナスが乗っている。昨夜はしっかりと寝れなかったようだが、信号待ちで横顔を見やる限りは嬉しそうに笑っている。
一日だけじゃあ懲りないか。本当に根性だけは異常にある奴だ。そこは認める。
俺が運転している最中、ライナスから小さな鼻歌が聞こえてきた。
「カツミさんと一緒に居られて、ウレシイです。シアワセです」
「妙なことを言うな。俺なんかと一緒にいて、何が良いって言うんだ……」
「好きな人と一緒ですから。ウレシイに決まりです!」
時々ライナスは言葉がおかしくなる。俺は眉間を揉みながら、どう注意すべきかを考える。
「ライナス……師匠に対しては好きと言うより、尊敬と言ったほうが適切だ」
「……? シショーでも好きなものは好きですよ?」
「俺のどこがいいんだ。愛想のないつまらん男だぞ?」
「でしたら目的地へ到着するまで、カツミさんの魅力を語ります。まず顔がクール。職人オブ職人。オーラがすごい。料理、上手。瞳がキレイ。ワタシのミューズ――」
それはもう嬉々とした声で言い募られ、俺の顔が大きく引きつった。
「やめろ。鳥肌が立つ」
「なぜですか? 好きだと言わずに、どうやって好きだと伝えればいいのですか?」
「伝えなくていい。黙っていてくれ」
「……なるほど。分かりました」
ライナスがおとなしく引き下がってくれる。物分かりがよくて助かったと胸を撫で下ろしながら、俺は漆芸館の裏の駐車場へ車を停める。
息をつきながら降りると、先に助手席を降りたライナスが俺を迎える。そして――ライナスが俺の頬へ口付けた。
「……っ!?」
慌てて俺は顔を離し、未だ柔らかな唇の感触が残る頬を手で押さえた。
「い、い、いきなり、何をっ!」
「カツミさんが、好きを言うのはダメと言ったので」
「馬鹿野郎! 行動に移せってことじゃ……ああっ、このっ」
動揺で上手く言葉が出てこない。口を震わせる俺へ、ライナスが一切悪びれない笑顔を浮かべた。
「なるほどです。言うより伝わります」
「盛大に誤解を招くだけだ! 今のは絶対やめろ! 二度と! お前の所なら挨拶程度かもしれないがっ! 俺にはやめてくれ!」
「誤解……?」
不思議そうにライナスが首を傾げる。駄目だ。言えば言うほど酷くなる気しかしない。俺はため息をついて首を横に振る。
「とにかくやめろ。いいな?」
「……分かりました」
「じゃあついて来い。辻口に相談しないとな」
無理に気持ちを切り替えて、俺は漆芸館の裏口から中へと入り、すぐ右手にある来賓室へ行く。そしてライナスをソファに座らせた後、受話器を取って内線をかける。
『はい、事務室です』
「幸正だ。辻口館長は?」
『今こちらにおりますよ。変わります――あ、今そちらに向かうそうです』
「ありがとう。来賓室にいると伝えてくれ」
事務の女性に伝えてすぐに受話器を置けば、ライナスが俺をジッと見つめていることに気づく。
漆芸以外も熱心だな。俺のすべてを真似る気なのか? ライナスの感覚は俺には謎過ぎる。
凝視されて背筋にざわつきを覚えながら、俺はライナスの隣へ座る。もちろんしっかりと間を空けて。しかし俺が保ちたい距離感を無視して、ライナスは軽く腰を浮かして俺との間を詰めてくる。
体がくっつきはしないが、ほのかに熱を感じる距離。特にライナスは体温が高いらしく、よく伝わってくる。
「こら、くっつくな。距離が近すぎるぞライナス」
「ダメですか? 好きだと分かってもらえると思って」
「くどいぞ。分からせようとするな。お前がなぜか俺みたいな偏屈不愛想男が好きだってことは分かったから」
「ホントに?」
「ああ。だからやめろ」
「分かって、ワタシを置いてくれるんですか?」
身を乗り出して俺に顔を近づけるライナスの目が丸い。
なぜ今さら驚く? あからさまに俺が顔をしかめていると、辻口がにこやかに入ってきた。
翌日、俺は愛車の四駆SUVに乗って漆芸館へと向かう。
町までは峠道。道路は細く、片側は山の斜面が続いている。生え茂る草木は紅葉が進み、観光客には風情がある光景と喜ばれるが、見慣れた俺には冬のカウントダウンにしか見えず軽く憂鬱だ。
隣には未だ顔が腫れぼったいライナスが乗っている。昨夜はしっかりと寝れなかったようだが、信号待ちで横顔を見やる限りは嬉しそうに笑っている。
一日だけじゃあ懲りないか。本当に根性だけは異常にある奴だ。そこは認める。
俺が運転している最中、ライナスから小さな鼻歌が聞こえてきた。
「カツミさんと一緒に居られて、ウレシイです。シアワセです」
「妙なことを言うな。俺なんかと一緒にいて、何が良いって言うんだ……」
「好きな人と一緒ですから。ウレシイに決まりです!」
時々ライナスは言葉がおかしくなる。俺は眉間を揉みながら、どう注意すべきかを考える。
「ライナス……師匠に対しては好きと言うより、尊敬と言ったほうが適切だ」
「……? シショーでも好きなものは好きですよ?」
「俺のどこがいいんだ。愛想のないつまらん男だぞ?」
「でしたら目的地へ到着するまで、カツミさんの魅力を語ります。まず顔がクール。職人オブ職人。オーラがすごい。料理、上手。瞳がキレイ。ワタシのミューズ――」
それはもう嬉々とした声で言い募られ、俺の顔が大きく引きつった。
「やめろ。鳥肌が立つ」
「なぜですか? 好きだと言わずに、どうやって好きだと伝えればいいのですか?」
「伝えなくていい。黙っていてくれ」
「……なるほど。分かりました」
ライナスがおとなしく引き下がってくれる。物分かりがよくて助かったと胸を撫で下ろしながら、俺は漆芸館の裏の駐車場へ車を停める。
息をつきながら降りると、先に助手席を降りたライナスが俺を迎える。そして――ライナスが俺の頬へ口付けた。
「……っ!?」
慌てて俺は顔を離し、未だ柔らかな唇の感触が残る頬を手で押さえた。
「い、い、いきなり、何をっ!」
「カツミさんが、好きを言うのはダメと言ったので」
「馬鹿野郎! 行動に移せってことじゃ……ああっ、このっ」
動揺で上手く言葉が出てこない。口を震わせる俺へ、ライナスが一切悪びれない笑顔を浮かべた。
「なるほどです。言うより伝わります」
「盛大に誤解を招くだけだ! 今のは絶対やめろ! 二度と! お前の所なら挨拶程度かもしれないがっ! 俺にはやめてくれ!」
「誤解……?」
不思議そうにライナスが首を傾げる。駄目だ。言えば言うほど酷くなる気しかしない。俺はため息をついて首を横に振る。
「とにかくやめろ。いいな?」
「……分かりました」
「じゃあついて来い。辻口に相談しないとな」
無理に気持ちを切り替えて、俺は漆芸館の裏口から中へと入り、すぐ右手にある来賓室へ行く。そしてライナスをソファに座らせた後、受話器を取って内線をかける。
『はい、事務室です』
「幸正だ。辻口館長は?」
『今こちらにおりますよ。変わります――あ、今そちらに向かうそうです』
「ありがとう。来賓室にいると伝えてくれ」
事務の女性に伝えてすぐに受話器を置けば、ライナスが俺をジッと見つめていることに気づく。
漆芸以外も熱心だな。俺のすべてを真似る気なのか? ライナスの感覚は俺には謎過ぎる。
凝視されて背筋にざわつきを覚えながら、俺はライナスの隣へ座る。もちろんしっかりと間を空けて。しかし俺が保ちたい距離感を無視して、ライナスは軽く腰を浮かして俺との間を詰めてくる。
体がくっつきはしないが、ほのかに熱を感じる距離。特にライナスは体温が高いらしく、よく伝わってくる。
「こら、くっつくな。距離が近すぎるぞライナス」
「ダメですか? 好きだと分かってもらえると思って」
「くどいぞ。分からせようとするな。お前がなぜか俺みたいな偏屈不愛想男が好きだってことは分かったから」
「ホントに?」
「ああ。だからやめろ」
「分かって、ワタシを置いてくれるんですか?」
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なぜ今さら驚く? あからさまに俺が顔をしかめていると、辻口がにこやかに入ってきた。
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