おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

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二章 『好き』は一日一回まで

外者への偏見

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 部屋を出て辻口とともに研修室へ向かえば、近づくにつれて声がはっきりと聞こえてくる。

 地元訛りの意味が聞き取りにくい話し方。それでも耳を澄ませば、地元民である俺たちならどうにか理解できる。

「なんでおめぇみたいなモンが、ここにおるんや! ここ漆やるとこやぞ? なして本なんか――」

 ……ああ、ライナスに言ってるのか。
 まだ状況を直接見ずとも事態を把握して、俺は廊下を走り出した。

 研修室に入ると、窓際の隅の席に座って本を読んでいたライナスが、白髪の老人に怒鳴られている最中だった。

 小柄で目鼻が小さく、常にしかめ面した気難しい職人。俺はすぐさま彼に駆け寄った。

「どうかしましたか、水仲さん? 彼が何かしましたか?」

「おお幸正のせがれ。見てみい、どう見ても部外者やろコレ。さっさと出てけって言っとるんじゃが、なんも動こうとせん。みんな困るじゃろ。なあ?」

 同意を求めて水仲さんが周りを見渡す。濱中を含めた研修生が気まずそうに目を泳がしている。

 ライナスは漆芸館の館長である辻口の了承を得て、俺がここで仕事している間は研修室にいる。たぶん誰か説明はしたのだろう。だが水仲さんは腕利きの職人だが、人の話をあまり聞かない。話が通じなくて研修生たちが困っているのがよく分かる。

 そして当事者であるライナスは、水仲さんの話が聞き取れず、こちらも珍しく眉をひそめて困り顔を作っている。若い連中からどうすればいいかと助けを求める目を一斉に向けられ、俺はため息をついて腹を括るしかなかった。

「水仲さん、すみません。ライナスは俺の弟子です」

「……なんやと?」

「俺が観光客に塗りを見せている間、ここで待っていてもらっているんです。ちゃんと辻口館長の了解はもらっていま――」

「おま、こんな金髪の余所もんを弟子にしたんか! ありえんやろ。ここのもんと違うのに、伝統なんか分かるもんか」

 くっ。排除ありきで考えているから話が通じない。
 余所者を入れたくないという水仲さんの気持ちも分からなくはない。俺も閉鎖的な男だ。そもそも好きで取った弟子じゃない。

 それに伝統工芸は世襲で受け継がれることが多い。水仲さんのように、身内ではないだけで拒否反応を示す者も珍しくない。それを分かった上で、俺はライナスの傍に立った。

「ライナスは将来的にここで長くやりたくて、言葉の勉強をしていたんです。俺がそう指示を出しました。研修生たちの了承は得ているし、邪魔もしていない」

「邪魔じゃろうが。視界に入るだけで気が散る」

「事情を一切知らない水仲さんが今は部外者です。迷惑なので騒ぎ立てないで下さい」

 口に出しながら、しまった……と俺は気づく。

 言い合いの燃料を継ぎ足してしまったぞ。
 ベテランから見れば、俺はまだまだ若造の部類。そんな男から注意されて、水仲さんが良い気分になるはずがない。案の定、水仲さんは顔を赤くして俺を睨みつけてきた。

「本当にお前ん所は……っ! 親も親なら子も子やな。お前らは伝統守る気なんざ一切ないもんなあ。そうやって伝統壊しても、自分らの利益さえあればいいもんなあ」

「……親父は関係ありません」

「関係あるやろ。お前を育てたんじゃから――」

 やばい。頭に血が上って手が出そうだ。
 拳を固く握って俺が怒りを押し殺していると、辻口が俺たちの間に入り、水仲さんへ朗らかな笑みを向けた。

「落ち着いて水仲さんっ。理解できるまで説明しますから、応接ルームへ来て下さい」

 俺と同じ年齢でも辻口は館長兼問屋の社長。
 この中で最も大きな肩書を持つ辻口に、水仲さんの態度は軟化する。

「オレの話も聞いてくれんか、辻口? 最近の若いもんときたら、新しいモンばっかりに食いついて、昔っからのモンに見向きもせん――」

「水仲さんのお話も聞かせて頂きますから。ほら、こっち来て下さい。山ノ中名物のニャオニャオ饅頭もお出ししますから」

 辻口に手招かれ、水仲さんは部屋を出ていく。一瞬見えた辻口の横顔はいつもの微笑だったが、眉だけは困り眉で気苦労が見て取れた。

 多忙なクセに、辻口はああやって職人の愚痴に付き合うことがままある。絶対に俺にはできないことで尊敬する。

 廊下でも愚痴をぶつける水仲さんの声が聞こえていたが、次第に遠くなって完全に聞こえなくなる。誰ともなく、部屋にいくつものため息が響く。

 ようやく危機は去ったという安堵の息。しかしライナスからは聞こえてこなかった。
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