おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

文字の大きさ
24 / 79
二章 『好き』は一日一回まで

嫌なことより上回る嬉しさ

しおりを挟む
「……すみません。ワタシのせいです」

 掠れ声で謝罪するライナスを見やれば、さすがにいつもの明るい顔が翳っている。

 思わず俺は手を伸ばし、ライナスの頭を撫でた。

「お前は悪くない。俺の指示を守っていただけだ。むしろ水仲さんは部外者だ。事情を何も知らずに騒いだんだから、むしろあっちが悪い」

 俺が言い切ってしまうと、濱中から吹き出す声が聞こえてきた。

「確かにそうですね。ここを使っている俺たちも辻口館長も認めているのにケチつけるなんて」

 濱中の声に他の研修生たちも「そうだよな」とざわつき、俺たちの意見に同調し始める。
 これでライナスが今まで通りここで俺を待てるだろう。ここは俺以外の人間と接点が生まれる貴重な場所でもある。できれば出入り禁止の流れになって欲しくない。俺より良いヤツは山ほどいると気づけば、俺への懸想も収まるだろうから――。

 ふとライナスから視線を感じてそちらを見れば、もう翳りは消え去り、瞳を輝かせて俺を見上げていた。頬が赤くなって、物凄く喜んでいるのが分かる。犬のしっぽでもあれば間違いなくブンブン振り回している。

 嬉々としているライナスに俺が内心引いていると、こちらに寄って来た濱中が俺に耳打ちした。

「幸正さん。彼に諦めて欲しいんですよね?」

「ああ、そうだが」

「だったら頭は撫でないほうが良いですよ。誤解の元です」

 指摘されて、俺は自分のやらかしたことに初めて気づく。

「いや、あれは……っ」

「このままだと、絆されて流されて一生一緒の生活を送りそうな気がするんですけど」

 なぜか濱中の目が据わっていて、俺は思わずたじろいでしまう。

 師弟関係は渋々だが受け入れた。だが愛だの恋だのは別だ。今だって無理の一択だ。住み込み弟子で情が移ったせいで、思わず手が伸びただけだ。他意はない。俺は慌てて首を横に振る。

「あり得ないからな。俺は独りでやっていきたいんだ。今の状態も一時的だ」

「でしたらもう少し自覚して下さい」

 コソコソと小声で話し合う俺たちを、ライナスが不思議そうに見つめてくる。

「もしかしてカツミさん、ハマナカさんとパートナー?」

 それはもう幼子が純粋な気持ちで尋ねるように問われ、俺は全身を強張らせる。濱中も同様だ。

 俺たちは同時に振り向き、全力で首を横に振った。

「違う! 断じて違う!」

「そうです。尊敬していますが、俺の好みじゃありません」

 誤解しようがない否定っぷり。濱中、ありがとう。
 心からの即答に感謝していると、濱中は淡々とした表情のまま話を続ける。

「そういうことは安易に言わないで下さい。俺の好きな人に誤解されたくないです」

 濱中、好きなヤツがいたのか! お前は俺と同じ、好きな者を作らない側だと思っていたのに。

 なぜか勝手に軽く裏切られたような気分になっていると、おもむろに濱中は俺の肩を叩き、壁の時計を顎で指示した。

「そろそろ開館しますよ」

「もうこんな時間か! すまない濱中。ライナス、また後でな」

 俺は慌ただしく研修室を出ようとする。

 去り際に見えたライナスの顔に、思わず胸が詰まる。
 まるで自分がこの世で一番幸せだとでも言いたげな笑顔。俺が撫でた頭を両手で押さえながら――。

 嫌な思いをしただろうに、俺のことで頭がいっぱいなのか。本当にライナスは俺のことが好きらしい。まったく理解できん。理解したくもないが。

 廊下を歩きながら俺は舌打ちする。早足のせいか鼓動が走り気味だ。心なしか耳も熱を帯びている。

 一旦立ち止まって深呼吸してみるが、なかなか落ち着いてはくれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

処理中です...