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二章 『好き』は一日一回まで
嫌なことより上回る嬉しさ
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「……すみません。ワタシのせいです」
掠れ声で謝罪するライナスを見やれば、さすがにいつもの明るい顔が翳っている。
思わず俺は手を伸ばし、ライナスの頭を撫でた。
「お前は悪くない。俺の指示を守っていただけだ。むしろ水仲さんは部外者だ。事情を何も知らずに騒いだんだから、むしろあっちが悪い」
俺が言い切ってしまうと、濱中から吹き出す声が聞こえてきた。
「確かにそうですね。ここを使っている俺たちも辻口館長も認めているのにケチつけるなんて」
濱中の声に他の研修生たちも「そうだよな」とざわつき、俺たちの意見に同調し始める。
これでライナスが今まで通りここで俺を待てるだろう。ここは俺以外の人間と接点が生まれる貴重な場所でもある。できれば出入り禁止の流れになって欲しくない。俺より良いヤツは山ほどいると気づけば、俺への懸想も収まるだろうから――。
ふとライナスから視線を感じてそちらを見れば、もう翳りは消え去り、瞳を輝かせて俺を見上げていた。頬が赤くなって、物凄く喜んでいるのが分かる。犬のしっぽでもあれば間違いなくブンブン振り回している。
嬉々としているライナスに俺が内心引いていると、こちらに寄って来た濱中が俺に耳打ちした。
「幸正さん。彼に諦めて欲しいんですよね?」
「ああ、そうだが」
「だったら頭は撫でないほうが良いですよ。誤解の元です」
指摘されて、俺は自分のやらかしたことに初めて気づく。
「いや、あれは……っ」
「このままだと、絆されて流されて一生一緒の生活を送りそうな気がするんですけど」
なぜか濱中の目が据わっていて、俺は思わずたじろいでしまう。
師弟関係は渋々だが受け入れた。だが愛だの恋だのは別だ。今だって無理の一択だ。住み込み弟子で情が移ったせいで、思わず手が伸びただけだ。他意はない。俺は慌てて首を横に振る。
「あり得ないからな。俺は独りでやっていきたいんだ。今の状態も一時的だ」
「でしたらもう少し自覚して下さい」
コソコソと小声で話し合う俺たちを、ライナスが不思議そうに見つめてくる。
「もしかしてカツミさん、ハマナカさんとパートナー?」
それはもう幼子が純粋な気持ちで尋ねるように問われ、俺は全身を強張らせる。濱中も同様だ。
俺たちは同時に振り向き、全力で首を横に振った。
「違う! 断じて違う!」
「そうです。尊敬していますが、俺の好みじゃありません」
誤解しようがない否定っぷり。濱中、ありがとう。
心からの即答に感謝していると、濱中は淡々とした表情のまま話を続ける。
「そういうことは安易に言わないで下さい。俺の好きな人に誤解されたくないです」
濱中、好きなヤツがいたのか! お前は俺と同じ、好きな者を作らない側だと思っていたのに。
なぜか勝手に軽く裏切られたような気分になっていると、おもむろに濱中は俺の肩を叩き、壁の時計を顎で指示した。
「そろそろ開館しますよ」
「もうこんな時間か! すまない濱中。ライナス、また後でな」
俺は慌ただしく研修室を出ようとする。
去り際に見えたライナスの顔に、思わず胸が詰まる。
まるで自分がこの世で一番幸せだとでも言いたげな笑顔。俺が撫でた頭を両手で押さえながら――。
嫌な思いをしただろうに、俺のことで頭がいっぱいなのか。本当にライナスは俺のことが好きらしい。まったく理解できん。理解したくもないが。
廊下を歩きながら俺は舌打ちする。早足のせいか鼓動が走り気味だ。心なしか耳も熱を帯びている。
一旦立ち止まって深呼吸してみるが、なかなか落ち着いてはくれなかった。
掠れ声で謝罪するライナスを見やれば、さすがにいつもの明るい顔が翳っている。
思わず俺は手を伸ばし、ライナスの頭を撫でた。
「お前は悪くない。俺の指示を守っていただけだ。むしろ水仲さんは部外者だ。事情を何も知らずに騒いだんだから、むしろあっちが悪い」
俺が言い切ってしまうと、濱中から吹き出す声が聞こえてきた。
「確かにそうですね。ここを使っている俺たちも辻口館長も認めているのにケチつけるなんて」
濱中の声に他の研修生たちも「そうだよな」とざわつき、俺たちの意見に同調し始める。
これでライナスが今まで通りここで俺を待てるだろう。ここは俺以外の人間と接点が生まれる貴重な場所でもある。できれば出入り禁止の流れになって欲しくない。俺より良いヤツは山ほどいると気づけば、俺への懸想も収まるだろうから――。
ふとライナスから視線を感じてそちらを見れば、もう翳りは消え去り、瞳を輝かせて俺を見上げていた。頬が赤くなって、物凄く喜んでいるのが分かる。犬のしっぽでもあれば間違いなくブンブン振り回している。
嬉々としているライナスに俺が内心引いていると、こちらに寄って来た濱中が俺に耳打ちした。
「幸正さん。彼に諦めて欲しいんですよね?」
「ああ、そうだが」
「だったら頭は撫でないほうが良いですよ。誤解の元です」
指摘されて、俺は自分のやらかしたことに初めて気づく。
「いや、あれは……っ」
「このままだと、絆されて流されて一生一緒の生活を送りそうな気がするんですけど」
なぜか濱中の目が据わっていて、俺は思わずたじろいでしまう。
師弟関係は渋々だが受け入れた。だが愛だの恋だのは別だ。今だって無理の一択だ。住み込み弟子で情が移ったせいで、思わず手が伸びただけだ。他意はない。俺は慌てて首を横に振る。
「あり得ないからな。俺は独りでやっていきたいんだ。今の状態も一時的だ」
「でしたらもう少し自覚して下さい」
コソコソと小声で話し合う俺たちを、ライナスが不思議そうに見つめてくる。
「もしかしてカツミさん、ハマナカさんとパートナー?」
それはもう幼子が純粋な気持ちで尋ねるように問われ、俺は全身を強張らせる。濱中も同様だ。
俺たちは同時に振り向き、全力で首を横に振った。
「違う! 断じて違う!」
「そうです。尊敬していますが、俺の好みじゃありません」
誤解しようがない否定っぷり。濱中、ありがとう。
心からの即答に感謝していると、濱中は淡々とした表情のまま話を続ける。
「そういうことは安易に言わないで下さい。俺の好きな人に誤解されたくないです」
濱中、好きなヤツがいたのか! お前は俺と同じ、好きな者を作らない側だと思っていたのに。
なぜか勝手に軽く裏切られたような気分になっていると、おもむろに濱中は俺の肩を叩き、壁の時計を顎で指示した。
「そろそろ開館しますよ」
「もうこんな時間か! すまない濱中。ライナス、また後でな」
俺は慌ただしく研修室を出ようとする。
去り際に見えたライナスの顔に、思わず胸が詰まる。
まるで自分がこの世で一番幸せだとでも言いたげな笑顔。俺が撫でた頭を両手で押さえながら――。
嫌な思いをしただろうに、俺のことで頭がいっぱいなのか。本当にライナスは俺のことが好きらしい。まったく理解できん。理解したくもないが。
廊下を歩きながら俺は舌打ちする。早足のせいか鼓動が走り気味だ。心なしか耳も熱を帯びている。
一旦立ち止まって深呼吸してみるが、なかなか落ち着いてはくれなかった。
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