おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

文字の大きさ
25 / 79
二章 『好き』は一日一回まで

親父の漆器を見に……

しおりを挟む
   ◇ ◇ ◇

 漆芸館の仕事を終えた後の帰り道。車を運転しながら、我ながら迂闊な行動を取ってしまったことを切実に痛感する。

「んふふー」

 助手席でずっとライナスがにやけっぱなし。浮かれた声も垂れ流しっぱなし。甘酸っぱい気配が俺の肌を逆撫でしてくる。落ち着くまで我慢するつもりだったが、もう限界だった。

「ライナス、もう笑うのやめろ。声も出すな。静かにしてくれ」

「すみません、無理です」

「試してもいないのに即答するな」

「だって嬉しくなります。カツミさんが、ワタシを守ろうとしてくれましたから」

 視界の脇でライナスが自分の頭を押さえる。ここまで頭を撫でたことを引きずるなんてと言いたい。だが、あの場を助けてくれたらライナスじゃなくても嬉しく思う。少なくとも俺はそうだ。

 気が済むまで喜べばいいと割り切り、俺は小さく息をつく。

「……今日みたいなことは、これからもあると思う」

「カツミさん……」

「ここは山に囲まれた田舎だから、開けた所よりも余所者に敏感なんだ。どれだけ真面目にやっても、なかなか認められないと覚悟しておけ」

 言いながら腹が立ってくる。地元民じゃないというだけで排除だなんて、理不尽にもほどがある。生誕地なんて自分では選べないことなのに。

 俺が顔をしかめていると、ライナスから「はい」と穏やかな声が返ってくる。

「分かってます。どこでもあることですから」

 さらっと言い切ったライナスを思わず見やる。さっきまでのにやけは消えたが、それでも怒りや苛立ちはまったく見られない。

 やけに悟っていやがる。これが初めてではないのか?
 信号が赤になり、車を停止させながら横目でライナスをうかがう。

 俺はライナスのことを、そろそろ知ったほうがいいんじゃないのか? 本気で一人前の職人に育てるきがあるなら――。

「あの、ひとつ教えて下さい」

「お、おう。なんだ?」

「カツミさんのお父さん、どんな物を作ってたのですか?」

 水仲さんが親父の話を出したから、それで気になったのだろう。

 伝統とは違うと断言されてしまう親父の漆器。確かに山ノ中漆器とは違う技法を使っていたし、当時は変わっていると物珍しがられていた。どんな物だったかを口頭で連ねるよりは――。

 俺は進路を変えるため、右の指示器を点ける。

「親父の作品は、辻口がやっている山ノ中漆器の博物館に展示されている。今から見せてやろう」

「博物館、ですか……」

「駄目か?」

「いえ。行きたいです!」

 唐突にライナスが声を大きく出してくる。すぐにそんな返事があると思っていただけに、間が開くとは思わなかった。内心首を傾げながら、俺は帰路から逸れて再開発された町のほうへ向かっていく。

 温泉街に入る手前の公共駐車場に車を停め、俺たちは旅情溢れる――俺からすれば長年の日常で、旅情感はまったく感じられないが――町の中を歩く。隣を歩くライナスは嬉しそうだが、少し硬い気がする。

 緊張しているのか? 俺の親父の作品を見るだけなのに?

 一緒に住むようになって、最近は少しライナスのことが分かる気になっていた。だがそうではなかったようだ。やっぱり分からん。俺は小さく首を振りながら、山ノ中博物館へと足を運んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

処理中です...