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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて
誤解と告白と揺れるおっさん心と
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強がりではなく俺の本音だ。不便も日常。変える気はない。
フッ、と笑ってから俺はライナスを横目で見る。
「うんざりしたか? 毎年こんな感じだ。ここでやっていきたくないだろう?」
鈍い動きでライナスが俺に顔を向ける。どこかうっとりしたように見えるのは俺の気のせいか? と内心首を傾げてしまう。
「ライナス?」
「雪の中で、カツミさんだけ感じられる……幸せです」
ここの冬の厳しさを体感したばかりなのに、ライナスのブレなさに俺は目を剥く。
お前……デートに行ってたんじゃないのか? 濱中ではなかったらしいが、俺に言えない相手と一緒にいたんじゃないのか?
いくら師匠でも立ち入ったことは聞くべきではない。分かっているのに俺の口は思わず動いていた。
「……ライナス、今日は何をしに行っていたんだ?」
「そ、それは……」
「濱中の知人のバーに行ったことは聞いている。もしかしてそこにいる知人に、誰か紹介してもらったのか?」
「紹介?」
「お前は年ごろだから、恋人が欲しくなるのは分かる。それでいい子を紹介してもらっても、別に俺は構わん――」
「ち、違います! ワタシは、カツミさんがいいです!」
勢いよくライナスに腕を掴まれ、俺は息を詰まらせる。
思わず顔を向けてしまったせいで、必然的に見つめ合ってしまう。なるべく見ないようにしていたライナスの目。あまりに必死で、熱くて、逃げるのを忘れてその視線に囚われた。
「あの、今日出かけたのは、どうしても知りたいことが、あったので……」
「何をだ?」
「えっと、その、愛し方を……男の人の……」
正気か? 相手は俺か? 俺なのか?
ライナスが俺を想っているのは知っている。だから必然的に該当する相手は俺になる。どちらも頭は理解する。だが、それらが俺の中でくっつかない。
強張る俺に構わず、ライナスはさらに言葉を重ねてくる。
「最初は、カツミさんと同じ世界で生きたいだけでした。でも同じ所まで潜りたくなって――」
困った。ライナスが何を言ってるのか分かってしまう。
漆黒を求めて塗りに没頭すれば、どこまでも深い黒を作ろうと意識を漆に向けていく。それは本来なら誰も立ち入ることのできない、孤独な世界に沈んでいくこと。なのにライナスは、その世界に入って俺と一緒にいきたいらしい。
どこまでも二人だけで深く、深く――。
二度と現実に戻れないほどの場所で、二人きりの世界に浸りたい、ということなのだろう。
「どうして、俺なんだ……」
思わず出てしまった掠れた変な声。ライナスは微塵も笑わず即答する。
「カツミさんが好きだからです」
「おっさんだぞ?」
「何か問題ですか? 経験をたくさん積まれたということです。良いことだと思います」
「まったく可愛くないぞ?」
「照れたり、笑ったりすると、カワイイです」
「優しくないし、話はつまらん。人より漆を優先するぞ?」
「カツミさんは優しいです。漆を語って夢中になるアナタが好きです。話す言葉も、何気ないしぐさも、芸術のインスピレーションを毎日与えてくれる、ワタシのミューズです」
俺の言葉をライナスが丁寧に否定してくる。ドン引きして冷静に思い直して欲しいのに、ますます熱を帯びるばかりだ。
自分の駄目さを語る材料がなくなって言葉を失っていると、ライナスはそっと尋ねてくる。
「嫌いですか、ワタシのことは?」
何も知らなかった時なら、嫌だと即座に返せたのに。
俺はライナスが内に秘めている世界を知り、惹かれてしまった。もう家の中へ自分から手を引き、入れてしまうほど受け入れてしまった。そんな相手を嫌いだと切って捨てることができるほど、俺の心はたくましくない。
ライナスは黙して俺の答えを待ち続ける。無駄に俺の鼓動だけがやかましい。
フッ、と笑ってから俺はライナスを横目で見る。
「うんざりしたか? 毎年こんな感じだ。ここでやっていきたくないだろう?」
鈍い動きでライナスが俺に顔を向ける。どこかうっとりしたように見えるのは俺の気のせいか? と内心首を傾げてしまう。
「ライナス?」
「雪の中で、カツミさんだけ感じられる……幸せです」
ここの冬の厳しさを体感したばかりなのに、ライナスのブレなさに俺は目を剥く。
お前……デートに行ってたんじゃないのか? 濱中ではなかったらしいが、俺に言えない相手と一緒にいたんじゃないのか?
いくら師匠でも立ち入ったことは聞くべきではない。分かっているのに俺の口は思わず動いていた。
「……ライナス、今日は何をしに行っていたんだ?」
「そ、それは……」
「濱中の知人のバーに行ったことは聞いている。もしかしてそこにいる知人に、誰か紹介してもらったのか?」
「紹介?」
「お前は年ごろだから、恋人が欲しくなるのは分かる。それでいい子を紹介してもらっても、別に俺は構わん――」
「ち、違います! ワタシは、カツミさんがいいです!」
勢いよくライナスに腕を掴まれ、俺は息を詰まらせる。
思わず顔を向けてしまったせいで、必然的に見つめ合ってしまう。なるべく見ないようにしていたライナスの目。あまりに必死で、熱くて、逃げるのを忘れてその視線に囚われた。
「あの、今日出かけたのは、どうしても知りたいことが、あったので……」
「何をだ?」
「えっと、その、愛し方を……男の人の……」
正気か? 相手は俺か? 俺なのか?
ライナスが俺を想っているのは知っている。だから必然的に該当する相手は俺になる。どちらも頭は理解する。だが、それらが俺の中でくっつかない。
強張る俺に構わず、ライナスはさらに言葉を重ねてくる。
「最初は、カツミさんと同じ世界で生きたいだけでした。でも同じ所まで潜りたくなって――」
困った。ライナスが何を言ってるのか分かってしまう。
漆黒を求めて塗りに没頭すれば、どこまでも深い黒を作ろうと意識を漆に向けていく。それは本来なら誰も立ち入ることのできない、孤独な世界に沈んでいくこと。なのにライナスは、その世界に入って俺と一緒にいきたいらしい。
どこまでも二人だけで深く、深く――。
二度と現実に戻れないほどの場所で、二人きりの世界に浸りたい、ということなのだろう。
「どうして、俺なんだ……」
思わず出てしまった掠れた変な声。ライナスは微塵も笑わず即答する。
「カツミさんが好きだからです」
「おっさんだぞ?」
「何か問題ですか? 経験をたくさん積まれたということです。良いことだと思います」
「まったく可愛くないぞ?」
「照れたり、笑ったりすると、カワイイです」
「優しくないし、話はつまらん。人より漆を優先するぞ?」
「カツミさんは優しいです。漆を語って夢中になるアナタが好きです。話す言葉も、何気ないしぐさも、芸術のインスピレーションを毎日与えてくれる、ワタシのミューズです」
俺の言葉をライナスが丁寧に否定してくる。ドン引きして冷静に思い直して欲しいのに、ますます熱を帯びるばかりだ。
自分の駄目さを語る材料がなくなって言葉を失っていると、ライナスはそっと尋ねてくる。
「嫌いですか、ワタシのことは?」
何も知らなかった時なら、嫌だと即座に返せたのに。
俺はライナスが内に秘めている世界を知り、惹かれてしまった。もう家の中へ自分から手を引き、入れてしまうほど受け入れてしまった。そんな相手を嫌いだと切って捨てることができるほど、俺の心はたくましくない。
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