おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい

文字の大きさ
49 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い

提案

しおりを挟む
 揺らがない俺に軽く目を見開いた後、ローレンさんは小さく笑った。

「ワタシの大切な甥を愛して下さる方と、お会いできて光栄です」

 俺たちの関係をどこまで知っているのか分からないが、ローレンさんは『愛』をやけに強調して言ってくる。そして丁寧な応対で好意的に見えるが、目の奥は笑っていない。ライナス同様、本心を隠せないタイプに見えた。

「ミスター幸正、手短に用件を言います。ライナスをアナタから解放してもらえませんか?」

「解放、とは?」

「若くて将来有望なツバメを囲っているようで、アナタは幸せでしょう。しかしライナスは絵画の神に選ばれた寵児。こんな単調な色合いの世界に収まる者ではありません」

 ピク、と俺のこめかみが引きつる。
 俺はただこの地で黙々と漆に向き合ってきただけなのに。漆に興味を持って、俺の塗りに一目惚れして、勝手に押しかけてなし崩しで弟子になって――全部ライナスが望んでやったことだ。

 少しでも穏便に、と思っているのに自分の目が据わっていくのが分かる。さぞ目つきが悪くなっていることだろうと思いながら、俺は取り繕わずに口を開く。

「ライナスは自ら進んで俺の所へ来ました。色々ありましたが、今は弟子として漆芸の技術を教えています。彼は子供ではないのですから、彼の意思を尊重してはいかがですか?」

「え、ええ、そうですね。しかし――」

 ローレンさんがチラリとライナスを見やる。

「彼には大勢のファンがいます。多くの人が彼の絵を求めています。それなのに一方的に絵をやめると言われ、逃げるように国を出て……これを見て下さい」

 不意にジャケットの内ポケットからスマホを出すと、ローレンさんは素早く操作し、画面を見せてくる。

 海外のニュースサイトの記事だ。ちゃんと俺に分かるように、わざわざ日本語訳に直してくれている。

 見出しは『若き絵画の寵児、日本に囚われる』。

 一瞬翻訳に違和感を覚えるが、すぐに翻訳のズレに気づく。漆は英語でJapanと言われることもある。だから『日本』と訳されたのだろう。わざわざ創作のジャンル替えをしただけでニュースになるほど、ライナスの存在があちらのほうでは有名らしい。

 ライナスの絵は確かに凄い。このニュースに驚きはするが、同時に納得もしてしまう。
 これだけ影響力のある芸術家なのだ、ライナスは。それなのに今まで手にしてきたものを放り出して――。

 俺は一度息をついてからローレンさんに告げる。

「ライナスの絵が素晴らしいことは知っていましたが、ニュースになるほどだったことは初耳です」

「まあ、彼の絵を知っていましたの? 日本にはまだ卸したことはありませんのに」

「彼がこの町の博物館に最後の絵を寄贈したので、それを見ました」

 特に隠すことではないと思って口にしたが、ローレンスさんの唇が次第に戦慄き、ただ事ではない気配を強めていく。

 そしてライナスに向けて英語で何かを叫び出す。何を言っているのかと首を傾げていると、隣から辻口が教えてくれた。

「えっとな、『最後の絵を売らずに譲るなんて! 貴方がそんな愚か者だったなんて! どれだけの高値をつけられるか分かってるの?』だと。俺、知らずに受け取っちゃったよ」

 遠い目をする辻口へ俺は耳打ちする。

「気を付けんとお前もローレンさんの標的になるぞ」

「だろうなあ……」

 憂鬱そうに辻口が息をつくと、いつの間にか駆け付けていた濱中と目が合った。

「濱中、俺のことは構わなくていいから、辻口を守ってくれ」

「それは構いませんが、幸正さんは?」

「俺は大丈夫だ」

 短く伝えて、俺はローレンさんへ顔を向き直す。

「ローレンさん、俺の話を聞いてくれ」

 一方的にライナスに言葉で迫っていたローレンさんが、険しい顔つきのまま俺を見る。

「すみません、ミスター幸正。今、話ができる状態では――」

「今年の秋まで、ライナスが好きに活動できる時間を下さい。絵画のように漆でも認められる腕になるよう、俺が教えます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

処理中です...