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四章 試練と不調と裸の付き合い
距離を縮める方法
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◇ ◇ ◇
漆芸館が閉館した後、俺たちは辻口に連れられ、よく馴染んた所へ向かうことになった。
町の中心にある山ノ中自慢の総湯。大きな建物が三つあり、男湯、女湯、家族風呂と分かれている。中でも男湯は一番大きな建物で、町の中央にドンと建っている。
他県から来る者は中の広さに驚くが、俺たち地元民には当たり前。町が誇る名物のひとつ。その見慣れた漆喰の壁の建物を見上げてから、俺は辻口にしかめっ面を見せた。
「辻口……なぜ総湯に?」
俺と同様、ライナスも不思議そうな眼差しを辻口に送っている。閉館時に居合わせて辻口に誘われた濱中も困惑の色を見せている――動揺しているな、濱中。
辻口に片想いしている濱中を気にしながら返事を待っていると、辻口はニンマリと悪戯好きな少年の顔になった。
「水仲さんと裸の付き合いをするんだよ。何回も繰り返せば、今よりは距離が縮まるぞ」
「「「えっ?」」」
思わず辻口以外の全員が声を上げてしまう。
突然ガバッとライナスが俺を抱き寄せ、激しく首を横に振りまくった。
「そんなことできません! カツミさんにもして欲しくないです! ハダカの付き合いは、カツミさんとだけ――」
「おいっ、誤解するな! 一緒に風呂に入るだけだ。それ以上変なことは口走るな……っ」
慌てて俺がライナスの口を押えて訴えると、ちゃんと意味を理解したらしく、安堵で顔を緩ませる。分かってくれたかとホッとして手を離したが、
「でも他の人に、カツミさんの肌を見せたくないです」
「こっちでやっていく気があるなら慣れろ! あと、そういうことは、二人きりの時に言え……ああ、くそ……っ」
頭が痛くなることを言われ、俺は顔を熱くしながらライナスを睨む。
怒られてシュンとなるライナスから目を逸らせると、一部始終を見ていた辻口と濱中が、微笑ましいものを見る眼差しを向けていることに気づく。
……勘弁してくれ。心の中で頭を抱えていると、辻口がライナスに笑いかける。
「気持ちは分かるが、水仲さんみたいな昔気質な人とやっていくには、総湯で顔を合わせるのは効果的だぞ。温泉は体にも良いし、しばらく通ってみてくれ」
「狙いは分かったが、水仲さんが利用する時間帯が分からないと合わせられんぞ?」
俺の問いかけに辻口がビシッと親指を立てた。
「それは俺に任せてくれ。取り敢えず中に入ろう」
この中でひとりだけはしゃいだ様子で辻口は男湯を顎でしゃくる。それから濱中を手招いた。
「濱中と総湯に来るのも久しぶりだな。良かったら背中流してくれないか?」
「……はい、喜んで」
強張った表情だが、濱中の口元が緩んでいる。俺からは何もしてやれないが、嬉しいようで良かった。
先に中へ入っていく二人に続いて、俺とライナスも並んで青い『ゆ』の暖簾をくぐる。
すぐに発券し、番台で券や定期を確認するじいさん――俺が子供の頃からいる――に渡す際、辻口がヒョイと気軽に尋ねた。
「今日、水仲のじーちゃん来てる?」
「おー辻口のぼっちゃん、よう来たんなあ。水仲のじぃじ、まだ来とらんよ。いつもあと一時間後ぐらいに来とるわ」
「そっかあ。あんやとな。ゆっくり風呂入りながら待たせてもらうな」
後ろでやり取りを聞きながら、個人情報筒抜けだな……と俺は遠い目をする。
漆芸館が閉館した後、俺たちは辻口に連れられ、よく馴染んた所へ向かうことになった。
町の中心にある山ノ中自慢の総湯。大きな建物が三つあり、男湯、女湯、家族風呂と分かれている。中でも男湯は一番大きな建物で、町の中央にドンと建っている。
他県から来る者は中の広さに驚くが、俺たち地元民には当たり前。町が誇る名物のひとつ。その見慣れた漆喰の壁の建物を見上げてから、俺は辻口にしかめっ面を見せた。
「辻口……なぜ総湯に?」
俺と同様、ライナスも不思議そうな眼差しを辻口に送っている。閉館時に居合わせて辻口に誘われた濱中も困惑の色を見せている――動揺しているな、濱中。
辻口に片想いしている濱中を気にしながら返事を待っていると、辻口はニンマリと悪戯好きな少年の顔になった。
「水仲さんと裸の付き合いをするんだよ。何回も繰り返せば、今よりは距離が縮まるぞ」
「「「えっ?」」」
思わず辻口以外の全員が声を上げてしまう。
突然ガバッとライナスが俺を抱き寄せ、激しく首を横に振りまくった。
「そんなことできません! カツミさんにもして欲しくないです! ハダカの付き合いは、カツミさんとだけ――」
「おいっ、誤解するな! 一緒に風呂に入るだけだ。それ以上変なことは口走るな……っ」
慌てて俺がライナスの口を押えて訴えると、ちゃんと意味を理解したらしく、安堵で顔を緩ませる。分かってくれたかとホッとして手を離したが、
「でも他の人に、カツミさんの肌を見せたくないです」
「こっちでやっていく気があるなら慣れろ! あと、そういうことは、二人きりの時に言え……ああ、くそ……っ」
頭が痛くなることを言われ、俺は顔を熱くしながらライナスを睨む。
怒られてシュンとなるライナスから目を逸らせると、一部始終を見ていた辻口と濱中が、微笑ましいものを見る眼差しを向けていることに気づく。
……勘弁してくれ。心の中で頭を抱えていると、辻口がライナスに笑いかける。
「気持ちは分かるが、水仲さんみたいな昔気質な人とやっていくには、総湯で顔を合わせるのは効果的だぞ。温泉は体にも良いし、しばらく通ってみてくれ」
「狙いは分かったが、水仲さんが利用する時間帯が分からないと合わせられんぞ?」
俺の問いかけに辻口がビシッと親指を立てた。
「それは俺に任せてくれ。取り敢えず中に入ろう」
この中でひとりだけはしゃいだ様子で辻口は男湯を顎でしゃくる。それから濱中を手招いた。
「濱中と総湯に来るのも久しぶりだな。良かったら背中流してくれないか?」
「……はい、喜んで」
強張った表情だが、濱中の口元が緩んでいる。俺からは何もしてやれないが、嬉しいようで良かった。
先に中へ入っていく二人に続いて、俺とライナスも並んで青い『ゆ』の暖簾をくぐる。
すぐに発券し、番台で券や定期を確認するじいさん――俺が子供の頃からいる――に渡す際、辻口がヒョイと気軽に尋ねた。
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「おー辻口のぼっちゃん、よう来たんなあ。水仲のじぃじ、まだ来とらんよ。いつもあと一時間後ぐらいに来とるわ」
「そっかあ。あんやとな。ゆっくり風呂入りながら待たせてもらうな」
後ろでやり取りを聞きながら、個人情報筒抜けだな……と俺は遠い目をする。
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