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五章 二人で沈みながらも
漆器まつり当日
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◇ ◇ ◇
山ノ中漆器まつりは、いつも五月の大型連休の後半に行われる。総湯の周りにテントを並べ、通常よりも値段を下げて販売したり、他にも地元の特産物や名物を売ったり、特設ステージでイベントをやったりと、毎年賑やかだ。
水仲さんの好意で、俺たちはテント内に半スペースを貰えた。ライナスが塗った椀や皿、漆塗りの板に描いた蒔絵、俺と合作した皿――まだ漆を始めて一年未満の人間が作った作品だったが、
「あら、この蒔絵もあんちゃんもステキねー! どっちも玄関に飾っておきたいわよねえ」
「あんちゃん、名前は? ライナスさんって言うの? 覚えたわよー」
「いつもバスターミナル横のスーパーで買い物してるでしょ? みんな気になってたのよぉ。イイ男で目の保養……あ、そのお椀買うわ」
祭りが始まって早々、ライナス目当ての女性陣が詰め寄り、話ついでに作品を買っていく。テント内の隣は濱中たちが漆芸館の研修生たちの作品を販売しているが、客の入りはこちらが上だ。決して内容は劣っていないが、ライナスの顔と存在そのものが強力な客引きになっていた。
彼女たちの視界におっさんな俺は入っていない。にこやかに応対し続けるライナスからそっと離れ、濱中との距離を縮める。
「凄いですね。ここまでライナスに人気があるなんて」
「前から気になっていたらしい。絶好のチャンスとばかりに話しかけまくってる。そんなに気になるなら、もっと早く話せば良かったのにな」
「幸正さんが怖くて、近づけなかったのかもしれませんよ?」
淡々と冗談めいたことを濱中に言われ、俺は唸るしかなかった。
「だろうな。こんな強面陰気おっさんには、俺だって近づきたくない」
「冗談を真に受けないで下さい。単に話が通じる相手か分からなかっただけだと思います」
「ライナスに群がってる中に、スーパーで買い物してた時、何度か話しかけていた店員さんもいるんだが?」
「……多分、覚えていないんでしょう」
濱中がしれっと言いながら目を逸らす。やっぱり原因は俺が怖かったんだろう。そりゃあ俺は親父に似て、無愛想の強面。加えて近づいてくれるなという空気を出していた。おばちゃんたちが近づかなかったのは当然のことだ。
にこやかに応対するライナスに、女性だけでなく職人のじいさんたちも近づき始める。水仲さんが紹介してくれたのだろう。
もう持ち込んだものは完売して、自然と輪を作って雑談を始めている。生まれも育ちも山ノ中の俺より、ライナスのほうが皆に受け入れられているように見えて、フッ、と俺の口元が緩む。
「ヤキモチは焼かないんですか?」
ふと濱中に言われ、俺は横に小首を振る。
「いや。これは俺が望んだ形だから」
ライナスが本気で漆をやっていくなら人脈は必要だ。材料を調達する際、余所の人間よりも地元の顔見知りのほうが融通を利かせてくれるし、仕事を回してもらえることもある。
俺は親父が作ってくれた繋がりと、辻口の協力があるからわざわざ作らなくてもいいが、ライナスはそういう訳にもいかない。
国の外からの人間というだけで、本来なら人脈作りのハードルは高くなる。それがクリアできるなら、後は腕を磨くことに専念すればいいだけだ。周りを納得させるだけの作品を作れば――。
「……Linus」
低く力強い女性の声に、その場にいた全員が彼女のほうを向く。そこには頭に薄紫のスカーフを巻き、サングラスをかけ、暑そうにするローレンさんの姿があった。
何かライナスに話しかけ、二言三言、言葉を交わす。ライナスが首を横に振ると、ローレンさんは額を押さえながら大きなため息をついた。
「ローレンさん、どうかしましたか?」
俺が話しかけるとローレンさんは肩をすくめた。
「どうしたも何も、ライナスから作品を作り始めたと連絡をもらったから来てみたのよ。まさか売り切れだなんて……っ」
日本語を話せると思わなかった周囲が、一瞬ビクッとなる。
しかし事情を知って、ライナスの近くにいたおばちゃんたちが手持ちのエコバッグの中を弄り、購入したライナスの作品を取り出した。
「これやよ。ええ出来やろ?」
「細かくて品のある模様やし、お茶菓子乗せてお客さんにお出ししたら、喜ばれると思うんよ」
彼女たちが購入したのは、俺とライナスで合作した皿だ。俺が塗った皿の縁周りへ、ライナスが蒔絵を――山桜や片栗、ユキノシタに沈丁花など、俺の近所で見かける花々を、自由に描いたもの。
やり始めで平蒔絵をここまで自在に施せるのは、才能が成せる業だ。他の者ならこうはいかない。まだ手習いの作品。世界に打って出られる代物ではないが……。
山ノ中漆器まつりは、いつも五月の大型連休の後半に行われる。総湯の周りにテントを並べ、通常よりも値段を下げて販売したり、他にも地元の特産物や名物を売ったり、特設ステージでイベントをやったりと、毎年賑やかだ。
水仲さんの好意で、俺たちはテント内に半スペースを貰えた。ライナスが塗った椀や皿、漆塗りの板に描いた蒔絵、俺と合作した皿――まだ漆を始めて一年未満の人間が作った作品だったが、
「あら、この蒔絵もあんちゃんもステキねー! どっちも玄関に飾っておきたいわよねえ」
「あんちゃん、名前は? ライナスさんって言うの? 覚えたわよー」
「いつもバスターミナル横のスーパーで買い物してるでしょ? みんな気になってたのよぉ。イイ男で目の保養……あ、そのお椀買うわ」
祭りが始まって早々、ライナス目当ての女性陣が詰め寄り、話ついでに作品を買っていく。テント内の隣は濱中たちが漆芸館の研修生たちの作品を販売しているが、客の入りはこちらが上だ。決して内容は劣っていないが、ライナスの顔と存在そのものが強力な客引きになっていた。
彼女たちの視界におっさんな俺は入っていない。にこやかに応対し続けるライナスからそっと離れ、濱中との距離を縮める。
「凄いですね。ここまでライナスに人気があるなんて」
「前から気になっていたらしい。絶好のチャンスとばかりに話しかけまくってる。そんなに気になるなら、もっと早く話せば良かったのにな」
「幸正さんが怖くて、近づけなかったのかもしれませんよ?」
淡々と冗談めいたことを濱中に言われ、俺は唸るしかなかった。
「だろうな。こんな強面陰気おっさんには、俺だって近づきたくない」
「冗談を真に受けないで下さい。単に話が通じる相手か分からなかっただけだと思います」
「ライナスに群がってる中に、スーパーで買い物してた時、何度か話しかけていた店員さんもいるんだが?」
「……多分、覚えていないんでしょう」
濱中がしれっと言いながら目を逸らす。やっぱり原因は俺が怖かったんだろう。そりゃあ俺は親父に似て、無愛想の強面。加えて近づいてくれるなという空気を出していた。おばちゃんたちが近づかなかったのは当然のことだ。
にこやかに応対するライナスに、女性だけでなく職人のじいさんたちも近づき始める。水仲さんが紹介してくれたのだろう。
もう持ち込んだものは完売して、自然と輪を作って雑談を始めている。生まれも育ちも山ノ中の俺より、ライナスのほうが皆に受け入れられているように見えて、フッ、と俺の口元が緩む。
「ヤキモチは焼かないんですか?」
ふと濱中に言われ、俺は横に小首を振る。
「いや。これは俺が望んだ形だから」
ライナスが本気で漆をやっていくなら人脈は必要だ。材料を調達する際、余所の人間よりも地元の顔見知りのほうが融通を利かせてくれるし、仕事を回してもらえることもある。
俺は親父が作ってくれた繋がりと、辻口の協力があるからわざわざ作らなくてもいいが、ライナスはそういう訳にもいかない。
国の外からの人間というだけで、本来なら人脈作りのハードルは高くなる。それがクリアできるなら、後は腕を磨くことに専念すればいいだけだ。周りを納得させるだけの作品を作れば――。
「……Linus」
低く力強い女性の声に、その場にいた全員が彼女のほうを向く。そこには頭に薄紫のスカーフを巻き、サングラスをかけ、暑そうにするローレンさんの姿があった。
何かライナスに話しかけ、二言三言、言葉を交わす。ライナスが首を横に振ると、ローレンさんは額を押さえながら大きなため息をついた。
「ローレンさん、どうかしましたか?」
俺が話しかけるとローレンさんは肩をすくめた。
「どうしたも何も、ライナスから作品を作り始めたと連絡をもらったから来てみたのよ。まさか売り切れだなんて……っ」
日本語を話せると思わなかった周囲が、一瞬ビクッとなる。
しかし事情を知って、ライナスの近くにいたおばちゃんたちが手持ちのエコバッグの中を弄り、購入したライナスの作品を取り出した。
「これやよ。ええ出来やろ?」
「細かくて品のある模様やし、お茶菓子乗せてお客さんにお出ししたら、喜ばれると思うんよ」
彼女たちが購入したのは、俺とライナスで合作した皿だ。俺が塗った皿の縁周りへ、ライナスが蒔絵を――山桜や片栗、ユキノシタに沈丁花など、俺の近所で見かける花々を、自由に描いたもの。
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