76 / 79
六章 おっさんにミューズはないだろ!
こんなおっさんに命をかけるな
しおりを挟む
屋根雪が積もり、窓が半分埋もれている。わずかしか分からない中、俺は目をよく凝らしてみる。
――誰かいる。
白い世界を照らす街灯の下、こちらに近づく人影。
大きな背丈。体格は男性のものだ。荷物を背負い、雪で歩きにくそうにしながら、ゆっくりと俺の家に近づいて来ている。思わず俺は息を呑んだ。
「ライ、ナス……なのか?」
こんな雪の中を歩いて来るなんて。恐らく集落前の道路はまだ除雪されていないはず。車では来られない。となれば、町から歩いてきたと考えたほうがいい。
「あの馬鹿、何をやっているんだ!」
俺は慌てて一階へ降りて玄関へと向かう。
しかし長靴を履いて、ドアへ手をかけようとして思い留まる。
ここで受け入れてしまえばライナスのためにはならない。残酷でも突き放すべきだ。だが破門を覚悟して豪雪の中を戻ってきたほどだ。家に入れてもらえないからと引き返すか?
一度こうすると決めたら、何をしてでもやろうとする男だ。だから俺は押し切られて、アイツの温もりを知る羽目になって、すべてを許すまでになった。
俺が許さないことはしない奴だから、無断で家に入る真似はしない。きっと家の前まで来て、俺が玄関を開けるまで待ち続ける気なのだろう。
目的のために向ける凄まじい集中力は、俺が誰よりも知っている。普通なら命の危険を感じて引き下がることでも、ライナスは構わず続ける。
……ああ、くそ。だから厄介なんだ。
こんなおっさんに命をかけるな。重いだろ。外へ羽ばたいて欲しくて追い出したのに、即日凍え死ぬだなんて本末転倒だ。人の覚悟も想いも無駄にしやがって。後で嫌になるほど説教してやる。だからそのために――。
俺は心に勢いをつけてから、ガラリと玄関ドアを引き開けた。目の前は上も下も雪景色。音もなく小さな粒雪が降り続けている。
いつの間にか雪が膝上まで積もっていやがる。この調子だと、朝には腰近くまで積もるかもしれない。
今家に入れたら、またしばらく一緒だ。
思わず俺の手が震える。それが寒さのせいなのか、恐れなのか、喜びなのか、よく分からなかった。
「ライナス……っ!」
俺が名を呼びながら外へ出ていくと、ぼんやりと見える人影が一旦立ち止まる。そしてザッ、ザッ、ザッ、と雪を踏み締めながら俺に駆け寄って来た。
「カツミさんっ!」
街灯に照らされたライナスの顔は、真夏の太陽が霞みそうなほどの破顔だった。
「……っ、と、とにかく家に入れ。話はそれからだ」
「はいっ!」
俺は睨みつけて怒り顔を見せているはずなのに、ライナスが晴れやかな返事をする。昼間の別れのやり取りはなんだったんだと思わずにいられない。
一秒でも早く怒りたくて、俺はライナスの手を掴み、家へと引っ張っていく。
出てきたばかりなのに、俺の足跡にもう雪が溜まり始めている。一歩進む度に長靴の中へ雪が入る。足が冷たさを通り越して痛みを覚える。それを気にするほど俺には余裕がなかった。
なぜ戻ってきた? 俺がどんな思いでお前を送り出したと思っている。またあの痛みと向き合わせるんじゃない。
心の中でライナスの文句を散々垂れながら、俺たちは家の中へと入る。互いに雪だらけ。無言で玄関の土間で各々に体に積もった雪を払っていると、
「カツミさん……ありがとうございます」
不意にライナスから礼を告げられ、俺は息をつきながら顔を上げた。
「家の前で凍死されたら困るからな。だが、雪かきして大通りに出られるようになったら追い出すからな。そのつもりで――ライナス、お前、顔……っ!」
「え? どうしましたか?」
「顔が白くなり過ぎだ! 今すぐ風呂に入れ! そのまま寝ると死ぬぞ」
ライナスがあまりに生気が消え失せた真っ白な顔をしていて、俺はカッと目を見開いてしまう。
すぐさま家に上がり、風呂に湯が溜まるよう温水器を操作する。居間のストーブは急速点火を押し、こたつは最大出力。呆然とするライナスの上着やリュックを脱がすのを手伝い、取り敢えず上辺だけ温めさせる。
――誰かいる。
白い世界を照らす街灯の下、こちらに近づく人影。
大きな背丈。体格は男性のものだ。荷物を背負い、雪で歩きにくそうにしながら、ゆっくりと俺の家に近づいて来ている。思わず俺は息を呑んだ。
「ライ、ナス……なのか?」
こんな雪の中を歩いて来るなんて。恐らく集落前の道路はまだ除雪されていないはず。車では来られない。となれば、町から歩いてきたと考えたほうがいい。
「あの馬鹿、何をやっているんだ!」
俺は慌てて一階へ降りて玄関へと向かう。
しかし長靴を履いて、ドアへ手をかけようとして思い留まる。
ここで受け入れてしまえばライナスのためにはならない。残酷でも突き放すべきだ。だが破門を覚悟して豪雪の中を戻ってきたほどだ。家に入れてもらえないからと引き返すか?
一度こうすると決めたら、何をしてでもやろうとする男だ。だから俺は押し切られて、アイツの温もりを知る羽目になって、すべてを許すまでになった。
俺が許さないことはしない奴だから、無断で家に入る真似はしない。きっと家の前まで来て、俺が玄関を開けるまで待ち続ける気なのだろう。
目的のために向ける凄まじい集中力は、俺が誰よりも知っている。普通なら命の危険を感じて引き下がることでも、ライナスは構わず続ける。
……ああ、くそ。だから厄介なんだ。
こんなおっさんに命をかけるな。重いだろ。外へ羽ばたいて欲しくて追い出したのに、即日凍え死ぬだなんて本末転倒だ。人の覚悟も想いも無駄にしやがって。後で嫌になるほど説教してやる。だからそのために――。
俺は心に勢いをつけてから、ガラリと玄関ドアを引き開けた。目の前は上も下も雪景色。音もなく小さな粒雪が降り続けている。
いつの間にか雪が膝上まで積もっていやがる。この調子だと、朝には腰近くまで積もるかもしれない。
今家に入れたら、またしばらく一緒だ。
思わず俺の手が震える。それが寒さのせいなのか、恐れなのか、喜びなのか、よく分からなかった。
「ライナス……っ!」
俺が名を呼びながら外へ出ていくと、ぼんやりと見える人影が一旦立ち止まる。そしてザッ、ザッ、ザッ、と雪を踏み締めながら俺に駆け寄って来た。
「カツミさんっ!」
街灯に照らされたライナスの顔は、真夏の太陽が霞みそうなほどの破顔だった。
「……っ、と、とにかく家に入れ。話はそれからだ」
「はいっ!」
俺は睨みつけて怒り顔を見せているはずなのに、ライナスが晴れやかな返事をする。昼間の別れのやり取りはなんだったんだと思わずにいられない。
一秒でも早く怒りたくて、俺はライナスの手を掴み、家へと引っ張っていく。
出てきたばかりなのに、俺の足跡にもう雪が溜まり始めている。一歩進む度に長靴の中へ雪が入る。足が冷たさを通り越して痛みを覚える。それを気にするほど俺には余裕がなかった。
なぜ戻ってきた? 俺がどんな思いでお前を送り出したと思っている。またあの痛みと向き合わせるんじゃない。
心の中でライナスの文句を散々垂れながら、俺たちは家の中へと入る。互いに雪だらけ。無言で玄関の土間で各々に体に積もった雪を払っていると、
「カツミさん……ありがとうございます」
不意にライナスから礼を告げられ、俺は息をつきながら顔を上げた。
「家の前で凍死されたら困るからな。だが、雪かきして大通りに出られるようになったら追い出すからな。そのつもりで――ライナス、お前、顔……っ!」
「え? どうしましたか?」
「顔が白くなり過ぎだ! 今すぐ風呂に入れ! そのまま寝ると死ぬぞ」
ライナスがあまりに生気が消え失せた真っ白な顔をしていて、俺はカッと目を見開いてしまう。
すぐさま家に上がり、風呂に湯が溜まるよう温水器を操作する。居間のストーブは急速点火を押し、こたつは最大出力。呆然とするライナスの上着やリュックを脱がすのを手伝い、取り敢えず上辺だけ温めさせる。
11
あなたにおすすめの小説
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる