白雪様とふたりぐらし

南條 綾

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第二章 のんびりとした日常

12話 白雪様と夏の花火大会

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 7月下旬、梅雨が明けて本格的な夏がやってきた。
 テレビで「今年の花火大会は例年より規模が大きい!」というニュースが流れるたび、白雪様の金色の瞳がキラキラと輝いていた。

「綾……花火大会って、どんなの?」

「夜空に大きな花が咲くみたいに、ぱーんと光って、きれいな音がするんだよ。浴衣着て、屋台で食べ物買って、みんなで楽しむの」

 白雪様は目を丸くして、私の目をじっと見つめていた。

「浴衣!? 着物みたいなのでしょ? 私、着てみたい!」

 その日から、白雪様の「浴衣熱」が始まった。

 今はスマホを白雪様の手元に寄せて、浴衣の画像を一緒に見ている。画面の光が頰を少し明るくして、白雪様の目がきらっと動く。

「どんなのがいい? 色とか柄とか」

 白雪様は真剣な顔で、指先で画面をゆっくりスクロールしていく。迷ってるというより、ちゃんと選んでるって感じで、静かに集中してた。

それで、ぴたっと指が止まって、

「これ! この青いのに、銀色の花が入ってるの! 銀髪に合いそう……」

「いいね。じゃあ、それに似たのを探そう」

 そう言って、ネットで浴衣セットを探し始めた。写真を見比べて、色味と柄の雰囲気が近いやつを選ぶ。サイズも確認して、白雪様に合うように注文まで済ませた。
届いたのは数日後。

 白雪様は箱を開けるなり、息をのんで、

「わぁ……! きれい……!」

 浴衣は深い藍色で、光の当たり方で少しだけ色が揺れる。その上に銀糸で、細かい桜と月が刺繍されていた。派手じゃないのに、ちゃんと目を引く上品な柄。帯は白地で、銀の糸の狐模様が控えめに入ってる。白雪様が指先でなぞるたび、糸がきらっと光っていた。

「これ、私のために選んでくれたの?」

「うん。白雪様の銀髪と金色の瞳に映えると思って」

 白雪様は浴衣をぎゅっと抱きしめて、胸元に押し当てたまま、少しだけ声を小さくした。

「綾……ありがとう……。早く着てみたい!」

 その顔が嬉しそうすぎて、こっちまで笑ってしまう。

「じゃあ、試着してみようか。私も一緒に浴衣着るよ」

 私の浴衣は淡いピンクに桜の柄。白雪様が選んでくれたもので、袋を開けた瞬間から、もう気持ちが浮いてた。
 ふたりで並んで、そわそわしながら着替え始める。
 まずは白雪様の浴衣を着せる。
 私は白雪様の着物を脱がせて、浴衣の袖を通す。
 白雪様の白い肌が浴衣の藍色に映えて、本当にきれいで私の胸が高鳴ってるのがわかってくる。

「綾……帯、どうやって結ぶの?」

 戸惑うような白雪様の声に、私はそっと彼女の背後に回った。 薄い生地越しに伝わる体温を指先に感じながら、少し硬めの帯を丁寧に、滑らせるように巻いていく。

「ここをこうして折って……こうやって結ぶんだよ。お太鼓結びにするね」

 私の手元を覗き込もうとして、白雪様が小さく身を震わせる。帯が締まるたびに、彼女の細い背中が凛と伸びていくのがわかった。
 結び終えると、白雪様は待ちきれないといった様子で鏡の前へ駆け寄り、裾を揺らしてくるくると回った。

「どう? 似合う……?」

 不安げに、でも期待に瞳を輝かせて見つめてくる。 その姿は、夜の闇に咲く一輪の華のように鮮やかで、私の心臓を跳ねさせた。

「……すごく、似合う。白雪様、まるで本物の、どこかの国のお姫様みたいだ」

 私の言葉に、白雪様の頬がじわりと熱を帯び、朱色に染まっていく。

「も、もう! 次は綾の番よ。綾の浴衣姿も、早く見てみたい!」

 今度は私が、彼女の熱っぽい視線を背中に受ける番だった。
 白雪様は私の浴衣を着せてくれる。袖を通すとき、白雪様の手が私の肩に触れて、少し震えているのがわかった。

「綾の肌……すべすべ……」

「白雪様の手、温かいよ」

 帯を結ぶとき、白雪様は真剣な顔で、

「こう? ここを折って……」

 少し緩めだけど、愛情がいっぱい。完成した私を見て、白雪様は目を細めた。

「綾……かわいい……ピンクの浴衣、綾の銀髪にぴったり」

「白雪様の方がかわいいよ……」

 ふたりで鏡の前に並んで、浴衣姿の自分たちを見る。
 藍色とピンクのコントラストが、まるで絵画みたい。
 白雪様は私の手をやさしく握ってきた

「綾……花火大会、楽しみすぎて待ちきれないよ」

「私も……白雪様と浴衣で花火見るの楽しみ」

「綾……花火大会どんなことしよう?」

「屋台でりんご飴食べたり、金魚すくいしたり、花火が上がったら、一緒に手をつないで空を見上げようね」

白雪様は目を閉じて。

「うん……綾と一緒に、花火見るの、絶対忘れないと思う」

「私も……白雪様と過ごす夏、全部宝物になると思う」

 夕方5時を少し過ぎて、家を出た。
 白雪様は藍色の浴衣に銀の帯。髪を軽くまとめて、銀のかんざしを一本挿している。
 私はピンクの浴衣に桜の帯で、髪は三つ編みにしてリボンを結んだ。
 玄関の鏡の前にふたりで並ぶと、白雪様がそっと手を握ってきた。

「綾……今日、絶対いい日になるね」

「うん……白雪様と浴衣で花火楽しみ」

 私たちは会場の特設広場の中へ入って、少しでも落ち着けそうな場所を探した。
広場は想像以上に広いのに、人の熱でぎゅっと詰まって見える。潮っぽい風が吹いて、指先にはまだたこ焼きのソースの匂いが残ってた。口の中も、甘いのとしょっぱいのと冷たいのが混ざったままで、さっきまでの屋台の時間がまだ続いてるみたいだった。
 少し端のほう、前がひらけて空が見えやすいところにシートを広げて座る。
白雪様はそのまま私の膝に頭を乗せて、ゆっくり空を見上げている。

「綾……花火、どんな音がするの?」

「ぱーんって、大きい音がするよ。びっくりするくらい」

「それで、空がキラキラ光って、色が変わって、最後に大きな花が咲くみたいになる」

 白雪様は私の手をぎゅっと握って、

「すごく楽しみ」

 開始の合図のアナウンスが流れて、さっきまでざわざわしてた空気が、すっと息をひそめたみたいに静かになった。潮っぽい風が通って、広場のライトの向こうで海が黒く揺れてるのが見える。

 最初の花火が上がった瞬間、

 ドーン!!

 音が胸にぶつかって、思わず肩が跳ねる。夜空に赤い光がぱっと広がって、細かい火の粉がキラキラ散っていった。

 白雪様は「わぁ……!」と目を輝かせて、私の手を強く握った。

 次々と花火が上がる。青、緑、金色、ピンク。
 スターマインが連続で弾けて、空が一気に明るくなる。ほんとに花畑みたいで、見上げてるだけで息を忘れそうだった。
 白雪様は私の肩に頭を預けていた。私はその重みが愛しくて、肩にそっと手を添えた。

「綾……きれい……」

「うん……すごくきれい」

 大きなナイアガラ花火が上がると、空の一番高いところで光がほどけて、白い火の滝が一気に落ちてきた。
 ぱちぱちって細かい音が重なって、波みたいに広がる。広場のざわめきが、思わず吸い込まれたみたいに小さくなる。
 海のほうまで白く照らされて、水面がきらっと揺れた。港の灯りも一瞬かき消されるくらい、視界がまぶしい。
 その光の中で、白雪様が息を止めたのがわかった。次の瞬間、白雪様は私の胸に顔を埋めて、浴衣の袖をぎゅっとつかんだ。

「音がすごい……でも、怖くない。綾がいるから大丈夫だよ」

 私は白雪様を抱きしめて、

「うん」


 クライマックスのフィナーレ。
一発じゃ終わらない。音が途切れる間もなく、ドドドンって胸の奥まで震えて、空がずっと明るいままになる。
 巨大な花火が、空いっぱいに咲く。丸い光が重なって、押し合って、広がって、最後は夜そのものを塗りつぶすみたいだった。
 金色がいちばん強くて、次に白、朱、青が混ざって、目を開けてるのがやっとなのに、見逃したくなくて瞬きできない。
 黄金の光が降り注いでくる。
 火の粉が雨みたいにさらさら落ちて、港のほうまで明るくなる。海の黒い面が、きらきら割れて、波の揺れに合わせて光が伸びたり縮んだりする。火薬の匂いがふわっと濃くなって、熱が頰に当たって、夏の夜が一段あつくなる。
 周りの歓声も、もう遠く感じる。私は白雪様の手を握ったまま、肩に感じる重みと体温だけを確かめてた。白雪様は声にならない息を漏らして、それから小さく、

「……すごい……」って、震えるみたいに言った。

 最後の一斉発射で、空がぱっと白くなって、遅れて大きな音が追いかけてくる。
 ドーン、ドーン、ドーン。
 身体の中まで響いて、心臓がそれに合わせて跳ねる。

 光がふっと消えた瞬間、耳の奥がしんと静かになった。
 さっきまで空を埋めてた音が嘘みたいで、残ったのは人の息と、遠くの波の気配だけ。
 煙が薄い雲みたいにゆっくり流れていって、港の灯りが少しずつ戻ってくる。
 その静けさが、逆に胸をいっぱいにして、私は白雪様をもっと抱き寄せた。
 浴衣の布越しに伝わる体温が、熱くて、落ち着く。
 白雪様は顔を上げて、私の頬にそっとキスをしてきた。短くて、触れるだけなのに、胸の奥がきゅっとなる。

「綾……大好き」

 私は息を飲んで、今度は白雪様の唇に軽くキスを返した。怖いとか恥ずかしいとか、そういうのより先に、嬉しいが溢れてしまう。

「私も……白雪様、大好き」

 ちょうどその時、名残みたいな花火がひとつ上がって、淡い光がふたりの顔を照らした。白雪様の金色の瞳がきらっとして、私の視界がそれだけになる。
この夏の夜が、終わらなければいい。このまま、ずっと続けばいいって、心の底から思った。
 余韻が消えないまま、私たちも人の流れに混ざって会場を出る。
まだ空気はあったかくて、火薬の匂いがうっすら残ってる。遠くで誰かが笑って、誰かが「すごかったね」って言って、その声がふわっと夜に溶けていった。

 白雪様は私の手を離さず、そっと囁いた。

「綾……また来年も来ようね」

「うん。毎年、一緒に」

 白雪様は必ずこのように確認を取る。まるで……一瞬怖い想像が頭をよぎった。大丈夫私は白雪様の手を強く握って白雪様を見たら、彼女は私に、幸せそうな笑顔を返してくれた。

 帰り道、浴衣の裾が歩くたびにふわっと揺れて、下駄の音が小さく重なる。
人混みの中でも、手のぬくもりだけははっきりしていて、迷う気がしなかった。

花火の余韻と、白雪様の温もりが、胸にずっと残っていた。
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