【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜

星寝むぎ

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その一目惚れは人違いです

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 話しかけられるとは思っていなかったらしい。丸く見開かれた瞳が勢いよくこちらに向けられ、だがすぐにふにゃりと弧を描いた。
 へえ、そんな顔するんだ。柔らかな表情は、今までのつかみどころのない様子からすると意外だった。

「っす、好きですね。そのくらいの年代のも、よく聴いてます」
「マジか……」

 音楽を聴くこと自体はなにも珍しくない。むしろ、多くの同世代にとっても欠かせないものだと感じている。だが、皆が聴くのはやはり最近の、流行りのものが圧倒的だ。桃輔もそれらを聴くには聴くが、ピンポイントで趣味が合う相手には初めて会った。
 高揚していることを悟られまいと、大きく息を吸って静かに息を吐く。

「あー、なんだ。奇遇だな」
「ですね。あの、オレも一個聞いてもいいっすか?」
「なに?」
「明日からもここ、来たいっす」
「…………」

 ほんの数分前なら、絶対に嫌だと突っぱねたのだけれど。音楽の趣味が合うと知ったからか、瞬時に拒否することができなかった。それくらいなら許してやってもいいかも、なんて考えている自分に内心苦笑する。

「ダメっすか?」
「……てかそれ、質問じゃなくて宣言じゃね」
「あ。確かに……」
「変なヤツ。まあ、いいけど? 騒がないなら、喋るのも別にいい」
「え……っ、マジっすか!? ほんとに!?」
「うん」
「うわー、よかったー」
「はは、必死すぎだろ」

 安堵したように息をついて、瀬名はようやく弁当を食べ始めた。桃輔のものより一回りは大きいそれを、みるみるうちに食べ終わってしまった。呆気に取られていると、ごちそうさまと手を合わせた瀬名が体ごとこちらを向いた。どうやら、話の続きをしたいらしい。

「必死にもなりますよ、一目惚れなんで」
「一目惚れね……よく知りもしないくせに」

 人となりどころか、相手を間違ってすらいるのによく言う。大きく呆れる気持ちはちっとも変わらないのに。その中に、不意に一滴の罪悪感が落ちた。真実を伝えていないからだ。だが、なんで俺が後ろめたさを感じなきゃいけないのか、とそっと首を振る。巻きこまれて迷惑をかけられているのは、こちらの方だ。
 桃輔も最後のおかず、好物のエビフライを口に入れて手を合わせる。顔を上げると瀬名の顔が先ほどより近くにあって、思わずのけ反った。

「びっ、くりした……」
「そんなこともないっすよ」
「え、なにが?」
「さっき、よく知りもしないくせに、って」
「あー。でもその通りだよな?」
「…………」
「どした?」

 なにかを強く訴えるような、真剣な瞳が桃輔を映す。だが口は噤んだままだから、その真意はちっとも分からない。思わず首を傾げると、今度は懐っこい笑顔を見せる。

「じゃあ先輩のこと、これからたくさん教えてください」
「順番いろいろと間違ってんだろ」
「うーん、そんなことないんだけどな」

 また笑ったかと思うと、瀬名はこちらに手を差し出してきた。

「なに」
「握手してください。水沢瀬名です、改めてよろしくお願いします」
「昨日聞いたから知ってる。はあ……しょうがねえな。俺は笹原桃輔」
「うん、知ってます。笹原先輩」
「え、名乗った覚えないんだけど。こっわ……」
「はは!」

 クールなように見えて、表情がころころと変わって、どうやら人懐っこいところもある。さながら大型犬のようだ。こちらに合わせて大きな背を丸める仕草には、優しさも垣間見える。
 最初の印象より、変なヤツではないのかもしれない。本来追いかける相手は桜輔だと気づくまでの間くらい、相手してやってもいいかなと思える程度には。
 桜輔のことは、やはりもうしばらくは黙っていることにする。勘違いをしているのは瀬名のほうなのだから、きっと罰は当たらない。

「なあ、好きなアーティストとかいんの?」
「いますよ! オレが好きなのは、――」

 まあその瞬間も、近い内に訪れるだろう。騙すみたいで多少胸は痛むが、バレた時にはお詫びにと、桜輔への橋渡しをしてやってもいい。
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