【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜

いつかちゃんと返すから

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　雨が降ってばかりのこの季節を、多くの人はうんざり顔で早く終わってくれと願うようだけれど。桃輔ももすけは結構好きだったりする。雨音に覚える憂いや切なさは、ブルージーな音楽を口遊む時のようで。制服の裾が濡れて煩わしくても、まあいいか、と許せてしまうのだ。
　

「あーあ、俺サッカーしたかったんだけどなー。まあバレーも楽しかったけど」
「俺もー。でもまあ、この雨じゃあな。モモはどっちがよかった？」
「俺はどっちでも」

　サッカーの予定だった四限目の体育は、この天気のせいで体育館でのバレーボールに変更された。森本もりもとと尾方おがたの不服そうな声に、適当に相槌を打つ。スポーツはそもそも好きではないから、サッカーだろうがバレーだろうが、どちらでも構わない。

　体育館から教室まで、クラスメイトの列がだらだらと続く。その最後列にいた桃輔はクラスメイトたちのほぼ全員が、扉前をちらりと見てから教室に入っていることに気がついた。女子たちからは心なしか、黄色い声が上がっているような。

　なんだ？　と浮かんだ疑問はすぐに解消された。よく知った男の姿が見えたからだ。

「は……？　瀬名せな！？」
「あ、モモ先輩いた」
「いた、じゃねえよ。お前、こんなとこでなにやってんの」
「四時間目の移動教室、こっちの方だったんで。弁当持ってって、そのままこっち寄ったんすけど……え、なんかダメでした？」

　そう言いながら瀬名は、化学の教科書と弁当を掲げてみせた。
　なるほど、と頷くことはできる。屋上前で昼休みを過ごすことを考えれば、化学室から一年の教室に戻るのは手間だ。だが、隣のクラスの桜輔おうすけに気づかれてしまう恐れがある。

　勝手な話だが、できれば来ないでほしかった。とりあえず今は、桜輔と出くわさないようにすることが先決だ。ため息をひとつ吐きつつ、瀬名の腕を取る。首を傾げた瀬名に「こっち来い」と囁いて、教室の中へと進む。

「あれ。どしたんモモ、後輩？　連れこんで」
「森本、連れこむとか人聞き悪いこと言うのやめろ。コイツは最近一緒に昼……」
「えー笹原ささはら、その子誰？　めっちゃイケメンじゃん」
「ほんとだー！　ねえねえキミ、モテるでしょ？」
「えっ？　えーっと……」

　着替える間だけでも中にいてもらって、すぐに出ようと思っていたのに。森本に説明をしようとしたのも束の間、瀬名と一緒に女子たちから囲まれてしまった。イケメンとなると、女子の行動は恐ろしいほど早い。

「あーもう！　お前らうるせえ！　ちょっと静かにしろ！　瀬名、こっち」
「えー、笹原のケチ！」
「ちょっと話したっていいじゃん！」
「あー、はいはい」

　ブーイングをする女子たちに耳を貸さず、瀬名の腕を掴み直して自分の机へと向かう。窓際の、前から3番目の席だ。手早く着替えを済ませ、弁当とスマートフォンを引っ掴む。未だ女子たちの興味は瀬名に向けられているようだが、そんなの知ったことではない。瀬名の背を押して入り口へと引き返しながら、尾方の肩をポンと叩く。

「じゃ、後は頼んだ」
「は？」
「アイツらにつかまったら絶対長ぇもん。コイツは一年、そりゃこの顔だしかなりモテんだろうな。以上」

　そう言い残して、さっさと教室を出た。ああ、名前も教えるべきだったのだろうか。残念ながら、もう間に合わないけれど。

「あー！　ちょっと笹原ー！」
「イケメンひとり占め反対ー！」

　背中にぶつかってくる女子たちの抗議にこっそり舌を出せば、振り返った瀬名がおかしそうに笑った。