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28 真夜中の贈り物
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「これね、ちょっと口がピリピリするけど、おいしいんだ」
青い髪の美少年が、大きな蛾の羽をぺろぺろと舐めて、満面の笑顔を見せた。
「ピリピリするって、毒があるんじゃないの?」
飴をしゃぶるように、巨大な魔物蛾を味わっている精霊に問う。
「うん。人間は、ちょっとさわったら、動けなくなるよ」
私に答えてから、ルリは、舐め終わった蛾の羽を束ねて、黒くてぷくぷくした胴体に、がぶりとかじりついた。黒い体液がどろりとこぼれ出る。
「うぇ」
いつ見ても慣れない鳥精霊の食事風景だ。
真夜中に、部屋に運ばれて来たプレゼントをルリは大喜びで受け取った。
王妃がレドリオン公爵に頼んで、領地に出た魔物をわざわざ私の部屋に入れさせたのだろう。
危険な魔物の輸送は大変だっただろうに。
王妃は、魔物による不幸な事故で私を殺したいらしい。こうして離宮に魔物が届けられる度、精霊が大喜びするだけなのに。
「ねえ、帝国にはあの果物の飴は広まった?」
「うん。果物と違って、飴は安いから庶民も買ってるみたいだよ」
「そう……」
あの飴が手元にあったなら、口に入れたい衝動に逆らえなくなるだろう。誰だって、幸せになりたいのだ。愛する人の出てくる夢が見られるなら、ずっと夢の世界に浸っていたい。
最近、よくアスラン様の夢を見る。
ついさっきも、ルリが魔物蛾を捕まえて目が覚めるまで、私はアスラン様と一緒にいた。手をつないで、綺麗な花園を歩いていた。
とてもとても幸せな夢。目覚めたらあっけなく終わってしまう。
現実はとても醜い。
「レドリオン公爵家は、今はどんな感じ?」
「うん、帝国のね、王様の弟が来てるよ」
「帝国の皇弟が?」
「うん。何かね、公爵夫人の弟なんだって」
「え?! 帝国の皇弟がレドリオン公爵夫人の弟なの? 待って、それってつまり、皇帝と公爵夫人が兄弟ってこと? え?」
レドリオン公爵夫人は社交には一切出てこない。平民出身だって言われていた。でも、帝国人だったの? しかも、皇帝の妹?
じゃあ、王妃は半分帝国人で、その娘のカレンも帝国の血を引いてるってことなの?
カレンが純血種じゃないことは分かっていた。王女ならば、どんなに血が薄まろうとも、紫に近い瞳の色を持つ。でも、外国人の血が混ざっているのなら別だ。
建国女王の約定には当てはまらない。
建国女王が守るのは、この国の民だけだ。外国人と交われば、この国の民とはみなされない。カレンの赤茶色の瞳は、純血種じゃないことの証明だった。
レドリオン家は帝国との結びつきが強い公爵家だ。
公爵はひそかに帝国の皇帝の妹と結婚していた。彼は、帝国にこの国の民を奴隷として売りつけようとしている。いずれはこの国も、帝国に渡すつもりかもしれない。
――奴隷たちは渡さない。この国の民は私のもの。
頭の中で声が響く。
「ねえ、ルリ。農園の果物をもっと増産しましょう。ちょっと行って来て、成長を速めてきてくれるかしら? ついでにその効能も強めてくれると嬉しいわ」
「そういうの、あんまりうまくできないけど、やってみる」
「ありがとう」
手についた魔物蛾の黒い血をぺろぺろ舐めてから、青い鳥精霊は姿を消した。
ブルーデン公爵家は、帝国の借金をどれくらい返せたのだろうか? このままでは、レドリオンの思いのまま。この国の民はいなくなってしまう。
……、でも、なぜ?
なぜ、この国はなくなってはいけないの?
ふと、そんな考えが浮かんだ。なぜ?
そんなこと、考えちゃだめだ……。
頭が痛くなる。
――民を愛しなさい。私の国の民を誰にも奪わせない。
ガンガンと痛む頭を押さえて、私は床にうずくまった。
なぜ? どうして守らないといけないの?
彼らは私に何もしてくれないのに……。
――私の愛する奴隷たち。彼らを守るのです。
いやだ。どうして、私がそんなことをしなきゃいけないの?
目の前がくらくらする。紫色の炎が燃えている。
炎の中の紫の瞳が、私にせまってくる。
ああ、彼女が私に……。
本当は、大嫌いなのに。
私は、本当は、この国の民を全然愛してなんかいないのに……。
――私の国民を守るのです。誰にも渡さない。愛しなさい。
紫の瞳の女の人が、あの日、私にそう命じた。
青い髪の美少年が、大きな蛾の羽をぺろぺろと舐めて、満面の笑顔を見せた。
「ピリピリするって、毒があるんじゃないの?」
飴をしゃぶるように、巨大な魔物蛾を味わっている精霊に問う。
「うん。人間は、ちょっとさわったら、動けなくなるよ」
私に答えてから、ルリは、舐め終わった蛾の羽を束ねて、黒くてぷくぷくした胴体に、がぶりとかじりついた。黒い体液がどろりとこぼれ出る。
「うぇ」
いつ見ても慣れない鳥精霊の食事風景だ。
真夜中に、部屋に運ばれて来たプレゼントをルリは大喜びで受け取った。
王妃がレドリオン公爵に頼んで、領地に出た魔物をわざわざ私の部屋に入れさせたのだろう。
危険な魔物の輸送は大変だっただろうに。
王妃は、魔物による不幸な事故で私を殺したいらしい。こうして離宮に魔物が届けられる度、精霊が大喜びするだけなのに。
「ねえ、帝国にはあの果物の飴は広まった?」
「うん。果物と違って、飴は安いから庶民も買ってるみたいだよ」
「そう……」
あの飴が手元にあったなら、口に入れたい衝動に逆らえなくなるだろう。誰だって、幸せになりたいのだ。愛する人の出てくる夢が見られるなら、ずっと夢の世界に浸っていたい。
最近、よくアスラン様の夢を見る。
ついさっきも、ルリが魔物蛾を捕まえて目が覚めるまで、私はアスラン様と一緒にいた。手をつないで、綺麗な花園を歩いていた。
とてもとても幸せな夢。目覚めたらあっけなく終わってしまう。
現実はとても醜い。
「レドリオン公爵家は、今はどんな感じ?」
「うん、帝国のね、王様の弟が来てるよ」
「帝国の皇弟が?」
「うん。何かね、公爵夫人の弟なんだって」
「え?! 帝国の皇弟がレドリオン公爵夫人の弟なの? 待って、それってつまり、皇帝と公爵夫人が兄弟ってこと? え?」
レドリオン公爵夫人は社交には一切出てこない。平民出身だって言われていた。でも、帝国人だったの? しかも、皇帝の妹?
じゃあ、王妃は半分帝国人で、その娘のカレンも帝国の血を引いてるってことなの?
カレンが純血種じゃないことは分かっていた。王女ならば、どんなに血が薄まろうとも、紫に近い瞳の色を持つ。でも、外国人の血が混ざっているのなら別だ。
建国女王の約定には当てはまらない。
建国女王が守るのは、この国の民だけだ。外国人と交われば、この国の民とはみなされない。カレンの赤茶色の瞳は、純血種じゃないことの証明だった。
レドリオン家は帝国との結びつきが強い公爵家だ。
公爵はひそかに帝国の皇帝の妹と結婚していた。彼は、帝国にこの国の民を奴隷として売りつけようとしている。いずれはこの国も、帝国に渡すつもりかもしれない。
――奴隷たちは渡さない。この国の民は私のもの。
頭の中で声が響く。
「ねえ、ルリ。農園の果物をもっと増産しましょう。ちょっと行って来て、成長を速めてきてくれるかしら? ついでにその効能も強めてくれると嬉しいわ」
「そういうの、あんまりうまくできないけど、やってみる」
「ありがとう」
手についた魔物蛾の黒い血をぺろぺろ舐めてから、青い鳥精霊は姿を消した。
ブルーデン公爵家は、帝国の借金をどれくらい返せたのだろうか? このままでは、レドリオンの思いのまま。この国の民はいなくなってしまう。
……、でも、なぜ?
なぜ、この国はなくなってはいけないの?
ふと、そんな考えが浮かんだ。なぜ?
そんなこと、考えちゃだめだ……。
頭が痛くなる。
――民を愛しなさい。私の国の民を誰にも奪わせない。
ガンガンと痛む頭を押さえて、私は床にうずくまった。
なぜ? どうして守らないといけないの?
彼らは私に何もしてくれないのに……。
――私の愛する奴隷たち。彼らを守るのです。
いやだ。どうして、私がそんなことをしなきゃいけないの?
目の前がくらくらする。紫色の炎が燃えている。
炎の中の紫の瞳が、私にせまってくる。
ああ、彼女が私に……。
本当は、大嫌いなのに。
私は、本当は、この国の民を全然愛してなんかいないのに……。
――私の国民を守るのです。誰にも渡さない。愛しなさい。
紫の瞳の女の人が、あの日、私にそう命じた。
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