93 / 174
皇帝陛下との対談
しおりを挟む
ウィックリンの言葉に、ロイたちは再び驚いた反応を示す。だがクインたちは平然としていた。どうやらあらかじめ聞いていた様だな。
「それは俺たち6人に……という意味ですか?」
「そうだ。いきなり6人は難しいから、折を見て1人ずつという形になるが……」
結社の狙いはアデライア。そのアデライアをどう守るかを考えた結果なのだろうか。
実際、複数回に渡って皇族の危機を救っているのだし、これまでの黒狼会の貢献も考えると、妥当な提案なのかもしれないが……。アックスは驚きつつも口を開く。
「そういや元々ヴェルトは、幻魔歴でも貴族になるはずだったんだよな? いろいろあって結局今に至るけどよ」
「ああ……そういやそうだったな」
ノンヴァード王国との戦争が終われば、群狼武風の隊長格には貴族位が与えられる予定だった。
まぁアックスたちも魔法の祝福を受けた訳だし、みんなまとめて貴族になる可能性も高かったと思うが。
だがウィックリンの提案に対し、俺の答えは決まっている。
「ありがたいお言葉ですが。謹んでお断りします」
はっきりと拒否の意思を示す。これにはウィックリンを始め、エルヴァールたちも驚いていた。
「……理由を聞いても?」
「今さら……てやつですね。俺の出生はご存じでしょうが、もう貴族としての作法なんてとうに忘れています。正直言って、今の方が楽なんですよ。第一、貴族位を得たところで、帝国に心から忠誠を誓える自信もない。何より。俺たちは貴族になるために黒狼会を作ったんじゃあない。ここは群狼武風団長、ローガの夢を叶える場所でありその手段だ。黒狼会でなければできない事もある」
もっと言うと、貴族になっていろいろ縛りの多い生活をするのもうんざりなのだ。
せっかく黒狼会を今の良いポジションにつけたのに、どうして自分から苦労と義務を背負いこむ真似をしなくてはいけないのか。
「ですが何かしら、帝国の力になりたいと思っているのも事実です。黒狼会は黒狼会として、その立場を使い。これまで通り連携していく方が、互いのためかと思います」
俺は一応みんなにも視線を向ける。答えは分かっているが、聞くだけ聞いてみる。
「一応聞くが。お前らはどうだ? 貴族になりたいのなら止めないが……」
「はは。ばか言え」
「じゃの」
「僕たちが仕えるのは、あくまでヴェルトさんですからね」
ま、そういう事だよな。だがこのままウィックリンの顔に泥を塗るだけの結果にするのもまずい。一応体裁は整えておく。
「心配しなくとも、ここには私の家族もいますからね。皇族を守りたいという気持ちにも偽りはない。他国に移って魔法の力を振るうつもりはありませんよ」
「……そうか。残念だが、私では彼の群狼武風を仕えさせるには役不足だろうしな」
「そういう訳ではありませんが。少なくとも無暗に戦火を広げないという、そのお考えには賛同していますよ」
普通なら平民が、皇帝の好意を断るなんてあり得ないだろう。だがウィックリンはあくまで群狼武風としての俺たちに用があった。
そして俺たちはもはや、帝国においてただの平民ではない。他に代用の利かない、魔法という力を現在に伝える元傭兵だ。
今も伝説として語り継がれる群狼武風という事もあり、その立場はある意味で確立されている。
「いや、よいのだ。そもそも貴公らほどの者を臣下として迎え入れたとして、十分にその実力を活かせる環境を作れるのかという疑問はあったのだ」
「……騎士団に入り、アデライア殿下を守ってほしいとの事でしたね?」
そのための手段として、貴族位の話が出てきたのだ。だがアデライアを守るだけであれば、無理して貴族になる必要はない。
そもそも結社を潰せばそれで終わる話でもある。それはウィックリンも分かっているはず。その上で今回の話を持ちかけてきた意図は何だったのか。
「実は今、宮中では少しややこしいことになっていてな」
ウィックリンの言葉をエルヴァールが引き継ぐ。
「地方へ行ったハイラントだが、再びその影響力を行使しだしているのだ」
「ほう……こりない方ですね。ですが今は、エルヴァール殿の方が優勢なのではないのですか?」
「少し前まではな。だがそうも言っていられない事態が起こったのだ」
エルヴァールは難しい表情で言葉を続ける。
「実は先日、かつての魔法を今の世に復元させる研究を進めたいと言ってきたのだよ」
「それは……」
見え透いた……というか、今のタイミングではあまりにも出来過ぎた話だ。確実に結社と何かしらの取引をしている。むしろ結社との繋がりが濃厚過ぎて、笑いすら出てくる。
「情報部も結社の情報は当然ご存じなのですよね? クインは結社の魔法使いもどきとも交戦した。今、結社が帝国にいるのは事実。そんな時期に、魔法の研究をしたいと話しだすとは……」
「ああ。裏で糸を引いているのは結社だろう。だがここで大きな問題もある。結社の存在は、多くの貴族は知らないのだよ」
言われて思い出す。影狼を取り仕切っているフィアナも、結社の名を出す時は慎重だった。
俺たちは冥狼と正面からやり合う様になった都合上、その存在を知ったに過ぎない。
「そしてヴィンチェスター殿は実際、いくつか大幻霊石の破片を所有していてね。それらを用いた研究を、この帝都で進めたいと進言してきたのだ」
「……まさかそれを素直に聞き入れになられた?」
「素直に……とはいかないとも。だが結社の存在を知らず、音楽祭での騒ぎを知る者からすれば、そういう超常の力を帝国のものとして発展させたいと考える。むしろその技術を他国が完成させる前に、帝国のものとして確立したいと思うだろう」
段々何が言いたいのか分かってきた。ウィックリンも頷きながら口を開く。
「既にハイラント派は研究所を作るために動いていた。派閥としては金も持っている。それにテンブルク領で完成させたという試作品の槍も見せられたのだ」
「槍……ですか?」
「うむ。その槍は見た目は少しごついだけの槍なのだが。柄の部分にカートリッジを差し込むと、矛先が高熱を帯びる仕組みになっているのだ。これには大幻霊石の破片を材料として組み込んでいると話していた」
実際の成果物を見せられ、これはすごいと話に乗っかる貴族が予想よりも多かったのだろう。中には自分もこの魔法染みた力が欲しいと考える者もいたはずだ。
とにかくヴィンチェスターはそういう連中も利用して、帝都に研究所を作るという意見を大きくした訳だ。
エルセマー領から帰ってから今日までの間で、そこまで動いていたとは。さすがに貴族の舞台では戦えないため、黒狼会ではどうしようもないな。
「結社の存在を明るみに出すというのは?」
「それも考えはしたが。やはりリスクの方が大きいと判断した」
結社は暗殺組織である閃刺鉄鷲を傘下に収めている。相手は帝国の威光など全く通じず、白昼堂々と皇族の姫をさらおうとする連中だ。下手に動くと、今はなりを潜めている結社がどう動くかは分からない。
加えて貴族の中には冥狼といった裏組織ではなく、結社と直接繋がっている者もいるかもしれない。
現にヴィンチェスターがこうして堂々と魔法の研究を唱え出したのだ。どこで結社に情報が筒抜けになるかも分からない。
そうした諸々のリスクを考え、結社の存在を公表するのはストップしたとの事だった。
「現に音楽祭では、貴族に犠牲者が出ていますからね。確かに下手にその存在を表に引きずり出すと、どう動いてくるか分かりませんか……」
「うむ。実際、結社の戦闘員は1人1人が精鋭騎士以上だったと聞く。なりふり構わず、正面から堂々と仕掛けられて困るのはこちらなのだ」
これも分からないでもない。戦場での戦いとは違い、少人数でゲリラ戦を仕掛けられては、騎士はその本領を発揮しづらい。
「事情は分かりました。じりじりと距離を詰めてきた結社に対し、どうアデライア殿下を守るか。それを考えての提案だったのですね」
「そうだ。先代皇帝であれば、一喝してヴィンチェスターとその取り巻きの権勢を大きく削いでいただろうが。私にはそこまでの力がない。結社がヴィンチェスターを利用して距離を詰めてきていると分かっていながら、何も有効な手を打てずにいるのだ……」
まぁ何となく優し気な雰囲気のある人だしな。皇帝としての強権を振るいづらいのだろう。
下手な行動に出ると、貴族たちの不満があふれ出る。そして先代とは違い、自分ではその不満を上手くコントロールできないと考えてもいる。
自分の能力がよく見えている分、余計に行動に移しづらいのだろうな。
「ヴィンチェスターは今、テンブルク領に身を寄せている。テンブルク領の領主であるガリグレッドと結社の関係は定かではないが、全くの無関係とも言えないだろう。だがわざわざ危険だと分かっていながら、ヴィンチェスターの研究を帝都で認める訳にもいかぬ。そこで研究は認めざるを得なかったが、帝都で行うにはもう少し具体的な成果を出してから……という条件を設けた」
研究部門の設立自体はヴィンチェスターの根回しもあり、止められなかった。だが帝都への帰還は拒んだ様だ。
「そもそもヴィンチェスターが帝都を出たのは、公表はされていないものの音楽祭での責任を取っての事だ。あの事件と無関係だったとはいえ、事を起こした冥狼と関係を持っていたのは事実。今も冥狼に恨みを抱いている貴族は多いのだ」
多くの貴族が亡くなったからな。ヴィンチェスターは魔法の研究というカードを手にしたが、弱みを握られているのも事実。冥狼との関係を明るみにされれば、もう帝都で暮らせないだろう。
しかしそれはハイラント派閥の崩壊にも繋がりかねない。以前エルヴァールが話していた通り、崩壊後のリスクも考えて、ヴィンチェスターは今の形に落ち着いたのだ。
やっぱり貴族というのはややこしい。それが大陸の覇者である帝国ともなれば尚更だろう。
「研究は認めざるを得なかったとおっしゃいましたね。どこで行われるのです?」
「ルングーザ領だ。研究所をどこに作るかという話になった時、一番に手をあげたのがルングーザだった」
あの野郎……。ルングーザも外様とはいえ、大領地であり上級貴族だ。大貴族であるヴィンチェスターを迎え入れるには十分な格を有している。だがそうなると、しばらくは相手の出方を見るしかない様にも思えるな。
アデライアが狙いの1つなのは間違いないが、それ以外にも目的はあるはず。そもそも結社はアデライアを具体的にどう利用するつもりなのか、それすら分かっていないのだ。
「ふん……ルングーザというのは気に食わないですが。一旦距離を離す事には成功したのでは?」
「一方で、相手に何かの準備期間を与える事にはなってしまった。すでに情報部をルングーザ領に忍ばせている。奴らがあの地で何を成そうとしているのか。それを探るのが先決であろう」
それについては同意見だ。しかしここまでややこしい話になるとは。この未来が分かっていれば、音楽祭のどさくさに紛れてヴィンチェスターとルングーザをやっていたかもしれない。
この話は帝国にとってメリットがあるという点も、複雑さを増している要因になっている。少なくとも結社由来である大幻霊石の破片……エルクォーツについてのデータを、帝国の公式記録として残す事が可能になる。ヴィンチェスターを通じて、その技術の一部を手にできる可能性があるのだ。
結社以外にエルクォーツの研究が進んでいないという前提で話をすると、この事実は帝国を強くするだろう。大陸において、増々その地位を強固なものにするはずだ。
だが時を与えすぎると、多くのデータと引き換えに結社は何かしらの準備を帝国内で進めていく。それはそれで業腹だろう。話を聞いていたじいさんはうんざりした様に口を開いた。
「面倒な話じゃのう。いっそわしらでその研究所を結社の連中もろとも潰す……というのはどうじゃ?」
「じいさん……相変わらず血の気が多いな……」
俺もそれは少し考えたが、実行するにはいくつかの高いハードルが存在する。その事を説明する様に、クインは口を開いた。
「群狼武風の皆様であれば、確かにそれも可能でしょう。しかし相手は既に黒狼会の事を認知しています。もし1人でも取り逃せば、誰かしら繋がっている貴族を通じて、黒狼会を糾弾してくるはずです。帝国の未来を支える技術を研究している神聖な場を、黒狼会という賊が荒らしたとね。そしてその賊はエルヴァール殿を始め、今や多くの貴族と距離が近い……」
「そういう事か。本当に貴族というのは面倒じゃのう……」
つまり黒狼会が何かへまをやらかすと、エルヴァール一派に大きな隙を作ることになりかねない。
暴力がモノをいうステージであれば、黒狼会はほとんど無敵だろう。だがそのステージを整えずに行動に移すと、別のステージでの戦いを制する事ができない。
その別のステージ……権力や金がモノ言う舞台での力を手にするため、エルヴァールとはある程度の付き合いができている。それが裏目に出る形だ。
「私たちがいた時代とは戦い方が違うっていう事だねー。下手打って帝都に住めなくなるのも嫌だしー」
「……アデライア殿下を守るのに、黒狼会の人手が必要なら言ってください。ですが現状、こちらから仕掛けられる事はなさそうですね」
貴族のステージに黒狼会は干渉しづらいからな。しかしウィックリンとエルヴァールは政治に対する考えが近く、ここに黒狼会を交えて騎士団とも意見を調整できた。それだけでこの会合には大きな意味があったと言えるだろう。
舞台ではアルグローガに扮した俳優が、4人の王たちに自分の築く国家像を訴えているところだった。
「結社の動向は可能な限り、こちらで追ってみよう。また時を越え、再びこうして群狼武風の力を借りる事。我ながら不甲斐ないとは思うが、どうかよろしく頼む」
「構いませんよ。帝国の繁栄は俺たちの望みでもありますから」
ウィックリンは本当に時間が押していたらしく、俺たちに改めて挨拶をした後、個室を出て行った。残った俺たちにディナルドは語り掛ける。
「……ウィックリン陛下には幾人かの妻がおられるが。それも国内における貴族間でのパワーバランスを考えての事なのだ」
「大国ゼルダンシア帝国の為政者だからな。そこは理解できるが」
「だが中には、本当に愛されている方もおられる。その女性との間に生まれた子こそがアデライア殿下なのだ」
「……なるほど」
アデライアには特別に気をかける理由があるという事か。おそらくアデライアも、ウィックリンを強く信頼している。だからこそ俺たちの事を話したのだろう。
「じいさんの提案、さっきはああ言いったが。手段を選べなくなった時は言ってくれ。体裁ばかり気にして気付いた時には遅かった……なんて事、避けたいだろ?」
「……そうならない様に、騎士団も務めるだけの事だ」
まぁそうだな。とにかく現状では俺たちにできる事は少ない。今は冥狼亡き後の帝都の裏組織再編に尽力するとしよう。
「それは俺たち6人に……という意味ですか?」
「そうだ。いきなり6人は難しいから、折を見て1人ずつという形になるが……」
結社の狙いはアデライア。そのアデライアをどう守るかを考えた結果なのだろうか。
実際、複数回に渡って皇族の危機を救っているのだし、これまでの黒狼会の貢献も考えると、妥当な提案なのかもしれないが……。アックスは驚きつつも口を開く。
「そういや元々ヴェルトは、幻魔歴でも貴族になるはずだったんだよな? いろいろあって結局今に至るけどよ」
「ああ……そういやそうだったな」
ノンヴァード王国との戦争が終われば、群狼武風の隊長格には貴族位が与えられる予定だった。
まぁアックスたちも魔法の祝福を受けた訳だし、みんなまとめて貴族になる可能性も高かったと思うが。
だがウィックリンの提案に対し、俺の答えは決まっている。
「ありがたいお言葉ですが。謹んでお断りします」
はっきりと拒否の意思を示す。これにはウィックリンを始め、エルヴァールたちも驚いていた。
「……理由を聞いても?」
「今さら……てやつですね。俺の出生はご存じでしょうが、もう貴族としての作法なんてとうに忘れています。正直言って、今の方が楽なんですよ。第一、貴族位を得たところで、帝国に心から忠誠を誓える自信もない。何より。俺たちは貴族になるために黒狼会を作ったんじゃあない。ここは群狼武風団長、ローガの夢を叶える場所でありその手段だ。黒狼会でなければできない事もある」
もっと言うと、貴族になっていろいろ縛りの多い生活をするのもうんざりなのだ。
せっかく黒狼会を今の良いポジションにつけたのに、どうして自分から苦労と義務を背負いこむ真似をしなくてはいけないのか。
「ですが何かしら、帝国の力になりたいと思っているのも事実です。黒狼会は黒狼会として、その立場を使い。これまで通り連携していく方が、互いのためかと思います」
俺は一応みんなにも視線を向ける。答えは分かっているが、聞くだけ聞いてみる。
「一応聞くが。お前らはどうだ? 貴族になりたいのなら止めないが……」
「はは。ばか言え」
「じゃの」
「僕たちが仕えるのは、あくまでヴェルトさんですからね」
ま、そういう事だよな。だがこのままウィックリンの顔に泥を塗るだけの結果にするのもまずい。一応体裁は整えておく。
「心配しなくとも、ここには私の家族もいますからね。皇族を守りたいという気持ちにも偽りはない。他国に移って魔法の力を振るうつもりはありませんよ」
「……そうか。残念だが、私では彼の群狼武風を仕えさせるには役不足だろうしな」
「そういう訳ではありませんが。少なくとも無暗に戦火を広げないという、そのお考えには賛同していますよ」
普通なら平民が、皇帝の好意を断るなんてあり得ないだろう。だがウィックリンはあくまで群狼武風としての俺たちに用があった。
そして俺たちはもはや、帝国においてただの平民ではない。他に代用の利かない、魔法という力を現在に伝える元傭兵だ。
今も伝説として語り継がれる群狼武風という事もあり、その立場はある意味で確立されている。
「いや、よいのだ。そもそも貴公らほどの者を臣下として迎え入れたとして、十分にその実力を活かせる環境を作れるのかという疑問はあったのだ」
「……騎士団に入り、アデライア殿下を守ってほしいとの事でしたね?」
そのための手段として、貴族位の話が出てきたのだ。だがアデライアを守るだけであれば、無理して貴族になる必要はない。
そもそも結社を潰せばそれで終わる話でもある。それはウィックリンも分かっているはず。その上で今回の話を持ちかけてきた意図は何だったのか。
「実は今、宮中では少しややこしいことになっていてな」
ウィックリンの言葉をエルヴァールが引き継ぐ。
「地方へ行ったハイラントだが、再びその影響力を行使しだしているのだ」
「ほう……こりない方ですね。ですが今は、エルヴァール殿の方が優勢なのではないのですか?」
「少し前まではな。だがそうも言っていられない事態が起こったのだ」
エルヴァールは難しい表情で言葉を続ける。
「実は先日、かつての魔法を今の世に復元させる研究を進めたいと言ってきたのだよ」
「それは……」
見え透いた……というか、今のタイミングではあまりにも出来過ぎた話だ。確実に結社と何かしらの取引をしている。むしろ結社との繋がりが濃厚過ぎて、笑いすら出てくる。
「情報部も結社の情報は当然ご存じなのですよね? クインは結社の魔法使いもどきとも交戦した。今、結社が帝国にいるのは事実。そんな時期に、魔法の研究をしたいと話しだすとは……」
「ああ。裏で糸を引いているのは結社だろう。だがここで大きな問題もある。結社の存在は、多くの貴族は知らないのだよ」
言われて思い出す。影狼を取り仕切っているフィアナも、結社の名を出す時は慎重だった。
俺たちは冥狼と正面からやり合う様になった都合上、その存在を知ったに過ぎない。
「そしてヴィンチェスター殿は実際、いくつか大幻霊石の破片を所有していてね。それらを用いた研究を、この帝都で進めたいと進言してきたのだ」
「……まさかそれを素直に聞き入れになられた?」
「素直に……とはいかないとも。だが結社の存在を知らず、音楽祭での騒ぎを知る者からすれば、そういう超常の力を帝国のものとして発展させたいと考える。むしろその技術を他国が完成させる前に、帝国のものとして確立したいと思うだろう」
段々何が言いたいのか分かってきた。ウィックリンも頷きながら口を開く。
「既にハイラント派は研究所を作るために動いていた。派閥としては金も持っている。それにテンブルク領で完成させたという試作品の槍も見せられたのだ」
「槍……ですか?」
「うむ。その槍は見た目は少しごついだけの槍なのだが。柄の部分にカートリッジを差し込むと、矛先が高熱を帯びる仕組みになっているのだ。これには大幻霊石の破片を材料として組み込んでいると話していた」
実際の成果物を見せられ、これはすごいと話に乗っかる貴族が予想よりも多かったのだろう。中には自分もこの魔法染みた力が欲しいと考える者もいたはずだ。
とにかくヴィンチェスターはそういう連中も利用して、帝都に研究所を作るという意見を大きくした訳だ。
エルセマー領から帰ってから今日までの間で、そこまで動いていたとは。さすがに貴族の舞台では戦えないため、黒狼会ではどうしようもないな。
「結社の存在を明るみに出すというのは?」
「それも考えはしたが。やはりリスクの方が大きいと判断した」
結社は暗殺組織である閃刺鉄鷲を傘下に収めている。相手は帝国の威光など全く通じず、白昼堂々と皇族の姫をさらおうとする連中だ。下手に動くと、今はなりを潜めている結社がどう動くかは分からない。
加えて貴族の中には冥狼といった裏組織ではなく、結社と直接繋がっている者もいるかもしれない。
現にヴィンチェスターがこうして堂々と魔法の研究を唱え出したのだ。どこで結社に情報が筒抜けになるかも分からない。
そうした諸々のリスクを考え、結社の存在を公表するのはストップしたとの事だった。
「現に音楽祭では、貴族に犠牲者が出ていますからね。確かに下手にその存在を表に引きずり出すと、どう動いてくるか分かりませんか……」
「うむ。実際、結社の戦闘員は1人1人が精鋭騎士以上だったと聞く。なりふり構わず、正面から堂々と仕掛けられて困るのはこちらなのだ」
これも分からないでもない。戦場での戦いとは違い、少人数でゲリラ戦を仕掛けられては、騎士はその本領を発揮しづらい。
「事情は分かりました。じりじりと距離を詰めてきた結社に対し、どうアデライア殿下を守るか。それを考えての提案だったのですね」
「そうだ。先代皇帝であれば、一喝してヴィンチェスターとその取り巻きの権勢を大きく削いでいただろうが。私にはそこまでの力がない。結社がヴィンチェスターを利用して距離を詰めてきていると分かっていながら、何も有効な手を打てずにいるのだ……」
まぁ何となく優し気な雰囲気のある人だしな。皇帝としての強権を振るいづらいのだろう。
下手な行動に出ると、貴族たちの不満があふれ出る。そして先代とは違い、自分ではその不満を上手くコントロールできないと考えてもいる。
自分の能力がよく見えている分、余計に行動に移しづらいのだろうな。
「ヴィンチェスターは今、テンブルク領に身を寄せている。テンブルク領の領主であるガリグレッドと結社の関係は定かではないが、全くの無関係とも言えないだろう。だがわざわざ危険だと分かっていながら、ヴィンチェスターの研究を帝都で認める訳にもいかぬ。そこで研究は認めざるを得なかったが、帝都で行うにはもう少し具体的な成果を出してから……という条件を設けた」
研究部門の設立自体はヴィンチェスターの根回しもあり、止められなかった。だが帝都への帰還は拒んだ様だ。
「そもそもヴィンチェスターが帝都を出たのは、公表はされていないものの音楽祭での責任を取っての事だ。あの事件と無関係だったとはいえ、事を起こした冥狼と関係を持っていたのは事実。今も冥狼に恨みを抱いている貴族は多いのだ」
多くの貴族が亡くなったからな。ヴィンチェスターは魔法の研究というカードを手にしたが、弱みを握られているのも事実。冥狼との関係を明るみにされれば、もう帝都で暮らせないだろう。
しかしそれはハイラント派閥の崩壊にも繋がりかねない。以前エルヴァールが話していた通り、崩壊後のリスクも考えて、ヴィンチェスターは今の形に落ち着いたのだ。
やっぱり貴族というのはややこしい。それが大陸の覇者である帝国ともなれば尚更だろう。
「研究は認めざるを得なかったとおっしゃいましたね。どこで行われるのです?」
「ルングーザ領だ。研究所をどこに作るかという話になった時、一番に手をあげたのがルングーザだった」
あの野郎……。ルングーザも外様とはいえ、大領地であり上級貴族だ。大貴族であるヴィンチェスターを迎え入れるには十分な格を有している。だがそうなると、しばらくは相手の出方を見るしかない様にも思えるな。
アデライアが狙いの1つなのは間違いないが、それ以外にも目的はあるはず。そもそも結社はアデライアを具体的にどう利用するつもりなのか、それすら分かっていないのだ。
「ふん……ルングーザというのは気に食わないですが。一旦距離を離す事には成功したのでは?」
「一方で、相手に何かの準備期間を与える事にはなってしまった。すでに情報部をルングーザ領に忍ばせている。奴らがあの地で何を成そうとしているのか。それを探るのが先決であろう」
それについては同意見だ。しかしここまでややこしい話になるとは。この未来が分かっていれば、音楽祭のどさくさに紛れてヴィンチェスターとルングーザをやっていたかもしれない。
この話は帝国にとってメリットがあるという点も、複雑さを増している要因になっている。少なくとも結社由来である大幻霊石の破片……エルクォーツについてのデータを、帝国の公式記録として残す事が可能になる。ヴィンチェスターを通じて、その技術の一部を手にできる可能性があるのだ。
結社以外にエルクォーツの研究が進んでいないという前提で話をすると、この事実は帝国を強くするだろう。大陸において、増々その地位を強固なものにするはずだ。
だが時を与えすぎると、多くのデータと引き換えに結社は何かしらの準備を帝国内で進めていく。それはそれで業腹だろう。話を聞いていたじいさんはうんざりした様に口を開いた。
「面倒な話じゃのう。いっそわしらでその研究所を結社の連中もろとも潰す……というのはどうじゃ?」
「じいさん……相変わらず血の気が多いな……」
俺もそれは少し考えたが、実行するにはいくつかの高いハードルが存在する。その事を説明する様に、クインは口を開いた。
「群狼武風の皆様であれば、確かにそれも可能でしょう。しかし相手は既に黒狼会の事を認知しています。もし1人でも取り逃せば、誰かしら繋がっている貴族を通じて、黒狼会を糾弾してくるはずです。帝国の未来を支える技術を研究している神聖な場を、黒狼会という賊が荒らしたとね。そしてその賊はエルヴァール殿を始め、今や多くの貴族と距離が近い……」
「そういう事か。本当に貴族というのは面倒じゃのう……」
つまり黒狼会が何かへまをやらかすと、エルヴァール一派に大きな隙を作ることになりかねない。
暴力がモノをいうステージであれば、黒狼会はほとんど無敵だろう。だがそのステージを整えずに行動に移すと、別のステージでの戦いを制する事ができない。
その別のステージ……権力や金がモノ言う舞台での力を手にするため、エルヴァールとはある程度の付き合いができている。それが裏目に出る形だ。
「私たちがいた時代とは戦い方が違うっていう事だねー。下手打って帝都に住めなくなるのも嫌だしー」
「……アデライア殿下を守るのに、黒狼会の人手が必要なら言ってください。ですが現状、こちらから仕掛けられる事はなさそうですね」
貴族のステージに黒狼会は干渉しづらいからな。しかしウィックリンとエルヴァールは政治に対する考えが近く、ここに黒狼会を交えて騎士団とも意見を調整できた。それだけでこの会合には大きな意味があったと言えるだろう。
舞台ではアルグローガに扮した俳優が、4人の王たちに自分の築く国家像を訴えているところだった。
「結社の動向は可能な限り、こちらで追ってみよう。また時を越え、再びこうして群狼武風の力を借りる事。我ながら不甲斐ないとは思うが、どうかよろしく頼む」
「構いませんよ。帝国の繁栄は俺たちの望みでもありますから」
ウィックリンは本当に時間が押していたらしく、俺たちに改めて挨拶をした後、個室を出て行った。残った俺たちにディナルドは語り掛ける。
「……ウィックリン陛下には幾人かの妻がおられるが。それも国内における貴族間でのパワーバランスを考えての事なのだ」
「大国ゼルダンシア帝国の為政者だからな。そこは理解できるが」
「だが中には、本当に愛されている方もおられる。その女性との間に生まれた子こそがアデライア殿下なのだ」
「……なるほど」
アデライアには特別に気をかける理由があるという事か。おそらくアデライアも、ウィックリンを強く信頼している。だからこそ俺たちの事を話したのだろう。
「じいさんの提案、さっきはああ言いったが。手段を選べなくなった時は言ってくれ。体裁ばかり気にして気付いた時には遅かった……なんて事、避けたいだろ?」
「……そうならない様に、騎士団も務めるだけの事だ」
まぁそうだな。とにかく現状では俺たちにできる事は少ない。今は冥狼亡き後の帝都の裏組織再編に尽力するとしよう。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる