黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ

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兄弟の時間と幻想歴の資料

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「そうか。母上もメルも喜んでいたか」

「はい。どうです、一度直接お会いになっては」

「そうだな……。ま、時期を見ておいおい、という形で。それまではクインに手紙を渡すよ」
 
 クインは忙しい合間を縫って俺を訪ねてくれていた。以前クインに母上とメル宛に書いた手紙を渡していたのだが、その手紙を読んだ時の反応を聞かせてくれる。
 
 どこかでちゃんと挨拶をした方が良いのは分かっているのだが。もう少しいろいろ落ち着いてからだな。黒狼会のボスに血縁者はいない。この現状は強みでもあるのだ。
 
「二人から手紙を預かっています」

「……後で読むよ。ああ、そうだ。丁度お前に相談したい事もあったんだ」

「なんです?」
 
 どう見ても年上のクインに、俺は遠慮のない態度で話す。
 
「ほら、建国祭があるだろ。その件なんだが……」

「ああ。そう言えば兄さんは今回の平民招待枠に入ってましたね」

「そうなんだよ。今のところ辞退する方向なんだが、良かったらリーンハルト辺りに代理で出てくれないかとも思ったんだよ」
 
 あれからミュリアやダグドが調べてくれたのだが、過去に招待された平民のほとんどは参加しているらしい。

 だが辞退するケースもゼロではなく、また参加した者でも代理を立てている者もいくらか存在していた。
 
 迎賓館でのパーティなんぞ、基本は貴族の舞台だからな。招待されているとはいえ、平民などいてもいなくてもイベント進行には問題ないのだ。積極的に貴族と関係を築きたい奴なんかは自ら行くんだろうが。
 
「リーンは今、遠征任務に出ているのです」

「そうなのか? なら仕方ないな、やっぱり辞退だ辞退」
 
 代理の線も無しだな。ま、俺は貴族とむやみやたらに関係を築きたい訳でもないし、当日は街のお祭りを楽しむとしよう。街では黒狼会としてもいくらか出し物を予定しているしな。
 
「兄さんは貴族の中でも名が知られていますからね。きっと直接見れる事を期待している貴族も多いと思うのですが」

「なんだ、そんなに有名なのか? まぁ冥狼もいなくなったし、いくらかそういう系統の組織と繋がっていた奴らからすれば、黒狼会の動向は気になるだろうが」
 
 クインが言うには、大貴族であるエルヴァールと直接繋がっている点や、帝都で起こった獣騒ぎを抑えた手腕を買っている者が多いらしい。

 また帝都に冥狼が台頭していた時期から、いち早く黒狼会に目を付けたエルヴァールを評価している者もいるとの事だった。
 
「もし参加するなら、私もいくらか安心して警備ができたのですが……」

「なんだ、またお前のところで警備するのか?」

「ええ。反乱軍との戦いで、いくらか活躍できましたからね。今では皇族の出る催し関連には大体警備責任者を務めていますよ」
 
 それはそれで大変そうだな。だが良かった。一度は音楽祭での責任を取らされた形だが、上手く返り咲いた様だ。
 
 クインの話によると、グラスダームの主導で騎士団の再編が進んでいるらしい。今後クインの正剣騎士団は、より帝都……とりわけ貴族街を中心に活動をしていく事になる。
 
 そして常に帝都に在中する騎士団の増設を進めていく方針だとの事だった。
 
「職無しの三男坊あたりが喜びそうだな」

「騎士の最低条件は貴族である事ですからね。おそらく新たにいくつかの騎士団が新設される事になると思います。国境に駐在する騎士団との入れ替えも行いながら、いくらかの即応戦力を常に帝都に置くという考えですね」
 
 今回の反乱を受けての改革なのは明らかだな。だが騎士団を新設しても、長い時間をかけての訓練が必要になる。本格的にモノになるのはまだしばらく先だろう。
 
(それにウィックリンは一度、騎士団の規模縮小を行っている。騎士たちからすれば、またいつその席を追われる事になるか、いくらか不安もあるだろうな)
 
 この辺りも難しい問題だろう。何が正解という訳でもないしな。

 だが建国祭に合わせての騎士団新設は、諸外国に対する牽制にもなる。ウィックリンが進めている通商条約にせよ、国家間のやり取りには武力という背景が必要だ。全てが全て、デメリットしかないという訳ではない。
 
「ところでリーンハルトは遠征って、どうしたんだ? あいつはお前の騎士団所属だろう?」

「ええ。所属が変わった訳ではないのです。実はカルガーム領に向かっているのですよ」

「カルガーム領……」
 
 帝国四公の一角、かつてカルガーム王国だった時の王族が領主を務めている領地だな。そして長年に渡ってフォルトガラム聖武国を牽制している領地でもある。
 
「そういやフォルトガラム聖武国の王女が国賓として建国祭に来るんだったか」

「流石に耳が早いですね。実は使節団一行を、騎士団と各地の領軍が一緒になって帝都まで先導するのです。私の騎士団からも人員をいくらか出す事になりまして……」

「なるほど。結構な長旅だが、まぁあの年齢ならいろいろ見て回るのは良いかもな」
 
 帝都から遠く離れて自分の足と目で各地を見て回るのは、リーンハルトにとって良い経験が積めるだろう。

 それに相手は関係が微妙な国の王女様ご一行だ。道中貴族が中心になって護衛を務めるのは、ごく自然な対応だと言える。
 
「しかし陛下はどういう狙いがあってフォルトガラム聖武国を呼んだんだ? やっぱり例の条約か?」

「一度断られていますからね。今回の事をきっかけに、話を前に進ませたいというのはあると思いますよ」
 
 軍閥と距離の近かったヴィンチェスター一派の中で、主だった奴は消えたからな。今なら貴族たちの意見もウィックリン寄りに統一しやすいと思ったのだろう。

 そう考えると、フォルトガラム聖武国の王族を呼ぶには良いタイミングなのかも知れない。
 
「そういえば。カルガーム領と言えば、今アックスもそこに居るな」

「……そうなのですか?」

「ああ。黒狼会に舞い込んでくる護衛依頼だが、アックスやじいさん、それにガードンなんかは興味を持ったものに関して、自分たちで引き受けているんだ。割と前だが、アックスはカルガーム領まで向かう商人の護衛を引き受けていた。適当に時間を潰して帰ってくると思うんだが……」
 
 ちなみにロイは俺の代理兼補佐を務めているし、フィンは帝都に巣くう賞金首ハントに夢中だ。

 最近の黒狼会は他組織や結社みたいな連中と抗争がないからな。アックスたちは退屈……とまではいかなくても、外に何かしらの刺激を求めるようになっていた。
 
「フェルグレット聖王国の少女も国に帰ったんですよね?」

「ああ、多分な。リリアーナもあれ以来見てないんだよなぁ。仮にもうちの従業員だったのに、冷たい奴だぜ」
 
 ま、所属している結社エル=ダブラスとしても、個人としても悲願が成就できた訳だからな。いち早く総主とやらに報告したかったんだろうが。元気でやっているのならそれでいいさ。
 
「今さら結社の生き残りや七殺星がアデライアを狙う事もないと思うが。何かあったら言ってくれや」

「はい。頼りにしています」
 
 しかしどこか退屈だと感じているのは俺も同じだ。

 俺は黒狼会の代表として、商人や貴族とのやり取りや、経営方針の目線合わせをダグドと行ったりと、それなりに毎日忙しい。だがやはり身体が動かせないと、物足りなさを感じてしまうのだろう。
 
 とはいえ、いつかは今の生活に慣れていくはずだ。内乱が起こらない限りは帝都に敵軍が押し寄せるなんて事もない。今も鍛錬は欠かしていないが、そのうちこの平和に慣れ、何もない日々に心も満たされていくはずだ。
 
(だが何故か、ひりつく様な妙な感覚を覚える。幻魔歴では戦の前兆で感じていた類のものだ。今さらゼルダンシア帝国と正面からやり合おうなんて国はいないと思うが……)
 
 長い平和で俺の感も狂ったかな。だがどちらにせよ鍛錬はサボる訳にはいかないのだ。そろそろ本格的に魔法の鍛錬にも時間を取るか。
 
 クインとはしばらく会話を続けていたが、やがて時間が押している様で屋敷を去って行った。
 
 そして飯を食べてしばらくしていると、今度はダグドが訪ねてきた。
 
「ヴェルト様、お忙しいところすみません。丁度屋敷におられると聞きまして」

「ああ。どうした?」

「数ヶ月前に頼まれていた資料が少しそろいましたので、お持ちしました」
 
 ダグドに頼んでいた資料。それは幻魔歴よりも前の時代……幻想歴に関するものだった。

 特に世界に大幻霊石をもたらしたという、女神関連のものを中心に手配してほしいと頼んでいたのだ。
 
「おお……。流石だな。まさか実際に集まるとは思わなかったぞ」

「かなり苦労したのは確かですね。金もかかりましたし。しかもその割に大した量はそろわなかったのです」

「構わん。感謝するぞ、ダグド」
 
 ダグドは簡単に資料の概要を説明すると、屋敷を去って行く。あいつは俺以上に忙しいのに、律義な奴だ。
 
「どれどれ……」
 
 早速ダグドの持ってきた資料に目を通す。ダグドの言う通り、量は大した事がない。これなら直ぐに読み終えるだろう。
 
「流石に古すぎて、そんなに資料は残っていないか……」
 
 波動の存在する不思議空間でアディリスの話を聞いてからというもの、俺は考古学に興味を持つ様になった。そして幻想歴という時代に対して興味を持つ者は、何も俺が初めてという訳でもない。今も研究している者はいるのだ。
 
 ダグドはそうした伝手から資料を用意したらしかった。帝都以外にも手を伸ばしていたはずだし、そりゃ時間がかかるはずだ。
 
「しかし辺境の村に口伝として伝わる言い伝えまでまとめているのか。研究者たちもなかなかやるな……」
 
 資料に記載されている内容は、俺の持つ知識と共通したものが多い。

 幻想歴では貴族平民など関係なく、多くの人が魔法を使えたこと。その力を使って人は豊かに暮らしていたことなどだ。俺はアディリスとレクタリアの話を思い出す。
 
「てっきり大幻霊石は幻想歴から存在していると思っていたんだが。取り方によっては、大幻霊石は幻魔歴から登場した様にも思えるな」
 
 幻魔歴の資料の多くでは大幻霊石についての記載があるのだが、幻想歴にはその全てに大幻霊石の名が出てくる訳ではない。もしかしたら幻想歴中期から後期に存在した可能性もある。
 
「大幻霊石がなくとも、人が魔法を使えていた時代があった……?」
 
 アディリスは大幻霊石を扉だと話していた。大幻霊石が無い時代は、波動とやらが垂れ流しだったのかもしれない。それで人の怪物化など問題が出てきたため、波動を調整するために大幻霊石という扉で塞いだ。
 
「で、扉そのものが消えたから波動はこの世界に現れなくなった。消えた扉を開こうとしていたのがレクタリア……自称女神のシルヴェラという訳か……?」
 
 波動が魔法と深い関係にあるのは間違いない。俺たちは大幻霊石という扉を通じて、波動の影響を受けた。そして今の魔法が発現した。
 
「得体の知れないものを人の進化に必要だとか言っていたレクタリアは、やっぱり狂ってやがるな。そりゃ便利な力ではあるが……」
 
 必須かと言われれば、必須ではない。だが特別な力なのは確かだ。
 
 おそらく女神が消えた事で、大幻霊石を扱える一族が大きな権力を持ち、選ばれし者である貴族が魔法という既得権益を得たのだろう。そうして幻魔歴では魔法はより特別な存在になっていった。
 
「幻想歴から幻魔歴へと変わる節目になったのは、女神同士の争いか……? だが資料には女神が複数いたなんて記述はないな」
 
 三女神。奴らはそう言っていた。アディリスとシルヴェラ、最低でもあと1人女神がいる。そして波動に対する意見の違いから、三者で争いがあった。

 もしかしたら2対1の構図だった可能性もあるが、勝利したのはシルヴェラ。だが無傷ではいられず、シルヴェラは以降特定の血筋の者に意識を移しながら生き長らえる事になる。
 
「で、もう1人の女神の策略により、大幻霊石は自壊する様に仕組まれていた。それが結果としてシルヴェラの降臨を防いでいた訳だ」
 
 しかしレクタリアは不完全ながら赤い眼を発現させていた。シルヴェラは十全とはいかなくとも、再びこの世に降臨できた訳だ。そしてより完璧な依り代として、アデライアを求めた。
 
「考察が捗るな……。ローグルが生きていたら一緒に盛り上がれそうだ」
 
 資料の最後のページに目を通す。そこには考古学者が村々の口伝をまとめたものが記載されていた。そしてそれは非常に興味深いものだった。
 
「幻想歴には魔法を操る獣がいた……?」
 
 その考古学者は口伝として伝わる詩を分析していたという。今とニュアンスが変わっている点もあるが、それを考慮した上で現代風に翻訳していた。
 
 それによると、詩の一文に神秘を司る獣の存在が明記されていたという。考古学者はその存在を、魔法を使う獣だと捉えていた。
 
「そりゃ確かに、魔法は人にしか扱えないっていうのは思い込みだったかもしれねぇが……。魔法を使う神秘の獣……その名は幻霊……」
 
 なかなか面白い考察だ。だが今の時代に魔法を扱えるのは俺たちだけだし、魔法を使う獣も存在しない。

 かつてそんな獣、幻霊とやらがいたかもしれないというのは、ロマンを感じるところではあるが。
 
「なかなか面白い資料だった。ダグドには感謝だな。…………」
 
 ふと考える。ゼルダンシア帝国は今や、世界でも有数の長い歴史を持つ国だ。それこそ大幻霊石を所有していたのだ、幻想歴にもその前身となる国家……いや。幻想歴から存在していた可能性もあるのだ。
 
「今も皇族が管理している本とか図書室とかあるのかね……? もしそんな資料があるのなら、是非見てみたいものだが」
 
 ……しまった。アデライアからの報酬、金じゃなくてこっちにするべきだったか。
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