黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ

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フランメリアの帝都観光

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 フランメリアは帝都に到着してからというもの、毎日歓待を受けていた。

 多くの皇女たちが代わるがわる案内を務め、帝都各地にある観光地や一流レストランで食事などをとる。その中でも劇場と帝国博物館にはフランメリアも感心していた。

「驚いたわ。これ、鍛冶師ガーディン作の剣じゃない」

「あら。さすがフランメリア様。お分かりになるのですね」

「私も剣を嗜む身だもの。柄の作りでおおよそはね。……まさか帝都に保管されているとは思わなかったけど」

「こちらの武具は幻魔歴末期に活躍した傭兵団、群狼武風の者たちが身に付けていたと言われている物です。当時彼らは、ガーディンの打った武具を身に付けていたと言われていますから……」

 博物館を案内しているのはヴィローラとアデライアだ。側にはジークリットとディアノーラが控えている。

 帝国博物館は建物自体がとても大きく、1日で回れる規模ではなかった。

 ヴィローラの言葉を受け、フランメリアの従者であるエルナーデも頷きを返す。

「姫さま。群狼武風由来の武具ならガラム島にもございます」

「……あら。そうなのですか?」

 事前にフォルトガラム聖武国の歴史に目を通していた事で、ヴィローラも群狼武風が多少ガラム島と縁があるのは把握している。だが具体的な話が出るとは思わず、少し驚いた声が出た。

 アデライアも両目を開けて興味を示す。これにフランメリアは得意げな表情を見せた。

「ええ。当時の彼らはガラム島でちょっとした人気者でね。多くの島民の心を掴み、鍛冶師たちはこぞって武具を打ったと伝えられているの。その一部が今も保管されているのよ」

「群狼武風絡みで有名なのは折れた聖剣ガラテイルですね」

 エルナーデの補足に興味を示したのはディアノーラだった。彼女は少し遠慮がちに口を開く。

「聖剣なのに折れた……ですか?」

「はい。聖剣ガラテイルはガラム島の鍛冶師が作り、他国に贈呈された剣なのですが。それを折ったのが、敵として戦っていた群狼武風の傭兵だったのです。後年、剣を修復してほしいとガラム島に送られてきたのですよ」

「ガラム島の鍛冶師が鍛えた聖剣を折るとは……」

「ええ。その事がきっかけで、聖剣を折った傭兵に二つ名が付いたとか。確か……」

「聖剣砕きのヴェルトですね」

「…………っ!?」

 群狼武風、かつヴェルト。アデライアたちは思い当たる人物が1人しかおらず、全員声に出そうなところを何とか喉で留めた。

 全員が押し黙ったことで、フランメリアはやや眉をひそめる。

「……なにか?」

「あ、いえ。その、群狼武風の方々で具体的に名が残っておられるのは珍しいと思いまして……」

「ああ、なるほど。相当昔の人物だしね。聖剣というのはガラム島の鍛冶師の中でも特に優れた者……一級鍛冶師と呼ばれるのだけれど。その者たちが王家に納めた剣の中から、もっとも評価の高い剣に与えられる称号なの。それを折ったのだもの。当時の鍛冶師たちのプライドは大きく傷ついたでしょうね。今もガラム島に名が残っているのは、その時の名残じゃないかしら」

 アデライアたちの頭の中では、黒曜腕駆の姿で聖剣を叩き折るヴェルトの姿が思い描かれる。

 実際には聖剣砕きという二つ名は、魔法の祝福を受ける前から呼ばれていた名なのだが。

「ゼルダンシア帝国では群狼武風といえば、随分な有名な傭兵団でしょう? 現在までその名が伝わっている者はいないのかしら?」

「え、ええ。そうですわね……」

 少し前なら自信満々に群狼武風の団長マーカスの名を上げていただろうが、この名も既に間違っている事をヴェルトより聞いている。

 ヴィローラには今さら「この人知ってます!」と言える心境ではなかった。

「ふぅん? 救国の英雄が随分な扱いなのね?」

(く……! フィンさんとか、アックスさんとか! 名前自体はちゃんと知ってますのにぃ……!)

 むしろ当人たちと知り合いであり、かつ今も帝都に暮らしているのだが。

 しかしそれを言う訳にもいかず、言ったところで信じてもらえないのはよく分かっていた。それとなく補うようにアデライアは口を挟む。

「……団長と共に最後まで王族に付き従ったという戦士たちの名は今も伝わっております。その中の1人にヴェルトという人物もおりました。ガラム島の聖剣を砕いたという戦士が、最後までゼルダンシア王族に忠義を尽くしてくれた事を知り、皇族として嬉しく思います」

「あら? そうなの? まぁそのヴェルトが聖剣砕きのヴェルトと同一人物なのかは分からないけどね」

 何となく場が微妙な空気になる。そんな空気を入れ替える様に、ジークリットは咳払いをした。

「そろそろお昼の時間です。昼食後は劇場にて、フランメリア様のために「シャノーラ王女の愛」が講演される予定です」

「……そうですわね。フランメリア様、今日は貴族でも中々予約の取れないレストランを貸し切っておりますの。昼食はご期待くださいね」

「そう。楽しみだわ」

「私とアデライアは今日はここまでの案内となります。レストランからは別の者が引き続き案内させていただきますわ」

 博物館でヴィローラたちと別れ、フランメリアはエルナーデと共に馬車に乗った。馬車が見えなくなったところで、ヴィローラはアデライアに声をかける。

「アデライア……」

「すみません。少し我慢できなくて……」

「いいえ。よく言ってくれたわ!」

 ヴィローラはこの数日、フランメリアと話して感じていた事がある。それは言葉使いは丁寧でも、時折プライドの高さが見え隠れする人物だという事だ。

 元々ガラム島の住民は総じてプライドが高い者が多いと言われていたが、フランメリアに対してはおおよそ聖武国民に対して持っていたイメージ通りという印象だった。

「でもヴェルトさまの名が出た事には驚きました」

「もう何百年も経ってますもんね。それだけ当時のガラム島では様々な感情が向けられていたのでしょうけれど……」

 アデライアたちの中で、聖剣砕きのヴェルトは黒狼会のヴェルトと同一人物だろうと確信があった。

 是非今度話を聞かせて欲しいとも思っている。またヴィローラの意見にはディアノーラも賛同した。

「そのヴェルト殿が今帝都にいると知ったら。フランメリア様は大層驚かれるでしょうね」

「はぁ……。どうせなら全員に、群狼武風の勇者様方がここにおられると話したいのですけど……」

 やったところで狂言の類だと言われそうだし、黒狼会に迷惑をかけるからやりはしないのだが。

 ジークリットは今日のフランメリアの予定を思い出す。

「劇場に行かれた後は夕食ですよね。今日は貴族街から出て、帝都の高級料理店に行かれるとか」

「……あら。そうなのですか?」

「ええ。何でも帝国民が普段口にするものを含めた食文化に興味があるとかで」

 貴族街の外でも、帝都には北部に高級住宅街がある。そこで屋敷を持っているのは一部の豪商などだが、中には貴族街に屋敷を持たない貴族の別宅も建っていた。

 そうした場所に邸宅を持っているのは下位貴族が中心であるが、貴族である事には違いない。そのため、北区には金持ちや貴族が訪れる高級料理店が多く建ち並んでいた。

「こちらで店を貸し切ろうとしたのですが、あくまで貴族のお忍びという呈で行きたいとおっしゃってまして」

「お忍び……ですか。確かに貴族は貴族街に閉じ込められている訳ではありませんし、外で食事をとる方もそう珍しくないとは聞きますが……」

「とはいえ、国賓待遇の方に何かあってはいけませんからね。護衛はいくらか付けさせていただく事になりました」

 さらに席は個室で、行きも帰りも馬車に乗ってもらう。その他諸々の条件を付けて、フランメリアの要望を叶えた形だ。

「それは……調整された方は大変だったでしょうね……」

「はい。店はほとんど完全予約制なので、警備自体は少人数でもやりようがあるのですが。今の帝都には結社や閃刺鉄鷲の暗殺者もいませんし」

 フランメリアがいろんなものに興味を示す性格だという事は分かっている。毎日接待用に出される料理より、素の帝国料理を味わってみたいと考えたのだろう。

 それにこうして帝国の文化に興味を持ってもらえるのは喜ばしい事だ。ヴィローラはそう考えていた。

「本来のスケジュールでしたら、建国祭まで日数にそれほど余裕はなかったのですが……」

「仕方ありません。それだけフランメリア様も早く帝都を見てみたかったのでしょう」

 帝都ゼルダスタッドは大陸最大規模の大都市だし、見るべきところは非常に多い。帝都から出ずとも、観光だけで数日は潰せる。

 そういう意味では問題なかったが、時折こうした突拍子もない事態が起こるので、文官たちはその度仕事に振り回されていた。

「それに近く、フランメリア様がお連れになられた騎士たちと親善試合もあります。もしかしたら自らも剣を握られるフランメリア様は、この試合を確実に行うために早く帝都に来られたのかもしれません」

「その件もありましたわね……。先日もお父様が頭を悩ませていましたけど……」

「本気を出すのならアルフォース一門で挑む事になりますからね」

 その場合は絶対に勝たなくてはいけないし、フランメリアに花を持たせる気は一切ないという、大人げない結果になるのだが。




 
 馬車の中ではフランメリアとエルナーデが打ち合わせを進めていた。

「そう。では今夜、ヴェルトは店に来るのね?」

「はいです。既に交渉は終えているとの事です~。ただ商人仲間の会合だと思っていますので、姫様がお会いになられるとは伝わっていませんが……」

「そこは仕方ないわ。万が一にも情報を漏洩させる訳にはいかないし。ここはもうウィックリンの庭。どこに耳があるかも分からないのだから」

 もちろん平和主義かつ温厚なウィックリンはフランメリアたちに対し、監視の目も何も付けてはいない。

 だがフランメリアは常に見張られているという心持ちで日々挑んでいた。

「でもお会いになられたところで、ヴェルトを抱き込める確率は低いですよぉ?」

「ええ、分かっているわ。相手もメリットがないと、わざわざガラム島に来ないだろうし。それに話した印象によっては、私の方からお断りの可能性もあるもの。まぁ今のところその可能性は低いのだけれど」

 フランメリアたちも帝都に来てからというもの、黒狼会の情報収集は行っていた。

 住民からの評判は良く、商人たちの支持も厚い。それに一部の高位貴族と繋がっているという事実もあるし、何より結社とやり合った実績まであるのだ。

 客観的に見ても、ヴェルト一派は引き抜けるものなら引き抜きたいと思える者たちであった。

「きれいごとだけで生きてはいないでしょうし、義賊……とまでは評価しないけど。やはり黒狼会が持つ力は魅力的ね」

「はいです。結社由来の怪物を連日に渡って対処し、閃罰者との戦闘経験まであります。これ、下手したら弱小騎士団より強いですよぅ」

「平民とはいえ、こちらもある程度の礼儀を以て遇すべき人物でしょうね。今日はひとまず顔合わせでも構わないわ」

 フランメリアは基本的に貴族思想が強いが、一方で能力主義も強い。

 能力の高い者は自らも礼節を尽くすし、逆に無能と判断した者にはとことん冷たいところがあった。

「ふふ。今夜が楽しみね」

「そういえば姫さま。諜報部からですが、どうやら結社はアデライア様を狙っていたらしいのですよ」

「……あの赤眼の子?」

「ですです。実際に結社に狙われていたところ、黒狼会と衝突していたとか。多分ですが……」

「アデライアはヴェルトと面識がある……?」

 エルナーデはフランメリアの予想に対し、小さく頷きを返した。

 フォルトガラム聖武国も諜報機関を持っているし、帝国がガラム島に諜報員を潜りこませているのと同様に、聖武国も帝都に密偵を放っている。

 そして結社とアデライアの関係にもいくらか探りが入っていた。

「その時の縁が巡り巡って、帝都の貴族たちと関係を結ぶに至ったのかしら……?」

「詳細は分かりません。例の音楽祭の前から、黒狼会は既にエルヴァールの護衛を務めていた様ですし……」

 帝都でより集中的に黒狼会の情報を集めた結果、分かったのは最高幹部たちの強さだ。

 元々武闘派の構成員も何人か抱えているが、ヴェルトを含めた最高幹部の6人は特に異質だった。

「それと。帝都からは冥狼がいなくなって、今は影狼という組織が日陰者たちをまとめているのですが」

「王都にも似たような連中はいるわね……」

「諜報部の報告によりますとぉ~。その影狼と黒狼会は、裏で通じ合っているんじゃないか……とのことです」

「……もし本当にそうだったとしたら。とんでもない傑物ね……」

 暴力組織と商人の顔を使い分けながら、完全な犯罪者組織ともつるんでいるという可能性。

 これが事実であれば、帝都において黒狼会に敵はいないだろう。立ち上げてそう時が経っていない組織なのにも関わらず、だ。

「良いじゃない。増々今夜が楽しみになってきたわ」

「私もです!」

 諜報部が集めた情報はフランメリアを警戒させるのではなく、その好奇心をさらに刺激しただけであった。
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