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フランメリアとの再会
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マルレイアからフランメリアの潜伏先地域を聞いた俺は、祭りの賑わいから離れたここ貧民区に来ていた。
別にフランメリアを、なにがなんでも見つけたかったわけではない。そもそも俺が会ったところで、できることなどほとんどないだろう。
だがマルレイアから情報を受け取りながらなにもせずに1日を費やす……ということは、何故かできなかった。
それは俺がフランメリアの人となりを知ってしまっていることと関係あるだろう。
「……誰です?」
しかしまさかこんな事態に直面するとは思っていなかった。
目の前では見知った4人が怪我を負っており、一方で怪しげな槍を持つ少年たちは無傷。これまで得ていた情報から、いくつかの仮説が頭の中で組みあがっていく。
「お前らあれか。今結社の残党どもを各地で狩っているとかいう。何たら会といったか?」
「……どうやら僕たちのことは知っているようですね。フランメリア様もご存知の様子……。ヴェルトさん、でしたか」
「ああ」
あの槍……やばいな。どう見ても魔法絡みの一品だ。結社の閃罰者が持っていた武器とは根本から性質が異なる物だろう。どちらかと言えば、俺の顕現する剣に近い気配を感じる。
「ヴェルトさん。ここはお引き取りください。僕の目的はフランメリア様のお命、そしてその死体です。邪魔をしなければ、目撃者と言えど見逃しましょう」
「そりゃありがたくて涙が出るが……」
見逃す……ね。随分と上からだな。久しぶりに俺の傭兵としての部分……舐められたら終わりだという感情に刺激が与えられる。
こいつ……見逃してやるとか、まるで俺よりも自分の方が圧倒的に強いって言っているようじゃないか。
「まさかと思うが。お前、俺のこと舐めてない?」
「なにかお気にさわりましたか? あなたもここで無駄に死にたくないでしょう? 丸腰ですしね。僕も無駄に殺しをしたいわけではないのですよ」
…………。なるほど。そっちがそういう態度でくるなら俺にも考えがある。
足を少年に向けたところで、フランメリアが口を開いた。
「ヴェルト! その少年は……!」
「あぁ、すみませんフランメリア様。何か因縁がおありのようですが、一先ず私に預けてくれませんか?」
フランメリアにアーノック。そしてエルナーデとレイグ。いずれも相応の鍛錬を積んできた者たちだ。この4人を相手に、おそらく小僧は圧倒したのだろう。
そもそも油断できない相手である事は、あの槍を見た時から分かっている。だがそれとこれは話が別だ。このまま小僧に舐められたまま、立ち去る訳にはいかない。
「随分と立派な玩具を持っているじゃないか。その玩具が強気の根拠かな?」
「これは炎閃槍フェルニール。あなたには理解できないでしょうが、僕たちは魔法使いです。至高の武具の使い手たる僕たちに勝てる道理はありませんよ?」
ガキは少し呆れたように、自分と戦うことの無意味さを語りかけてくる。たとえ本人にそのつもりがなくとも、ここまで見下されては俺も後に引けない。
「おいクソガキ。さっさと尻尾を巻いて帰りな。今なら特別に見逃してやるからよ」
「……はぁ。どうやら僕の話が理解できていなかったようですね。仕方ありません、お相手してあげましょう。僕はディン。世界新創生神幻会に所属する者です」
「……なげぇ名前だな」
周囲に戦いの気配が充満していく。相手がクソガキとはいえ、決して油断はしない。クソガキは槍の先端を低く身構えた。
「……いきますよ!」
クソガキが地面を蹴ろうとしたその瞬間。俺は黒曜腕駆を発動させる。
「……え」
全身を黒い霧が覆い包む。クソガキは目に見えて俺の異常を察知するが、その時には既に足は地面を蹴っており、俺に向かって駆けだしていた。
「く……!」
クソガキはそのまま槍を一閃させる。だが俺は黒い霧から腕を伸ばすと、その槍を掴み取った。
「な……!」
霧が晴れる。クソガキの目には、全身に甲冑をまとった男がいきなり現れたように見えるだろう。
黒曜腕駆を全身に発動させたのは随分と久しぶりだ。実はレクタリアとの戦い以降、少し前まで全身に発動できなかったのだ。
時間はかかったが、こうして俺にはまた魔法の力が戻っていた。
「なにが……!?」
「ふんっ!」
掴んだ槍をそのまま強引に引っ張る。そうしてクソガキを間合いに入れたところで拳を突きだした。
「ぐぅ!?」
クソガキは咄嗟に槍を手放し、防御態勢を取る。反応できたのは見事と言ったところか。だがガードの上から叩き込まれた拳は、クソガキを容易に殴り飛ばした。
クソガキは地を転がりながら後方に控える少女たち近くまで後退する。そして俺の握っていた槍は、光の粒子となってその姿を消した。
「うん……?」
やはり魔法……? だが俺の目には予想できなかった光景が入ってくる。少女の1人が両手を掲げると、そこに同じ槍が出現したのだ。クソガキはその槍を再び手に取った。
「ばかな……! 僕の肉体にここまでのダメージを……!? それにその甲冑は一体……! あなた、何者……!」
「おいおい、今のは思いっきり手加減してやったんだがなぁ? そんなに痛かったのか? 今なら泣いて詫びれば、特別に見逃してやるぞ?」
さっきまで下に見られていた分、煽り返す。ガキ相手に大人げないかもしれないが、関係ない。
幻魔歴ではあれくらいの年齢でも戦士と呼べる者はいくらでもいたのだ。ましてやこいつはそこらの騎士より腕が立つ。
「……! あなたの力を侮っていたのは認めましょう……! ですが僕もまだ本気は出していません! 駆者たる僕の本気! 受けていただきましょう!」
クソガキの纏う空気が変わる。俺との僅かなやり取りで、本気を出さざるを得ない相手だと判断したのだろう。
クソガキはさっきよりもやや前傾姿勢で槍の先端を少し落とす。そして。クソガキの姿が消えた。
「っ!」
クソガキは一瞬で俺に距離を詰めると、槍で俺の胸元を突いてくる。しかし俺は甲冑を着ていては不可能な柔軟さで、背を反りながら半歩下がる。同時に左足を上げ、下から槍を蹴り上げる。
「く!」
だがクソガキはしっかりと槍を握りしめながら踏ん張りをきかせ、ひるむことなく槍を振るってきた。
速い。とはいえじいさん程ではない。俺も向上した身体能力を活かし、槍の攻撃を腕で払いながら逸らしていく。
(強いな……! 技量はそれほどでもないが、全て身体能力でカバーしてやがる……! エルクォーツ1つ分で身体能力を強化した七殺星よりも、全体的な能力は上だろう……!)
ルード、ベイン並と言って良いだろう。こうなるといつまでも拳ではやりづらい。なにせ間合いは相手の方が圧倒的に広いのだ。
このレベルになると、先ほどのような余程の油断でもなければ、拳打を届かせるには少し手間だ。
「なら! こいつでいこうか!」
一度距離を取ると、俺は虚空に黒い長剣を現出させる。それを見てクソガキは目に見えて驚きの表情を見せた。
「そ、そんな……!? 幻霊武装……!?」
「っらぁ!」
ここ最近は少しなまっていたとはいえ、俺も激動の幻魔歴を最前線で戦い抜いてきたのだ。身体能力は俺の方が上、そして武器を振るう技量もクソガキを上回っている自覚がある。
どちらが見逃される立場だったのか、たっぷりと教えてやるぜ……!
■
ヴェルトとディンの戦いを前に、フランメリアたちは開いた口が塞がらなかった。
「なに……あれは……」
「ヴェルト殿もディンと同じく、武器を出現させた……?」
ディンのでたらめな力を、身をもって味わったから分かる。あれは相応の戦力と準備がなければ相手にできない類のものだ。
しかしヴェルトは突然全身に黒甲冑を纏ったかと思えば、ディンを上回る力で圧倒し始めた。
フランメリアたちとて素人ではない。ヴェルトの動きを見ればわかる。これまで相当な戦いの経験を積んできているということが。
そこにあの身体能力だ。ディンはなんとか踏ん張っているが、表情に余裕がない。決着が着くまでそう時間はかからないだろう。
「そう言えば。黒狼会のボス、ヴェルトと言えば、戦闘時には黒い甲冑を全身に纏うという話があります」
「レイグ。それって……」
「帝都では有名な話です。おそらくそれがあの姿なのでしょうが……」
だが見ればわかる。あれは甲冑と呼べるものではない。動きが甲冑を身に付けた者の動作ではないのだ。
揺らめいている様にも見えるし、フランメリアは甲冑に見えるだけでその本質は別だろうと考える。
「あれが……黒狼会が短期間で飛躍した理由……」
「黒狼会と言えば、ヴェルト殿を含めた最高幹部の6人はいずれも相当な実力を持っています。あれを見れば、冥狼が帝都から追いやられたことにも納得できますが……」
アーノックも黙ってヴェルトの戦いを見ていた。以前エルナーデが話していたことを思い出す。
(俺ではものの数秒……か。確かにな)
エルナーデはヴェルトと対面した時、3人がかりでも返り討ちだと話していた。そのエルナーデもここまでの実力を計っていたわけではないだろうが、どちらにせよ結論は同じだ。
だが事態は好転したとも言い難い。ヴェルトは帝国人であり、自分たちの味方である確証はないのだ。
ディンとの勝負がついた後、どうなるかは読めない。アーノックは痛む身体を押して何とか立ち上がる。
(いざという時は、俺がこの身に代えても姫様をお守りせねば……!)
■
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「どうしたクソガキ。俺はまだ本気を出していないぜ?」
「そんな……! あり得ない……! 1人で顕者と駆者の特性を合わせ持つなんて……! あなたのその力、一体……!?」
互いの実力差を思い知らせることができたこともあり、俺はいくらか溜飲を下げる。
黒曜腕駆をフランメリアたちの前で使うことになってしまったが、この点は仕方がない。そうしなければ、正直かなり分の悪い相手だった。
「さて。俺自身はお前に恨みはないからな。見逃してやってもいいが……その前に教えろ。お前のその力と槍はなんだ? 魔法と言ったが、お前は大幻霊石の祝福を受けたのか?」
まずあり得ない。大幻霊石は全て砕け散ったし、アディリスはそもそも自壊するように設定されていたと話していた。今の時代に残る大幻霊石は1つも無いはずだ。あり得るとすれば。
(3人目の女神がどこかにいる……? そいつが時を経て、新たな大幻霊石を作った……?)
いや。大幻霊石は別世界にある波動とやらと、この世界を繋ぐ扉だという話だった。扉が無い以上、新たに設置するのは難しいはず。
(新たに扉を開くには、アデライアの身体を奪い取るなどしなくてはいけない。しかしレクタリア以降、そういった動きは見えない)
やはり今の時点では疑問が多すぎる。俺はクソガキの言葉を待つ。
「……。僕たちはお母さまによって、この力を持った状態で生を受けました。大幻霊石によって授かる魔法とはまた種類が異なります」
「なに……」
「あなたは僕たちが想定していなかった脅威だ……! あなたこそその力は一体!? 魔法であるのは間違いありません……! 大幻霊石の無い今、どうやってそれほどの魔法の力を得たのです……!?」
クソガキは強い警戒心をこちらに向けながら槍を構える。体力は年齢相応といったところか。もう全力で動けないだろう。
「質問できる立場だと思ってんのか? 教えてほしければ実力で口を開かせるんだな」
挑発するように語りかける。瞬間、クソガキは槍の先端をより強く輝かせ、それをフランメリアに向けて投擲した。
「っ!!」
とっさに斜め後ろへと駆け、槍を弾く。なんとかフランメリアに直撃させずに済んだが、その隙にクソガキは2人の少女の元へと移動していた。
「こざかしい……!」
「ヴェルト! 奴ら、逃げる気よ!」
「なに……!?」
フランメリアは大声で俺にクソガキどもの意図を伝えてくる。だが逃がす気はない。
こいつらは余りにも気になる事が多すぎる。場合によってはフィンへのお土産にすることも辞さない。
そう思い、クソガキに向かって駆けだそうとした時。その周囲の空間が不気味に揺らめき始めた。
「メニア……!」
「分かってる。これは情報を持ち帰るのが先決。……行くよ」
揺らめきがより強くなっていく。やがて揺らめき自体は収束したが、その時には3人の姿は見えなくなっていた。
「これは……」
城の資料室にあった記述を思い出す。あの時に見た魔法体系書にはこうあった。
「遠く離れた場所まで一瞬で移動する魔法……?」
クソガキは身体能力強化系の魔法。少女の1人は武器を顕現させる系統の魔法。そしてもう1人は移動系の魔法を習得していた……?
いずれにせよ魔法なのは間違いない。結社の連中のようなもどきとは違うだろう。
俺は黒曜腕駆を解くと元の姿へと戻る。そうしてフランメリアたちに視線を向けた。
「……とりあえずご無事なようでなによりです」
「…………」
「………………」
いや、なにかしゃべれよ。
別にフランメリアを、なにがなんでも見つけたかったわけではない。そもそも俺が会ったところで、できることなどほとんどないだろう。
だがマルレイアから情報を受け取りながらなにもせずに1日を費やす……ということは、何故かできなかった。
それは俺がフランメリアの人となりを知ってしまっていることと関係あるだろう。
「……誰です?」
しかしまさかこんな事態に直面するとは思っていなかった。
目の前では見知った4人が怪我を負っており、一方で怪しげな槍を持つ少年たちは無傷。これまで得ていた情報から、いくつかの仮説が頭の中で組みあがっていく。
「お前らあれか。今結社の残党どもを各地で狩っているとかいう。何たら会といったか?」
「……どうやら僕たちのことは知っているようですね。フランメリア様もご存知の様子……。ヴェルトさん、でしたか」
「ああ」
あの槍……やばいな。どう見ても魔法絡みの一品だ。結社の閃罰者が持っていた武器とは根本から性質が異なる物だろう。どちらかと言えば、俺の顕現する剣に近い気配を感じる。
「ヴェルトさん。ここはお引き取りください。僕の目的はフランメリア様のお命、そしてその死体です。邪魔をしなければ、目撃者と言えど見逃しましょう」
「そりゃありがたくて涙が出るが……」
見逃す……ね。随分と上からだな。久しぶりに俺の傭兵としての部分……舐められたら終わりだという感情に刺激が与えられる。
こいつ……見逃してやるとか、まるで俺よりも自分の方が圧倒的に強いって言っているようじゃないか。
「まさかと思うが。お前、俺のこと舐めてない?」
「なにかお気にさわりましたか? あなたもここで無駄に死にたくないでしょう? 丸腰ですしね。僕も無駄に殺しをしたいわけではないのですよ」
…………。なるほど。そっちがそういう態度でくるなら俺にも考えがある。
足を少年に向けたところで、フランメリアが口を開いた。
「ヴェルト! その少年は……!」
「あぁ、すみませんフランメリア様。何か因縁がおありのようですが、一先ず私に預けてくれませんか?」
フランメリアにアーノック。そしてエルナーデとレイグ。いずれも相応の鍛錬を積んできた者たちだ。この4人を相手に、おそらく小僧は圧倒したのだろう。
そもそも油断できない相手である事は、あの槍を見た時から分かっている。だがそれとこれは話が別だ。このまま小僧に舐められたまま、立ち去る訳にはいかない。
「随分と立派な玩具を持っているじゃないか。その玩具が強気の根拠かな?」
「これは炎閃槍フェルニール。あなたには理解できないでしょうが、僕たちは魔法使いです。至高の武具の使い手たる僕たちに勝てる道理はありませんよ?」
ガキは少し呆れたように、自分と戦うことの無意味さを語りかけてくる。たとえ本人にそのつもりがなくとも、ここまで見下されては俺も後に引けない。
「おいクソガキ。さっさと尻尾を巻いて帰りな。今なら特別に見逃してやるからよ」
「……はぁ。どうやら僕の話が理解できていなかったようですね。仕方ありません、お相手してあげましょう。僕はディン。世界新創生神幻会に所属する者です」
「……なげぇ名前だな」
周囲に戦いの気配が充満していく。相手がクソガキとはいえ、決して油断はしない。クソガキは槍の先端を低く身構えた。
「……いきますよ!」
クソガキが地面を蹴ろうとしたその瞬間。俺は黒曜腕駆を発動させる。
「……え」
全身を黒い霧が覆い包む。クソガキは目に見えて俺の異常を察知するが、その時には既に足は地面を蹴っており、俺に向かって駆けだしていた。
「く……!」
クソガキはそのまま槍を一閃させる。だが俺は黒い霧から腕を伸ばすと、その槍を掴み取った。
「な……!」
霧が晴れる。クソガキの目には、全身に甲冑をまとった男がいきなり現れたように見えるだろう。
黒曜腕駆を全身に発動させたのは随分と久しぶりだ。実はレクタリアとの戦い以降、少し前まで全身に発動できなかったのだ。
時間はかかったが、こうして俺にはまた魔法の力が戻っていた。
「なにが……!?」
「ふんっ!」
掴んだ槍をそのまま強引に引っ張る。そうしてクソガキを間合いに入れたところで拳を突きだした。
「ぐぅ!?」
クソガキは咄嗟に槍を手放し、防御態勢を取る。反応できたのは見事と言ったところか。だがガードの上から叩き込まれた拳は、クソガキを容易に殴り飛ばした。
クソガキは地を転がりながら後方に控える少女たち近くまで後退する。そして俺の握っていた槍は、光の粒子となってその姿を消した。
「うん……?」
やはり魔法……? だが俺の目には予想できなかった光景が入ってくる。少女の1人が両手を掲げると、そこに同じ槍が出現したのだ。クソガキはその槍を再び手に取った。
「ばかな……! 僕の肉体にここまでのダメージを……!? それにその甲冑は一体……! あなた、何者……!」
「おいおい、今のは思いっきり手加減してやったんだがなぁ? そんなに痛かったのか? 今なら泣いて詫びれば、特別に見逃してやるぞ?」
さっきまで下に見られていた分、煽り返す。ガキ相手に大人げないかもしれないが、関係ない。
幻魔歴ではあれくらいの年齢でも戦士と呼べる者はいくらでもいたのだ。ましてやこいつはそこらの騎士より腕が立つ。
「……! あなたの力を侮っていたのは認めましょう……! ですが僕もまだ本気は出していません! 駆者たる僕の本気! 受けていただきましょう!」
クソガキの纏う空気が変わる。俺との僅かなやり取りで、本気を出さざるを得ない相手だと判断したのだろう。
クソガキはさっきよりもやや前傾姿勢で槍の先端を少し落とす。そして。クソガキの姿が消えた。
「っ!」
クソガキは一瞬で俺に距離を詰めると、槍で俺の胸元を突いてくる。しかし俺は甲冑を着ていては不可能な柔軟さで、背を反りながら半歩下がる。同時に左足を上げ、下から槍を蹴り上げる。
「く!」
だがクソガキはしっかりと槍を握りしめながら踏ん張りをきかせ、ひるむことなく槍を振るってきた。
速い。とはいえじいさん程ではない。俺も向上した身体能力を活かし、槍の攻撃を腕で払いながら逸らしていく。
(強いな……! 技量はそれほどでもないが、全て身体能力でカバーしてやがる……! エルクォーツ1つ分で身体能力を強化した七殺星よりも、全体的な能力は上だろう……!)
ルード、ベイン並と言って良いだろう。こうなるといつまでも拳ではやりづらい。なにせ間合いは相手の方が圧倒的に広いのだ。
このレベルになると、先ほどのような余程の油断でもなければ、拳打を届かせるには少し手間だ。
「なら! こいつでいこうか!」
一度距離を取ると、俺は虚空に黒い長剣を現出させる。それを見てクソガキは目に見えて驚きの表情を見せた。
「そ、そんな……!? 幻霊武装……!?」
「っらぁ!」
ここ最近は少しなまっていたとはいえ、俺も激動の幻魔歴を最前線で戦い抜いてきたのだ。身体能力は俺の方が上、そして武器を振るう技量もクソガキを上回っている自覚がある。
どちらが見逃される立場だったのか、たっぷりと教えてやるぜ……!
■
ヴェルトとディンの戦いを前に、フランメリアたちは開いた口が塞がらなかった。
「なに……あれは……」
「ヴェルト殿もディンと同じく、武器を出現させた……?」
ディンのでたらめな力を、身をもって味わったから分かる。あれは相応の戦力と準備がなければ相手にできない類のものだ。
しかしヴェルトは突然全身に黒甲冑を纏ったかと思えば、ディンを上回る力で圧倒し始めた。
フランメリアたちとて素人ではない。ヴェルトの動きを見ればわかる。これまで相当な戦いの経験を積んできているということが。
そこにあの身体能力だ。ディンはなんとか踏ん張っているが、表情に余裕がない。決着が着くまでそう時間はかからないだろう。
「そう言えば。黒狼会のボス、ヴェルトと言えば、戦闘時には黒い甲冑を全身に纏うという話があります」
「レイグ。それって……」
「帝都では有名な話です。おそらくそれがあの姿なのでしょうが……」
だが見ればわかる。あれは甲冑と呼べるものではない。動きが甲冑を身に付けた者の動作ではないのだ。
揺らめいている様にも見えるし、フランメリアは甲冑に見えるだけでその本質は別だろうと考える。
「あれが……黒狼会が短期間で飛躍した理由……」
「黒狼会と言えば、ヴェルト殿を含めた最高幹部の6人はいずれも相当な実力を持っています。あれを見れば、冥狼が帝都から追いやられたことにも納得できますが……」
アーノックも黙ってヴェルトの戦いを見ていた。以前エルナーデが話していたことを思い出す。
(俺ではものの数秒……か。確かにな)
エルナーデはヴェルトと対面した時、3人がかりでも返り討ちだと話していた。そのエルナーデもここまでの実力を計っていたわけではないだろうが、どちらにせよ結論は同じだ。
だが事態は好転したとも言い難い。ヴェルトは帝国人であり、自分たちの味方である確証はないのだ。
ディンとの勝負がついた後、どうなるかは読めない。アーノックは痛む身体を押して何とか立ち上がる。
(いざという時は、俺がこの身に代えても姫様をお守りせねば……!)
■
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「どうしたクソガキ。俺はまだ本気を出していないぜ?」
「そんな……! あり得ない……! 1人で顕者と駆者の特性を合わせ持つなんて……! あなたのその力、一体……!?」
互いの実力差を思い知らせることができたこともあり、俺はいくらか溜飲を下げる。
黒曜腕駆をフランメリアたちの前で使うことになってしまったが、この点は仕方がない。そうしなければ、正直かなり分の悪い相手だった。
「さて。俺自身はお前に恨みはないからな。見逃してやってもいいが……その前に教えろ。お前のその力と槍はなんだ? 魔法と言ったが、お前は大幻霊石の祝福を受けたのか?」
まずあり得ない。大幻霊石は全て砕け散ったし、アディリスはそもそも自壊するように設定されていたと話していた。今の時代に残る大幻霊石は1つも無いはずだ。あり得るとすれば。
(3人目の女神がどこかにいる……? そいつが時を経て、新たな大幻霊石を作った……?)
いや。大幻霊石は別世界にある波動とやらと、この世界を繋ぐ扉だという話だった。扉が無い以上、新たに設置するのは難しいはず。
(新たに扉を開くには、アデライアの身体を奪い取るなどしなくてはいけない。しかしレクタリア以降、そういった動きは見えない)
やはり今の時点では疑問が多すぎる。俺はクソガキの言葉を待つ。
「……。僕たちはお母さまによって、この力を持った状態で生を受けました。大幻霊石によって授かる魔法とはまた種類が異なります」
「なに……」
「あなたは僕たちが想定していなかった脅威だ……! あなたこそその力は一体!? 魔法であるのは間違いありません……! 大幻霊石の無い今、どうやってそれほどの魔法の力を得たのです……!?」
クソガキは強い警戒心をこちらに向けながら槍を構える。体力は年齢相応といったところか。もう全力で動けないだろう。
「質問できる立場だと思ってんのか? 教えてほしければ実力で口を開かせるんだな」
挑発するように語りかける。瞬間、クソガキは槍の先端をより強く輝かせ、それをフランメリアに向けて投擲した。
「っ!!」
とっさに斜め後ろへと駆け、槍を弾く。なんとかフランメリアに直撃させずに済んだが、その隙にクソガキは2人の少女の元へと移動していた。
「こざかしい……!」
「ヴェルト! 奴ら、逃げる気よ!」
「なに……!?」
フランメリアは大声で俺にクソガキどもの意図を伝えてくる。だが逃がす気はない。
こいつらは余りにも気になる事が多すぎる。場合によってはフィンへのお土産にすることも辞さない。
そう思い、クソガキに向かって駆けだそうとした時。その周囲の空間が不気味に揺らめき始めた。
「メニア……!」
「分かってる。これは情報を持ち帰るのが先決。……行くよ」
揺らめきがより強くなっていく。やがて揺らめき自体は収束したが、その時には3人の姿は見えなくなっていた。
「これは……」
城の資料室にあった記述を思い出す。あの時に見た魔法体系書にはこうあった。
「遠く離れた場所まで一瞬で移動する魔法……?」
クソガキは身体能力強化系の魔法。少女の1人は武器を顕現させる系統の魔法。そしてもう1人は移動系の魔法を習得していた……?
いずれにせよ魔法なのは間違いない。結社の連中のようなもどきとは違うだろう。
俺は黒曜腕駆を解くと元の姿へと戻る。そうしてフランメリアたちに視線を向けた。
「……とりあえずご無事なようでなによりです」
「…………」
「………………」
いや、なにかしゃべれよ。
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
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