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03.本気のケンカ
しおりを挟むぼんやりと、悠介との行為を思い返していた。
倉庫でのことではない。一度目のことだ。
悠介はセックスをしたことを匂わせていた。栞はすっかり信じ込んでしまったけれど、よくよく思い返してみると何も覚えていない。酔っ払っていた。お酒を飲んでいたから記憶がないのはわかる。でも一夜をともにしておいて、本当になにも覚えてないものだろうか。
気になってきた栞は、悠介の部屋に行った時、ベッドに入った時、行為のひとつひとつを思い返そうとした。
一緒にタクシーに乗り、悠介の胸を借りたのはなんとなく思い出した。それから見たことがなかった部屋に入った時も。
けれどそれ以降がまったく思い出せなかった。そこまで覚えているのだからその先だって搾り出せば思い出せるはずなのに。行為自体は目が覚めていないとできないのだから少しも覚えていないのはおかしい。
――だって、ずっと好きだった人なのに。
昔好きだった人とセックスをして、ひとつも覚えていないなんてありえない。いくらお酒を飲んで酔っ払っていたからといって、自分の中に好きな人を受け入れておいて記憶がないなんておかしい。
栞はもう一度悠介に確認することにした。
「ねえ矢島」
残業時間、人が少なくなったことを確認してからこっそり話しかけた。経理が営業に話しかけることは普通なので話をしていても怪しまれることはない。
「んーなに。めずらしいじゃん、栗原が話しかけてくんの」
「いまちょっといい?」
「? いいけど」
仕事中だけれど、すぐに済むだろうとさっそく悠介を連れ出した。場所は備品倉庫だ。この場所を使うのはシャクだけれど、社内で話をするには他に良い場所が思いつかなかった。
「なんだよこんなところに呼び出して。あ、まさかヤリたくなった?」
「……」
悠介に背を向け立ち止まる栞。
「お、怒んなって」
「そう」
「……は?」
「その……矢島にされた時のこと思い出したら、なんか仕事に集中できなくて……」
振り返ってそっと悠介の胸に寄りかかった。
「え、え」
悠介はあからさまに動揺する。自分はあんなことをしておいて、栞が積極的になると動揺するなんておかしな話だ。
「して、ほしい」
「……マジで?」
「これ以上言わせないでよ」
「で、でもお前」
「……してくれないの?」
悠介のことだから場所も考えずに襲い掛かってくるだろうに、彼は何もしない。栞を抱きしめもしない。
「……」
「矢島の部屋でしたみたいに、してよ」
「っ」
悠介の足が一歩後ずさる。
「私本当は覚えてるよ。矢島が激しく、してくれたこと……」
「…………」
栞はらしくもなく甘えた声を出す。少々わざとらしいかと恥ずかしくもなったけれど今さら引くことなんてできない。悠介の言葉を待つ間、ずっと彼の鼓動を聴いていた。
「……俺、してない」
しばらくして悠介がぽつりとつぶやく。
「……え?」
「誰と間違えてんのか知らないけど、あの夜、俺とお前は、してない」
悠介の口からはっきりと聞かされて栞は悠介の胸から離れた。彼から一歩二歩と距離を取る。
「……やっぱり、嘘だったんだ」
「え」
「最低」
心の底から怒りが込み上げてくる。やっぱりそんなことだろうと思った。いくら酔っていたからとはいえ栞が少しも覚えていないわけはない。
ずっと片想いをしていた相手と身体を重ねるなんて大きな出来事を。
「お、お前いまの」
悠介は動揺し、目をまるくする。まさか栞にカマをかけられるとは思っていなかったんだろう。
「嘘だよ。矢島が本当のこと言うかなと思って」
「試したのか? で、でも俺はお前が……」
「お前が、何?」
「…………」
口ごもる悠介に、栞は怒りを飛び越えて泣きそうになった。
「もうやだ、今さらなんなのよ」
「……今さら、って」
「いいから、もう私に関わらないで!」
「あ、おい栗原!」
栞は倉庫を出てフロアに戻るとすぐにカバンを取り会社を出た。
彼が嘘をついていたのは薄々わかっていたことだ。でもほんの少しは期待していた。本当に覚えていないだけなんじゃないかって。
せっかく、片想いを諦めたのに。
どうして今さらそんな嘘をつくの。冗談でも、笑って許せなかった。だって彼は本当のように語るから。キスをするから。
なんで今さら。
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