12 / 18
12 全力疾走
しおりを挟む真広は走り、走り、誰もいない校内へと逃げ込む。いまは閉会式を行っている最中だった。部活動さえも投げ打ってしまったが真広にとっては人生で最大で重要なことなのだ。
「なんなんだよ、ちくしょお……」
ゲタ箱で息を切らし立ち止まる。全力で走ったのは久しぶりだったので、苦しくてしょうがない。ゲタ箱に手をついて息が整うのを待っていると、走ってくる足音が聞こえた。恐る恐る振り返ると、陸が迫ってきていた。
こんなに必死で逃げたのに、まだ追いかけてくるのかよ、と心の中で悪態をついて真広は靴を脱ぎ捨て、校内へと入っていく。上履きに履き替えている時間なんてなかった。
「真広!」
目が合った。でも真広はまた前を向いて走り出す。
「真広、走っていいのか!」
陸の声からは心配そうなニュアンスが滲み出ていた。陸は真広の事情を知らないんだろう。怪我がたいしたことなかった、なんて。
「待てって! 真広!」
「お、追ってくんなぁ!」
長い廊下を全力で走っているのに、陸の声がどんどん近くなってくる。これだから、現役は。いくら逃げたってかなわないじゃないか。悔しい。悔しい。追いかけてくるな、という思いの中に、追いかけてくれてうれしい、なんて思っている自分がいるのが、悔しい。
どうしてこんなに陸のことが好きで、諦められないんだろう。
真広は久しぶりに走ったからか疲労感がいっぱいで、足に力が入らなくなり、やがてへたり込んだ。廊下に両手をついて、はぁはぁと息を乱している。汗がぽたりと落ちた。
「つ、かまえたっ」
「うっ」
遅れて陸の手が真広の肩を掴む。
陸の息も乱れていて、お互い呼吸を戻すには時間が必要だった。その間も、真広が逃げないように陸の手はがっちりと真広の肩を掴んでいた。
「なんで逃げるんだよ。そんなに俺にさわられんの、気持ち悪かった?」
「そ、んなんじゃねーけど」
呼吸が乱れたままなので、うまく言葉が出てこない。
「じゃあ、なんで逃げんの」
「お、お前が変なことするからだろ! あんなこと、男同士ですることじゃねーだろ」
ようやく息が落ち着いてきた。すると、陸の顔がよく見える。走ってきたからか頬を赤くして、目を潤ませ、今にも泣き出しそうだった。
泣きたいのはこっちの方だ。
好きな奴にあんなことされて、そういう気持ちなんてないくせに、ふざけてる。泣き喚いてしまいたかった。
「だって、真広としたかったんだ」
涙声で陸が言う。
「…………はぁ?」
思考が止まった。
陸の頭がおかしくなってしまった。なにをしたいって? 思い当たることはひとつだけだった。でも、陸がそんなことを言うか? もしくは、キスしたことについてじゃないとか……いやでも、やっぱりそれしか考えられない。
「真広、聞いてる?」
赤い顔をして、涙目のまま、顔をのぞいてくる。
「い、意味わっかんねー! なに? 欲求不満とか?」
「そうじゃなくて!」
陸が必死の形相で、真広の両肩を掴んだ。
泣き出しそうなくせに、今にも怒り出しそうで、真広は混乱した。
「真広、ちゃんと聞いて」
ごくりと喉を鳴らす。
真っ赤な顔をして、どんな話をするっていうんだ。
「あの、お、俺は、その」
陸はひどく言いにくそうにしている。もしかして――真広が陸を好きなことがバレてしまったのだろうか。だから抱きしめてキスをしたりして慰めたとか? いや、それにしてはやりすぎた。真広は陸が次の言葉を発するまで考えに考えぬいたが、思い当たるものがなかった。こんなに真剣な顔をしているのに、なにが言いたいのか全然検討がつかない。
「真広のこと、好き……だ、から」
陸の力がぐっと入ったせいで、掴まれている肩が痛む。それよりも、今なんて言った?
「だ、から……さわったり、とか、したかったんだ」
怒っていたはずの陸は泣きそうな顔をしてまっすぐに真広を見る。
真広の頭の中はいま真っ白だった。陸の言葉は単語として理解できる。でも意味がさっぱり理解できない。
「真広? 聞こえた? 俺泣きそうなんだけど」
ぼんやり陸を見つめたままでいる真広の肩を揺らす陸。視点を合わせると、ほんとうだ、陸の目からは涙が溢れてこぼれそうだった。
「お、オレもふつーに好きだけど」
嘘だった。
陸に告白をされた、なんて夢みたいなことあるはずがない。騙されているか、からかわれているかどっちかだ。だから勘違いをしないように、自制をした。
「真広とは違う気持ちで、好きなんだ」
真広の答えを覆していく陸。ずっと真広が言えなくて抱えていた気持ちを、陸の口から聞く日が来るとは思わなかった。
「えっと?」
「まだわかんない?」
「あー、と、その」
陸の言いたいことはわかる。わかるのに、信じられない。
だって、あまりにも非現実的だった。真広は好きだけれどこの感情はおかしいものなんだって、ずっと思っていた。こんな気持ち、自分以外の誰も持ったりなんかしないって。
「真広のこと、誰よりも好きだよ」
改めて陸は、まるでプロポーズのような緊張感と真剣さを持って告げる。目には涙がいっぱい浮かんでいるのに、一粒もこぼれなかった。
「真広? おいってば」
言葉は、震えて出てきた。
「嘘……だろ? またオレをからかって」
まだ信じられない。
陸を信じられない。
「嘘じゃないよ。どうしたら信じてくれんの。またキスしちゃうよ」
バクバクとなっている心臓が、さらに大きく高鳴った。陸から「キス」だなんて言葉を聞くことになるとは考えたこともなかったのだ。真広は正真正銘初めてのキスだったが、陸はどうなんだろう。今まで誰かとキスをしたことがあるのだろうか。こっそりと真広の知らないところで彼女を作ったりなんかして、真広に嘘をついて。
そう想像していたら、腹が立ってきた。
もう嘘でもなんでもいい。
この先もし気まずくなって言葉を交わすことがなくなったとしても、陸とキスをしたという思い出だけで生きていける気がするのだ。
陸を、睨むように見つめた。
「い、いいよ」
「え?」
「し、してみろよ。本気だったらな! やれるもんなら、やって……んん」
言葉が途切れた。陸の顔が近づいてきて、ふにゅりとした感触がくちびるに落ちてきた。むに、と生暖かいものが押しつけられる。経験のない真広でもぎこちないことがわかるくらい、緊張を滲ませているキスだった。
「……ほら、できるだろ? つーかやばいもっとしたい」
「んむ」
真広の返事も待たずに陸は再びくちびるを重ねてくる。
小さくふれるキスを何回も。それから、我慢できないといった必死な動きで押しつけられたりもした。その間、真広はどう呼吸をしていいかわからず息をとめていたので、最後の方はくらくらと眩暈がした。
「……はぁ、真広と、こんなことできるの、夢みたいだ」
目を潤ませたままの陸はゆっくり真広の頬に手のひらを乗せる。撫ぜるように動かされると、くすぐったさで身が震えた。
陸の目からは、嘘なんて感じ取ることができなかった。目を赤くして泣いて、これが嘘つきの顔だろうか。どこからどう見ても、本気だ。
「オ、オレ、だって」
「え」
恥をかいてもいい。勘違いだったとしてもいい。
もう、真広は覚悟を決めた。
「オ、オレもほんとは……」
長年の思いを告げようとしていると、廊下の向こうから、大勢の足音やがやがやとした声が聞こえてきた。
「わっやば、閉会式終わったのか」
陸が目を見開き、真広の手をとる。
「真広、こっち! 走れる?」
「あ、ああ」
せっかくの決意が台無しになってしまったじゃないか。気が抜けてしまう。真広は陸の手に引かれるまま、校内を走った。
10
あなたにおすすめの小説
握るのはおにぎりだけじゃない
箱月 透
BL
完結済みです。
芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。
彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。
少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。
もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。
放課後の旋律~君と僕の秘密の放課後~
七転び八起き
BL
高校生の柏木いぶきは、放課後に偶然聴いた美しいピアノの音に導かれ、音楽室で一人ピアノを弾く唯川悟史と出会う。「ピアノを習いたい」というまっすぐな言葉をきっかけに、悟史はいぶきにピアノを教え始める。
ピアノと悟史への憧れを抱くいぶき。過去に何かを抱え、人前で弾けなくなっていた悟史。週に二回のレッスンを重ねるうちに、二人の距離は少しずつ縮まっていく。
夏に響く二人の音。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
猫と王子と恋ちぐら
真霜ナオ
BL
高校一年生の橙(かぶち)は、とある理由から過呼吸になることを防ぐために、無音のヘッドホンを装着して過ごしていた。
ある時、電車内で音漏れ警察と呼ばれる中年男性に絡まれた橙は、過呼吸を起こしてしまう。
パニック状態の橙を助けてくれたのは、クラスで王子と呼ばれている千蔵(ちくら)だった。
『そうやっておまえが俺を甘やかしたりするから』
小さな秘密を持つ黒髪王子×過呼吸持ち金髪の高校生BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる