甘い温度でふれて満たして

春密まつり

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02.ぬくもり

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 飲み会は駅前の居酒屋で、広めの個室を取っている。
 どうせ会社の話になるのだから、他の人には聞かれないように個室は必須だ。乾杯をしてみんなそれぞれの席で盛り上がっているみたいだ。人数が15人と多いので、テーブル毎に分かれてしまうのは仕方ないのだろう。
 並べられたおつまみを自分のお皿に置いて、適当に話をしながら飲んでいると、空いていた隣の席に真奈美が座った。
「……三ツ橋は外回りで遅れるってさ」
「なんで私に言うの?」
「気にしてるからでしょうが。はい飲みな」
「飲んでるってば」
 真奈美は私のグラスがまだあいていないのがわかっているくせに、ビールを私の正面に置いた。ビールは苦手なので甘いお酒しか飲まないことを知っているくせに。
 今飲んでいるものをとりあえず飲み干して、もったいないのでビールに口をつけた。苦くて、やっぱりおいしいとは感じられない。でも次の飲み物を注文するのも面倒なので、ちびちびと少しずつビールを消化していた。
 それが半分くらいになった頃だ。
「お疲れ~」
「お、来た来た!」
 三ツ橋くんの声が聞こえて、ドキリとした。明るい性格の彼は仲が良い人も多く、三つあるテーブルそれぞれに呼ばれている。その中でも私から一番遠いテーブルに座ったのが見えた。ああ、また同じテーブルになれずにたのしそうにしているのを見なければいけないのかと思っていたら、真奈美が三ツ橋くんに向かって手を上げた。
「三ツ橋、こっち!」
 私は隣で真奈美の声にびくんと肩を震わせた。三ツ橋くんがこちらのテーブルに視線を向けながら立ち上がる。私は鼓動を早めていた。
「んーなになに」
「私、他のテーブル行くから深雪の相手してあげて」
 真奈美の言葉に耳を疑った。
「はいはい」
 三ツ橋くんも素直にうなずいて右隣に座るし、意味がわからない。というか動揺で心臓がおかしい。三ツ橋くんの代わりに、真奈美が席を立ってしまった。
「ちょっと真奈美っ」
 呼びかけても笑って手を振るだけだ。
「なに安部、ビールなんか飲んで。悩みでもあんの?」
 真奈美はなにを考えているんだろう。私の気持ちを知っている彼女はチャンスを与えてくれているのだろうけど、事前に話しておいてもらわないと困る。急に隣の席に来られても、どうしたらいいかわからない。出会ってから何回だって飲み会で隣の席になったこともあるのに、今はどう接したらいいか迷っている。真奈美だったらきっと女の子らしく振舞ったりするのだろうけど、私にはなかなかそれは難しい。
「別になにもないよ」
「なんそれ」
 三ツ橋くんは笑いながら、ビールをごくごくと飲み干した。おいしくないあの味を、彼は簡単に、おいしそうに飲み干す。
「じゃあオレの話間いてよ。今日A社でさ~」
 三ツ橋くんが勝手にしゃべり出してくれるのでとても肋かってしまった。前からそうだ。彼は話をするのが好きだし盛り上げ上手なので、暗い愚痴にならず楽しい話にする才能がある。そんなところを凄いな、と思っていたし、たのしかった。だからきっと三ツ橋くんと一緒にいてたのしいと感じている人は山ほどいるのだろう。
 私が隣にいてもいなくても、三ツ橋くんはどこでも一緒だ。私だけが仲が良いわけではないし、他にもっと気が合う人がいるかもしれない。
 私といるとたのしい、飽きない、なんていう言葉も、全員に言っているかもしれない。考えているうちにどんどん暗い気持ちになっていく。遠くのテーブルではなく隣にいて、私を見ながら話をしてくれているのに、どうしてだろう。
「……でさーひどくねえ?」
 せっかくの機会なのに三ツ橋くんの話に集中できないでいた。
「ひ、ひどいね、それ」
「だろ? さすが深雪ちゃんわかってるね」
 三ツ橋くんの左腕が、私の肩に回った。引き寄せられて、ぐっと距離が縮まって身体が固まる。彼の体温を感じてしまって喉が詰まりそうだ。
「っ、もう酔ったの?」
 同じテーブルのみんなは「またか」みたいに笑って見ているだけだ。私の動揺が顔に出ていないことを願う。
「やっぱオレお前好きだなー」
「……はいはい」
 バカ。
 そんな簡単に言うな。
 三ツ橋くんにくっついている身体のすべてが熱を持っていく気がする。いつまでたっても離そうとしないで私の肩に彼の手がある。そのままみんなと話をしている。私も話をして笑っているけれど、心の中ではまったく笑えていない。どうして気軽にこんなことをするの、と訴えたいけれどもちろん出来るわけがない。
「もう、いいかげん離れてよ」
 彼の気持ちと自分の気持ちの差が苦しくなって、無理して笑いながら三ツ橋くんの身体を押した。本当はずっとこうしていたいと思っていたけど、実際重かったし、緊張しているのがバレたらいやだし、強張った腕を懸命に動かした。
「……寂しいよオレは」
 するとあっさりと体温が離れていく。
 三ツ橋くんはみえみえの嘘泣きを見せてまた笑いを起こした。
 私の気も知らないで。
 少し離れた距離に戻ってからは、スキンシップをすることもなかった。でも、私の体の右側はずっと熱いままたった。



「おつかれ~」
 なんだかとっても疲れた三時間たった。盛り上がっていたテーブルでは二次会だーなんて喚いているけれど元気だなぁと傍観している。私は疲れてしまったし、明日も仕事なのでまっすぐ帰ることにした。飲み会はやっぱり金曜日にやってほしいと切実に願う。次の日のことを考えてあまり飲めないし、心からたのしむことが難しいのだ。
 どうせ三ツ橋くんは二次会なのだろう、と彼の姿を探していると、「駅まで一緒に行くかー」と背後から声がした。
 驚いて黙ったままでいると彼は自然に隣を歩き出す。
 駅までの道は大した距離ではない。店を出て、みんな他人など気にせずにバラバラに歩き出す。いつも三ツ橋くんと仲良く話している他部署の女の子たちは、他の男の子とたのしそうに話していた。安堵するとともに、混乱している。
「寄り道して行こうぜ」
 三ツ橋くんは気さくなので一緒に帰ることだってある。こんな風に遅くなった日は駅まで会社の愚痴でも話しながら一緒に帰ったこともある。でも、寄り道なんてしたことはない。
 彼の語尾はなんだか揺れていた。酔っているんだ。ビールもたくさん飲んでいたし、焼酎なんかも飲んでいたみたいだからきっと悪酔いしている。
 なんだか、いつもと少し違うことか起こるだけでドキドキする。

 寄り道といっても、駅まで少し遠回りするくらいだった。オフィス街のこんな駅近くには寄り道をするような場所はない。ただ三ツ橋くんの行く道をついていって、狭い路地を通って帰っているだけだ。でも周りの喧騒が消え、人通りも少ないと妙に緊張感が増す。
「なぁ、お前本当になんか悩んでない? 仕事辞めたいとかさ」
 少しうしろを歩く私を振り返った三ツ橋くんの赤らんだ頬が見えた。相当酔っている。
「辞めないよ。ねえ、酔ってるでしょ」
「酔ってませーん」
 彼の口調はいつも軽いけれど今日はより一層だ。
「酔ってない人はそう言うんだよね……」
「なあ、悩みないの? 部長のこととか」
 一歩私に近づいて、顔をのぞき込んでくる。どうして今そんな話をしているんだろう。悩みがあるなしに関しては飲み会での真奈美の行動からそう思い込んでいるんだろうけど、どうして部長の名前が出てくるのか。
「部長? なんで? あんな素敵な人に不満なんてないよ」
「素敵、ね……本当に?」
「しつこいな……そうだ、悩んでるといえば、オフィスが寒いことくらいかな」
「それオレのせいって言いたいのかよ」
「まあね」
 だんだんたのしくなってきた。
 こうやって言い合えるうちはいい。ふざけあって笑いあって、冗談を言えるのは楽だ。いつからつらくなったかなんて、遠すぎて考えたくない。
「ん~~じゃあさ」
 三ツ橋くんは立ち止まって私にまっすぐ視線を向けた。頬はまだ赤いままだ。
「責任持って、お前が寒いって言ったらこうするよ」
「えっ」
 大きく手を広げたところまでは見えた。けれどそこまでだ。視界がなにかで埋め尽くされてなにも見えなくなった。あたたかさと、頭上から聞こえる呼吸の音でなにをされているかをゆっくり理解した。
 ――抱きしめられている。
 三ツ橋くんの腕で身体をくるまれ、すっぱりと胸の中に収まっているみたいだ。ほんのりお酒の匂いがする。
「ちょ、なに!」
「こうすればあったかいんじゃん?」
「な、にしてんの」
 弱々しい声になってしまった。
 突然の出来事に頭がまわらない。どうしてこんな状況になっているんだろう。本当に、酔っ払いというのは腹立たしい。
「う……あったかいけど……」
「やだ?」
「ひゃっ」
 勘違いかもしれないけれど、三ツ橋くんの声は甘さを滲ませているようだった。身体をかがめられると耳元で声が聞こえてきて、身体も密着するし、もういやだ。ばくばくと心臓がうるさく鳴ることをコントロールなんてできない。あたためるために抱きしめられているなんて私にとってはどうでもいい。一向に落ち着くことができない。
「ど、同期だからってこんなことまでする?」
「へ」
 三ツ橋くんの胸の中に包まれたまま、私は伝えた。
 同期だからってこんなことおかしい。酔っ払いに伝えても無駄なことだろうけど私は口にせずにはいられなかった。
 背中でゆっくり動く三ツ橋くんの手のひらがこそばゆい。
「うーん……好きだって言ってるじゃん」
「……またそんなことを」
 いちいち動揺させられるのがつらい。甘い声で好きだなんて言わないでほしい。冗談だって、酔っ払いの戯言だってわかっているのに、抱きしめられて好きと言われるとまるで恋人同土になったんじゃないかという錯覚にさえ陥る。
「やっぱり、冗談だと思うよな」
 低い声が落ちて、直後にぬくもりは離れていった。まだ心臓の音がうるさい。
 三ツ橋くんは目を伏せて背を向け、歩き出した。どういう意味なんだろう、と今の言葉の意味を知りたくて一人歩き出した三ツ橋くんを追いかける。
「え、あの」
 三ツ橋くんは何も言わない。いつもと違う雰囲気だ。
「す、好きって」
 か細い声になってしまった。まさか、冗談じゃないと言うのだろうか。そう期待させられる言葉だった。問いかけた声は彼の耳に届いていたようで、彼はあっさりと答える。
「ん? お前の言うとおり冗談に決まってんじゃん」
「……」
 軽いロ調が戻ってくる。
 ああ、そうだ。彼はこういう人なのだ。けれど思えば、はっきりと「冗談」だと言われたことはなかった。いい機会だったのかもしれない。変に告白なんかしなくてよかった。奸きだと言われて、肩に手を回されて、やっぱりどこか期待していたんだ。
 よかった、本気にしなくて。

「お前電車あっちだったよな。じゃあなお疲れ」
「……おつかれ……」
 駅に着いたら彼はあっさりと立ち去った。その背中をぼんやりと眺める。
 バカだ。本当に。
 私は彼のぬくもりを忘れるために、駅の階段をいつもより早足で駆け上がった。

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