BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

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8月7日唯兎誕生日SS

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《いつもの唯兎》





とある夏休みの日。

既に夏休みの課題も終わった事により暇を持て余すことが増え、かと言って家の中で何か出来るわけでもなくただダラダラと過ごしていた。
外の気温は38℃。
この人をも殺す気温の中、用事も予定もなしに外になんて出なくない。

ソファの上でゴロゴロしながらスマホを見てみるも、今日は桜野も大原…皇も用事があるようで遊びに誘ってもごめん、と謝られてしまった。
夏休みだもんな、家族と予定だってあるよな…。

うちの家族も予定はあるが、それは来週になると父さんが申し訳無さそうに話していたのを思い出す。
まだ仕事の方が落ち着いておらず、最短でもそのくらいになるらしい。
まぁそれは仕方ない、仕事だもの。

それにしても、やる事がなくて暇だ。
ソファの上で再びゴロゴロし始めた俺はたまに落ちそうになりながらとにかくだらけきっていた。






「……モールにでも行こうかな…」






兄さんも用事があって出掛けていることもあり、たまには1人で買い物にでも行こうと決めて外に出たがらない足を無理矢理外へ向ける。
一歩外に出れば外の暑い空気が俺の身体を覆う。
湿気混じりのその熱気は嫌な感じに纏わりつき、一気に汗を吐き出させる。
涼しかった室内と打って変わって気持ち悪いくらいにベタベタし始めた身体に眉間に皺が寄る。

だから夏は嫌なんだよ…。

とはいえ、せっかくの長期休み。何もしないで過ごすなんて勿体無い。
近くにあるバス停で少しだけ待つとすぐにバスが到着し、中に乗り込む。
バスの中は涼しく、俺は短い距離であったものの暑さで一気に疲れた身体をバスの椅子に沈めた。
涼しいバスの中でモールに着いてからのことを想像して楽しむ。

何を買おう?
筆記用具と…何かいい付箋はないかな。
兄さんに何かお土産でも買おう。
…4人でなにかお揃いとか買ってもいいかな。

なんて外の気温で少し沈んでいた気分が浮上してくると、ワクワクと弾む胸に手を当ててバスの外を眺めた。


《次は…モール前。…モール前》



無事俺をモールまで運んでくれたそのバスは丁寧に停車し、運賃を支払えばおじさん運転手さんが『ありがとうございましたー』と朗らかに答えた。
それに対してペコッと頭を下げてから降りると、せっかくバスの中で涼しさを堪能していた俺の身体が外の暑さに悲鳴をあげる。
暑い、暑すぎる…。
一瞬で汗が滲んできた身体を無理矢理動かし、入り口を目指すと同じようにバスから降りた人達があちー…と声を出しながら歩いていた。

店内に入れば俺たちを出迎えてくれるのは冷気。
自動ドアが開けば一気に押し寄せるその涼しさについ頰が緩むのを感じた。
俺は軽くなった足を店内に向け、お目当ての店を探し始めた。

まず向かったのは文房具屋。
俺が欲しかった付箋や新しいマーカー、赤ペン、ノートなどを買った後は兄さんへのお土産に茶葉専門店なんてところに行ってみた。
そこには様々な紅茶の茶葉が売っていて、桃やゆずの香りのある茶葉なんてものも置いててとてもいい香り。

兄さんに桃の香りの茶葉を買ってみたところで少し空腹を覚える。
お腹をさすればくぅ…と小さな悲鳴をあげるお腹に苦笑しながらフードコートってどこだっけ…とエスカレーターに乗りながらスマホを取り出す。
…と、その時。






「次!次はどこ!」

「…んー、こことか?」

「それならこっち寄っていこうよ、いいのあるかも」





聞き慣れた3つの声が俺の耳に入ってきてついそちらを見てみる。
そこには降りるエスカレーターに乗っている俺とは反対に、登るエスカレーターに乗った桜野、大原…そして皇の姿があった。
ワイワイとはしゃぎながらエスカレーターに乗る3人に俺の頭は真っ白になる。


…今日、3人とも予定があるって言ってたのに…。

それは、俺を除いた3人で遊ぶ予定のことだったのだろう。
…その中に俺は入れなかった、ただそれだけ。

先程まで感じていた空腹も忘れ、楽しみながら買った荷物も一気に重く感じ始めた。
…疲れた。

沈んだ気持ちはすぐには浮上させることができず、俺はツンと痛む鼻を少しだけ擦り帰ろうとモールから出た。
バスを待っている間、外の空気がとても暑く俺にのしかかる。
汗ばむ俺の身体はその熱を嫌がるが、俺の意識はそちらに向けられることはなかった。

3人で遊びたかったから俺からの誘いは断られたんだな。
仕方ないよね、3人で遊びたい事だってあるよ。
…じゃあ、普段だって3人でいたいんじゃない?
俺、もしかして邪魔だったかな…。






《お客さん、乗らないの?》





急にバスの運転手から声をかけられ思わず身体がビクッと大袈裟に反応する。
いつの間にか到着していた帰りのバスは扉を開け、俺が乗り込むのを待っていた。
幸い並んでいたのは俺だけで並んでいた後ろの人に迷惑をかけたわけではなかったからよかったもののバスが到着したのも気付かないなんて…。
運転手さんにごめんなさい、と声をかけて乗り込むとヒヤッとした冷気が俺を包んだ。
来る時よりかいた汗は一気に冷え、むしろ寒ささえ覚える。

…なんか、疲れたな。

ただ夏休みを楽しみたくてモールに行ったのに…寂しい思いが強くなってしまった。
そのままボーッとしているうちに最寄りのバス停に到着し、運転手さんにお礼を伝えて降りる。

ほんの少し、早足になりながら家に帰るとまだ誰もいない室内がムワッと外の熱気を伝えてくる。
あつい…そう思うのに冷房をつけようと思えずリビングのソファに倒れ込む。

ただただショックだった。
俺はずっと3人と一緒にいるのが好きで、よく出掛けるのも誘ったりして…。
でも3人はそうじゃなかった、俺はいらなかった。
ショックで、3人にも申し訳なくて…涙がポロポロと溢れ出る。

暑い室内で冷房もつけないままソファに横になっているせいでそれが涙なのか、汗なのかわからないくらいに顔がびしょびしょに濡れてしまった。
頭がクラクラする…そういえば、モールでも何も飲んでいなかった。

流石に何か飲むべきか、と身体を起こした瞬間頭がグランっと揺れソファから床に崩れ落ちた。
…身体が動かない。
…頭が痛い。
……意識が、保てない。

脳が頭の中で激しく動いているのでは、と錯覚を覚える程にグラングランと揺れる頭に俺は何も出来ないまま意識を手放した。
























もうすぐ、大事な大事なイベントがある。

僕もそれはとても楽しみで、あの3人も今日はモールまで行ってプレゼントを買うんだと張り切っていた。
そんな僕も、当日必要な具材やラッピングなどを買うのに外に出ていたが今日はあまりにも暑すぎる。

店内ならまだしも、外に出れば一瞬で汗が吹き出してしまい汗拭きシートで拭いたとしても1枚じゃ足りないだろうな…なんて苦笑してしまう。
しっかり飲み物を飲みながら買い物を終え、家に帰ると家の中は熱気に包まれていて外とはまた違う不快感を覚える。

…唯兎は出かけてるのかな?

そう思ったのは一瞬、唯兎の靴はある。
もしかしたら自室に篭ってるのかもしれない。
そう思いながら嫌な予感がして慌ててリビングに入ると、ソファの下に倒れるような形で力のない唯兎の足が見えた。






「……っ、唯兎!!」






唯兎に駆け寄ると、汗をかなりかいていたようで身体のどこを触っても濡れていた。
それとは別に、目の周りが赤くなっていたのを見て泣いたのだろうという事も確認出来る。

僕は慌てて冷房をつけ、唯兎を抱き起こすとカバンの中に入れていた飲みかけのスポーツドリンクを取り出す。






「唯兎…唯兎!起きて!これ飲んで、病院いこう…!唯兎!」

「…、…は…」

「唯兎!話さなくていいから!これ飲んで!飲み込んで!」





口を開けた唯兎にスポーツドリンクを流し込むも、それを飲み込む力もないのか口の端からどんどん出てきてしまう。
ダメだ、僕じゃ何も出来ない…!

そう思った僕はスマホを取り出し、すぐに救急車を呼んだ。
救急車が来るまでに何が出来る…!?
部屋は冷やした…あと身体を冷やしてあげた方がいい…?

浅い知識ながらも保冷剤を用意し、ハンカチに包むと両脇や足の付け根に付けて身体を冷やしてみる。
あと、あとは…飲み物、飲んでくれないと…っ!

唯兎の目は完全に閉じられており、荒めの息を吐いていた。
さっきと同じようにしても、おそらく吐き出してしまって…最悪咽せて息をしにくくしてしまうだろう。
無理に飲ませない方がいい…のかもしれない。
あとは唯兎に声をかけ続けて救急車を待とう。
そう思い、とにかく冷静にならないと…と少し長めに息を吐いた後救急車が到着するまで唯兎に声をかけ続けた。






















「……?」

「!…、……!」

「……、…………?」






ふと、自然と意識が浮上した。
誰かの話し声が聞こえる…。
いや、誰かなんてそんなのはわかりきっている。
俺が大好きで、いつも一緒にいた人達の声だ。

その声に導かれるようにゆっくり目を開けると、すぐそこには思い描いていた3人が経ちながら何かを話していた。
ただ、どうしても眠気が強く再び目を閉じてみると先程よりも3人の声が鮮明に聞こえてくる。






「唯兎…大丈夫だよね…?」

「大丈夫だよ、先生だって今日中に目を覚ましたら明日にでも帰れるって言ってたし」

「まったくなぁ!唯兎ってば自分の身体大事にしねーから熱中症になるんだぞ!」

「…もうすぐで唯兎の誕生日なのにね…」






誕生日。
そうだ、すっかり忘れていたけど俺の誕生日は8月7日だ。
そして今日は8月4日…あと3日で俺の誕生日が来るのか。





「モールで唯兎の誕生日プレゼント選んでる時に照史先輩から連絡来てビックリしたよね」

「まったくだ!唯兎が熱中症で倒れた、なんて急に言われた俺たちの身にもなって欲しいな!」

「唯兎だって熱中症になりたくてなったわけじゃないだろ、落ち着け」

「落ち着いてる!」






…モール…?

あの時、3人でモールにいたのは3人で遊ぶためじゃなくて…俺のプレゼントを買いに行ってたって…?

すっかり3人は俺を除いて遊びたいものだと思っていた俺は驚きよりも申し訳なさが圧倒的に優っていた。
3人を信じられなかった。
誰よりも信じたい、信じないといけない3人なのに…俺は勝手に除け者にされたなんて落ち込んで、倒れて、迷惑かけて…。







「明日にでもまたモール行こ、候補は上がってるし…もう日数もないからさ」

「やっぱりぬいぐるみだろ!ナマケモノのドデカぬいぐるみ!」

「……ナマケモノじゃなければ候補に入れたけどな…」






ナマケモノ…?ってあのナマケモノだよね?
逆に気になるんだけど、どういう姿形してるの?
ドデカってどれだけデカいの?
大きくて柔らかい…?しかもナマケモノ…?

気になりすぎてそれしか頭に入ってこない。
先程まで感じていた申し訳なさを押し込んで出てきたのはナマケモノだった。なんだそれ。






「……で、唯兎。そろそろ起きな」

「…まだ目が開かないの」

「わっ、唯兎起きてたの?大丈夫?具合は?」

「起きたんならナース呼んでくるか!」

「ナースコール押せば来てくれるからお前はここにいろ」






バタバタと走って行こうとする桜野を大原は手を掴んで引き止め、冷静にナースコールを押した。

暫くするとパタパタとお医者さんやナースさんが俺のいる部屋に来てくれた。
俺の身体や目、いろいろと見てくれたあと気分はどうかや目はしっかり見えているか等聞いて、その結果をナースさんが何か書いている。

まだ頭が重くて目も開けにくい事。
開ければ目はしっかり見えている事。
特に頭はクラクラしていない事。
気持ち悪さはない事。

いろんな質問に答えた後、無理やり目を開けようと奮闘している俺の目をお医者さんがそっと手を置いて無理しないでと声をかけてくれた。






「お兄さんは戻ってきたかな?」

「まだです、そろそろ戻ると思いますけど」

「じゃあお話はまた後にしようかな。点滴はどう?痛くない?」

「大丈夫です」





そう答えた俺によし、とお医者さんは答えて部屋から出て行った。
残ったナースさんが点滴を確認した後、大原に
「お兄さんが戻ったらナースステーションに来てねって伝えてね」
と言い、部屋から出て行った。






「唯兎、大丈夫?何か飲める?」

「身体起こせるか?桜野、唯兎の身体支えて」

「まかせろ!」






身体に力が入らない、なんてことはないがまだ頭の重さが抜けていない俺は桜野に身体を預けると、背中を押されてゆっくり上半身が起き上がった。
薄く目を開けると、コップに入った飲み物を皇が俺の口に持ってきてくれたのが見えた。
それに合わせて口を開けてみると、冷たくもないそれは喉を通って体へ入っていく。






「…これ、なに?」

「わかんない、さっきナースさんが起きて飲めそうなら飲ませてあげてって言ってた」






そっか、ともう一口飲んで再び身体を横にすると兄さんが到着したようで俺の顔を見てホッとしたようにソッと頭を撫でた。







「良かった、気分はどう?」

「大丈夫、まだ頭重くて目が開けにくいけど」

「無理しないで、そのままゆっくりしておいて。あと3人とももう少し静かに。他の人の迷惑になる」






さっき目を開けた時チラッと見えたが、多分ここは大部屋。
他にも患者さんがいるはずだから3人の声量だとうるさかったかもしれない。
ほぼ目を閉じていた状態のためハッキリ見えたわけでもないけど、他の患者さんはどのくらいいるのだろう。
3人もハッとしたようにすみませんでした、と謝ると朗らかなお婆さんの声が耳に届いた。






「いいのよ、元気があるのはいいこと」

「そうそう、私たちはそんなにはしゃげないから見ててとても元気がもらえるわ」






ねぇー、なんて2人で声を合わせるお婆さん達はうふふ、なんて笑いながら逆に3人にありがとねなんてお礼を言った。
3人はどう反応したらいいのかわからないらしく、ど…どうもなんて返していたがそれもそれで珍しくて面白い。






「そういえば兄さん、さっきお医者さんがナースステーションに来てって」

「わかった、僕はちょっと言ってくるから唯兎はもう少し寝ていなさい。3人はそろそろ帰ること、他にやりたいことあるんでしょ?」

「でも…」






頭の重さも先程よりマシになりうっすら目を開いてみると、3人が心配そうにこちらを見ていた。
そんな3人にヘラっと笑って見せるとなんとも言えない表情をされた後、コクンと頷いた。






「じゃあ、俺たち帰ります」

「うん、今度楽しみにしてるね」

「はい!唯兎、ちゃんと休めよ」

「またね、唯兎」






コクンと小さく頷いて手をヒラヒラ振ると、3人はそれに軽く振り返してから廊下を歩いて行った。
兄さんも3人とナースステーションまで行くとのことで一緒に行ってしまったため、室内は一気に静かになる。
再び目を閉じると、外で誰かが笑っている声やナースさんの優しい声が耳を擽る。

本当、みんなに心配かけて何やってるんだろ。
しかも、全部俺の勘違いから生まれたもので誰も悪くない。
…恥ずかしくて穴があったら入りたいよ…。

眉間に皺を寄せながら目をギュッと固く閉じてみると、その眉間を誰かにちょんっと押された。
薄く目を開けてみると、それは兄さんで大丈夫?と優しく声をかけてくれる。






「大丈夫…兄さんは何のようだったの?」

「今日一日入院して、明日には帰れるってさ。だからこのままゆっくり寝てもいいよ」

「……ごめんね、迷惑かけて…」

「そんなこと気にしないの。今は自分の身体の事を第一に考えて」






ふわふわと俺の頭を優しく撫でる兄さんの手に擦り寄ると、クスクスと笑いながら俺の頬を同じように優しく撫でてくれる。
温かいな、なんて思ってその手に甘えているとすぐに眠気が襲ってくる。
ウトウトと目を閉じてみると、兄さんの優しい手が再び頭を撫でる。






「おやすみ、唯兎」























「誕生日おめでとぉーー!!」

「おめでとう!」

「唯兎、おめでとう」

「ありがとう!」






あれから次の日、無事に退院して帰宅した俺はいつも通り過ごしていた。
いつも通りとはいえ、過保護に拍車のかかった兄さんにやる事なす事制限されていたけど…出かけようとしたら止められるとか、掃除しようとしたら止められるとか…。
それでも、普通に体調が崩れる事なく過ごす事数日。
今日は8月7日、俺の…七海唯兎の誕生日だ。

つい数日前までは俺もすっかり忘れていて、モールで見かけた3人に勝手に落ち込んだ事件もあったけど…。
でも、3人が俺のためにたくさん悩んでくれた事はわかったから今ではあの時の3人を思い浮かべるとついニヤけてしまうほどに嬉しく思う。 







「ほら、これ!俺たち3人からな!」

「気に入ってくれたらいいけど…」

「俺のために考えてくれたんでしょ?それだけでも嬉しいよ!ありがとう!」







緩みっぱなしの頬をそのままに大きめな袋を開けると、その中にはナマケモノの大きなぬいぐるみが入っていた。
こ、これが…あの病院で話していたナマケモノ…!!
人知れず感動していると、大原が苦笑気味に口を開いた。






「それ、選んだの桜野なんだよ。絶対これが一番だってさ」

「もう…ぼくはもっと違うのがいいって言ったんだよ?フォトフレームとか、アルバムとか…」

「いいじゃんかよ!絶対これがいいって俺の第五感が言ったんだ!」

「第六感な」






ワイワイ話す3人にクスクスと笑いが止まらないでいると、自然とポロポロ涙が溢れ出てきていた。
それに気付いた皇が真っ先に俺の目にタオルを当てて心配そうに声をかけてくる。






「唯兎、どうしたの?そんなに嫌だった?桜野シメる?」

「なんでだよ!」

「…っ、ちが…うれし、くて…っ」






止まらない涙と喉の痙攣にしっかりと言葉を発する事はできなかったけど、3人には届いたようで3人にギュッと包まれる。
その温かさに更に涙が溢れ出てしまう。
そんな俺にも3人はただ笑いながら泣き止むのを待ってくれていて、優しいその雰囲気に俺は安心し切ってしまう。

漸く涙が止まった俺は軽く涙を拭きながらナマケモノのぬいぐるみを抱きかかえてみると、なんとなくしっくりきてしまう。
ナマケモノの形的に抱きやすいからだろうか…これは抱き枕になりそうだ。
そんな俺を大原がパシャパシャ写真を撮っていると、兄さんが大きなお皿を持って俺たちの前にそっと置いた。







「これは僕からの誕生日プレゼント。初めて作ったから不安だけど…」

「…わ…大きいケーキ…!」






兄さんが運んできたのはホールケーキ。
しかも、タルトのケーキで生クリーム苦手な大原も心配しないで食べられるようになっていた。

苺、オレンジ、ブルーベリー…それに桃…。

いろんなフルーツが乗っていてとても豪華で驚いた。






「凄い!兄さん凄いよ!」

「ありがとう。流石にフルーツは缶詰のものが多いけどね。さ、食べよう」

「いただきまーす!」

「い、いただきます…っ!」






兄さんが切り、みんなそれぞれのお皿に分けてくれたケーキはとても美味しくて頬が落ちそうになる。
3人も美味しそうに食べていて、中でも大原は自分に合わせて作ってくれたという事で照れくさそうにしながら少しずつ大事に食べているのがわかる。

みんなで祝ってくれる七海唯兎の誕生日。
これは、本来なら唯兎が過ごすはずの時間だ。
それを俺は、転生したからという理由で大事な時間を貰っている。

唯兎、俺はちゃんと幸せになるよ。

この幸せな空間を目に焼き付け、俺は新たに決意を固める。
必ず、この人達と一緒に幸せになる。






「唯兎!写真撮ろ!ぼく自撮り得意棒持ってきた!」

「三脚とかないの?」

「流石に持ってないよ…」







皇がおいでおいで、と手招きをする。
そこに近寄ると、俺は真ん中だと中央に座らされ、その隣には兄さんが座る。
そして逆隣には皇が座り、後ろには大原と桜野がいる。
そんな構図の中、皇は自撮りを伸ばしてピースのポーズをとる。






「カウント5でシャッターだからね!」

「ピースでいいか?」

「俺は唯兎の頭でも持ってるか!」

「唯兎、手でも繋ぐ?」






それぞれがポーズを決めていると、皇のスマホがポン、ポン、とカウントダウンを始めた。
じーっとスマホを見て待っていると、カシャッと音が鳴り写真が撮れた事を知らせてくれる。
その写真は、俺のスマホにも送ってくれて…とても素敵な思い出となった。






「…兄さん、桜野、大原、皇…ありがとう…っ!」

「うん、改めておめでとう」

「来年も祝うから忘れんなよ!」

「来年は熱中症にならないように」

「来年以降も、だからね!」






そう、笑って言えるみんなとこれからもずっと一緒にいられる。
それが何よりの…幸せなんだ。


みんな、ありがとう。

これからもよろしく!






























ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



おまけ

とあるバッドエンドの誕生日

























俺はいつものように、あの部屋へ向かう。
いつもと違うのは手に必要でないものを持っている、という点だ。






「…唯兎、おはよう」

「凪、さん…!」





本を読んでいたのであろう唯兎は手に持っていた本を床に置き、ゆっくりと立ち上がると俺の方まで覚束ない足取りで歩み寄ってくる。
唯兎はこの部屋に来てからというもの、歩くことがほとんどなくなったせいか足の筋力がかなり衰えてしまったようだ。
そのため、部屋の端から恥まで歩くのにもかなり時間を必要とする。

ゆっくりゆっくり、一歩一歩時間をかけて俺のもとに歩いてくる唯兎は真剣そのものでとても可愛らしい。

漸く俺の手を掴めた唯兎はそのままの流れで俺の身体へとダイブした。
ギュッと抱きつき、俺の存在を噛み締めるように凪さん、と呼ぶ唯兎の頭を優しく撫でるとサッと唯兎をゆっくりと室内のテーブルに誘導し、椅子に座らせる。
いつもなら床で本でも読みながらゆっくりする、唯兎も不思議に思っているようで首をかしげながら俺を見上げてくる。
そんな唯兎の前に一つの箱と少し大きめの袋をおくと更に不思議そうにしている、それがまた可愛い。





「唯兎、誕生日おめでとう」

「…たん、じょ…び?」

「そう、今日は唯兎の誕生日。何月何日が覚えてる?」





唯兎はんーと、んーと…と思い出そうとしているが、それは失敗に終わったようで思い出せないまま首を振る。
その答えはあげられないが、代わりに唯兎に似合うものを用意した。






「はい、唯兎のために用意したんだ。ケーキ」

「…!けーき!」





目の前に現れたチョコのケーキにテンションが上がったようでキラキラとした眼差しでケーキを見ている。
ホールではない、1切れのケーキ。
その上にはホワイトチョコで[Happy Birthday]とだけ書かれていた。

それを唯兎の前に置けば嬉しそうに、したっ足らずなお礼を言われる。
そしてニコニコとケーキを頬張った唯兎は美味しそうに頬を手で押さえている、なんて可愛らしいんだろう。

ケーキが食べ終わったら次はプレゼントタイム。
大きめの袋を渡すと、首を傾げながらリボンを解こうと手に力を入れた。
しかし、思いの外固かったのかなかなか開けられず困ったように俺を見上げる。

そんな姿も可愛らしく、俺はクスクス笑いながらリボンを解くのを手伝った。
その中には可愛い猫の大きめなぬいぐるみ。
そして、首輪が入っていた。
猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら首輪を手に持ち、首を傾げている唯兎に手を差し出す。






「…唯兎が、ずっとここにいてもいいと言うのなら…俺がその首輪付けてあげる」






唯兎は既に首輪をつけている。
けど、その首輪は安物だ。唯兎をここに迎え入れるために急遽用意したものだった。
本当にここにいたいのなら、もっと良いものをあげよう。そう決めていた。

唯兎は新しい首輪を見ながら自分についている古い首輪をソッと触ってみる。
首を傾げながらんー、んー…と唸っている姿を手を差し出したまま見つめていた。

どう、唯兎が判断するのかはわからないが、唯兎がその首輪を付けたくないのではあれば…その時はまたいろいろ考えなくてはならない。
ジッと唯兎を見つめて待っていると、その視線に気付いた唯兎がニパッと笑って俺に首輪を差し出す。






「…ここに、いたい?いてくれる?」

「ん!ん!凪、さん…いっしょ…」






ニコニコと笑いながら俺に首輪と、自身の首を差し出してきた唯兎はここにいる事を選んだと思って良いのだろうか。
いや、多分…いいんだ。唯兎がここにいる事を選んだんだ。

そっと、優しく古い首輪を外す。
首輪が付いていた部分を濡れタオルで拭いてあげてから新しい物を付けると、少しだけ違和感があるのかずっと首輪を触っていた。
フッ、と笑い古い首輪を捨てようと立ち上がろうとした瞬間唯兎が大きな声を上げた。






「それ!それ!めっ!」

「…唯兎?どうしたの?」

「めっ!これ!うっ!」





古い方の首輪を指差しながらプレゼントした猫のぬいぐるみを差し出される。

…猫のぬいぐるみに、つけろってことか?

そう予想し、古い首輪を猫のぬいぐるみに付けると満足そうに満面の笑顔で猫のぬいぐるみに抱きついた。

ああ、可愛い。
きっと俺はこの笑顔のために、転生したんだ。
神様はきっと俺にチャンスを与えてくれた。
そして俺は掴み取ったんだ…唯兎の幸せを。

唯兎を傷付けない、優しい世界を。






「…あむっ!んー…!」

「…あは、チョコついてるよ唯兎」

「んー!」





ニコニコとおかわりのケーキを頬張るこの子は、歪んだ姿なんて一切なく俺だけを信じて俺だけを求めている。
それがきっと、最高の幸せなんだ。

この子にとっても。
俺にとっても。






「唯兎、誕生日おめでとう…」





君はこれからも、俺が守るよ。





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