BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

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第三十七話

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電話越しに聞こえる、真剣な栗河さんの声。




『……唯兎くんは、転生って…知ってる?』




転生。
それは俺自身が体験した事であり、今現在もその世界で生きている。
けどそれは誰にも話した事はないし、何かに書いた記憶もない。
俺が転生している事を栗河さんが知ってるはずがない…と、言うことは導かれる答えは一つだった。






『…俺も転生して、今ここにいる。唯兎くんもそうじゃない?』

「…どうして、わかったんですか?」

『俺がこのゲームのプレイヤーだったという事と…後は唯兎が大好きだったからかな』






唯兎が大好きだった、という言葉はとても優しく響いた。
その言葉だけ異様に優しい声色だった事から、きっと本当に唯兎の事が好きだったんだろう。
それは妹のようにキャラとして好きだったのかはわからないが、栗河さんが嘘を言っているようにも思えなかった。






「…俺は、道を歩いてたら熱中症みたいな症状が出て…気付いたらこの世界にいました。ただ、このゲームはやった事がなくて妹からの知識だけです」

『なるほど、妹さんからの知識に栗河のことはあった?』

「ありました、けど…栗河さんのルートに進むと栗河さんは実は唯兎が好きだった、っていう真相が得られるって事くらいしか知らなくて…」

『あはは、そのまんま俺だよね』





本当に雑談をするように話す栗河さんはそうだな、と俺に続いて自分のことを話し始めた。
元々は唯兎と同じように家庭環境が悪く、兄弟と比べられていたこと。
家族から逃げるように離れた場所で1人バイトをして学校に通いながらなんとか暮らしていたこと。
学校の友人から借りたこのゲームで、同じ境遇の唯兎から目が離せなくなり守ってあげたいという気持ちが強くなったこと。

そして、唯兎の事を想うあまり唯兎の最期と同じように首を吊ったこと…。

話し終えた栗河さんはふー、とため息を吐くとカラカラとペットボトルのキャップを外してコクリと一口飲み物を飲んだ。





『それだけ唯兎の事が好きで、守りたいって思ってたからさ…君が本当の唯兎じゃないってこともすぐに気付いたよ』

「…栗河さん……」





コンコンッ

「唯兎?まだ起きてるの?」






まずい、兄さんだ。
俺がもう寝ると言って部屋に来たのに、まだ部屋の明かりが付いていたからか気になったようだ。

再度コンコンッと扉をノックする音が聞こえる。




『唯兎くん、照史が入ってきたタイミングで友達相手にそろそろ切るねって言いながら電話切って』

「え」

『今切ってもきっと少しの話し声くらいは聞こえてた筈だよ。それで怪しまれる可能性もあるなら、照史の前で友達の名前でも言いながら電話切った方が照史も怪しまないと思う』

「な、なるほど…?」






つまり、今の電話の相手が栗河さんだと分かったらまためんどくさいことになるから友達の名前を使えって事…?
確かに兄さんは栗河さんに対して当たりが強いし、その方がいいのかも。
俺は覚悟を決めて兄さんが入って来るのを待った。
もしここで入ってこなくても問題ない、そしたら普通に電話を切るだけだ。

…でも本当にそれでいいのかな。
兄さんに嘘をついたとして、それで解決するのか。
嘘をついてこの場を逃れる事が出来たとしても、また同じように場面に出くわす可能性は決して0じゃない。
それに…俺自身兄さんに嘘を付きたくなかった。
兄さんはきっと俺を信じてくれるだろう、けどそれで?
その信用を裏切って、罪悪感に苛まれるに決まってる。
それならいっそ、隠さず伝えた方がいいんじゃないか?

俺が1人悶々と悩んでるうちに兄さんは部屋に入ることに決めたようでドアノブが僅かにカチャッと音を鳴らす。







「唯兎、入るよ?」

「……っ、栗河さんごめんなさい!また連絡します!」

『…えっ、ゆい………』






栗河さんとの通話を無理やり切ると、スマホの画面は通話終了の画面へと切り替わる。
その画面から顔を上げ、兄さんを見ると驚いたように目を見開いて俺を見つめていた。

けど、その表情も俺と目があった事ですぐに切り替わる。
兄さんはほんの少しだけ怒ったような顔になり口を開いた。





「…栗河さんと電話してたの?」

「うん」

「…僕、つい数時間前に栗河さんは怪しいって話しなかったっけ」

「でも俺は栗河さんは危険な人じゃないって話したよ」







じっと真っ直ぐ見つめる俺に、兄さんはどこか不思議そうに…でも俺の話をしっかり聞こうと姿勢を正した。






「…それで?栗河さんはなんて?」

「今日の続き。大事な話があるから会おうって」

「ダメだって僕は言った…なんて、なんだか今の唯兎には通用しないかな…?」

「ごめんね兄さん…でも、栗河さんの話は俺にとっても大事だと思うから。しっかり聞いて、話してきたい」






反対されるかもしれない、なんて心配は今の俺にはなかった。
しっかり話せば、兄さんはちゃんと考えて理解して、俺の話をしっかり受け取ってくれると信じていたから。

その場でお互い立ち、ジッと見つめ合っていると根負けしたように兄さんがふぅ…と小さくため息を吐いた。






「…全く、唯兎には負けた。いいよ、栗河さんと話をしておいで」

「…っ、うん!」

「ただそのかわり、いつ何時に何処で話すのかしっかり僕に伝えること。そして何時までに帰るか明確にしておくこと。その時間を過ぎたら僕が迎えに行って強制的に連れて帰るからね」

「あはは、わかったよ。ありがとう」





兄さんは俺に対して人差し指を突き出し、一つ一つを注意するように伝えていく。
それは兄さんが本当に俺のことを心配してくれているってわかることだし、何より俺自身を信じて送り出してくれたことがとても嬉しくて頰が緩むのを感じる。

それが兄さんにバレたのか頬を両手で押さえられ、ムニムニと揉まれた…ほっぺ歪んだかもしれない…。






「…兄さん、信じてくれてありがとう。俺しっかり話してくるから」

「僕の方こそ、誤魔化さずに話してくれてありがとう。これで嘘なんてつかれたらそれこそ家から出さなかったかもしれない」






あはは、なんて爽やかに笑いながら言う兄さんに少しだけ背筋が冷えた気がする。
兄さんなら冗談抜きでそうしたかもしれないな、なんて自分の判断が正しかったことにホッとした。
兄さんの表情はとても柔らかく、俺に対しても…栗河さんに対しても苛立ちや不快感はないように伺える。







「じゃあ唯兎、今日はもう寝なさい。栗河さんと話す日を決めるのは今日じゃなくてもいいでしょ?」

「うん、ありがとう兄さん。話す日決まったら絶対伝えるから」






約束ね、なんて微笑みながら静かに部屋から出ていった兄さんの足音を聞きながら俺はパタッとベッドに身体を倒した。
さっきの栗河からの電話、転生に関しての話。
このゲームの世界のこと、兄さんのこと、栗河さんのこと、攻略対象のこと…。

俺(七海唯兎)自身のこと…。

きっと、栗河さんはいろんなことを知っているんだ。
そしてそれを俺に伝えようとしている…それはどれだけ勇気のいることだろう。

俺もしっかり答えないと…。

とにかくまた後日、ゆっくり話を聞くことにして今日はもう寝よう…。
元々眠かった俺の身体は単純なもので、布団の中に入り目を閉じればすぐに眠りの中へと誘われていく。























「じゃあ、何から話そうか」






そして後日、俺は栗河さんの家にいた。
勿論兄さんには栗河さんから許可を貰った上で家の場所を伝えてある。
そして今の時刻は13時…17時には帰りなさいと言われているため時間にも気をつけないといけない。

俺は栗河さんが入れてくれた紅茶を一口飲んで、口を開く。






「…あの、兄さんの栗河さんって攻略対象…という扱いだったんですよね?」

「ゲームの中ではね、栗河ルートの中では唯兎と仲良くしていたルートもあったよ」






唯兎と栗河さんが仲良くしていたルートは、主人公…兄さんが栗河さんと出会っても栗河さんを攻略しようとしなければ栗河さんは唯兎と出会うようになるらしい。

栗河さんと出会った唯兎は、最初は兄さんと仲良くしてる人として敵意を剥き出しにして話をするけど、栗河さんから向けられる純粋な好意に戸惑っていく。
その栗河さんからの好意も虚しく、唯兎は何も信じられず栗河さんから距離を取ろうとする。
そんな唯兎は疑心暗鬼のまま栗河さんからの好意をただ揶揄われてるだけだと勘違いし、それを差し向けたのは兄さんだと更に大きな勘違いを起こす。
その勘違いにより兄さんを物理的に傷付けてしまった唯兎は当然のように施設へ送られてしまったと…。
そして、他のルートでは施設で自決した唯兎を発見するのは兄さんだが、そのルートのみ…唯兎を発見するのは栗河さんなんだそうだ。





「俺はさ、唯兎を幸せにしたいが為にいろんなルートを回ったんだ。きっと、唯兎が幸せになれるルートがあるはずだって信じて」

「……なか、ったんですね…?」

「……悪役として作ったキャラだから、悪役を救うゲームにはしたくないっていうのが製作側の意見としてあるらしい。理不尽だよね、唯兎だって幸せになる権利はあるはずなのに」






思い出したかのような額を片手で抑え、少し震えたため息を吐き出した。
泣いてしまうかもしれない、そう思ったが2、3回深呼吸をした後しっかり前を向いて俺を見た。






「…そのゲームの唯兎を守りたいって願望が強くて、でも無理だろうからせめて唯兎と同じ死に方をって思ってたら…こうして栗河として転生しちゃったって話」

「なるほど…それで、俺が唯兎じゃないっていうのもすぐにわかったんですね。でもそれならどうして俺に転生こと言わなかったんですか?」

「それはほら、唯兎が転生者だって確証が持てなかったんだよ。そうかな、って思ってた時期もあったけど…変にそんな事聞いて警戒されたくないでしょ?」






確かに、いきなりそんな事聞かれたら普通なら(なんだこの人)って警戒しちゃうかもしれない。
警戒しなくても変な宗教の人かもって思うかもしれないな。

今俺にそれを聞いてきたのは確証は持てなかったにしても、自分のメンタルを保護してくれる佐久間さんの存在があったからこそ俺にこの話が出来たんだという。
それでも、佐久間さんにはこの話は出来ないと。
今では佐久間さんにこそ拒否されたら、と考えると怖くてそういった話題にすら出すことが出来ないらしい。






「…とにかく、俺に関してはこんな感じ。唯兎くんの事とか、他の攻略対象について聞きたいことある?」

「え、と…大原と桜野…俺の友達なんですけど。この2人はゲームに出ます?」

「多分出なかったと思うよ。名前はありきたりだけど、ゲーム内では聞いたことない」






じゃあ、2人はゲームのキャラとか関係なく俺と仲良くしてくれてるんだ。
ホッと胸を撫で下ろしてると、それを察した栗河さんに頭を撫でられ「よかったね」と微笑ましげに言われる。
なんだか恥ずかしくなり、フルフルと頭を振ると別の質問を考える。







「あと、兄さんの攻略対象なんですけど…今わかるだけで栗河さん、皇、郁真さんの3人なんですけど他にもいますよね?」

「うん。もしかしたらもう出会ってるのかもしれないけど、同じクラスの葛城晋吾。照史が部活に入ってる場合に登場する濱中耀。あとはメンタルケアの山城唯」







指折り数えながら攻略対象の名前を上げていくが、思っていたより多い。
妹から聞いていた名前は郁真、栗河さん、皇が中心だった。
他にもキャラがいた、ということは多分妹も攻略途中段階だったんだろう。
攻略終えたキャラから俺に情報をくれていたんだな…なんて懐かしみながらしみじみ思っていると栗河さんが「あと…」と続ける。






「え、まだいるんですか?」

「……このキャラはシークレットだからね、とある条件を満たしていないと攻略出来ないキャラなんだ」

「…シークレット…そのキャラとも出会う可能性があるってことですか?」

「………唯兎くん、おいで」







隣に座っている栗河さんが俺に手を差し出してくる。
…手を取れって事、かな…。
不思議思いながらその手を取ると、栗河さんは俺の身体を持ち上げ自身の膝に乗せた。
俺も一応男だから軽くはないはずなのに、流石は攻略対象って感じ。

膝に乗ること自体は父さんや兄さんで慣れている、のも悲しいけど…そんなに驚きはしなかった。
そんな俺にほんの少し苦笑を交えてから栗河さんは俺の髪を優しく撫でる。






「…あのね、これはただのゲームとしての知識だから。現実、どうなのかはわからないよ?」

「……はい」

「シークレットのキャラを攻略するための条件は、唯兎がとあるカフェでバイトを始めることなんだ」






栗河さんの優しい声に、俺の身体はピクッと反応した。
なんでだろう、続きを聞かないといけないのに聞きたくない。耳を塞いでしまいたい。

けど、そんな事許されるはずもなく栗河さんは優しく声色のままゆっくりと話し始める。






「唯兎がバイトをし始めるきっかけはお父さん。照史がイライラすることが増えていく唯兎の状況を1つ残らず相談していくのが条件」







父さんから気晴らしにどうだ?と言われたのかアルバイトだった。
唯兎は家にいる時間が少しでも減るなら、とアルバイトを始めたが、それは自分にとって癒しの時間に変わっていくのを感じ取っていた。

常連さんとのやりとり。
コーヒーの香り。
静かに緑に囲まれた空間。

そして、自分に遠慮なくモノを言ってくれるあの人の存在。

それらは全部唯兎を救うものとなっていた。
バイトがない日も店に通う唯兎の動向が気になった照史は唯兎がいない時にこっそりとバイト先を訪れる。
それが、照史とシークレットキャラの出会い。






「このシークレットキャラのストーリーでは、唯兎は施設には入らないんだよ…。ただ…行方知れずになってどこに行ったかもわからないまま終わってしまったんだ」

「……、あ、の…おれ…」

「唯兎くんがあの店員の……藍田和彦の事を好きだっていうのは知ってる。…ただ、それがシークレットキャラのストーリーへ発展するための感情かまでは俺には判断できない…」

「俺、そのゲームの唯兎と同じ…なんです…。藍田さんが俺に腫れ物扱いしなくて、ハッキリ物事を伝えてくれるのが…凄く、いいなって…」






俺のこの感情はゲームのもの?
ゲームの唯兎の感情が俺に反映されてる?

わからない。
この想いが本物なのか、俺のものなのか…わからない。

一気に不安が押し寄せ、栗河さんの身体に自身の身体を預ける。

あたたかい。
きっと栗河さんは俺に伝えるか迷ったはずだ。
それでも伝えようと思ったのは、必要な事だから。

この感情がこれからどう左右されるかわからないけど、必要な事なんだ。きっと。
それでも…ショックは大きくて、頭がくらくらとし始めた。







「…唯兎くん、ごめん。でも…」

「わかってます…っ、必要、なんですよね…」






涙を出さないように口をギュッと閉めてみると、喉がほんの少しヒクッと痙攣した。
それも長くは続かず、2、3回で止まり深呼吸をする余裕を与えてくれる。

大丈夫、この物語が最終的にどうなるのかわからない以上…少しの情報だって必要なんだ。
大丈夫、俺はここまでも頑張ってきたじゃないか。大丈夫。大丈夫。

そう、心の中で念じながら深呼吸を繰り返してみると栗河さんがそっと背中を撫でてくれる。
そのあたたかい手に、ほんの少しホッとする事が出来て俺は閉じていた口を開いた。






「……藍田さんのことはわかりました。でも、この物語がどう進むのかはまだわからないんですよね?」

「うん。高城郁真の物語がアレで終わりだろうけど、ゲームのストーリーとしてはあんな流れは見た事がない。そもそも俺や唯兎くんというゲームと関わりのない転生者がいる時点でゲームの通りには進まないんだと思う」

「…確かに。俺も知らないうちにストーリーを掻き乱してると思うし…」






俺たちがゲームのキャラとは関係ない存在だ、という部分はかなり大きい。
郁真さんの時みたいに栗河さんが俺たちを守る為にゲームの知識を使って妨害したりすることもあれば、きっと俺もゲームの内容通りに進めないよう動いてしまったりしている部分もあると思う。

と、なると…結構ゲームの内容からは逸れていて知識もあまり役には立たないのかな。







「栗河さん、ゲームでは栗河さんと佐久間さんってお付き合いしたりしてるんですか?」

「ぇっ、あ…いや…ゲームで佐久間の存在は全く出てなかったから…」

「……?」







栗河さんと佐久間さんの事を口に出した瞬間、顔色が変わり何故だか居心地が悪そうに俯いてしまった。
ずっと当たり前のように乗ったままだった膝から降りて隣に座り直すと栗河さんの顔を改めて確認する。

いつも目を合わせてくれる栗河さんにしては珍しく、俺が見ていることに気が付いている様子なのにこちらを見ようとしない。
佐久間さんと何かあった?
でもこの話題を出すまでは普通だったし…。

わからないながらにいろんなことを考えてみていると、栗河さんが口を開いた。







「…ごめん、唯兎くんのことを幸せにしてあげたいなんて大それたことを思っておきながら俺が先に幸せになっちゃって」

「…んん?」

「唯兎くんがまだ、これから大変かもしれないのに俺ばっかり…それが凄く気になっちゃって…」







栗河さんが言うにはこうだ。

栗河さんは俺のことを思って前世で俺と同じように自決した。
この世界に来てもその目的は変わらず、ずっと俺の幸せを願ってきた。

それなのに俺の幸せが確定していない中、自分の幸せがすぐ隣にある。
それが申し訳なくて、なかなか素直に佐久間さんとの幸せを受け入れられない…と。

この人って、優しいし頭いいしイケメンだし。
全部持ってるのになんでこう…自分のことを優先できないんだろう。







「…栗河さんって、実はアホですか?」

「あ、あほ…?」

「俺の幸せと栗河さんの幸せは全く別じゃないですか。なんで俺が幸せにならないと栗河さんが幸せになったらいけないんです?栗河さんの幸せくらい自分でしっかり掴んでおいてくださいよ。そもそも俺だって自分の足で立ってるんですよ、栗河さんにおんぶに抱っこ状態のまま幸せを探すなんて絶対嫌です。そりゃ唯兎の精神に引っ張られていろいろ危ない時は沢山ありますけど、それでも俺には頼れる家族や友達だっている。だから栗河さんは俺のことばかりじゃなく、しっかり自分の幸せのことを優先して考えてください」







久しぶりにこんなに一気に話したな、なんて現実逃避をしてしまうくらいには考える間もなくどんどん口から言葉が出てくる。
だってこの人、俺の幸せのために自分の幸せを二の次にしようとしてたんだ。許せるもんか。

俺が鼻息荒くそう言ってると、栗河さんはポカンと口を大きく開けて俺を見ていた。
言いすぎたかな、なんて思わない。
俺だって栗河さんの幸せを願ってるんだ、勝手に俺を優先するな。








「……唯兎くんは、許してくれるの?」

「許すも何も、貴方の人生は貴方のものでしょ。栗河さんが幸せになるのに俺の許可なんていらない、思う存分幸せになってください」

「………そ、…か。いいんだ、幸せ…なっても」







信じられないと言うように自分の両手を見つめる栗河さんの瞳は、先程見た時よりもずっとキラキラしていて…綺麗だった。

暫く栗河さんは言葉を発しようとせず、ただボーッと手に持ったスマホを見つめていた。
その手が誰を求めているのか、自分でもしっかりわかってるだろう。
俺は栗河さんが落ち着くまで出された紅茶を飲みながらゆっくり待った。

どのくらい時間が過ぎただろう、多分10分も経ってないけど。
栗河さんは顔を上げて、とてもスッキリしたような表情で俺を見つめていた。







「ありがと、なんか…俺もいろいろ焦ってたみたい」

「俺は大丈夫ですよ。…俺もう帰りますか?続きはまた今度でも…」

「…唯兎くんさえ良ければ聞いてくれる?なんで俺が唯兎くんに執着してたのか…」







一口、紅茶を飲んだ栗河さんはゆっくりと話し始めた。
それは多分、ずっと誰かに伝えたかった…ぶちまけたかったものなのだろう。
話している栗河さんはとても落ち着いていて、一つ一つ話すたびにスッキリした表情になっていく。







「…前世で唯兎くんが推し…好きなキャラになったのも、俺と似たところが多かったからなんだ。俺も兄弟と比べられて生きてきて、いい部分なんて何もなかった」

「はい」

「うちも再婚で、弟とも血が繋がってなくて…それもあってか両親から可愛がられていたのと両親と血の繋がりのある弟だった。周りも、可愛くて愛想のある弟をとにかく可愛がった。…比較対象が俺でね」







今では前世の家族のことなんて何も思っていないのか、クスクス笑いながら話す栗河さんに俺はただ聞くことしか出来ない。
相槌を打ちながら聞いていると、退屈でごめんねなんて頭を撫でられる。







「退屈なんかじゃないですよ」

「うん、ありがとう。なんか…話したらスッキリした。それに幸せになっていいって言ってもらえて、頭が冴えたみたい」






ふーー、と長めの息を吐いて身体を伸ばす栗河さんは本当にさっきと打って変わって表情が明るくなった…気がする。
栗河さんの前世を聞けてよかったと思うし、栗河さんの思いを聞けてよかったとも思う。

なんとなく、ソファの背もたれに寄りかかって天井を眺めてる栗河さんの頭を優しく撫でてみるとクスクス笑いながら身体を起こして俺をギュッと抱きしめた。

そういえば聞きたい事があったんだ、と一つ思い出し声を上げる。






「栗河さんって、兄さんに対して冷たいじゃないですか。アレってどうしてなんですか?」

「あぁ……ゲームの影響かな。唯兎をどうして施設に送ったんだとか、もっと助けようがあっただろとか…思うところがたくさんあったんだよね」






ゲームの照史に対する苛立ちをこの世界の照史にぶつけちゃってるかな、なんて苦笑する栗河さんは少し申し訳ないと思っているようで小さな声で改めないとね…なんて溢した。

そっか、栗河さんはゲームの唯兎が好きだったからゲームとしてはハッピーエンドでも唯兎を幸せにしてあげられなかった兄さんに怒りを抱いてたんだ。
でもそれはこの世界の兄さんには関係ない事だから、確かに少しは改めて欲しい。
兄さんは、俺を沢山助けてくれてるから。
ゲームの兄さんは全然違うから。






「他に何か聞きたいことある?」

「…んー…まだ聞きたいことはあるし、お互いの情報をもっと共有したいけどそろそろ時間が…」






スマホを見てみると16時30分と表示されていて、もう時間の余裕がない事が伺える。
17時に帰って、と言うことはそろそろ出ないと間に合わないかもしれない。

そう栗河さんに伝えるとそうだね、と立ち上がり帰ろうとする俺を見送る為に玄関への扉を開いてくれた。






「あの、また時間作ってもらってもいいですか?まだ沢山聞きたいんです。兄さんのこととか、俺のこととか…あと、郁真さんのこととかも」

「…高城郁真のこと?」

「兄さんって自分に対する好意に鋭くて、それに対していつも不快感を露わにしてたんです。でも郁真さんに対してはそれがなかった…それどころか気付いてないみたいだったから何か知ってるかと思って」







この話の続きを帰りながらしようと判断したのか、玄関口に置いてあった鍵を手に取り靴を履いて俺と一緒に外に出た。
鍵をかけながら俺の話を聞いている栗河さんはそれは簡単だよ、と軽い口調で返してくる。







「照史が嫌だったのは勝手に自分の顔をブランド化してアピールしてくる人たち、そしてその好意のために唯兎を貶めようとする人たちのこと」

「…ブランド化?」

「そ。顔が綺麗な照史の彼女、っていう立ち位置がブランド化していてそこに立つためにアピールしてくるような人たちが嫌だったんだと思うよ」






なる、ほど…?
でも中にはきっと純粋に兄さんの事が好きだっていう人もいただろう、それでも兄さんは態度を変えなかった。






「純粋に好きだったとしても照史からの信頼がないでしょ?」

「…?」

「その辺の女の子と高城郁真への照史からの信頼度の違いだよ。その辺の女の子は照史からの信頼なんてほぼ0の状態、それで好きですって擦り寄られても照史からしたらブランド化した立ち位置を狙う人だと思われても仕方ない事」

「…郁真さんは兄さんに信頼されてたから、不快感はなかった?」

「それに、照史は高城郁真を信頼していたからこそ唯兎に何かするはずがないって安心し切っていたんだと思うよ。だから普段は唯兎の事に敏感な照史もすぐに気付けなかった」






なんとなく納得できた気がする。
兄さんが郁真さんの好意に気付かなかったのはその不快感を感じなかったから。
そして、郁真さんを信じていたからこそ郁真さんの気持ちや動向に対して目を向ける事ができなかった。

ふむふむ、と頷きながら歩く俺の頭を優しくポンっと撫でた栗河さんは静かに声をかけた。






「ほら、この話はここまで。家に着くよ」

「…あ、本当だ」






いつの間にか家まで送ってもらってしまった事実に慌てて栗河さんに頭を下げるとあはは、と笑いながらいいよいいよと返される。






「俺も、唯兎くんに助けてもらったから」

「……俺は何もしてないですよ?」

「うん、俺も幸せになるね」






少しだけ頬を染めながら言う栗河さんは本当に綺麗で、なんだかそんな栗河さんを見ていると俺まで幸せになってくる。
えへへ、なんて笑いながら栗河さんに笑いかけると栗河さんもクスクスと笑い始める。

なんだか、こんな時間が幸せっていうのかななんて…甘いことを考えていた。
すると家の方からガチャッと音が聞こえてそちらを見てみると丁度兄さんが出てきたところだった。






「…おかえり、唯兎」

「ただいま兄さん」

「…じゃあ唯兎くん、また。照史くんも時間くれてありがとう」






ヒラヒラ、と手を振りながら去っていく栗河さんの背中を眺めてから兄さんに連れられて家の中に入ると真っ先に身体に異常がないか調べられた。
ペタペタと俺の身体を触って確認する兄さんに苦笑いしかできず、気が済むまで触らせてあげると満足したのか手を洗っておいでと笑顔で俺に言う。

言われたままに手を洗い、うがいをするとキッチンで兄さんが夕飯の準備をしていた。
その準備を手伝おうと近寄ると、隣に立った俺に気付いた兄さんが微笑ましげに俺に優しく声をかける。






「今日はどうだった?」

「沢山話せたよ、今日行って良かった」

「そっか。どんな話したの?」

「栗河さん、幸せになるんだって」






クスクスしながらそう言えば兄さんは少し意外だとでも言うように目を見開いてから優しく微笑みそっか、とだけ返す。

俺も、栗河さんも…転生したからってゲームに沿わないといけないなんてことはない。

それぞれしっかり幸せになるんだ。

大丈夫、ゆっくりでいい。

隣で野菜を切る兄さんを見てみるとその視線に気付いた兄さんが優しく微笑みながらどうしたの?と声をかけてくる。

それになんでもないよ、と返しながら俺も鍋を出して料理の準備をする。


そんないつも通りがとても幸せ。









ゆっくり、ゆっくり…俺たちの幸せを見つけていこう。






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