BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

文字の大きさ
36 / 75

第二十五話

しおりを挟む









『新入生の皆さん。皆さんはこの聖心高校の新たな生徒として……』






今日は聖心高校の入学式。
俺はあっという間に中学生としての生活を終えた。
それもその筈、あれから俺は色のない日々を過ごしていたんだ。

家では兄さんとなるべく顔を合わせないように過ごし、学校でも大原や桜野から逃げ続けていた。
途中からは大原が何かを感じ取ったのか、桜野を宥めて遠目から様子を見るようになった。
皇は何なんだかわからない様子ではあったが大原から何か言われたのか、当たり障りのない会話くらいはしてくれている。

そんな俺たちをみて周りの反応はどうなのか。
勿論、俺が悪者だ。

『あーぁ、ついに見放されてるよ』
『桜野くん達もよくここまで付き合ったよね、偉い偉い』
『聞いた!?ついに照史先輩はアイツを捨てたらしいよ!』
『皇くんもあんなのと話したらダメだよ、本当優しいんだから』

わかりきっていた事だ。
その周りの反応に皇は俺を庇うように怒り、俺は皇を止めた。
もういいから、と。
周りの言う事が正しいから、俺から離れていいよと。
…結果めちゃくちゃ怒られたけど。

『これから一緒の高校に通うって言うのに何言ってるの!?ぼくをなんだと思ってるのさ、腹立つ!』

なんて可愛い顔を鬼のように歪ませて地団駄を踏んでいた。
そんな中学生活最後、卒業式に父さんや義母さんが来て俺達の様子に気付いたようだった。
父さんに話を聞かれたけど、何も言わずにいる俺をどうしたものかと小さな溜め息を吐かれたのは記憶に新しい。
兄さんにもきっと話をしたのだろう、義母さんもチラチラと俺を気にする様子はあれど父さんから何を言われたのか気にするだけに留まっていた。

父さんからは何かあればすぐに連絡するよういつもより強めに言われ、義母さんからも『頼って良いからね…!』と抱きしめられた。
俺達の様子を気にしながらも仕事に戻らないわけにもいかないらしく、この入学式が終わったらすぐにまた向こうに戻るそうだ。
そんな両親のことを思いながら座っていたらいつの間にか式は終わったようで退場の時間になる。

退場しながら周りを見ると、皇の姿を見つけ少しだけホッとした。
やはり見知った人がいると気分的にも全然違うな、と思ったところで頭を振る。
何甘えてんだ、そういうところ直せ。

皇の姿に甘えそうになったところで一つ深呼吸をして落ち着く。
大丈夫、俺だって周りに頼らなくても1人でできる年齢だ。
これからクラスメイトになるであろう、見知らぬ人達と一緒に教室へ向かいながら俺は少しだけ右手を握ってみた。









「これから皆さんの担任となる、槙野です。不安や期待、いろんなことがあると思いますがもし何かあればすぐに相談してください」








教壇に立ち、俺達ににこやかに挨拶をするのはこれからお世話になるであろう担任の先生。
男性で身長は高い、スラッとした人だ。
優しそうな笑顔で俺たちを見渡し、一つ頷くと出席簿を見ながら提案する。








「じゃあ、これから出席を取るから名前を呼ばれた人はその場で立って自己紹介しようか。自己紹介は名前と、特技、好きな物…くらいでいいかな」







前の黒板に自己紹介内容を書いてみんなに見せると、クラスメイト達は緊張した面持ちでそれを見つめた。
もちろん、俺もそのうちの1人だ。
どんなに年齢を重ねても大勢の前で発言するのは慣れないよな、と胸に手を当ててドキドキする音を抑えようとしてみる。無駄だけど。

順番に名前を呼ばれ、それぞれが黒板に書かれた内容で自己紹介をしていく。
真面目に自己紹介する者、おちゃらけて自己紹介する者、声が小さくてなかなか聞き取れない者…様々だ。
みんなの自己紹介を見ていると、ついに皇の番が来てガタッと立ち上がる。







「皇怜です。特技は一途に想うこと。好きな物はケーキ、みんなよろしく」







可愛らしくにぱっと笑った皇に男子校にも関わらず可愛い…と騙された男達の声が漏れ出る。
流石はあざとい担当、笑顔一つでこんな効果が出るのか。
なんて皇の自己紹介に惚れ惚れしていると、いつの間にやら俺の番が来ていた。

ガタ、と椅子から立ち上がるとやっぱりと言うべきか聞き慣れた言葉が聞こえてくる。






「…アイツ、3年の七海先輩の弟だろ?」

「まじ?全く似てないな」

「七海先輩はあんな綺麗なのに弟はそうでもないんだな」







聞き慣れた、兄さんと比べる言葉。
もう中学で一生分聞いたよ…と飽き飽きしながらも自己紹介しないと座る事も出来ない為漏れ出そうになった溜め息を飲み込んで口を開く。







「…七海唯兎。特技は料理。好きな物は焼き芋、よろしく」






簡潔に自己紹介を進めるとさっさと座ってしまう。
まばらながらも拍手が送られ、次の人の自己紹介が始まる。

無事全員の自己紹介が終わると、次は部活について説明があった。
部活は強制ではなく、任意のため入りたくない場合は入る必要はない。
しかし、全員3つの部活に必ず見学、体験しに行き参加証を貰って提出する必要がある…と。

先生はそれらを説明し終えると授業に必要な物のメモ、資料などを配り始めた。
教科書は既に家の方に届いているため、今日は資料や親宛の物がメインだ。
配られたものをファイルに入れ、鞄の中にしまうと先生が出席簿を教卓にトン、と当てて生徒の目を向けさせる。








「今配った物は全て家で確認。ご両親に渡してくださいね。足りない物があったりわからない事があったら先生を呼んでください」








では、今日はこれで終わりです。
と締めくくり、質問したい生徒のために先生は椅子に座り待機していた。
凄くにこやかなのにどこか圧を感じる先生だな、と思いながら特に聞きたい事もないため忘れ物はないか確認しながら周りの声に耳を傾ける。








「今日どこか寄ってこー」

「バイト探さなきゃ」

「皇くん、今日一緒に帰らない?」







聞き慣れた名前についそちらに目を向けてしまう。
皇は数人の生徒に囲まれ、一緒に帰ろう、LINE教えて、中学はどこだったのと様々な質問をされていた。
やっぱり攻略キャラなだけあって人気だよな、なんて他人事のように考えながら立ち上がるとその中心にいた人物から慌てたように声をかけられた。







「唯兎!待って!」







ガタガタ、と音を立てながら立ち上がり鞄を持って俺の方に歩み寄ってくる皇に首を傾げる。
もう兄さんから俺を見ているように言われることもないだろうに、なんで俺と一緒にいようとするんだろう。






「…あの人たち、皇と帰りたいんじゃないの?」

「ぼくは唯兎と帰りたい。一緒に帰ろ」







うっ、と言葉が詰まる。
一人で帰るついでにバイトを探そう、なんて思っていたから皇と帰るとその目的が果たせなくなる。
かと言って、ここで断って皇を悲しませるのも違うよな…なんて葛藤する俺を皇は知ってるよ。と続けた。







「一人で帰ってなんかしようとしてたんでしょ、バイト?」

「…いや、別に」







内心ギクリとしながら皇の横をス、と素通りして歩き始めると皇もその後を着いてくる。
自然と隣を歩き始める皇に今日組んでた予定は諦めるか、と小さくため息を付くと反応したのは皇にアピールしていた奴らだった。







「皇君が優しく声かけてあげてるのにその反応はなんだよ?」

「皇君に謝れよ!」







あ、こういうのが女子と違うところか?
俺に直接文句を言ってくる男達を尻目に思ったことはまずそれだった。

女子達は俺に文句言う時はあれど、まずは仲間内での陰口から始まる。
男の場合はそれを通り越して俺に文句を付けてくるのか、と男女の違いを感じていると隣の皇が近くの机をバンっと大きな音を出して叩いた。








「…唯兎とぼくは友達なんだよ。ぼくは友達を悪く言われるのがすごーく嫌いなんだ」








可愛い顔から表情が抜け落ち、綺麗に真顔へと変化する。
その表情の変化にアピールしていた奴らはビクッと反応すると、顔を俯かせて顔を背けた。
そんな奴らの反応に盛大にため息を吐いた皇は俺の手を取り教室から連れ出した。

教室から出るとそのまま靴箱まで歩き、さぁ帰ろうかと笑顔を見せる皇はある意味やり手だと思う。
ここまで連れてこられると断るにも断れないだろう、と言うところまで考えられていそうで少し怖い。








「唯兎はもっと周りに怒った方がいいよ!なんで言われたままほっといてるの!」

「…周りが言ってるのは事実だし」

「そんな訳ないでしょ!?兄弟でも血の繋がりはないんだから似てなくても不思議じゃないじゃない!なのに似てない似てないって…もおおおっ!」






駅までの道のりでひたすらに怒り狂う皇に乾いた笑いが出る。
なんで当事者の俺より皇の方が怒ってるんだろう、なんてそんな野暮なことは思わない。
元々皇は優しい子だ、それは短い付き合いでもよく伝わってきた。
怒りながらも俺に付き合い、こうして変わらず接してくれている皇に甘えてしまっている俺に嫌気が差しながらも尖り続けていた心が少し穏やかになるのを感じる。

俺は元々…こうして普通に、普通に過ごしたいだけなんだ。
それすらも許されないのか、なんて幸せを捨ててしまいそうになる。
俺と関わると碌なことにならない、それどころか俺という荷物によって周りは嫌な思いをしてしまうから…。

もうすぐ、ゲームの本編が始まる…と思う。
兄さんが3年に上がった頃からゲームは始まっていた気がする。

ゲームをプレイしていなかったし、妹の話ももう何年も前に聞いて最後だ。
記憶も曖昧でどの時期にどんなキャラが出るか、なんてそんなの知らない。
だからこそ不安が大きくなる。

兄さんに関わるイベントで、もし俺が[七海唯兎]の感情に押し潰されたら?
もし、兄さんに対してこれ以上酷い態度をしてしまったら?

…俺はきっと、俺が許せなくなる。





「唯兎?」






自然と暗い表情をしてしまっていたのか、一緒に歩いていたら皇が俺の顔を覗き込んでいる。
心配そうに俺を見つめる皇に「なんでもない」とだけ返して止まっていた足を動かすと、盛大な溜め息を吐いたあと俺に合わせるように足を動かす。

電車に乗り、最寄り駅までボーッと立っていると先程から何かを話していたらしい皇に腕を引っ張られる。
何も考えず、一点を見つめていた俺はゆっくりと皇に目を向けると可愛い顔をムッとさせて俺を見ていた。
なんの話をしてたっけ、と再びボーッと皇を見つめてみるとスマホを目の前に差し出される。






「唯兎、バイト探すんでしょ?ぼくここの面接してみようと思うんだけど、唯兎一緒にやろーよ」

「…バイト?」








差し出されたスマホを見てみるととある求人募集のページが表示されていた。
そこにはカフェの名前、場所、時給や募集している時間など詳細に書かれていて思わずジッと見てしまう。

そのカフェはよく行っていた図書館の近くにあり、立地的には静かに過ごせそうな場所に位置していた。
交通費も支給されると書いてあったのもあり、バスで通っても問題ないだろうことが伺える。







「どう?場所的にも学校の奴らが通わないだろう場所だし、静かだし、何よりそう遠くないから通いやすいでしょ?」

「…でも俺がやるとは一言も」

「良いじゃない、変なところ受けるよりずっと。ここぼくも行ったことあるけど、店長さん凄い優しいよ」





最寄り駅に着いた電車から降りながら話を聞くが、聞けば聞くほど良い店であることがわかる。
スマホで評価を見ても悪くない、素敵な店主とかコーヒーが美味しいとか…。
その他にも店員さんが親切だとか、店が綺麗だなんてコメントもあったりして興味が湧いてくる。

隣を歩く皇をチラッと見てみると皇も俺を見てたらしく、可愛い顔をわざとらしくニヤッと歪めて笑う。







「応募、しよ?」


























「って事があって…」

「んー、バイトか…」





明日には仕事に戻ってしまう父さんを捕まえて義母さんと共有している部屋にお邪魔する。
昼間あったことを相談してみよう、と説明するためだ。






「…唯兎はバイトがしたいのか?」

「したい、やっといた方が今後のためにもなるでしょ?」

「それはそうなんだけどなぁ…」






腕を組んでうーーん…と唸り、なかなか答えを出さない父についお尻をモゾモゾさせてしまう。
なんでそんな渋るんだ、そんな俺が頼りないのか…?

そんな俺に気付いたらしい義母さんにクスクスと笑われて視線をそちらに向けると、笑いながらごめんなさい、と謝られる。






「お父さんは唯兎くんが心配で心配で仕方ないのよ、向こうでも『唯兎は元気だろうか』『唯兎は困ってないだろうか』ってずっと言ってるんだから」

「お、おい…」








簡単に想像できてしまうその姿につい俺もクスッと笑いが出てしまう。
父さんはとことん心配性だ。
その原因は俺に対する虐待だと言うことも理解している、だからこそ心配かけないようにと俺も努力してきた。

…けど、今はそこまで考える余裕がない。
兄さんをこれ以上傷付けないように、俺自身が七海唯兎に負けないように…そのために、俺は自立して離れないといけないんだ。
その為にはバイトは必要不可欠、部活にだって入らなくていいんだったら可能な限り働いておかなきゃ。







「唯兎、欲しいのがあるならお金は出す。何が欲しいんだ」

「一人暮らししたい」

「…ん?」

「一人暮らし」






そこまで言ってハッとした。
そうじゃん、今お金貯めてから一人暮らしするより父さんから前借りしてバイト代でその分を返していく方がずっと現実的じゃないか?

一人暮らしの初期費用は…いくら?10万じゃ足りない、よな…。
後で調べて、その分も考えてシフト入れてもらえたら…。

そこまで考えて父さんを見上げると、急に黙り込んだ俺を心配している表情をしていた。
そんな父さんの両手をしっかりと握り込んで意を決して口を開いた。







「父さん、一人暮らしの費用…貸してください!」

「…費用…貸す…?え?」

「ちゃんと働いて返すから!あ、もし必要なら契約書みたいな、あの…書くから!」

「お、落ち着け唯兎。いや、父さんも落ち着きたいから待って?」







握り込んだ両手を逆に握り込まれ、俺を引き寄せる。
俺を膝に乗せて少し考え始めた父さんの言葉をその場で待ってみよう、とジッと父さんを見つめてみる。

正直膝から降りたい気持ちは大いにあるが、今はそんなことよりも一人暮らしの費用についてだ。
費用を貸してもらえたら俺はきっとゲームの通りにならないだろうし、兄さんを傷つける事もなく過ごせると思うんだ。
その為なら父さんが俺を子供扱いしようがなんだろうが、全て受け入れよう。







「……唯兎は、照史のこと…嫌い?」








そんな俺に横から声をかけたのは、悲しそうな表情をした義母さんだった。
ずっと静かだったから父さんに話をして満足していたけど、義母さんにも必要な話だ。
無視していた訳ではないけど、話に入れていなかったことを後悔し義母さんにも身体を向ける。

義母さんの俺を見る目は見た事がないくらいに寂しそうで、悲しそうで…。
息子である照史が嫌われているのかもしれないと考えると、そりゃそんな表情にもなるよな。








「…嫌い、じゃ…ない…。全部俺のせいで、俺が悪いから…だから、傷付けないように離れようって、あの…」

「照史が唯兎に傷付けられたって言ったの?」

「……言って、ない…けど、俺が…」

「それは…さっきから唯兎が言っていて、唯兎がやろうとしてることは照史の気持ちを無視しているよね?」







息が詰まる。

そりゃ、俺は兄さんを傷付けたくないからと離れようとしてる。
でもきっと兄さんはそれを良しとしていないし、離れたら悲しそうな顔をすると思う。

それでも俺は、ゲームの補正に抗えないかもしれない今の状況を変えようと思って…。

息がしにくい中、父さんと義母さんの顔を見上げてみると…2人は悲しそうで、困った顔をしていた。

呼吸が乱れる。
2人は、今困ってる。
俺が困らせてる。






「唯兎!落ち着け、大丈夫だから」







胸を押さえて蹲りそうになる俺を父さんが支えてくれようとする、のを俺は払いのけた。

困らせてる、だめだ。
俺が困らせたら、それこそゲームの唯兎と変わらない。

だめだ、俺はちゃんとしてないと、だめなんだ。







「ご、めんなさい…っ!」

「唯兎大丈夫だ!な、父さんのところおいで」

「唯兎ごめんなさい…!唯兎…っ」

「おれ、大丈夫だから…ごめんなさい…っ!」







扉に体当たりするような形で父さんたちの部屋から飛び出すと、自分の部屋に駆け込み鍵をかける。

息がしにくい。
くるしい。
ごめんなさい。

父さんや義母さんにまで、迷惑をかけてしまった。
大原や桜野だけじゃなく、父さんたちまで…。
迷惑しかかけられない、困らせてしかいない俺に…何ができるんだ。







[きっと、父さんたちも兄さんだけを子供として迎えたかったんだ]






違う。








[兄さんはみんなから好かれてる。俺は反対、みんなから嫌われてる]






……ち、がう。








[…俺が持ってないもの、全部持ってる兄さんが……]







……ち…がう…っ












コンコン


「…唯兎?」






頭を抱え、乱れた呼吸をそのままにぼろぼろと涙を流していると扉の向こうから久しぶりに聞いた気がする…兄さんの声がした。
心配しているような、優しい声。
その声を聞いた瞬間、ぶわっと心の中に嫌な気持ちが湧いてくるのを感じる。

[あいつが嫌いだ]

[あいつがいるから俺は独りなんだ]

[あいつのせいだ]

何かを言っている兄さんの声に被せるように、七海唯兎の声が脳に響く。
息ができない、苦しい。

でも、口を開けば兄さんに対して酷いことを言ってしまいそうで口を開けない。
両手で口を押さえながら鼻で息をするも、呼吸が追いつかない。

苦しい。
くるしい。







「ゆい…」

「うるさいっ!!」







苦しくてつい口から手を離すと、真っ先に出たのはそんな言葉だった。
大きな声でそう言った後すぐに息を勢いよく吸ってしまい咽せてしまうと、外から慌てたように兄さんが更に声を掛けてくる。







「ゆ、唯兎…ごめん、もう話しかけないよ、だから落ち着いて…ごめんね」

「ぁ…ちが…っげほっ」






慌てて兄さんに声をかけようにも咽せてしまい声が出せない。
咽せている間に兄さんは部屋に戻ってしまったようで扉を開けても誰もいなかった、その事実に後悔の念と絶望感が俺を襲う。

俺はゲームの七海唯兎じゃない、なのになんで…声が聞こえる。
唯兎の声が、俺を狂わせてくる。

兄さんのこと、好きなのに…唯兎のせいで嫌いになってしまう。







「ごめ、ごめんなさい…っ、ごめんな、さい…っ」





扉の前から動く事もできずに涙を流し、誰も聞いていないであろう謝罪の言葉を連ねることしかできない。

俺は何がしたいんだろう。
やる事全てが誰かの迷惑になる、誰かを困らせる。
どうしたらいいんだろう。

もう何もわからない。
なにもわからない。






「…ごめ、なさい…」






ただ今は、誰にも届かない謝罪を繰り返すことしか出来ない…。




























「ごめんなさい…っ、あんなに取り乱すなんて思わなくて…っ」

「…大丈夫だから、そろそろ泣き止め…。唯兎とはまた話をする…」






唯兎が部屋から飛び出てからずっと泣いている妻を宥めながら唯兎の部屋の方を見る。
唯兎から何かを頼む、なんてことあまりなかったから出来ることなら叶えてあげたい気持ちは大きくあった。
ただ、一人暮らしとなると話は別だ。

唯兎の今の精神状態で一人暮らしなんてさせてあげられない、それにアイツ…前妻の事もある。
アイツが唯兎の周りを彷徨いている理由がわかった…アイツは唯兎を囲い、母子家庭手当のみを取るつもりのようだ。
それにアイツのことだ…高校を辞めさせて働かせ、その金を全て取り上げるだろう。

唯兎はアイツの事をどう思っているのかは、わからない。
だが、アイツを前にしたら正常ではいられないだろう。
その事を伝えたところで、唯兎が受け止められるとも思えず言葉に出来ないでいたら…唯兎を傷付けてしまった。
大事にしたいと思っているのに、どう行動したらいいかわからない…歯痒い気持ちでいっぱいだ。

ガチャ

泣いている妻の背中をゆっくりと撫でていると、扉の音がして顔を上げる。照史がノックもせず部屋に入ってきたのだ。
照史の目には悲しげな色が強く出ていて、今にも泣いてしまいそうだ。







「…お義父さん…」

「…おいで」






先程の唯兎の声は俺の耳にも届いていた。
心配して声をかけようとしていた照史のショックは大きいだろう、空いている手で照史を招くと照史は大人しく俺の腕におさまった。







「…僕、また唯兎を怒らせちゃった…」

「…ごめんな、唯兎は今不安定なんだ…ゆっくり待ってあげてくれ」

「…ん」






コクン、と頷いてくれる照史は本当に優しい。
傷付いているはずなのに、それ以上に唯兎の事を考えてくれている。

だが、それに甘えているわけにもいかない。









「…舞、向こうには一人で戻ってもらっていいか?」

「…あなたは?」

「唯兎をこのままにはしておけない、カウンセリングを受けさせようと思う」







あの子の根本には良くない何かが蔓延っていて、それらが唯兎の行動を制限させているはずだ。
あの子は優しい、きっと周りのことを考えた結果自分の首を絞めてしまっている。







「これでクビになったらごめんな」

「そうしたら私がみんなを養うわよ」






そう言って泣いた事で赤くなった目を細めて笑う彼女はとても強い。
彼女と一緒になれてよかった、と改めて思いながら照史の頭をゆっくり撫でる。







「唯兎は近々カウンセリングを受けることになると思う。きっと、また一緒に笑えるようになるからもう少しだけ我慢してくれ」

「大丈夫、僕は平気。だから唯兎の気持ちを軽くしてあげて…」







しっかりした目で俺を見上げてくる照史に強く頷くと唯兎を説得する為、まず自身がカウンセリングについてしっかり理解しておく事…これが今やるべき事かな。

唯兎、ゆっくりでもいい。
お前の思っている事を父さんたちに伝えてくれ。
なんでもいい、それが父さんに対する嫌な気持ちでもなんでもいい。
父さんも受け入れる、だから唯兎…お前も、打ち明ける勇気を持ってくれ。




しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた

BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。 断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。 ーーそれなのに。 婚約者に婚約は破棄され、 気づけば断罪寸前の立場に。 しかも理由もわからないまま、 何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。 ※最終的にハッピーエンド ※愛され悪役令息

処理中です...