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第二十七話
しおりを挟む「おはようございます」
「はよ」
あれから俺は皇と一緒のカフェでバイトを始めた。
藍田さんともシフトが被ることは多くあり、いろんなことを教えてもらっている。
藍田さんはなんと、オーナーのお孫さんらしく将来はこの店を継ぎたいとここで働いているそうだ。
本人はやる気がないようにも見えるが、コーヒーを淹れる時はどこか楽しそうでそんな藍田さんの表情の変化を見ていると俺も少し楽しくなってくる。
俺が店に出勤してから数時間、そろそろ終わりの時間だと時計をチラッと見る。
今日も今日とて忙しくもなく、暇でもなくというくらいには平和に過ごせた。
ほとんど常連さんしか来ないカフェだからいつもこんなもんだ、藍田さんが言っていたのを思い出す。
空いたテーブルを拭きながらなんとなく藍田さんを見てみると、真剣にコーヒーのサンプルを飲み比べている。
藍田さんは相当コーヒーが好きなようで、いろんな淹れ方を試してみたり新しく豆を仕入れてみたりと自分の趣味を並行してカフェでの仕事を楽しんでいた。
そのコーヒーに向き合っている藍田さんはどんな時よりもイキイキしていて、こっちも見てて楽しくなってくる。
「……七海」
「へ、ぁ、はい!」
ジッと見ていたら急に藍田さんに呼ばれて慌てて呼ばれた方に向かう。
見ていた事を気付かれてしまったのか、と冷や汗をかきながら近寄ってみると1つ小さめなカップを渡される。
湯気が出ていて温かいそれは優しい色合いをしていてつい藍田さんを見上げてしまう。
「気に入った豆でラテ作ってみた、その席座っていいから飲んでみろ」
「ぁ、はい」
目の前にあるカウンター席を勧められ、そこに座って一口飲んでみる。
普段飲んでいるものよりは少し苦味があるが、それでもミルクのマイルドさがそれをカバーしてくれていて俺はこっちも好きだな…なんてホッと息を吐く。
その感想をそのまま藍田さんに伝えればそうか、と言うと何かメモをして満足したように頷いた。
そのまま裏に戻っていく藍田さんを見送ると、また一口カフェラテを飲む。
…これ、新作になるのかな。
なんて思いながら藍田さんの淹れてくれたソレを眺めているとカランカラン、とお客さんの入店する音が聞こえて慌てて立ち上がる。
しかし、その扉は閉まっており上の鈴だけが少し揺れていた。
…風…?
首を傾げながら改めて席に座ろうとするといつの間にか反対横に皇がしゃがんでいて危うく悲鳴をあげそうになる口を慌てて手で塞ぐ。
「な…っ、皇…!?」
「ふーん?青春なんだぁ、ふーん?」
ゆっくりと立ち上がった皇はそのままの流れで隣の席に座り、ニヤニヤと俺をみてくる。
何が青春なのか、全然わからない。
「…俺、まだバイト中」
「でも藍田先輩にカフェラテタイム貰ったんでしょ?もうバイトも終わりに近いし大丈夫大丈夫」
ケラケラと笑いながら言う皇を呆れた目で見ていると、奥に入っていた藍田さんがカウンター内に戻ってきて皇を見つけると丁度いい、と1つのカップを渡した。
「これブラック。飲んでみろ」
「えーっ!ぼくブラック飲めなぁい!」
「味見しろって、ほら」
「ぼくよりもバイト中の唯兎に頼んでくださいよぉ!」
皇は受け取ったカップを俺の方に横流ししてニッコリと頬杖ついた。
溜め息を吐いて腰に手を当てている藍田さんも俺をジッと見ている…これは、俺が飲まないといけないのか。
俺もブラックは得意じゃない、飲み物は甘いものがいい。
けど藍田さんが淹れてくれたものを残すのは…と、藍田さんを見てみると俺から目を離していない。
なんとなく頬に熱が集まるのを感じてソレを振り払う為に意を決してブラックコーヒーの入ったカップに口を付けた。
「………どうだ」
「…に、が……お、おいし…です…っ」
「苦いのはダメだったか、悪かったな」
カウンター越しにポンポンと頭を撫でられ、その手の感触につい自分の頭を押さえてしまう。
藍田さんはそんな俺に見向きもしないまま俺が飲んでたカップを回収し、自分で飲み始めてしまう。
かんせつきす、
横で「ぼくと対応違いすぎませんかー」なんて騒いでる声も届かない俺の脳に、ただ一つその言葉が浮かんだ。
俺が口つけたところを、藍田さんが口付けてる。
カーーっと顔に熱が集まるのを感じる、間接キス如きで照れるとか…思春期かよ。
…いや、思春期だよ。
自身の顔の熱を誤魔化すように少しぬくるなっていたカフェラテに口を付けてみると藍田さんは今飲んだコーヒーに関するメモを書いていた。
カリカリとボールペンを滑らせる音が少し心地よい。
目を閉じてその音に集中しようとした時、テーブルをコンコンとノックされ俺の意識は現実に戻される。
「唯兎、ぼくの事忘れてない?」
「あ、忘れてない!忘れてない!ちょっとぼーっとしてただけ!」
「ほんとぉ?」
頬杖をついてジトっと睨んでくる皇に苦笑いで返すとまぁいいや、と慣れたやつに笑って返してくる。
時計を見ると既に退勤の時間で、着ていたエプロンを脱ぐと膝の上に乗せてまた一口カフェラテを飲む。冷めてきても美味しい。
今の時間は誰もお客さんは来ず、あと1時間もしたら閉店だ。
だが、高校生という身もあり法律上これ以上は働けないため閉店まではいたことがない。
暗くなった外を見ていると少し声量を落とした皇が良い辛そうに声をかけてきた。
「…唯兎、そろそろさ…桜野と大原と話さない?」
「……なんで?」
「2人とも心配してるよ、連絡取りたがってる。でも唯兎が嫌ならって2人とも待ってくれてるんだ」
桜野、大原は俺達とは違う高校に行った。
そこでの様子はなんとなく皇が教えてくれるが、俺は途中遮ってソレを聞かないようにしている。
…聞くと会いたくなってしまう。
気になってしまう。
話をしたくなってしまう。
俺に関わると、2人には迷惑をかけてしまう。
高校が離れて俺から解放されるなら、俺は2人を追ったらダメだ。
俺は、2人に依存しすぎたんだ。
「唯兎、2人と少しでも話してみない?」
「ダメだよ、俺はもうあの2人には会えない」
「…そう言うけど、それで納得出来てる顔してないじゃない」
悲しそうに眉を顰める皇から目を逸らす。
納得なんて出来るわけがない、俺だって2人に会いたいし2人が大好きだ。
それでも2人を巻き込まない為に、2人に迷惑かけない為に離れるしかない。
とはいえ、そんな話人にできるわけもない。
ただ俺が我慢して、俺が耐えられたらみんな幸せになる…それだけ。
俺の幸せは多分、もう見込めないから。
「アホかよお前」
1人気持ちを沈ませて、下げた顔を上げられないでいるとカウンター内で会話を聞いていた藍田さんが口を開く。
「どうせお前また自分がしっかりだのなんだの考えてんだろ、アホかよ」
「…だって」
「だってじゃねーよ、お前まだ高校生だろ。高校生なんて周りに迷惑かけて生きるもんだ、1人でしっかりとか余計なこと考えんな。あと顔上げろ」
人に迷惑かけて生きるもの…?
人に迷惑かけたら嫌われるのに、迷惑かけたら…俺は施設に連れて行かれるかもしれないのに。
迷惑かけたら…
「お前さ、ずっと"たられば"で考えてんだろ」
「ぇ」
「ずっと実際に起きてないことで悩んで、起こり得ない事で怖がってる。だから周りから逃げてんだろ」
「逃げてなんか…っ」
「逃げてんだよ、その友達とやらから離れてる時点で」
藍田さんはカップを洗っていた手を止めて手を拭きながら俺をジッとみてくる。
確かに俺はずっと実際に起きてない事を、ゲームの内容だからと怖がりそればかりを気にして生きていた。
兄さんに嫌がらせして施設送りにされる。
兄さんに酷い事をする。
桜野や大原に被害が被る。
これらは実際に起きていない事。
でもずっと、俺を縛り付けているもの。
それらから逃げてる?
違う、俺はそうならないようにずっと…。
「お前は何が怖いんだ」
俺は何が怖い?
俺は施設に送られて…
そこで1人で…
それがずっと怖くて…
違う。
俺が本当に怖いのは
「大好きなみんなに、嫌われたくない…」
「唯兎…」
「おれ、みんな好きだから…大事にしたいのに、難しくて…出来なくて、おれ…っ」
ボロボロと流れ出てくる涙を袖で拭いていると静かに近寄ってきた皇がハンカチを目に当ててくれる。
そのハンカチを借りてただただ涙を流していると、同じく近寄ってきた藍田さんに顔を上に上げられる。
「下向くな前を見ろ。そんで、お前が大事にしたい奴らを大事にしろ。それだけだ、出来るだろ」
「か、んたんに言わないでください…っ」
「簡単なんだよ、それだけだ。そこから先はお前の頑張り次第だろ。お前はまず『それだけ』の部分すらできてねぇ」
無理に上を向かされているせいで首が痛い。
泣いてるせいで目が痛い。
そんな中でもハッキリ言ってくる藍田さんの言葉は、自分の心にハッキリとした状態のまま響いてくる。
俺は…『それだけ』が出来てなかった…?
「大事にってのは守れって事とは違う。ソイツらと普段通り、お前が思うままに接してやれって事だ。それのどこが難しいんだよ」
「…ぅ、…ひっ…っ」
「まず、お前がソイツらとどーしたいのか。ここでハッキリ言葉にしてみろ」
俺が桜野と、大原と…どうしたいのか。
俺と一緒にいたら迷惑かけちゃうかもしれない。
俺と一緒にいたら巻き込んじゃうかもしれない。
俺は、2人とどうしたい。
それはもう、ずっと前から決まってる。
「…あいたいぃぃぃっ!」
「誰に会いたいんだよ」
「さくらの、と…っ!おおはらと!会いたいです…っ!ずっと、一緒いたいですっ!」
大きな声で涙を流しながら言う俺に満足したように頷き、頭をポンポンと撫でられる。
久しぶりの感覚に更に大粒の涙がボロボロと流れるが、止められるわけもなく喉を痙攣させながら桜野と大原の名前を呼び続けた。
「おら、簡単だろうがよ。迷惑かけるかもとかそんな余計な事考えんな、迷惑かけられたかどうかなんてお前が考える事じゃねぇ」
「ぅーっ、ぁぃっ!」
「またそんなくだらねー事で悩んだら俺に伝えろ、殴って矯正してやる」
真顔で拳を作った藍田さんについははっと笑い声が出てしまった。
涙の止まらない俺に寄り添ってハンカチで目を拭いてくれる皇につい身体を寄せると、疲れたと思ったのか優しく背中を撫でてくれる。
「……はぁー…皇」
「ん?」
「ごめんね、…ありがとう…」
ギュッと抱き付いてみると皇もソッと、優しく背中に手を添えて…少し震えた声でどういたしまして、と返してくれる。
こんな優しい皇が近くにいてくれたから、俺はまた前が向けるかもしれない。
1人だったら…全部諦めてた。
「…皇、桜野と大原に…明日の夕方いつもの公園でって伝えてくれる?」
「…っ、まかせてよ!」
力強く頷いて、背中に添えられていた手がギュッと俺を引き寄せて抱き合う形となる。
あったかい。
この温もりすら俺は手放してしまいそうだった。
この優しい暖かさが俺を繋いでくれていた。
「ありがとう」
まずは『それだけ』を目指して、俺ももう少し踏ん張ってみたいと思う。
そして…藍田さんに認めて貰えるよう、頑張ろう…。
少しずつ、少しずつ…元に戻すところから。
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