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私が通されたのは二階の小さな一部屋。
男は扉を開けると、
「入れ」
と、ぶっきら棒に言ったかと思うと、私の背中を乱暴に押した。
「きゃっ・・・」
思わず倒れそうになったが、ここで転んだら大変だ。抱いているものがバケツとばれてしまう。
私は必死にバランスを取り、転ぶのを免れた。
男は、私が中腰蟹股で踏ん張っている姿を見て、フンッとバカにしたように笑うと、乱暴に扉を閉め、鍵を掛けた。その後、足早に立ち去っていく足音が聞こえた。
「笑ったわね・・・、覚えておきなさいよ・・・」
私は中腰蟹股の姿のまま後ろを振り向き、男の去った扉を睨みつけた。
「大丈夫ですか・・・? エリーゼ様・・・?」
その時、部屋の隅から弱々しい声がした。私はギョッとしてその方向に振り向いた。
そこには拷問を受けたのだろうか、傷だらけの男が後ろ手に縛られて倒れていた。
「ど・・・どなた・・・?」
私は驚き過ぎて、中腰蟹股姿で固まった状態で尋ねた。
男はゆっくりと体を起こすと、その場に足を揃えて座り直した。そして、申し訳なさそうに私を見上げた。
私はその表情を見て、恐怖が薄まった。同時に今の態勢に気が付き、慌てて姿勢を正した。
「わたくしは貴方を存じ上げませんが、貴方はわたくしをご存じのようですわね?」
男は私の質問に小さく頷いた。
「私は・・・クリスと申します・・・。王宮の呪術師です・・・」
「クリス・・・」
クリス・・・。呪術師・・・。
そうだ、ザガリーの家を訪ねて来た男!
「エリーゼ様が何故ここに・・・? もしかして、抱かれているのは・・・レオナルド殿下・・・?」
クリスは呟くようにそう言ったかと思うと、急に眼を見開いた。そして、
「お、お許しください! 殿下」
そう叫び、床に付いてしまうほど頭を下げた。
「私は・・・私は殿下を・・・裏切りました・・・」
蚊の鳴くような声で続けた。
「貴方だったのですね・・・。レオナルド殿下を子供にする薬を作ったのは・・・」
「はい・・・」
この男だったのか。ザガリーの読みは正しかった。レオナルドが信頼を寄せていた男だったのに・・・。
「何故このようなことを? 殿下は貴方をとても信頼しているようでした。貴方も殿下の忠実な家臣だったはずでしょう? もしかして、忠誠心が強いあまり、レオナルド支持派に? フェルナン王太子を退けてレオナルドを擁立しようとするウィンター家に協力したのですか? それにしてはやり方があまりにも乱暴ですわね」
クリスは項垂れたまま黙っている。
「レオナルド殿下を脅してまで王にしようと?」
彼は首を横に振る。
「上手く傀儡にしようとでも思ってのことかしら? なんて浅はかな・・・」
クリスは再度首を横に振る。そしてゆっくり顔を上げた。
「薬を盛るように命じたのはウィンターではありません・・・。いいえ、確かにウィンターは娘に薬を渡し、殿下にも飲ませるように命じました。しかし、それは媚薬です・・・。娘と殿下の既成事実を作るために。その薬を・・・すり替えたのです・・・」
「え・・・?」
「殿下を・・・葬るために・・・」
「は・・・い・・・?」
葬る・・・?
葬るって言った?
姿形を変化させるのではなくて?
私は言葉を失って、目の前に項垂れている男をただただ見つめた。
☆彡
「殿下を葬るって・・・。殺害するつもりだったということ・・・?」
私は呟くように尋ねた。クリスは頷き、
「本当だったら、その場で毒殺する予定でした。その殺害の罪をウィンター家に着せる・・・。しかし、殺すなんて・・・。私は恐ろしくなり、子供に変化させる薬にさらにすり替えたのです」
項垂れたまま続けた。
「子供に変化させるだけでも、そんな劇薬を盛った罪は重い。ウィンター家を嵌めるのには十分です。その後の事は、レオナルド殿下を保護するフリをして、殺害すればいいと主を宥めるつもりでした。その隙に、レオナルド殿下には遠くに逃げてもらおうと・・・」
「主・・・? 主って?」
私の質問にクリスは黙ってしまった。
「主って誰なの? 誰の命令なの?!」
「・・・」
彼は俯いたまま答えない。私は猛烈に苛立ちを感じた。
「ここまで告白しておいて大切な所を隠すなんて、ずいぶんと意地悪なお方ね、貴方って」
私はクリスを睨みつけた。彼はゆっくり顔を上げた。その顔はとても青い。
その表情から口に出すのは相当憚られる人物だと推測できる。
もしかして・・・。
もしかして、フェルナン王太子だったら?
己の地位を盤石にするため、後ろ盾の強い弟を消すつもりだったら?
あんなにも信頼している兄に裏切られるなんてことだったら・・・。
そんなことだったら、どうしよう!
「誰なの!?」
私はとてつもない焦燥感に駆られて叫んだ。
男は扉を開けると、
「入れ」
と、ぶっきら棒に言ったかと思うと、私の背中を乱暴に押した。
「きゃっ・・・」
思わず倒れそうになったが、ここで転んだら大変だ。抱いているものがバケツとばれてしまう。
私は必死にバランスを取り、転ぶのを免れた。
男は、私が中腰蟹股で踏ん張っている姿を見て、フンッとバカにしたように笑うと、乱暴に扉を閉め、鍵を掛けた。その後、足早に立ち去っていく足音が聞こえた。
「笑ったわね・・・、覚えておきなさいよ・・・」
私は中腰蟹股の姿のまま後ろを振り向き、男の去った扉を睨みつけた。
「大丈夫ですか・・・? エリーゼ様・・・?」
その時、部屋の隅から弱々しい声がした。私はギョッとしてその方向に振り向いた。
そこには拷問を受けたのだろうか、傷だらけの男が後ろ手に縛られて倒れていた。
「ど・・・どなた・・・?」
私は驚き過ぎて、中腰蟹股姿で固まった状態で尋ねた。
男はゆっくりと体を起こすと、その場に足を揃えて座り直した。そして、申し訳なさそうに私を見上げた。
私はその表情を見て、恐怖が薄まった。同時に今の態勢に気が付き、慌てて姿勢を正した。
「わたくしは貴方を存じ上げませんが、貴方はわたくしをご存じのようですわね?」
男は私の質問に小さく頷いた。
「私は・・・クリスと申します・・・。王宮の呪術師です・・・」
「クリス・・・」
クリス・・・。呪術師・・・。
そうだ、ザガリーの家を訪ねて来た男!
「エリーゼ様が何故ここに・・・? もしかして、抱かれているのは・・・レオナルド殿下・・・?」
クリスは呟くようにそう言ったかと思うと、急に眼を見開いた。そして、
「お、お許しください! 殿下」
そう叫び、床に付いてしまうほど頭を下げた。
「私は・・・私は殿下を・・・裏切りました・・・」
蚊の鳴くような声で続けた。
「貴方だったのですね・・・。レオナルド殿下を子供にする薬を作ったのは・・・」
「はい・・・」
この男だったのか。ザガリーの読みは正しかった。レオナルドが信頼を寄せていた男だったのに・・・。
「何故このようなことを? 殿下は貴方をとても信頼しているようでした。貴方も殿下の忠実な家臣だったはずでしょう? もしかして、忠誠心が強いあまり、レオナルド支持派に? フェルナン王太子を退けてレオナルドを擁立しようとするウィンター家に協力したのですか? それにしてはやり方があまりにも乱暴ですわね」
クリスは項垂れたまま黙っている。
「レオナルド殿下を脅してまで王にしようと?」
彼は首を横に振る。
「上手く傀儡にしようとでも思ってのことかしら? なんて浅はかな・・・」
クリスは再度首を横に振る。そしてゆっくり顔を上げた。
「薬を盛るように命じたのはウィンターではありません・・・。いいえ、確かにウィンターは娘に薬を渡し、殿下にも飲ませるように命じました。しかし、それは媚薬です・・・。娘と殿下の既成事実を作るために。その薬を・・・すり替えたのです・・・」
「え・・・?」
「殿下を・・・葬るために・・・」
「は・・・い・・・?」
葬る・・・?
葬るって言った?
姿形を変化させるのではなくて?
私は言葉を失って、目の前に項垂れている男をただただ見つめた。
☆彡
「殿下を葬るって・・・。殺害するつもりだったということ・・・?」
私は呟くように尋ねた。クリスは頷き、
「本当だったら、その場で毒殺する予定でした。その殺害の罪をウィンター家に着せる・・・。しかし、殺すなんて・・・。私は恐ろしくなり、子供に変化させる薬にさらにすり替えたのです」
項垂れたまま続けた。
「子供に変化させるだけでも、そんな劇薬を盛った罪は重い。ウィンター家を嵌めるのには十分です。その後の事は、レオナルド殿下を保護するフリをして、殺害すればいいと主を宥めるつもりでした。その隙に、レオナルド殿下には遠くに逃げてもらおうと・・・」
「主・・・? 主って?」
私の質問にクリスは黙ってしまった。
「主って誰なの? 誰の命令なの?!」
「・・・」
彼は俯いたまま答えない。私は猛烈に苛立ちを感じた。
「ここまで告白しておいて大切な所を隠すなんて、ずいぶんと意地悪なお方ね、貴方って」
私はクリスを睨みつけた。彼はゆっくり顔を上げた。その顔はとても青い。
その表情から口に出すのは相当憚られる人物だと推測できる。
もしかして・・・。
もしかして、フェルナン王太子だったら?
己の地位を盤石にするため、後ろ盾の強い弟を消すつもりだったら?
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そんなことだったら、どうしよう!
「誰なの!?」
私はとてつもない焦燥感に駆られて叫んだ。
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