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君の名前
しおりを挟むそこからはあっという間に時間が経った。
向日葵畑の中を歩いたり、走ったり、寝転んだりした。
苦しい時間は長く感じるが、楽しい時間とはあっという間に過ぎ去ってしまう。
空が暗くなっていく。
幸せな時間ももう終わる。
夢の世界から現実の世界へと戻される。
帰りたくない、でもどこにも帰る場所がない。
シオンはこのまま死んでもいいか、と考えていると、女の子に話しかけられて我にかえる。
「ねぇ。一ヶ月後にまた会える?」
「一ヶ月後?」
「うん」
(一ヶ月後か……)
シオンは女の子と別れたら死のうと考えていたため、一ヶ月後に会う約束をしていいのかと迷った。
それに何より、そこまで生きていける自信がなかった。
明日なら、もう一日くらいいいかとは思えたかもしれないが、一ヶ月後は長すぎる。
返事に迷っていると女の子が悲しそうな顔で「無理?」と聞いてくるので、気づけば「わかった。一ヶ月後にまた会おう」と約束してしまった。
「本当?良かった。嬉しい。それまでに完成させるね。私のこと信じて待っててね」
何を完成させるのか?
何を信じて待てばいいのか?
何を言っているのか全然わからなかったが、信じて欲しいと言われたので信じる以外の選択肢はシオンにはなかった。
「わかった。信じて待ってるね」
「うん。あ、そういえば、まだ私、あなたの名前知らない」
「俺もだ。君の名前知らない」
一日、一緒にいたのにお互いの名前も知らずに過ごしたことがおかしくて声を出して笑った。
「私はエニシダよ」
「俺はヒース」
シオンは言ってから後悔した。
大切な人たちに捨てられたのに、自分はいまだにこの名を捨てられないのかと。
「素敵な名前ね」
女の子に名前を褒められても、ちっとも嬉しくなかった。
寧ろ最悪だった。
(落ち着け、彼女は何も知らない。ただ純粋に褒めてくれただけだ)
言ってないのだから仕方ない、と女の子の名前も素敵だと褒め返そうとすると、空を見上げていた女の子の顔がこわばっていた。
「そろそろ帰らないと間に合わないわね」
まるで怖がっているかのように女の子の表情が変わる。
大丈夫か、と聞きたいのにそれより早く女の子が「じゃあ、一ヶ月後にまたここで会いましょう。今日は楽しかったわ。またね」と返事を聞かずに走り去っていった。
「あ、うん。またね」
女の子に聞こえるように大声で言ったが、彼女は無反応だった。
「あんなに慌ててどうしたんだろう。大丈夫なのかな?」
急に心配になるが、自分の身も守れないような人間に心配はされたくはないだろう。
それになにより、先に自分のこれからをどうするのか決めなければならない。
これから一ヶ月、どうやって過ごせばいいのか。
洞窟で過ごしたせいで、シオンには生活能力がなかった。
※※※
一ヶ月が過ぎ、季節が夏から秋へと変化していった。
一か月前に約束した日になった。
シオンはこの日ば前日からソワソワして、なかなか眠りにつくことができなかった。
シオンはこの日がくるまで、たくさんのことを想像した。
もし自分が貴族だったら、悪魔の子ではなかったら、自分は彼女の隣に立ってもいいのだろうか、と。
あれだけたくさん花を咲かせていた向日葵畑はすっかり枯れ果て、まるで今のシオンの気持ちを表しているかのようだった。
「ヒース」
どこからか自分の名を呼んでいる声が聞こえた。
すぐにそれが女の子の声だとわかった。
「エニシダ」
彼女が来たとわかると、自分でもわかるほど頬が緩んでいくのがわかった。
「ごめん。待った?」
彼女は足ってきたせいで息を切らせていた。
シオンはその姿ですら可愛いと思った。
「ううん。待ってないよ。俺も今来たところだから」
嘘。
本当は二時間も前に着いて待っていた。
いつ女の子が来るかわからないため、早く来たのだ。
女の子を待たせないためにも。
「本当?なら、良かった」
女の子はホッとしたように笑った。
その笑みを見て嘘ついて良かったとシオンは思う。
「この一ヶ月、大丈夫だった?」
女の子は前回と違い、伺うように聞いてきた。
悪魔の子がどういう存在なのか調べたのだろう。
調べて、どういう存在か知っても尚、会いにきてくれるのが嬉しくて、申し訳なさそうにする女の子を見ても、怒りが湧いてくることもなかった。
「うん。幸せな一ヶ月だったよ」
本当に幸せだった。
好きな時間に起きて。
自分で自分の食事の分を狩りをして捕まえて、調理をして食べた。
体も毎日洗った。
女の子と会う日が近づくたびに、元気が出て頑張れた。
何より幸せだと感じたのは自分で選択できることだった。
いまから何をする。
いつもなら勝手に決められた時間割を守って行動しないといけなかったが、今はそのときの気分でやりたいようにやれる。
自由を手に入れられたことで、人生を色鮮やかに豊かにしてくれた。
「よかった」
女の子は俺の言葉を聞いて、今にも泣き出しそうな表情で笑った。
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