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第4話
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「あ……ス、スチュアート……! そ、その……これは……いつか、説明しようと思っていたのだけれど……」
先ほどまで悠然とスリルを楽しんでいたグリゼルダだったが、いざ見つかってしまうと狼狽してしまう。
けれど、何故かスチュアートはトラヴィスの存在を全く気に留めていない様子だった。なんとも言えない表情で、彼はただただグリゼルダを見据えている。
普通、真っ先に彼のほうを見て「この方はどなたですか?」と聞くだろうに。
「……なるほど、メイドたちの噂は本当だったんですね」
「え、噂……?」
「ああ、いえ……なんでもありません。そうですか……でも、グリゼルダ様が幸せならこれでいいのかもしれませんね」
独り言のように意味深な言葉を呟くと、スチュアートはグリゼルダに向かって一礼し──
「ここ数日、庭師が病欠でいないので、私が代わりに庭園の手入れをしようと思ったのですが……また、今度にしましょう。失礼いたしました」
そう言って、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
(メイドたちが噂してたって……もしかして、皆、私がトラヴィスと付き合っていることを知っていたの? それに、去り際のスチュアートの言葉も何だか気になるわね)
グリゼルダは思いあぐねるが、とりあえず前向きに捉えることにした。
(きっと、スチュアートは驚いていただけなんだわ。去り際の言葉も、私が幸せなら相手がうんと年下の男性でも応援するよって意味なのかも)
その日の夜、グリゼルダはトラヴィスと交際していることを改めてスチュアートに話した。
スチュアートは一瞬、困惑したような表情を浮かべたが、やがて何かを悟ったように「左様でございますか。グリゼルダ様が幸せなら何よりです」と言ってグリゼルダの恋を応援してくれた。
数週間後。
その日、グリゼルダはいつものようにトラヴィスとデートをするために待ち合わせ場所に向かった。
だが、どれだけ待ってもトラヴィスは現れなかった。
もしかしたら、体調が優れないのだろうか。あるいは、レポートの締め切りが迫っていてデートどころではないのかもしれない。
グリゼルダは不安に駆られたが、そう自分に言い聞かせることでどうにか平常心を保った。
(急用で行けなくなった場合は後で必ず連絡するって言ってくれていたし、待つしかないわよね)
更に数週間後。
トラヴィスからの手紙は、まだ届かない。グリゼルダは、いよいよ焦り始めた。
一応この世界にも電話はあるのだが、残念ながらまだそんなに普及していないのだ。
(……そういえば、私、彼の連絡先を知らないんだった)
だから、こちらから連絡をすることはできない。以前、一度連絡先を教えてほしいとせがんだことがあったのだが、「うちの学生寮は大学の規則で親族を除く異性との手紙のやり取りが禁止されているんだ」と返されてしまい結局教えてもらえなかった。
通っている大学がどこなのかすら、なんだかんだはぐらかされて聞けずじまいだ。
──考えてみれば、いつもトラヴィスが一方的にグリゼルダに連絡を取ったり会いに来たりしている状態だった。
(もしかして、私、弄ばれたの……?)
ふと、グリゼルダの脳裏に嫌な考えがよぎる。
いや、そんなはずない。トラヴィスは自分の運命の相手なのだ。
必死に否定しつつも、グリゼルダは後ろ向きな考えを払拭することができなかった。
それからも、容赦なく日々は過ぎていく。だが、グリゼルダはそれでもトラヴィスからの連絡を待ち続けた。
一睡もできないまま朝を迎えることも多く、食事もまともに喉を通らない。
そんな生活を暫く続けているうちに、グリゼルダはとうとう倒れてしまった。
ふと目を開けると、グリゼルダは見覚えのない部屋にいた。
周囲を見渡してみる。無機質な白亜の壁や天井──どう見ても、バーガンディ邸ではない。
グリゼルダが困惑していると、不意に右側からガチャっとドアが開く音がして白衣を着た男性が部屋に入ってきた。
彼に続くように、スチュアートと──何故か、嫌味な元同級生であるドナが入ってくる。
(ドナ……? どうして、彼女がここに……?)
グリゼルダはますます困惑する。
「ああ、よかった。目が覚めたようですよ」
白衣の男性は、スチュアートとドナに向かってそう言った。
安堵したような顔をした二人は、グリゼルダが寝ているベッドのほうまで歩み寄る。
「ねえ、スチュアート。ここは一体どこなの……?」
「病院でございます。グリゼルダ様は、倒れられたのですよ」
「あ……」
恐らく、睡眠不足と栄養失調が重なって倒れたのだろう。
ここ数日、トラヴィスのことで悩んでいてろくに睡眠も食事もとれていなかったから。
そう考えたグリゼルダは、スチュアートに尋ねる。
「ねえ、スチュアート。実は、トラヴィスと連絡が取れなくなってしまったの。それで、私、何も手につかなくて……一体、どうしたらいいのかしら?」
「えっ……?」
グリゼルダに尋ねられたスチュアートは、困惑の表情を浮かべた。
(ああ、またこの顔だ……どうして、スチュアートはトラヴィスの話をするといつも困ったような顔をするの?)
グリゼルダが腑に落ちずにいると、何かを考え込んでいたスチュアートが漸く口を開いた。
「──トラヴィスって、一体誰ですか……?」
「え……」
スチュアートの質問に、グリゼルダは戸惑ってしまう。
一体、彼は何を言っているのだろう。スチュアートには、トラヴィスと交際していることは散々話していたはず。
それに、あの日、彼は庭園でトラヴィスと一度顔を合わせているのに。まさか、忘れてしまったとでも言うのだろうか?
「以前から、気になっていたんです。メイドたちも噂していましたから。『街でグリゼルダ様らしき女性を見かけた。でも、何だか様子がおかしかった。一人でいるのに、まるで誰かと話しているみたいだった』と」
「ちょっと、待って。一体、どういうこと……?」
グリゼルダは衝撃のあまり頭が真っ白になる。
「明らかに様子がおかしいことは、私も気づいていました。でも、私はこう考えたんです。『きっと、架空の恋人を作って寂しさを紛らわせているんだろう』と。だから、グリゼルダ様に直接それを指摘することはありませんでした」
「なっ……」
もし、スチュアートが言っていることが本当なら、トラヴィスはグリゼルダが生み出した妄想──つまり、実在しない人物ということになる。
いや、そんなはずはない。何故なら、グリゼルダは直接トラヴィスの体に触れることができたのだから。それに、何度も彼と愛し合った。それが、何よりの証拠だ。
(あの肌の温もりが、偽物のわけがない……)
「何を言い出すのかと思えば……冗談も程々にしてちょうだい、スチュアート。第一、あの日──私が邸の庭園にトラヴィスを招き入れた時、あなたは一度彼と会っているじゃない。自分の目で直接確認したのに、それでもトラヴィスが私の妄想だと言うの?」
「……あの時も、グリゼルダ様はお一人でしたよ?」
「は……? そんなわけが……う、嘘でしょう……?」
「改めて、お聞きします。トラヴィス様でしたっけ。……そんな方、この世に存在しませんよね?」
スチュアートの容赦ない質問にグリゼルダは追い打ちをかけられ、言葉を失ってしまう。
「…………」
「あの時──庭園にいたら声が聞こえたから、誰かいるのかなと思って様子を見に行ったんです。そしたら、グリゼルダ様がお一人で茂みにいらっしゃって……」
そう言いながら、スチュアートは目を伏せる。
けれど、グリゼルダはまだ彼の言うことを信じることができなかった。
(ああ、そうだ……ドナがいるじゃない。彼女なら、きっとトラヴィスのことを覚えているはずだわ)
先ほどまで悠然とスリルを楽しんでいたグリゼルダだったが、いざ見つかってしまうと狼狽してしまう。
けれど、何故かスチュアートはトラヴィスの存在を全く気に留めていない様子だった。なんとも言えない表情で、彼はただただグリゼルダを見据えている。
普通、真っ先に彼のほうを見て「この方はどなたですか?」と聞くだろうに。
「……なるほど、メイドたちの噂は本当だったんですね」
「え、噂……?」
「ああ、いえ……なんでもありません。そうですか……でも、グリゼルダ様が幸せならこれでいいのかもしれませんね」
独り言のように意味深な言葉を呟くと、スチュアートはグリゼルダに向かって一礼し──
「ここ数日、庭師が病欠でいないので、私が代わりに庭園の手入れをしようと思ったのですが……また、今度にしましょう。失礼いたしました」
そう言って、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
(メイドたちが噂してたって……もしかして、皆、私がトラヴィスと付き合っていることを知っていたの? それに、去り際のスチュアートの言葉も何だか気になるわね)
グリゼルダは思いあぐねるが、とりあえず前向きに捉えることにした。
(きっと、スチュアートは驚いていただけなんだわ。去り際の言葉も、私が幸せなら相手がうんと年下の男性でも応援するよって意味なのかも)
その日の夜、グリゼルダはトラヴィスと交際していることを改めてスチュアートに話した。
スチュアートは一瞬、困惑したような表情を浮かべたが、やがて何かを悟ったように「左様でございますか。グリゼルダ様が幸せなら何よりです」と言ってグリゼルダの恋を応援してくれた。
数週間後。
その日、グリゼルダはいつものようにトラヴィスとデートをするために待ち合わせ場所に向かった。
だが、どれだけ待ってもトラヴィスは現れなかった。
もしかしたら、体調が優れないのだろうか。あるいは、レポートの締め切りが迫っていてデートどころではないのかもしれない。
グリゼルダは不安に駆られたが、そう自分に言い聞かせることでどうにか平常心を保った。
(急用で行けなくなった場合は後で必ず連絡するって言ってくれていたし、待つしかないわよね)
更に数週間後。
トラヴィスからの手紙は、まだ届かない。グリゼルダは、いよいよ焦り始めた。
一応この世界にも電話はあるのだが、残念ながらまだそんなに普及していないのだ。
(……そういえば、私、彼の連絡先を知らないんだった)
だから、こちらから連絡をすることはできない。以前、一度連絡先を教えてほしいとせがんだことがあったのだが、「うちの学生寮は大学の規則で親族を除く異性との手紙のやり取りが禁止されているんだ」と返されてしまい結局教えてもらえなかった。
通っている大学がどこなのかすら、なんだかんだはぐらかされて聞けずじまいだ。
──考えてみれば、いつもトラヴィスが一方的にグリゼルダに連絡を取ったり会いに来たりしている状態だった。
(もしかして、私、弄ばれたの……?)
ふと、グリゼルダの脳裏に嫌な考えがよぎる。
いや、そんなはずない。トラヴィスは自分の運命の相手なのだ。
必死に否定しつつも、グリゼルダは後ろ向きな考えを払拭することができなかった。
それからも、容赦なく日々は過ぎていく。だが、グリゼルダはそれでもトラヴィスからの連絡を待ち続けた。
一睡もできないまま朝を迎えることも多く、食事もまともに喉を通らない。
そんな生活を暫く続けているうちに、グリゼルダはとうとう倒れてしまった。
ふと目を開けると、グリゼルダは見覚えのない部屋にいた。
周囲を見渡してみる。無機質な白亜の壁や天井──どう見ても、バーガンディ邸ではない。
グリゼルダが困惑していると、不意に右側からガチャっとドアが開く音がして白衣を着た男性が部屋に入ってきた。
彼に続くように、スチュアートと──何故か、嫌味な元同級生であるドナが入ってくる。
(ドナ……? どうして、彼女がここに……?)
グリゼルダはますます困惑する。
「ああ、よかった。目が覚めたようですよ」
白衣の男性は、スチュアートとドナに向かってそう言った。
安堵したような顔をした二人は、グリゼルダが寝ているベッドのほうまで歩み寄る。
「ねえ、スチュアート。ここは一体どこなの……?」
「病院でございます。グリゼルダ様は、倒れられたのですよ」
「あ……」
恐らく、睡眠不足と栄養失調が重なって倒れたのだろう。
ここ数日、トラヴィスのことで悩んでいてろくに睡眠も食事もとれていなかったから。
そう考えたグリゼルダは、スチュアートに尋ねる。
「ねえ、スチュアート。実は、トラヴィスと連絡が取れなくなってしまったの。それで、私、何も手につかなくて……一体、どうしたらいいのかしら?」
「えっ……?」
グリゼルダに尋ねられたスチュアートは、困惑の表情を浮かべた。
(ああ、またこの顔だ……どうして、スチュアートはトラヴィスの話をするといつも困ったような顔をするの?)
グリゼルダが腑に落ちずにいると、何かを考え込んでいたスチュアートが漸く口を開いた。
「──トラヴィスって、一体誰ですか……?」
「え……」
スチュアートの質問に、グリゼルダは戸惑ってしまう。
一体、彼は何を言っているのだろう。スチュアートには、トラヴィスと交際していることは散々話していたはず。
それに、あの日、彼は庭園でトラヴィスと一度顔を合わせているのに。まさか、忘れてしまったとでも言うのだろうか?
「以前から、気になっていたんです。メイドたちも噂していましたから。『街でグリゼルダ様らしき女性を見かけた。でも、何だか様子がおかしかった。一人でいるのに、まるで誰かと話しているみたいだった』と」
「ちょっと、待って。一体、どういうこと……?」
グリゼルダは衝撃のあまり頭が真っ白になる。
「明らかに様子がおかしいことは、私も気づいていました。でも、私はこう考えたんです。『きっと、架空の恋人を作って寂しさを紛らわせているんだろう』と。だから、グリゼルダ様に直接それを指摘することはありませんでした」
「なっ……」
もし、スチュアートが言っていることが本当なら、トラヴィスはグリゼルダが生み出した妄想──つまり、実在しない人物ということになる。
いや、そんなはずはない。何故なら、グリゼルダは直接トラヴィスの体に触れることができたのだから。それに、何度も彼と愛し合った。それが、何よりの証拠だ。
(あの肌の温もりが、偽物のわけがない……)
「何を言い出すのかと思えば……冗談も程々にしてちょうだい、スチュアート。第一、あの日──私が邸の庭園にトラヴィスを招き入れた時、あなたは一度彼と会っているじゃない。自分の目で直接確認したのに、それでもトラヴィスが私の妄想だと言うの?」
「……あの時も、グリゼルダ様はお一人でしたよ?」
「は……? そんなわけが……う、嘘でしょう……?」
「改めて、お聞きします。トラヴィス様でしたっけ。……そんな方、この世に存在しませんよね?」
スチュアートの容赦ない質問にグリゼルダは追い打ちをかけられ、言葉を失ってしまう。
「…………」
「あの時──庭園にいたら声が聞こえたから、誰かいるのかなと思って様子を見に行ったんです。そしたら、グリゼルダ様がお一人で茂みにいらっしゃって……」
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