5 / 6
第5話
しおりを挟む
「そうだ、ドナ。あなた、私が仮面舞踏会でトラヴィスからダンスに誘われたのを目撃していたはずよね?」
「確かに、私はあの日、王都で行われた仮面舞踏会に参加したわ。そして、あなたに声をかけた。でも──」
ドナはそこまで言うと、顔を曇らせる。
そして、一呼吸置くと、続きを話し始めた。
「途中から、突然あなたが虚空を見つめて一人で話し始めて……『誰と話しているの?』って聞いても無視されるし、何だか怖くなって逃げるようにその場を立ち去ったの。でも、後から考えてみればかなり異常だったし、それに……自分が嫌味を言ったせいでグリゼルダが追い詰められておかしくなってしまったのかもしれないって思ったら、ふと罪悪感が湧いてきて居ても立っても居られなくなって。急遽、あなたの専属執事に連絡を取ったのよ」
「……」
グリゼルダは押し黙る。確かに、それならここにドナがいる理由も腑に落ちるが……。
「……ふむ、なるほど。どうやら、精神疾患である可能性が高いようですね」
グリゼルダたちのやり取りを静観していた白衣を着た男性が、呟くようにそう言った。
話しぶりから察するに、恐らく彼はグリゼルダの担当医なのだろう。
「それで、どういった症状なのでしょうか? 院長先生」
スチュアートは院長のほうに向き直って尋ねた。
「恐らく、頭の中でイマジナリーフレンドを作り上げていたのでしょう」
「え……な、なんですか? それは……」
馴染みのない言葉に反応したドナが、戸惑った様子で聞き返す。
「要するに、頭の中にいる空想上の友達ですよ。彼女の場合は、恋人だったみたいですけれどね。とはいえ、子供ならイマジナリーフレンドがいたとしても別にそこまでおかしくはないんです。幼少期に空想上の友達がいて、よく一緒に遊んだり話したりしていたという経験がある人は割といたりします」
「つまり、大人になると消えるということですか?」
スチュアートの質問に、院長は頷きながら説明した。
「ええ。大抵、成長とともに消えるものなのです。ただ、彼女の場合、大人になって突然イマジナリーフレンドが現れた。しかも、その他にも幻覚や幻聴、記憶の改竄などといった症状も見られます。なので、やはり何らかの精神疾患である可能性が高いかと。ちゃんと診察してみないと、正確なことはわかりませんが……」
「私とグリゼルダの記憶が食い違っているのも、彼女が自分の都合のいいように記憶の改竄をしていたからなんでしょうか? あの時、私、心配になってずっと彼女に『誰と話しているの? 大丈夫?』と声をかけ続けていたんですが……どうも、彼女にその記憶はないようなので」
「ええ。そうでしょうね」
院長は、ドナのほうを見て頷いた。
彼らの言っていることが真実ならば、なぜトラヴィスはある日突然消えてしまったのだろうか。
そんなグリゼルダの疑問に答えるかのように、院長が話を続ける。
「彼女のイマジナリーフレンドが突然消えてしまったのは、何か別の病気を併発しているせいでしょう。その病気が邪魔をするせいで、頭の中で架空の恋人の存在を維持するのが難しくなったんです。いや……あるいは、まだ彼は彼女の中に存在しているのかもしれません。稀に、そのまま多重人格に移行してしまう患者さんもいらっしゃるので……」
院長は言い終えると、グリゼルダを哀れむような目で見た。
グリゼルダは、再び辺りを見渡してみる。無機質な独房のような部屋だ。ふと耳を済ましてみれば、遠くから他の患者の悲鳴や唸り声、そして奇声のようなものまで聞こえてくる。
──やがて、グリゼルダは気づいてしまった。ここが『閉鎖病棟』であるということに。
(違う……私は、狂ってなんかいない……おかしいのは、こいつらよ……)
グリゼルダは、必死に自分は病人ではないと否定する。
けれど、考えれば考えるほど自信がなくなってくる。「もしかして、トラヴィスの通っている大学や連絡先を知らなかったのも、自分が生み出した空想上の人物だったからなのかもしれない」と思えてくるからだ。
でも──
「嫌……嫌よ! お願い、ここから出して! トラヴィスは私が作り出した妄想なんかじゃないわ! どうせ、あなたたちがどこかに隠したんでしょう!? スチュアート! 早く、彼を連れてきなさい! これは命令よ!!」
グリゼルダは、やはりトラヴィスと共に過ごした楽しい日々が自分の妄想だと認めたくなかった。
だから、死にものぐるいで抵抗した。ベッドの上で激しく暴れるグリゼルダを、部屋に入ってきた数人の看護師が押さえつける。そして、折れてしまいそうなほど華奢な白い手足に容赦なく拘束具を付けた。
(──ああ、どうしてこうなってしまったんだろう? 私はただ、小説のヒロインみたいに運命の相手に出会って素敵な恋がしたかっただけなのに……)
前世では、ただ二次元のイケメンが好きなだけの普通の女子大生だった。
小説や漫画やゲームでイケメンなキャラクターとの疑似恋愛を楽しめれば、それだけで良かった。満足できた。
それなのに、この世界にグリゼルダとして転生した途端、欲張りで傲慢で嫉妬深い性格に変わってしまったのだ。
(欲張らなければ、こんな結末にはならなかったのかなぁ……)
グリゼルダの目から溢れた一筋の涙が頬を伝う。
鎮静剤を打たれたグリゼルダは、否応なしに深い眠りについた。
──せめて、夢の中で愛しいトラヴィスと会えることを願いながら。
「確かに、私はあの日、王都で行われた仮面舞踏会に参加したわ。そして、あなたに声をかけた。でも──」
ドナはそこまで言うと、顔を曇らせる。
そして、一呼吸置くと、続きを話し始めた。
「途中から、突然あなたが虚空を見つめて一人で話し始めて……『誰と話しているの?』って聞いても無視されるし、何だか怖くなって逃げるようにその場を立ち去ったの。でも、後から考えてみればかなり異常だったし、それに……自分が嫌味を言ったせいでグリゼルダが追い詰められておかしくなってしまったのかもしれないって思ったら、ふと罪悪感が湧いてきて居ても立っても居られなくなって。急遽、あなたの専属執事に連絡を取ったのよ」
「……」
グリゼルダは押し黙る。確かに、それならここにドナがいる理由も腑に落ちるが……。
「……ふむ、なるほど。どうやら、精神疾患である可能性が高いようですね」
グリゼルダたちのやり取りを静観していた白衣を着た男性が、呟くようにそう言った。
話しぶりから察するに、恐らく彼はグリゼルダの担当医なのだろう。
「それで、どういった症状なのでしょうか? 院長先生」
スチュアートは院長のほうに向き直って尋ねた。
「恐らく、頭の中でイマジナリーフレンドを作り上げていたのでしょう」
「え……な、なんですか? それは……」
馴染みのない言葉に反応したドナが、戸惑った様子で聞き返す。
「要するに、頭の中にいる空想上の友達ですよ。彼女の場合は、恋人だったみたいですけれどね。とはいえ、子供ならイマジナリーフレンドがいたとしても別にそこまでおかしくはないんです。幼少期に空想上の友達がいて、よく一緒に遊んだり話したりしていたという経験がある人は割といたりします」
「つまり、大人になると消えるということですか?」
スチュアートの質問に、院長は頷きながら説明した。
「ええ。大抵、成長とともに消えるものなのです。ただ、彼女の場合、大人になって突然イマジナリーフレンドが現れた。しかも、その他にも幻覚や幻聴、記憶の改竄などといった症状も見られます。なので、やはり何らかの精神疾患である可能性が高いかと。ちゃんと診察してみないと、正確なことはわかりませんが……」
「私とグリゼルダの記憶が食い違っているのも、彼女が自分の都合のいいように記憶の改竄をしていたからなんでしょうか? あの時、私、心配になってずっと彼女に『誰と話しているの? 大丈夫?』と声をかけ続けていたんですが……どうも、彼女にその記憶はないようなので」
「ええ。そうでしょうね」
院長は、ドナのほうを見て頷いた。
彼らの言っていることが真実ならば、なぜトラヴィスはある日突然消えてしまったのだろうか。
そんなグリゼルダの疑問に答えるかのように、院長が話を続ける。
「彼女のイマジナリーフレンドが突然消えてしまったのは、何か別の病気を併発しているせいでしょう。その病気が邪魔をするせいで、頭の中で架空の恋人の存在を維持するのが難しくなったんです。いや……あるいは、まだ彼は彼女の中に存在しているのかもしれません。稀に、そのまま多重人格に移行してしまう患者さんもいらっしゃるので……」
院長は言い終えると、グリゼルダを哀れむような目で見た。
グリゼルダは、再び辺りを見渡してみる。無機質な独房のような部屋だ。ふと耳を済ましてみれば、遠くから他の患者の悲鳴や唸り声、そして奇声のようなものまで聞こえてくる。
──やがて、グリゼルダは気づいてしまった。ここが『閉鎖病棟』であるということに。
(違う……私は、狂ってなんかいない……おかしいのは、こいつらよ……)
グリゼルダは、必死に自分は病人ではないと否定する。
けれど、考えれば考えるほど自信がなくなってくる。「もしかして、トラヴィスの通っている大学や連絡先を知らなかったのも、自分が生み出した空想上の人物だったからなのかもしれない」と思えてくるからだ。
でも──
「嫌……嫌よ! お願い、ここから出して! トラヴィスは私が作り出した妄想なんかじゃないわ! どうせ、あなたたちがどこかに隠したんでしょう!? スチュアート! 早く、彼を連れてきなさい! これは命令よ!!」
グリゼルダは、やはりトラヴィスと共に過ごした楽しい日々が自分の妄想だと認めたくなかった。
だから、死にものぐるいで抵抗した。ベッドの上で激しく暴れるグリゼルダを、部屋に入ってきた数人の看護師が押さえつける。そして、折れてしまいそうなほど華奢な白い手足に容赦なく拘束具を付けた。
(──ああ、どうしてこうなってしまったんだろう? 私はただ、小説のヒロインみたいに運命の相手に出会って素敵な恋がしたかっただけなのに……)
前世では、ただ二次元のイケメンが好きなだけの普通の女子大生だった。
小説や漫画やゲームでイケメンなキャラクターとの疑似恋愛を楽しめれば、それだけで良かった。満足できた。
それなのに、この世界にグリゼルダとして転生した途端、欲張りで傲慢で嫉妬深い性格に変わってしまったのだ。
(欲張らなければ、こんな結末にはならなかったのかなぁ……)
グリゼルダの目から溢れた一筋の涙が頬を伝う。
鎮静剤を打たれたグリゼルダは、否応なしに深い眠りについた。
──せめて、夢の中で愛しいトラヴィスと会えることを願いながら。
78
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
婚約破棄上等!私を愛さないあなたなんて要りません
音無砂月
ファンタジー
*幸せは婚約破棄の後にやってくるからタイトル変更
*ジャンルを変更しました。
公爵家長女エマ。15歳の時に母を亡くした。貴族は一年喪に服さないといけない。喪が明けた日、父が愛人と娘を連れてやって来た。新しい母親は平民。一緒に連れて来た子供は一歳違いの妹。名前はマリアナ。
マリアナは可愛く、素直でいい子。すぐに邸に溶け込み、誰もに愛されていた。エマの婚約者であるカールすらも。
誰からも愛され、素直ないい子であるマリアナがエマは気に入らなかった。
家族さえもマリアナを優先する。
マリアナの悪意のない言動がエマの心を深く抉る
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
今、私は幸せなの。ほっといて
青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。
卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。
そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。
「今、私は幸せなの。ほっといて」
小説家になろうにも投稿しています。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
これぞほんとの悪役令嬢サマ!?〜掃討はすみやかに〜
黒鴉そら
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。
ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。
座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ!
前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。
特技は有効利用しよう。
庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。
…………。
どうしてくれよう……。
婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。
この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる