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57話 一途
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キィと音を立てながら戸が開かれる。
「よくおいで下さいました。陛下、そして皇后陛下、フーラ様」
「やめてよマクロス、兄上でいいから」
「そうよ、私もアイリスでいいのに…」
中から出てきたマクロスに2人は困ったようにそう言ったが、マクロスは曲げなかった。
「そんなわけに参りません。どうぞ、中へお入り下さい」
「…どんどん固さが義父のようになってきてるな…」
「ほんとね?一緒にいないのに、変なの」
中に入るとゾワッとするほどたくさんの貼り紙がされていた。
全てジルコニア公爵の直筆で色々な事が書かれている。
『命は大切に!』
『一番尊いもの、それは命!』
『争うな!自分を磨け!』
『自分を見失うな!』
…などなど、公爵の言葉で部屋中埋め尽くされ、アイリスが住んでいた頃とはかなり変わった様相になっていた。
「一緒にいないのに、どんどんお父様に似て来てるのはこういうことね…全てお父様の口癖だわ…」
アイリスは呆れ顔で言った。
「どうぞ、こちらへ」
2人に椅子を差し出して小さなテーブルの前に座らせると、マクロスもその前に座った。
「本当にお久しぶりですね、お二人ともお元気でしたか?」
「ああ、元気だよ。マクロスは変わりないかい?」
「ええ、山暮らしは力が漲りますよ!」
マクロスの表情は輝いていた。
「うんうん、それわかるわ!山って最高よね!」
アイリスも山でのあれこれを思い出し、うずうずしながらそう言った。
「…ははは」
すごい勢いの2人を見ると、カイルは苦笑いをして話を進める。
「今日はマクロスに報告があって来たんだ」
「報告…ですか?」
「そう…実はね、アイリスのお腹の中に僕たち2人の赤ちゃんを授かったんだよ」
カイルは照れながら報告した。
「それは!おめでとうございます!こんな喜ばしいことはありません!」
「ありがとう、マクロス。
それから、もう一つ。
報告ついでに、ジルコニア公爵からマクロスを迎えに行って貰いたいと言われて来たんだ。
お前ももう約束の22歳になった。
1人でいなくてもいい。
いや、もともとこの小屋にまで来る必要はなかったのに、修行するなら山がいいなんて言って籠り始めた時はどうなることかと思ったよ。
マクロス、…公爵家に戻ってそろそろ身を固めないか?」
「…兄上…私はここに居たいのです。ここにはマリーサがいますから」
「…ああ、そうだったな…」
カイルはちらっと小屋の窓の外を見る。
窓から見える庭に綺麗な花が咲く一角があった。
その中に、綺麗に磨かれた墓標が建てられているのが見える。
マリーサは、いずれマクロスが迎えに来てあの堅苦しいジルコニア公爵家に嫁入りするなどまっぴらごめんだと思い、あれからすぐに違う貴族の男と結婚した。
しかし、相変わらずの浮気癖は治らず、それが主人に見つかり、激怒された末に殺され、遺体を遺棄されていたという凄惨な事件が起きた。
そのような問題のある遺体は引き取りたくないと実家からも拒絶され、行き場を失った亡骸をマクロスが引き取って、ここへ埋め、マクロスがずっと管理してきた。
「…マクロス…」
「兄上…すみません。僕はもう女性は懲り懲りです。こうやってマリーサと一緒にいるのが、僕の幸せなんですよ。…どうかお許しください」
「…そうか。…そうだな…1人の人を愛し続ける思いは僕も同じだ。そう思うと何も言えないな…」
「申し訳ありません…どこまでも身勝手な弟で、本当に兄上には恥をかかせてばかりで、情け無いのですが…」
「お前のことを恥じたことなど一度もない。お前にはお前の生きる道があって当然だ」
「その通りだわ!公爵家のことなら心配しないで、あの父のことだもの、何とかするわよ、ね?カイル?」
「ふふっ、そうだね、きっと大丈夫だ。マクロス、気の済むまでここにいて、帰ってきたくなったらいつでも帰っておいで。みんな待ってるからね?」
「…兄上…ありがとうございます」
マクロスは涙を流して礼を言った。いつもいつもわがままを聞いてくれる優しい兄に、自分がしたことの罪の重さを感じずにはいられなかった。
そう思えたマクロスは、真っ当な男に生まれ変わっていた。
カイルは手を伸ばしてマクロスの頭を撫でると、じゃあ、そろそろ行くよ、と言って小屋を出た。
「よくおいで下さいました。陛下、そして皇后陛下、フーラ様」
「やめてよマクロス、兄上でいいから」
「そうよ、私もアイリスでいいのに…」
中から出てきたマクロスに2人は困ったようにそう言ったが、マクロスは曲げなかった。
「そんなわけに参りません。どうぞ、中へお入り下さい」
「…どんどん固さが義父のようになってきてるな…」
「ほんとね?一緒にいないのに、変なの」
中に入るとゾワッとするほどたくさんの貼り紙がされていた。
全てジルコニア公爵の直筆で色々な事が書かれている。
『命は大切に!』
『一番尊いもの、それは命!』
『争うな!自分を磨け!』
『自分を見失うな!』
…などなど、公爵の言葉で部屋中埋め尽くされ、アイリスが住んでいた頃とはかなり変わった様相になっていた。
「一緒にいないのに、どんどんお父様に似て来てるのはこういうことね…全てお父様の口癖だわ…」
アイリスは呆れ顔で言った。
「どうぞ、こちらへ」
2人に椅子を差し出して小さなテーブルの前に座らせると、マクロスもその前に座った。
「本当にお久しぶりですね、お二人ともお元気でしたか?」
「ああ、元気だよ。マクロスは変わりないかい?」
「ええ、山暮らしは力が漲りますよ!」
マクロスの表情は輝いていた。
「うんうん、それわかるわ!山って最高よね!」
アイリスも山でのあれこれを思い出し、うずうずしながらそう言った。
「…ははは」
すごい勢いの2人を見ると、カイルは苦笑いをして話を進める。
「今日はマクロスに報告があって来たんだ」
「報告…ですか?」
「そう…実はね、アイリスのお腹の中に僕たち2人の赤ちゃんを授かったんだよ」
カイルは照れながら報告した。
「それは!おめでとうございます!こんな喜ばしいことはありません!」
「ありがとう、マクロス。
それから、もう一つ。
報告ついでに、ジルコニア公爵からマクロスを迎えに行って貰いたいと言われて来たんだ。
お前ももう約束の22歳になった。
1人でいなくてもいい。
いや、もともとこの小屋にまで来る必要はなかったのに、修行するなら山がいいなんて言って籠り始めた時はどうなることかと思ったよ。
マクロス、…公爵家に戻ってそろそろ身を固めないか?」
「…兄上…私はここに居たいのです。ここにはマリーサがいますから」
「…ああ、そうだったな…」
カイルはちらっと小屋の窓の外を見る。
窓から見える庭に綺麗な花が咲く一角があった。
その中に、綺麗に磨かれた墓標が建てられているのが見える。
マリーサは、いずれマクロスが迎えに来てあの堅苦しいジルコニア公爵家に嫁入りするなどまっぴらごめんだと思い、あれからすぐに違う貴族の男と結婚した。
しかし、相変わらずの浮気癖は治らず、それが主人に見つかり、激怒された末に殺され、遺体を遺棄されていたという凄惨な事件が起きた。
そのような問題のある遺体は引き取りたくないと実家からも拒絶され、行き場を失った亡骸をマクロスが引き取って、ここへ埋め、マクロスがずっと管理してきた。
「…マクロス…」
「兄上…すみません。僕はもう女性は懲り懲りです。こうやってマリーサと一緒にいるのが、僕の幸せなんですよ。…どうかお許しください」
「…そうか。…そうだな…1人の人を愛し続ける思いは僕も同じだ。そう思うと何も言えないな…」
「申し訳ありません…どこまでも身勝手な弟で、本当に兄上には恥をかかせてばかりで、情け無いのですが…」
「お前のことを恥じたことなど一度もない。お前にはお前の生きる道があって当然だ」
「その通りだわ!公爵家のことなら心配しないで、あの父のことだもの、何とかするわよ、ね?カイル?」
「ふふっ、そうだね、きっと大丈夫だ。マクロス、気の済むまでここにいて、帰ってきたくなったらいつでも帰っておいで。みんな待ってるからね?」
「…兄上…ありがとうございます」
マクロスは涙を流して礼を言った。いつもいつもわがままを聞いてくれる優しい兄に、自分がしたことの罪の重さを感じずにはいられなかった。
そう思えたマクロスは、真っ当な男に生まれ変わっていた。
カイルは手を伸ばしてマクロスの頭を撫でると、じゃあ、そろそろ行くよ、と言って小屋を出た。
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