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「姉さま、絶対にあの人を信じてはダメだよ」
光矢がそう言ったのは、花蓮の誕生会に出かける直前のことだった。
けれども、私は、いつもそう言うけど、なにも起こらないじゃないのと聞き流していた。
花蓮は、分家筋の娘で、一つ年上の従姉妹。私たち本家・水無瀬家とは親戚として昔から交流があった。
少しお姉さんぶるところはあるけれど、光矢が言うほどそこまで悪意のある人間には見えなかったのだ。
光矢の言葉を思い出し、激しい後悔をするのは、もう少しあとのことだった。
---
誕生会は、たくさんの人が集まり、花蓮は満面の笑みを浮かべて彼女の母親とともに招待客の対応をしていた。
私は少し離れたところで、花蓮の友人たちと談笑していた。そのとき唐突に私の着物に飲み物がかかった。友人の不注意だったらしい。
「すぐにお着替えの部屋をお用意しますね」と案内してくれたのは、新しい侍女のチエだった。
長年仕えてくれていた佳乃が辞めてから分家の推薦でやってきた侍女だった。
彼女に案内され、用意された部屋で着物を脱ぎ、長襦袢姿で腰紐を整えていたら、花蓮が何の前触れもなく扉を開けて入ってきた。
「花蓮……? まだ、着替えているわ」
あまりの無作法に驚いていると
「私の友人がごめんなさいね」と、最初は申し訳なさそうに言っていた花蓮は、次の瞬間にはまるで人が変わったように、にやりと笑った。
「でも、あなたが悪いのよ。」
息を呑んだ。
目の前の花蓮は、今まで私が知っていた花蓮ではなかった。
「知ってる? 清瀧家で、婚約者選定の話が進んでいるの。
最有力候補は、あなた。私は候補にすら入ってない。……悔しい。悔しくてたまらない。
もともとあなたさえ生まれてなければ私が水無瀬家の養女になるはずだった。そして、そこにいるのは私だったのに」
家格にしては多い神気を宿して産まれてきた彼女に、「もし本家に跡継ぎができなければ、養女にしてはどうか」と言う親戚がいたらしい。
その話が一瞬で消えたのは、1年後に私が生まれたからだ。しかも花蓮とは比較にならないほどの神気を宿して。さらに跡取りの弟まで産まれたため可能性は潰えた。
私は、何も言えなかった。
彼女がそんな風に私を見ていたなんて、一度も感じたことがなかったから。
「でもね。あなたが傷物になれば、婚約候補からは外され、ふしだらな娘だということで、勘当されるわ。
本家はなんとしてでも、清瀧家に嫁を出したいはず。私が代わりになるのよ」
花蓮は、唇の端を持ち上げて、楽しげに言った。
「入ってきなさい」
その合図とともに、部屋の扉が開かれ、複数の男たちが入ってきた。
粗野な目つきの男たちは、手に怪しい液体の入った小瓶を握っている。
反射的に神気をまとわせようとした。
けれど、空気に溶けるように、力が霧散していった。
「ふふ、気づいた? 神気が使えないでしょう? この部屋には、強力な結界が張ってあるのよ。とてもとても高価な神具を使ってね」
花蓮は愉快そうに微笑み、続けた。
「あなたを抑えるには、それくらいのものが必要だったの。……だから、無理をしてでも手に入れたわ。この日のために」
その笑みの奥に、狂気じみた執念が滲んでいた。
「でも大丈夫。養女にさえなればすぐに取り返せるもの」
神気が使えない私は、ただのか弱い小娘にすぎない。
護身術は習ってはいたけれど、荒事に慣れていると思しき大人の男たちに囲まれて勝てるわけがなかった。
「おとなしくしろ」
私は必死で抵抗した。
だが、殴られ、蹴られ、床に押さえつけられる。
――嫌だ。こんなこと、絶対に許されない。
そのときだった。
「姉さま!!」
叫び声とともに、扉が開き、光矢が飛び込んできた。
「光矢!!!」
花蓮の目が大きく見開かれた。
「……光矢!? なんで、あんたがここに……っ」
一瞬の動揺。だが、すぐに顔が引きつるように歪む。
「……見られたわね。全部。……なら、生かしてはおけない。瑞葉もこんなに抵抗されたら“ふしだらな娘”にすることはできないわ」
ぎり、と奥歯を噛みしめた花蓮が、ならず者たちに向かって叫ぶ。
「二人とも始末して!」
「光矢、ここは神気が使えないの!危険よ!いいから逃げて!」
「やめろ!姉さまに触るな!」
跡取りとして武術を学んでいた光矢だったが、大勢の大人を相手に、神気無しで敵うはずもなかった。
「……姉、さま……」
私を庇うように覆いかぶさってきた光矢が、刃物に貫かれた。
時間が止まったように感じた。
真っ赤に染まった床。
血を流しながら、それでも私を見て、笑おうとする顔。
「……姉、さま」
「こう……や……?」
そのとき光矢から大量の神気が流れこんでくるのがわかった。
そしてゆっくりと目を閉じ動かなくなった。
信じたくなかった。
けれど、目の前の現実が、全てを物語っていた。
胸の奥が、焼けるように熱くなった。
私のせいだ。光矢の忠告を聞かなかったから。
痛みが、悲しみが、怒りが、絶望が――
私の中で弾けた。
「うああああああああああああああああああ!!!!」
次の瞬間、神気が暴走した。
光が弾け、部屋全体が閃光に包まれ――
すべてが、真っ白になった。
光矢がそう言ったのは、花蓮の誕生会に出かける直前のことだった。
けれども、私は、いつもそう言うけど、なにも起こらないじゃないのと聞き流していた。
花蓮は、分家筋の娘で、一つ年上の従姉妹。私たち本家・水無瀬家とは親戚として昔から交流があった。
少しお姉さんぶるところはあるけれど、光矢が言うほどそこまで悪意のある人間には見えなかったのだ。
光矢の言葉を思い出し、激しい後悔をするのは、もう少しあとのことだった。
---
誕生会は、たくさんの人が集まり、花蓮は満面の笑みを浮かべて彼女の母親とともに招待客の対応をしていた。
私は少し離れたところで、花蓮の友人たちと談笑していた。そのとき唐突に私の着物に飲み物がかかった。友人の不注意だったらしい。
「すぐにお着替えの部屋をお用意しますね」と案内してくれたのは、新しい侍女のチエだった。
長年仕えてくれていた佳乃が辞めてから分家の推薦でやってきた侍女だった。
彼女に案内され、用意された部屋で着物を脱ぎ、長襦袢姿で腰紐を整えていたら、花蓮が何の前触れもなく扉を開けて入ってきた。
「花蓮……? まだ、着替えているわ」
あまりの無作法に驚いていると
「私の友人がごめんなさいね」と、最初は申し訳なさそうに言っていた花蓮は、次の瞬間にはまるで人が変わったように、にやりと笑った。
「でも、あなたが悪いのよ。」
息を呑んだ。
目の前の花蓮は、今まで私が知っていた花蓮ではなかった。
「知ってる? 清瀧家で、婚約者選定の話が進んでいるの。
最有力候補は、あなた。私は候補にすら入ってない。……悔しい。悔しくてたまらない。
もともとあなたさえ生まれてなければ私が水無瀬家の養女になるはずだった。そして、そこにいるのは私だったのに」
家格にしては多い神気を宿して産まれてきた彼女に、「もし本家に跡継ぎができなければ、養女にしてはどうか」と言う親戚がいたらしい。
その話が一瞬で消えたのは、1年後に私が生まれたからだ。しかも花蓮とは比較にならないほどの神気を宿して。さらに跡取りの弟まで産まれたため可能性は潰えた。
私は、何も言えなかった。
彼女がそんな風に私を見ていたなんて、一度も感じたことがなかったから。
「でもね。あなたが傷物になれば、婚約候補からは外され、ふしだらな娘だということで、勘当されるわ。
本家はなんとしてでも、清瀧家に嫁を出したいはず。私が代わりになるのよ」
花蓮は、唇の端を持ち上げて、楽しげに言った。
「入ってきなさい」
その合図とともに、部屋の扉が開かれ、複数の男たちが入ってきた。
粗野な目つきの男たちは、手に怪しい液体の入った小瓶を握っている。
反射的に神気をまとわせようとした。
けれど、空気に溶けるように、力が霧散していった。
「ふふ、気づいた? 神気が使えないでしょう? この部屋には、強力な結界が張ってあるのよ。とてもとても高価な神具を使ってね」
花蓮は愉快そうに微笑み、続けた。
「あなたを抑えるには、それくらいのものが必要だったの。……だから、無理をしてでも手に入れたわ。この日のために」
その笑みの奥に、狂気じみた執念が滲んでいた。
「でも大丈夫。養女にさえなればすぐに取り返せるもの」
神気が使えない私は、ただのか弱い小娘にすぎない。
護身術は習ってはいたけれど、荒事に慣れていると思しき大人の男たちに囲まれて勝てるわけがなかった。
「おとなしくしろ」
私は必死で抵抗した。
だが、殴られ、蹴られ、床に押さえつけられる。
――嫌だ。こんなこと、絶対に許されない。
そのときだった。
「姉さま!!」
叫び声とともに、扉が開き、光矢が飛び込んできた。
「光矢!!!」
花蓮の目が大きく見開かれた。
「……光矢!? なんで、あんたがここに……っ」
一瞬の動揺。だが、すぐに顔が引きつるように歪む。
「……見られたわね。全部。……なら、生かしてはおけない。瑞葉もこんなに抵抗されたら“ふしだらな娘”にすることはできないわ」
ぎり、と奥歯を噛みしめた花蓮が、ならず者たちに向かって叫ぶ。
「二人とも始末して!」
「光矢、ここは神気が使えないの!危険よ!いいから逃げて!」
「やめろ!姉さまに触るな!」
跡取りとして武術を学んでいた光矢だったが、大勢の大人を相手に、神気無しで敵うはずもなかった。
「……姉、さま……」
私を庇うように覆いかぶさってきた光矢が、刃物に貫かれた。
時間が止まったように感じた。
真っ赤に染まった床。
血を流しながら、それでも私を見て、笑おうとする顔。
「……姉、さま」
「こう……や……?」
そのとき光矢から大量の神気が流れこんでくるのがわかった。
そしてゆっくりと目を閉じ動かなくなった。
信じたくなかった。
けれど、目の前の現実が、全てを物語っていた。
胸の奥が、焼けるように熱くなった。
私のせいだ。光矢の忠告を聞かなかったから。
痛みが、悲しみが、怒りが、絶望が――
私の中で弾けた。
「うああああああああああああああああああ!!!!」
次の瞬間、神気が暴走した。
光が弾け、部屋全体が閃光に包まれ――
すべてが、真っ白になった。
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