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7 お父様との対話
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執事長にお父様の所在を尋ねると、「執務室におられます」とのことだった。こんな時間まで仕事をされているのかしら。
静かに執務室の扉を叩き、「お父様、今よろしいでしょうか?」と声をかけると、中からゴホッ、ゴホッと咳き込む音が聞こえ、しばらくして「入れ」との返事があった。
部屋に入ると、サイドテーブルにはワインボトルと飲みかけのグラスが置かれていた。よく見ると、お母様の部屋と同じ銘柄のものだった。
「そのワイン、先ほどお母様も部屋で嗜まれていました」と言うと、お父様は少し嬉しそうにボトルを見つめ、「そうか」と呟いた。
「失礼を承知で単刀直入にお伺いします」
「なんだ?」
「お母様のことを、どう思っていらっしゃいますか?」
お父様は明らかに驚いた表情を見せた。怒られるか、誤魔化されるかと思ったが、意外にも素直な答えが返ってきた。
「お前のお母様はとても素敵な人だ。私にはもったいないくらいだ」
「では、なぜ月に一回の食事会でしか顔を合わされないのですか?」
「こんなこと、子どものお前に言うことではないが……透子は家の命令で仕方なく私と結婚したのだ」
……どうやら、この夫婦は似た者同士らしい。
「お母様も先ほどまったく同じことをおっしゃっていました」
「…どういうことだ?」
「お父様は、上位の家格であるお母様の家からの申し込みを断れなかったと。ほんとは好きな人がいたのに、と」
「そんなことを言っていたのか!?」
「はい。先ほど、たしかに伺いました。そして、お母様は、お父様が結婚相手だと知らされたとき、とても嬉しかったそうです」
お父様は、息を呑んだまま絶句した。言葉が出ないようだった。
「お父様、お母様とはちゃんと話をされていますか? 噂や誰かから聞いた話を鵜呑みにしていませんか?」
何かにハッと気付いたお父様は、慌てて部屋を出ようとしたが、私は制止した。
「お母様はもう就寝なさっています」
「そうか」
「明日の朝一番に、話し合ってください」
「……わかった。感謝する。」
父は一息つき、ふとサイドテーブルのワインボトルに視線を落とした。
「このワインはな、我が領で採れた葡萄を、透子の家で醸したものだ。学院時代から両家で提携していてな。結婚したら毎晩、二人で飲もう――透子がそう言ってくれた、大事なものなんだ」
「………………」
今度は私が言葉を失った。
相思相愛にもほどがある。どうしてこの二人が、ここまでこじれてしまったのだろう。
「しかし、まだまだ子どもだと思っていたが、急に大人びたな……体術も習いたいと言うし、何かあったのか?」
「このままではいけないと思ったのです。自分から変わらなければと。……私は役立たずにはなりたくありませんから」
「……神守の家は恵まれているようで厳しい世界だ。弱い者は禍憑だけでなく、人間からも標的にされる。お前には強くなってほしい」
いつも呪いのように浴びせられてきたあの言葉に、こんな意味が込められていたのかと知り、愕然とする。……口下手にもほどがある。
「では、“必ず上位の家に嫁げ”というのは?」
「……それは、透子は私のような家格の下の者との結婚が嫌だったんじゃないかと思ってな……透子は娘であるお前に、自分の無念を晴らすように、上位の子息と結ばれてほしいと思っているんじゃないかと……」
「………明日、お母様と、よくよく話してくださいね」
お父様の部屋をあとにすると、ふっと力が抜けた。
そして、不思議な達成感が胸に広がった。
明日朝食のときに光矢にいい報告ができると、幸せな気持ちで眠りについた。
静かに執務室の扉を叩き、「お父様、今よろしいでしょうか?」と声をかけると、中からゴホッ、ゴホッと咳き込む音が聞こえ、しばらくして「入れ」との返事があった。
部屋に入ると、サイドテーブルにはワインボトルと飲みかけのグラスが置かれていた。よく見ると、お母様の部屋と同じ銘柄のものだった。
「そのワイン、先ほどお母様も部屋で嗜まれていました」と言うと、お父様は少し嬉しそうにボトルを見つめ、「そうか」と呟いた。
「失礼を承知で単刀直入にお伺いします」
「なんだ?」
「お母様のことを、どう思っていらっしゃいますか?」
お父様は明らかに驚いた表情を見せた。怒られるか、誤魔化されるかと思ったが、意外にも素直な答えが返ってきた。
「お前のお母様はとても素敵な人だ。私にはもったいないくらいだ」
「では、なぜ月に一回の食事会でしか顔を合わされないのですか?」
「こんなこと、子どものお前に言うことではないが……透子は家の命令で仕方なく私と結婚したのだ」
……どうやら、この夫婦は似た者同士らしい。
「お母様も先ほどまったく同じことをおっしゃっていました」
「…どういうことだ?」
「お父様は、上位の家格であるお母様の家からの申し込みを断れなかったと。ほんとは好きな人がいたのに、と」
「そんなことを言っていたのか!?」
「はい。先ほど、たしかに伺いました。そして、お母様は、お父様が結婚相手だと知らされたとき、とても嬉しかったそうです」
お父様は、息を呑んだまま絶句した。言葉が出ないようだった。
「お父様、お母様とはちゃんと話をされていますか? 噂や誰かから聞いた話を鵜呑みにしていませんか?」
何かにハッと気付いたお父様は、慌てて部屋を出ようとしたが、私は制止した。
「お母様はもう就寝なさっています」
「そうか」
「明日の朝一番に、話し合ってください」
「……わかった。感謝する。」
父は一息つき、ふとサイドテーブルのワインボトルに視線を落とした。
「このワインはな、我が領で採れた葡萄を、透子の家で醸したものだ。学院時代から両家で提携していてな。結婚したら毎晩、二人で飲もう――透子がそう言ってくれた、大事なものなんだ」
「………………」
今度は私が言葉を失った。
相思相愛にもほどがある。どうしてこの二人が、ここまでこじれてしまったのだろう。
「しかし、まだまだ子どもだと思っていたが、急に大人びたな……体術も習いたいと言うし、何かあったのか?」
「このままではいけないと思ったのです。自分から変わらなければと。……私は役立たずにはなりたくありませんから」
「……神守の家は恵まれているようで厳しい世界だ。弱い者は禍憑だけでなく、人間からも標的にされる。お前には強くなってほしい」
いつも呪いのように浴びせられてきたあの言葉に、こんな意味が込められていたのかと知り、愕然とする。……口下手にもほどがある。
「では、“必ず上位の家に嫁げ”というのは?」
「……それは、透子は私のような家格の下の者との結婚が嫌だったんじゃないかと思ってな……透子は娘であるお前に、自分の無念を晴らすように、上位の子息と結ばれてほしいと思っているんじゃないかと……」
「………明日、お母様と、よくよく話してくださいね」
お父様の部屋をあとにすると、ふっと力が抜けた。
そして、不思議な達成感が胸に広がった。
明日朝食のときに光矢にいい報告ができると、幸せな気持ちで眠りについた。
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