22 / 96
21 気になる存在(アオ視点)
しおりを挟む
神殿には一年前から通っていたが、普段は討伐依頼を優先していたため、神殿に長居することはほとんどなかった。
しかし討伐中に足首を痛め、完治するまで討伐を休み、治療のため神殿の治療室に通うことになった。
ある日、珍しく担当の治癒師が急に呼び出された。そんなにはかからないというので、今日手に入れたばかりの本を持ち、人目の少ない木陰で読むことにした。
人の気配がして、反射的に髪と眼鏡を触れて確認し声をかける。
「……何か用か?」
「すみません。先客がいらっしゃるとは思わなくて。それに、その本……私、届くのを心待ちにしていたんです。つい、見入ってしまって」
視線の先に立っていたのは、眼鏡が印象的な少女。だがよく見ると眼鏡では隠しきれない可愛らしさがわかる。同年代だろう。丁寧な話し方と上品な雰囲気から、神守の家柄だろうと察したが、華美な飾り気がなく好感が持てた。
家の言いつけで神殿に来たものの、遊び半分に過ごす者もいる。が、この子はきちんと奉仕活動に来ているのだろう。話してみると、この本の作者・上月先生の愛読者だという。自分と同じ趣味を持つ同年代に出会えるとは思ってもみなかった。気分が高揚し、その子――みずは、と名乗った――と休憩時間いっぱい語り合った。
以来、治癒の順番を少し遅らせてでも、休憩時間に神殿の外で読書するのが日課になった。姿が見えると彼女が声をかけてくれるので、そのまま語り合う。おすすめの本を言い合い、持っていないと聞けば「今度持ってくる」と約束し、貸すようになった。
足の怪我で討伐に出られず苛立っていた日々が一変し、急に生き生きと神殿に通い出した俺を不審に思った従者の祥太朗が、ある日こっそり様子を見に来ていた。
彼女が休憩時間を終えて立ち去ると、祥太朗が木陰から姿を現した。
「ずいぶん楽しそうでしたね」
「……はあ。やめろよ、覗きなんて趣味が悪いぞ」
「女嫌いの碧人様が、珍しいですねぇ。彼女、おそらく碧人様と同じですよ」
「ああ、そうなんだ。上月先生の愛読者なんだ」
「いや、そのことじゃないです。あれは、碧人様と同じ眼鏡ですよ」
「えっ……でも、十分可愛らしいし、眼鏡の形も違うぞ?」
「そう…ですか?まあ、普通の眼鏡かもしれないですが、身バレ防止用です。あなたと同じく」
「……彼女のこと、調べてみてくれるか?名前は『みずは』だと言ってたが、偽名かもしれない」
「仰せのとおりに」
「やめろ、ばか」
「わかりました。それでは」
彼は清瀧家侍女長の息子で俺の十歳年上だ。年は離れているが兄弟のように育った。ふざけた男だが仕事は早い。すぐに調査結果を持ってくるだろう。
翌日、彼女に貸す約束をしていた本を手に、神殿前で待っていた。そこへ、彼女と一緒にいるところをよく見かける女性が、血相を変えて神殿に駆け込もうとしていた。
「どうした?何かあったのか?」
「人を集めてください!森の中で、女の子と孤児院の男の子三人が、岩毛熊十頭に襲われています!」
――みずはか?!
「俺が行く!」
神殿に声をかけることなく、一人で森へ駆け出した。足はまだ完治していないが、今だけはもってくれ。神気を巡らせ、強い禍憑と複数の人の気配がある方向へさらに加速する。
やがて視界に、十頭ほどの岩毛熊が、光り輝く半球状の結界を囲み、突進や打撃を繰り返す光景が飛び込んできた。
近づくと三頭がこちらに向かってきた。岩毛熊の隙間から結界の方を見やると、みずはと子どもたちの姿があった。その結界は美しく、岩毛熊の攻撃を完全に吸収していた。これなら守りを気にせず全力で戦えると判断し、苦戦しながらも、まず一匹を仕留める。
その時、先ほどの女性と神官が駆けつけてきた。正直もう一人くらい欲しかったが、討伐隊は出払っており、岩毛熊と戦える実力を持つ神官も数は少ない。一人来てくれただけでも御の字だ。女性の実力も十分で、三人で連携して戦うことで形勢は安定した。最後の一匹を倒すと、結界からみずはが飛び出してきて、傷ついた俺たちに治癒を施してくれた。
禍憑の傷は穢れを含み、自力で祓っても完全には消せない。放置すれば身体を蝕む。だが、みずはの暖かな神気が全身を巡ると、ものの数分で全ての異常が消えた。神殿に通い少しずつ治療をしていた足首までも完治していた。試しに跳ねてみるが、痛みは全くない。
彼女は神官に礼を言われ褒められても、
「これくらいしかできません」と自嘲気味に答えていた。しかし、これほどの治癒と結界の技術があれば、どこの討伐隊も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
――皆に知られる前に、誘ってみるか。
そんなことを考えているうちに、気がつけば意識を失った子ども二人を抱え、神殿へ戻っていた。
その後の聞き取り調査にも立ち会い、ひとまず今日のところは彼女と別れることになった。
家に戻ってから、治癒のお礼を言い忘れていたことに気づき、ひどく落ち込んだ。しかし、明日になれば言えるだろうと、呑気に構えていた。
このときは、みずはが神殿にぱたりと来なくなり、しばらく会えなくなることなど、まだ知る由もなかった。
しかし討伐中に足首を痛め、完治するまで討伐を休み、治療のため神殿の治療室に通うことになった。
ある日、珍しく担当の治癒師が急に呼び出された。そんなにはかからないというので、今日手に入れたばかりの本を持ち、人目の少ない木陰で読むことにした。
人の気配がして、反射的に髪と眼鏡を触れて確認し声をかける。
「……何か用か?」
「すみません。先客がいらっしゃるとは思わなくて。それに、その本……私、届くのを心待ちにしていたんです。つい、見入ってしまって」
視線の先に立っていたのは、眼鏡が印象的な少女。だがよく見ると眼鏡では隠しきれない可愛らしさがわかる。同年代だろう。丁寧な話し方と上品な雰囲気から、神守の家柄だろうと察したが、華美な飾り気がなく好感が持てた。
家の言いつけで神殿に来たものの、遊び半分に過ごす者もいる。が、この子はきちんと奉仕活動に来ているのだろう。話してみると、この本の作者・上月先生の愛読者だという。自分と同じ趣味を持つ同年代に出会えるとは思ってもみなかった。気分が高揚し、その子――みずは、と名乗った――と休憩時間いっぱい語り合った。
以来、治癒の順番を少し遅らせてでも、休憩時間に神殿の外で読書するのが日課になった。姿が見えると彼女が声をかけてくれるので、そのまま語り合う。おすすめの本を言い合い、持っていないと聞けば「今度持ってくる」と約束し、貸すようになった。
足の怪我で討伐に出られず苛立っていた日々が一変し、急に生き生きと神殿に通い出した俺を不審に思った従者の祥太朗が、ある日こっそり様子を見に来ていた。
彼女が休憩時間を終えて立ち去ると、祥太朗が木陰から姿を現した。
「ずいぶん楽しそうでしたね」
「……はあ。やめろよ、覗きなんて趣味が悪いぞ」
「女嫌いの碧人様が、珍しいですねぇ。彼女、おそらく碧人様と同じですよ」
「ああ、そうなんだ。上月先生の愛読者なんだ」
「いや、そのことじゃないです。あれは、碧人様と同じ眼鏡ですよ」
「えっ……でも、十分可愛らしいし、眼鏡の形も違うぞ?」
「そう…ですか?まあ、普通の眼鏡かもしれないですが、身バレ防止用です。あなたと同じく」
「……彼女のこと、調べてみてくれるか?名前は『みずは』だと言ってたが、偽名かもしれない」
「仰せのとおりに」
「やめろ、ばか」
「わかりました。それでは」
彼は清瀧家侍女長の息子で俺の十歳年上だ。年は離れているが兄弟のように育った。ふざけた男だが仕事は早い。すぐに調査結果を持ってくるだろう。
翌日、彼女に貸す約束をしていた本を手に、神殿前で待っていた。そこへ、彼女と一緒にいるところをよく見かける女性が、血相を変えて神殿に駆け込もうとしていた。
「どうした?何かあったのか?」
「人を集めてください!森の中で、女の子と孤児院の男の子三人が、岩毛熊十頭に襲われています!」
――みずはか?!
「俺が行く!」
神殿に声をかけることなく、一人で森へ駆け出した。足はまだ完治していないが、今だけはもってくれ。神気を巡らせ、強い禍憑と複数の人の気配がある方向へさらに加速する。
やがて視界に、十頭ほどの岩毛熊が、光り輝く半球状の結界を囲み、突進や打撃を繰り返す光景が飛び込んできた。
近づくと三頭がこちらに向かってきた。岩毛熊の隙間から結界の方を見やると、みずはと子どもたちの姿があった。その結界は美しく、岩毛熊の攻撃を完全に吸収していた。これなら守りを気にせず全力で戦えると判断し、苦戦しながらも、まず一匹を仕留める。
その時、先ほどの女性と神官が駆けつけてきた。正直もう一人くらい欲しかったが、討伐隊は出払っており、岩毛熊と戦える実力を持つ神官も数は少ない。一人来てくれただけでも御の字だ。女性の実力も十分で、三人で連携して戦うことで形勢は安定した。最後の一匹を倒すと、結界からみずはが飛び出してきて、傷ついた俺たちに治癒を施してくれた。
禍憑の傷は穢れを含み、自力で祓っても完全には消せない。放置すれば身体を蝕む。だが、みずはの暖かな神気が全身を巡ると、ものの数分で全ての異常が消えた。神殿に通い少しずつ治療をしていた足首までも完治していた。試しに跳ねてみるが、痛みは全くない。
彼女は神官に礼を言われ褒められても、
「これくらいしかできません」と自嘲気味に答えていた。しかし、これほどの治癒と結界の技術があれば、どこの討伐隊も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
――皆に知られる前に、誘ってみるか。
そんなことを考えているうちに、気がつけば意識を失った子ども二人を抱え、神殿へ戻っていた。
その後の聞き取り調査にも立ち会い、ひとまず今日のところは彼女と別れることになった。
家に戻ってから、治癒のお礼を言い忘れていたことに気づき、ひどく落ち込んだ。しかし、明日になれば言えるだろうと、呑気に構えていた。
このときは、みずはが神殿にぱたりと来なくなり、しばらく会えなくなることなど、まだ知る由もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい
しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
商人であった父が、お金で貴族の身分を手に入れた。私というコマを、貴族と結婚させることによって。
でもそれは酷い結婚生活の始まりでしかなかった。悪態をつく姑。私を妻と扱わない夫。夫には離れに囲った愛人がおり、その愛人を溺愛していたため、私たちは白い結婚だった。
結婚して三年。私は流行り病である『バラ病』にかかってしまう。治療費は金貨たった一枚。しかし夫も父も私のためにお金を出すことはなかった。その価値すら、もう私にはないというように。分かっていたはずの現実が、雨と共に冷たく突き刺さる。すべてを悲観した私は橋から身を投げたが、気づくと結婚する前に戻っていた。
健康な体。そして同じ病で死んでしまった仲間もいる。一度死んだ私は、すべてを彼らから取り戻すために動き出すことを決めた。もう二度と、私の人生を他の人間になど奪われないために。
父の元を離れ計画を実行するために再び仮初の結婚を行うと、なぜか彼の愛人に接近されたり、前の人生で関わってこなかった人たちが私の周りに集まり出す。
白い結婚も毒でしかない父も、全て切り捨てた先にあるものは――
無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
エルミート王国の第七王女リリアーナは、王族でありながら魔力を持たない『無能』として生まれ、北の塔に長年幽閉されていた。
ある日、高熱で生死の境をさまよった彼女は、前世で臨床心理士(カウンセラー)だった記憶を取り戻す。
時を同じくして、リリアーナは厄介払いのように、魔物の跋扈する極寒の地を治める『氷の辺境伯』アシュトン・グレイウォールに嫁がされることが決定する。
死地へ送られるも同然の状況だったが、リリアーナは絶望しなかった。
彼女には、前世で培った心理学の知識と言葉の力があったからだ。
心を閉ざした辺境伯、戦争のトラウマに苦しむ騎士たち、貧困にあえぐ領民。
リリアーナは彼らの声に耳を傾け、その知識を駆使して一人ひとりの心を丁寧に癒していく。
やがて彼女の言葉は、ならず者集団と揶揄された騎士団を鉄の結束を誇る最強の部隊へと変え、痩せた辺境の地を着実に豊かな場所へと改革していくのだった。
復讐は、冷やして食すのが一番美味い
Yuito_Maru
ファンタジー
3度目の人生を生きるピオニー・レノドン。
1度目の人生は、愛した幼馴染と家族に裏切られ、無垢で無力のまま命を落とした。
2度目は、剣を磨き、王太子の婚約者となるも、1度目より惨めに死んでいった。
3度目は、微笑の裏で傭兵団を率い、冷たく復讐の刃を研ぐ。
狙うは、レノドン伯爵家、そして王家や腐った貴族たち。
「復讐とは、怒りを凍らせて成就する歪んだ喜びだ」――ピオニーは今、その意味を体現する。
-----
外部サイトでも掲載を行っております
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる