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70 鉱山6
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岩城家の本邸に到着した。
華やかさより堅牢さを重んじた石造りの館で、高い塀と見張り台が辺境の厳しさを物語っている。館内も余計な装飾はなく、太い梁や柱が空間を支えていたが、磨き込まれた床や整然とした調度からは、岩城家が代々この地を守ってきた誇りと温かさが感じられた。
意外なことに、客室へ案内されると、岩城家の姉弟は「お疲れでしょうから」と言って部屋を辞した。こちらに話を伺いたいだろうに、わざわざ気を遣ってくださっているのが伝わる。
佳乃がいれてくれたお茶を飲みながらゆったりと過ごしていると、邸内が急に慌ただしくなった。しばらくして、遥様が「お休みのところ失礼いたします」と部屋へ入ってこられた。
遥様のお話によると、岩城家の別荘が襲撃に遭ったとの連絡があったらしい。私たちが本宅に向かった後、楠本さんをはじめとする使用人たちは荷物と共にすぐに引き上げており、幸い屋敷には誰もいなかったとのこと。不幸中の幸いであった。
今回の黒幕が、私たちに対する報復として仕掛けたもの――それが光矢の見立てだった。別荘ではどうしても警備が手薄になる。まさにそこを突かれたのだ。
「まあ、あのまま残っていたとしても、姉さまの結界で屋敷全体を守りながら叔父様に連絡を取れば、どうにかできただろうけど」
光矢はそう言って肩をすくめた。
そうこうしているうちに、一報が入った。叔父様たちが証拠を押さえたとのことだ。指示を出していた監督役も拘束され、詰め所に連行されたらしい。
ところが、その監督役は厳しい取り調べの最中、自白しようとした矢先に急に苦しみ出し、そのまま命を落としたという。
一方、捕らえられた五人は逮捕され、今後は労役刑務所へ送られることになった。
労役刑務所は聖励修道院とは全く異なる。
聖励修道院はあくまで修道院で、素行の悪い者が奉仕活動を通じて更生を目指す場所だが、労役刑務所は罪を犯した者が労働によって償い、社会へ貢献する場所である。罪の重さによって刑期は異なるが、刑期が終わっても改心が認められなければ釈放されない。さらに、出所後に再び罪を犯した者は、二度と日の目を見ることはないと言われている。
これで今井与一は完全に表舞台から退いた。佳乃との縁は完全に断ち切られたが、黒幕の指示によって代わりの者が現れる可能性はある。今後も縁談には目を光らせなければならない。
そして、叔父様も岩城家の本邸へ戻ってこられた。上月先生は修道院に帰られたそうだ。岩城家当主と夫人から「よろしければご一緒に夕食を」とお声がけをいただき、可能な範囲で今回の件について話してほしいとのことだった。
実は岩城家もまた鉱山を所有しており、同様の被害を受けていたという。余罪の調査でそれも判明し、横流しに使われていたのは、私たちに使われていたのと同じ倉庫であった。発覚していなかったのは、鉱山の責任者が金をもらい加担していたためであった。
大広間の食卓には、落ち着いた器と料理が並べられていた。蝋燭の柔らかな光が揺れ、場を和らげている。
当主が口を開かれた。
「このたびは大変な事態の中、よくぞここまで明らかにしてくださった。岩城家一同、心より感謝申し上げる」
奥方が頷き、穏やかな声で続けられる。
「私どもの鉱山も同じく不正が行われていたと知りました。この度は本当にありがとうございます」
叔父様が杯を置き、落ち着いた声で応じられた。
「そちらの鉱山でも不正が明らかになったのは、今後のためにも幸いなことでした」
遥様は穏やかに笑みを浮かべられた。
「みなさまがいらしてくださらなければ、私たちは今も不正に気付けなかったかもしれません」
私も姿勢を正し、静かに答えた。
「岩城家の方々のご協力があったからこそ、ここまで進められたのです。ただ、黒幕が完全に姿を現したわけではありません」
光矢が口を開いた。
「気になるのは、責任者が自白しようとした途端、苦しみだして亡くなったという点です」
「そうだな……」叔父様も重々しく頷かれる。
「まるで、どこかの宗教のようです」光矢は言葉を続けた。
当主の表情が険しくなる。
「まさか、今回の黒幕は全人教だと?」
「僕はそうではないかと思っています。父様が言っていました。下っ端を捕まえて自白させようとしても、みな苦しみだして亡くなるので、なかなか尻尾をつかめないのだと」
「なるほど……」当主は深く息をつかれた。
光矢は、さらに言葉を重ねた。
「全人教の主要な人物のことを言おうとすると、呪いが発動するのかもしれません」
華やかさより堅牢さを重んじた石造りの館で、高い塀と見張り台が辺境の厳しさを物語っている。館内も余計な装飾はなく、太い梁や柱が空間を支えていたが、磨き込まれた床や整然とした調度からは、岩城家が代々この地を守ってきた誇りと温かさが感じられた。
意外なことに、客室へ案内されると、岩城家の姉弟は「お疲れでしょうから」と言って部屋を辞した。こちらに話を伺いたいだろうに、わざわざ気を遣ってくださっているのが伝わる。
佳乃がいれてくれたお茶を飲みながらゆったりと過ごしていると、邸内が急に慌ただしくなった。しばらくして、遥様が「お休みのところ失礼いたします」と部屋へ入ってこられた。
遥様のお話によると、岩城家の別荘が襲撃に遭ったとの連絡があったらしい。私たちが本宅に向かった後、楠本さんをはじめとする使用人たちは荷物と共にすぐに引き上げており、幸い屋敷には誰もいなかったとのこと。不幸中の幸いであった。
今回の黒幕が、私たちに対する報復として仕掛けたもの――それが光矢の見立てだった。別荘ではどうしても警備が手薄になる。まさにそこを突かれたのだ。
「まあ、あのまま残っていたとしても、姉さまの結界で屋敷全体を守りながら叔父様に連絡を取れば、どうにかできただろうけど」
光矢はそう言って肩をすくめた。
そうこうしているうちに、一報が入った。叔父様たちが証拠を押さえたとのことだ。指示を出していた監督役も拘束され、詰め所に連行されたらしい。
ところが、その監督役は厳しい取り調べの最中、自白しようとした矢先に急に苦しみ出し、そのまま命を落としたという。
一方、捕らえられた五人は逮捕され、今後は労役刑務所へ送られることになった。
労役刑務所は聖励修道院とは全く異なる。
聖励修道院はあくまで修道院で、素行の悪い者が奉仕活動を通じて更生を目指す場所だが、労役刑務所は罪を犯した者が労働によって償い、社会へ貢献する場所である。罪の重さによって刑期は異なるが、刑期が終わっても改心が認められなければ釈放されない。さらに、出所後に再び罪を犯した者は、二度と日の目を見ることはないと言われている。
これで今井与一は完全に表舞台から退いた。佳乃との縁は完全に断ち切られたが、黒幕の指示によって代わりの者が現れる可能性はある。今後も縁談には目を光らせなければならない。
そして、叔父様も岩城家の本邸へ戻ってこられた。上月先生は修道院に帰られたそうだ。岩城家当主と夫人から「よろしければご一緒に夕食を」とお声がけをいただき、可能な範囲で今回の件について話してほしいとのことだった。
実は岩城家もまた鉱山を所有しており、同様の被害を受けていたという。余罪の調査でそれも判明し、横流しに使われていたのは、私たちに使われていたのと同じ倉庫であった。発覚していなかったのは、鉱山の責任者が金をもらい加担していたためであった。
大広間の食卓には、落ち着いた器と料理が並べられていた。蝋燭の柔らかな光が揺れ、場を和らげている。
当主が口を開かれた。
「このたびは大変な事態の中、よくぞここまで明らかにしてくださった。岩城家一同、心より感謝申し上げる」
奥方が頷き、穏やかな声で続けられる。
「私どもの鉱山も同じく不正が行われていたと知りました。この度は本当にありがとうございます」
叔父様が杯を置き、落ち着いた声で応じられた。
「そちらの鉱山でも不正が明らかになったのは、今後のためにも幸いなことでした」
遥様は穏やかに笑みを浮かべられた。
「みなさまがいらしてくださらなければ、私たちは今も不正に気付けなかったかもしれません」
私も姿勢を正し、静かに答えた。
「岩城家の方々のご協力があったからこそ、ここまで進められたのです。ただ、黒幕が完全に姿を現したわけではありません」
光矢が口を開いた。
「気になるのは、責任者が自白しようとした途端、苦しみだして亡くなったという点です」
「そうだな……」叔父様も重々しく頷かれる。
「まるで、どこかの宗教のようです」光矢は言葉を続けた。
当主の表情が険しくなる。
「まさか、今回の黒幕は全人教だと?」
「僕はそうではないかと思っています。父様が言っていました。下っ端を捕まえて自白させようとしても、みな苦しみだして亡くなるので、なかなか尻尾をつかめないのだと」
「なるほど……」当主は深く息をつかれた。
光矢は、さらに言葉を重ねた。
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