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act-1 ハル
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初めてハルに会ったのは3ヶ月前。鴨志田というプロデューサーに連れていかれた新宿の小さなライブハウスだった。鴨志田は大手のレコード会社を辞めて、半年前に自分でプロダクションを立ち上げていた。社員は彼一人だ。
「いい子を見つけたんだよ、九条ちゃん」
開演前の会場で、鴨志田は九条にそう言って白髪混じりの長髪をかきあげた。鴨志田は所属していたレコード会社で長年ロック系バンドの発掘とプロデュースを手がけてきた。九条は以前担当していたCSの音楽番組で鴨志田と知り合った。一回り近く年上の彼と何故か気が合い、以来仕事抜きでも時たま酒を酌み交わす仲になった。バツイチで今は独り身‥確か中学生になる娘が一人いると聞いた覚えがある。
「ハルっていう子なんだけど。気に入ったら追っかけてみない?」
鴨志田は自信たっぷりの表情と含み笑いを残し「じゃあ、後ほど」と会場を出て行った。彼の言葉の意味を九条は理解している。その“いい子”を番組で取り上げられないか?ということだ。 “追っかけてみない?” という言い回しから察するにドキュメンタリー的なものを想定しているのだろう。何れにしてもテレビに出演すればかなりのプロモーションになる。資金繰りの苦しい鴨志田からすればテレビは格好の宣伝媒体、というわけだ。ただ、そうした企画が成立すれば九条にもギャラが発生するわけで、まあお互いwinwinと言うか悪い話ではない。
改めて場内を見回すと、客席はゴスロリ系の服を着た十代らしき少女たちで埋め尽くされている。所在のなさに閉口していると客電が落ちた。薄明かりのステージに3つの黒い影‥ドラムのカウントで演奏が始まり、同時に眩いライトがステージを照らした。
「マジか?」
九条は思わずのけぞった。上手(かみて:舞台の右側)でエレキをかき鳴らしている人物‥鴨志田ではないか。若い頃少しは名の知れたバンドでギターを弾いていたとは聞いていたが、彼のプレイを見るのは初めてだ。そしてよく見ると下手(しもて:舞台の左側)のベーシスト、そして中央のドラムも鴨志田と同年代と思われるオヤジだった。
九条があっけにとられていると、袖(客席から見えない舞台両端のスペース)からマイクを手にしたボーカリストが現れた。場内に歓声が上がる。薄いパープルに染めたロングヘアー。驚くほど華奢な四肢に、短くパンキッシュな衣装を纏ったその少女は、むき出しの細い手足のいたるところに包帯を巻き、そしてその表面には血が滲んでいた‥
***********************************
ステージ終了後に楽屋を覗くと、haruと書かれた物販(会場で販売する出演者の商品)のタオルを首に巻いた鴨志田が、ニコニコしながら九条を出迎えた。
「どうだった?九条ちゃん」
「て言うか鴨さん。何ですか、あのバンドは?」
「いやぁ、お恥ずかしい。でも結構いい音出してたでしょ」
「LEON(1994年のフランス映画)じゃないんだから」
「おー、さすが!いいこと言ってくれる。その路線で売っていこうかな」
鴨志田は大笑いしながらそう言うと、タバコを咥え火をつけた。
「実はね、バックバンドを組む予算が無くて俺が昔やってたメンツを集めたわけでして‥いやそれより、どうだった?ハルは」
鴨志田は煙で輪っかを作りながら本題を切り出した。遠慮は不要な相手だ。九条は感じたまま答えることにした。
「作詞作曲は彼女ですか?」
「詞は全部ハルだよ。曲は俺が手伝ってる」
「そうですか。正直、曲はともかく歌詞が俺には分からなかったです。ただ‥」
「ただ?」
「会場の子たち泣いてましたよね。まだ無名の歌手の歌で涙する女の子たちがいる、っていうことにちょっと驚いたのと‥」
九条が言葉を続けようとした時、鴨志田が「お。お疲れ!」という声と共に楽屋の入り口に顔を向けた。その視線の先に‥ハルがいた。
「紹介するよ、こちら九条ちゃん。俺の友達でテレビのディレクターさん」
彼女は無言で鴨志田が座る長椅子の隣に腰掛けた。
「で、驚いたのと‥あとは?」
「いや」
鴨志田の問いかけに、九条は先程言いかけた言葉を飲み込んだ。本人を目の前に躊躇されたが本当はこう言うはずだった。
-すごい美少女じゃないですか!-
きついメイクで縁取られているが、小さな顔に驚くほど整ったパーツが並んでいる。薄い色をした大きな目は、九条が今まで見たことのないような光を宿していた。暗いが芯のある‥まるで絶望と希望が同居しているかのような不思議な深さを感じる。
「さてと、俺は片付けがあるんで。九条ちゃん、ちょっとハルと話しててよ」
鴨志田はわざとらしく腰をポンポンと叩きながら立ち上がると、九条の耳元で「お手柔らかに」と言って楽屋を出て行った。
ハルは無言で九条を見ている‥いや、見据えてるといった感じだ。彼女の手足に巻かれた包帯‥よく見るとそこに滲んでいるのは血ではなく赤い塗料だった。普通に「よろしくね」と言うつもりだった九条は、その包帯に冷めた視線を向けこう言い放った。
「そういうギミック、好きじゃないな」
ハルは一瞬小首を傾げ、まじまじと九条を見つめると「でも、本物見せられても嫌でしょ?」と言って手首に巻いた包帯を取りそこに並ぶ薄赤い線を見せた。
九条は一瞬怯んだが、彼女の挑むような言葉に対しこう返した。
「本気で死のうと思うやつは、そんな中途半端な切り方はしない」
初対面の‥歳の差が歴然とした少女に何ムキになってるんだ!と、九条が自己嫌悪の念に囚われていると、ハルはフッと脱力したように笑い、そして
「ハルです」
と小さく会釈をした。
その瞬間。九条は形容し難い不思議な感覚に包まれた。胸の一番深い部分に、小さな波紋が広がるような魅力を彼女に感じた。ハルに興味を持った。
「いい子を見つけたんだよ、九条ちゃん」
開演前の会場で、鴨志田は九条にそう言って白髪混じりの長髪をかきあげた。鴨志田は所属していたレコード会社で長年ロック系バンドの発掘とプロデュースを手がけてきた。九条は以前担当していたCSの音楽番組で鴨志田と知り合った。一回り近く年上の彼と何故か気が合い、以来仕事抜きでも時たま酒を酌み交わす仲になった。バツイチで今は独り身‥確か中学生になる娘が一人いると聞いた覚えがある。
「ハルっていう子なんだけど。気に入ったら追っかけてみない?」
鴨志田は自信たっぷりの表情と含み笑いを残し「じゃあ、後ほど」と会場を出て行った。彼の言葉の意味を九条は理解している。その“いい子”を番組で取り上げられないか?ということだ。 “追っかけてみない?” という言い回しから察するにドキュメンタリー的なものを想定しているのだろう。何れにしてもテレビに出演すればかなりのプロモーションになる。資金繰りの苦しい鴨志田からすればテレビは格好の宣伝媒体、というわけだ。ただ、そうした企画が成立すれば九条にもギャラが発生するわけで、まあお互いwinwinと言うか悪い話ではない。
改めて場内を見回すと、客席はゴスロリ系の服を着た十代らしき少女たちで埋め尽くされている。所在のなさに閉口していると客電が落ちた。薄明かりのステージに3つの黒い影‥ドラムのカウントで演奏が始まり、同時に眩いライトがステージを照らした。
「マジか?」
九条は思わずのけぞった。上手(かみて:舞台の右側)でエレキをかき鳴らしている人物‥鴨志田ではないか。若い頃少しは名の知れたバンドでギターを弾いていたとは聞いていたが、彼のプレイを見るのは初めてだ。そしてよく見ると下手(しもて:舞台の左側)のベーシスト、そして中央のドラムも鴨志田と同年代と思われるオヤジだった。
九条があっけにとられていると、袖(客席から見えない舞台両端のスペース)からマイクを手にしたボーカリストが現れた。場内に歓声が上がる。薄いパープルに染めたロングヘアー。驚くほど華奢な四肢に、短くパンキッシュな衣装を纏ったその少女は、むき出しの細い手足のいたるところに包帯を巻き、そしてその表面には血が滲んでいた‥
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ステージ終了後に楽屋を覗くと、haruと書かれた物販(会場で販売する出演者の商品)のタオルを首に巻いた鴨志田が、ニコニコしながら九条を出迎えた。
「どうだった?九条ちゃん」
「て言うか鴨さん。何ですか、あのバンドは?」
「いやぁ、お恥ずかしい。でも結構いい音出してたでしょ」
「LEON(1994年のフランス映画)じゃないんだから」
「おー、さすが!いいこと言ってくれる。その路線で売っていこうかな」
鴨志田は大笑いしながらそう言うと、タバコを咥え火をつけた。
「実はね、バックバンドを組む予算が無くて俺が昔やってたメンツを集めたわけでして‥いやそれより、どうだった?ハルは」
鴨志田は煙で輪っかを作りながら本題を切り出した。遠慮は不要な相手だ。九条は感じたまま答えることにした。
「作詞作曲は彼女ですか?」
「詞は全部ハルだよ。曲は俺が手伝ってる」
「そうですか。正直、曲はともかく歌詞が俺には分からなかったです。ただ‥」
「ただ?」
「会場の子たち泣いてましたよね。まだ無名の歌手の歌で涙する女の子たちがいる、っていうことにちょっと驚いたのと‥」
九条が言葉を続けようとした時、鴨志田が「お。お疲れ!」という声と共に楽屋の入り口に顔を向けた。その視線の先に‥ハルがいた。
「紹介するよ、こちら九条ちゃん。俺の友達でテレビのディレクターさん」
彼女は無言で鴨志田が座る長椅子の隣に腰掛けた。
「で、驚いたのと‥あとは?」
「いや」
鴨志田の問いかけに、九条は先程言いかけた言葉を飲み込んだ。本人を目の前に躊躇されたが本当はこう言うはずだった。
-すごい美少女じゃないですか!-
きついメイクで縁取られているが、小さな顔に驚くほど整ったパーツが並んでいる。薄い色をした大きな目は、九条が今まで見たことのないような光を宿していた。暗いが芯のある‥まるで絶望と希望が同居しているかのような不思議な深さを感じる。
「さてと、俺は片付けがあるんで。九条ちゃん、ちょっとハルと話しててよ」
鴨志田はわざとらしく腰をポンポンと叩きながら立ち上がると、九条の耳元で「お手柔らかに」と言って楽屋を出て行った。
ハルは無言で九条を見ている‥いや、見据えてるといった感じだ。彼女の手足に巻かれた包帯‥よく見るとそこに滲んでいるのは血ではなく赤い塗料だった。普通に「よろしくね」と言うつもりだった九条は、その包帯に冷めた視線を向けこう言い放った。
「そういうギミック、好きじゃないな」
ハルは一瞬小首を傾げ、まじまじと九条を見つめると「でも、本物見せられても嫌でしょ?」と言って手首に巻いた包帯を取りそこに並ぶ薄赤い線を見せた。
九条は一瞬怯んだが、彼女の挑むような言葉に対しこう返した。
「本気で死のうと思うやつは、そんな中途半端な切り方はしない」
初対面の‥歳の差が歴然とした少女に何ムキになってるんだ!と、九条が自己嫌悪の念に囚われていると、ハルはフッと脱力したように笑い、そして
「ハルです」
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その瞬間。九条は形容し難い不思議な感覚に包まれた。胸の一番深い部分に、小さな波紋が広がるような魅力を彼女に感じた。ハルに興味を持った。
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