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act-2 ミチル
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改札を抜けると夏の匂いのする風が吹いていた。
カメラバックを肩にした九条は原宿の駅を背にし、指定されたファストフードに向かった。店の入り口で鴨志田が出迎える。
-ミチルの件でファンの子たちと集会やるから、カメラまわしなよ-
ハルからのメールを受け取った翌日、鴨志田からそう連絡があった。鴨志田はライブ会場に常連で来る女の子たちとハルが触れ合う場‥所謂ファンとの交流会のような集いを定期的に設けていた。デビューしたとはいえ、無名インディーズレーベルの歌手だ。固定ファンは大事にしなければならない。しかしハルのライブに来る少女たちは、一般的なファンとはちょっと違っていた。
「お疲れ様。みんなあっちに集まってるよ」
鴨志田が指差す方を見ると、店の一角を異様な集団が占拠している。ハルへの憧れか、一様に赤や黒の派手なゴスロリ系ファッションに身を包んだ十代と思える少女達。その集団の真ん中にいたハルが九条に気づき、唇の端だけで笑い小さく手を振った。
***********************************
ハルは高校1年の時からいじめにあい、2年で学校をやめていた。都内では割と有名な私立の女子校だ。いじめの理由は、生徒達に人気のある英語のイケメン教師に色目を使った‥というハルにとっては身に覚えのない噂話がきっかけらしい。ハルは学校をやめてから家に引きこもりひたすら詞を書きためた。そしてその詞にギターをかぶせ路上で歌っていた時に、たまたま鴨志田の目に止まったのだ。
折れた自らの心を励まし、再び羽ばたくための歌‥
誰も君を信じてくれない
だから君は君を信じよう
まだ負けたわけじゃない
目を凝らせば見えるはず
君の翼が きっと飛べる
ハルのデビュー曲「見えない翼」より
九条には現実逃避の稚拙なメッセージに思えるが、それがハルの澄んだ声に乗るとちょっといい感じには聞こえてくる。特に同じような痛みを抱えた同世代の少女達にはグッとくるのだろう。ハルのライブ会場には、いつしか不登校や引きこもり‥そんな傷ついた女の子がたくさん集まってくるようになった。
イケる! 興味を持ったのはそこだ。
九条はハルの企画書を作り、知り合いの番組プロデューサー滝本に投げた。
『いじめで学校をやめ歌い出したハル‥そして、彼女の周りに不登校や引きこもりの女の子が集まり始めた。そんなハルと少女たちの姿を追うドキュメンタリー』
滝本が所属する制作会社はドキュメンタリーを得意としている。九条はこれまで何本か彼と番組を作ってきているが、滝本はプロデューサーとしてなかなか優秀だった。今回も彼の動きは早く、九条が企画を提案した三日後には携帯に連絡が入った。
「局P(テレビ局の社員プロデューサー)から面白いって返事をもらったよ。正式な発注は先になるけど、そのハルって子に動きがあるならもう追っかけちゃっていいよ。九条ちゃん」
滝本からGOサインをもらい、以来三ヶ月。九条は事あるごとにカメラを抱えハルと行動を共にした。テレビで良く言う『密着』ってやつだ。ライブは勿論、そのリハーサル、そして音楽雑誌のインタビュー現場など、時間が許す限り九条はカメラでハルを追った。出来るだけ被写体と時間を共有する‥それがドキュメンタリーの基本だ。
ハルも何故か九条を気に入ったらしくカメラを向けても文句は言わない。だが、問題なのはハルの周りに集まってくる少女たちだった。インディーズレーベルとはいえハルは芸能界側の人間だが、ファンである彼女たちは一般人、要するに素人だ。しかも中学生や高校生。おまけに不登校や引きこもりといった問題を抱えている。迂闊にカメラを向け、それが引き金となって自傷でもされたら一大事だ。この三ヶ月、九条はハルを追いかける現場でそんな子たちを気遣い、撮影を躊躇することが多々あった。
その躊躇するリストのNo1‥それが失踪したミチルだった。
***********************************
ファストフードの一角にいる十数名の少女たち‥九条は彼女たちから少し離れた席に腰掛けると、カメラバックから愛用の5D Mark4(一眼系のカメラ)を取り出しファインダーを覗いた。
レンズ越しに少女たちを観察する。一人一人の容姿を記憶し、表情の機微に注意を払う。そして気になる子がいれば後で鴨志田に名前を確認する‥彼女たちの中から、ドキュメンタリーとして取り上げるターゲットを絞り込むのだ。
番組構成のメインとなるハル以外に、サイドストーリーとして3-4人の取材対象が見つかれば1時間の番組として十分成立する。この三ヶ月、九条はカメラでハルを追いかけながら何人かの気になる少女を見つけていて、その中にミチルがいた。
ライブ会場で、いつも1番後ろからひっそりとハルのステージを見ている子‥それがミチルだった。ハルのファンには珍しくストレートの黒髪。メイクもせず服装も地味だがどこか育ちの良さを感じる品があり、そして静かだった。
声援をおくることもせず、じっとステージのハルを見つめている‥その静けさが九条の興味を引いた。鴨志田に尋ねると「ミチルって子で、高校1年生だったかな。でも学校行ってないらしいよ」くらいの情報しか返ってこなかった。
-こんな真面目そうで普通の子が何で不登校やってんだ?-
九条はこっそりミチルにカメラを向けることが多くなった。悟られないように遠目から、背後から‥そうやって距離を縮めながら声をかけるタイミングを測る。この『被写体との距離感』がドキュメンタリーでは最も大事だ。そこを読み違えるとターゲットはスルリと逃げてしまう。
しかしある時、九条はファインダーの中でミチルと目があってしまった。
ハルのライブ会場。最初はステージで歌うハルを追っていたが、やがて九条のカメラは会場の端でステージを見つめるミチルに向けられて行く。ゆっくりと彼女の背後に回り、そしてミチル越しにステージのハルを捉えた。静かにステージを見つめるミチルの小さな背中‥その先に歌うハルがいる。
いい構図だ!
その時、不意にミチルが振り向いた。レンズ越しに九条はミチルと目があってしまった。ファインダーの中でミチルは訝しげな表情でカメラを見つめている。そのカメラ目線にハッとしたが九条はレンズから目を離すことができなかった。そして次の瞬間、ファインダーの中のミチルの姿がフッと消えた。
自分に向けられたカメラに気づいたミチルは、フレームアウトするとそのままライブ会場のドアを押し開け走り去った。
しまった!
九条は慌ててミチルの後を追ったが、彼女の姿はもう無かった‥
「すみません、鴨さん」
ライブ終了後、楽屋で頭を下げた九条に鴨志田の背後から顔をのぞかせたハルが言った。
「あの子のメアド知ってるからフォローしておく」
その晩、ハルからメールが来た。
-ちょっとびっくりしただけだって。気にしないでいいよ-
以来、ハルに密着する中で何度かミチルを見かけた。もちろん露骨にカメラを向けることはなかったが、そこは九条もプロだ。ハルをとらえながら、さりげなくファインダーの中にミチルの姿を追いかけていた。この子には何かある‥ディレクターとしての嗅覚が九条にそう告げていた。
「九条さん、ちょっとこっち来て」
少女たちの集団の中から声がした。見るとハルが手招きしている。カメラを抱えたまま近づくと、ハルはふわりと腰を浮かせ九条が座るスペースを作った。隣に座るとハルが少女たちに向かって叫んだ。
「知ってる人も多いけど、こちら九条さん」
ハルの言葉に慌てて九条は「どうも」と言い頭を下げた。
「カメラに映りたくない子は私に言ってね。じゃあ鴨さん、お願い」
「もうみんな知ってると思うけどミチルが音信不通です。携帯もつながらないしメールも返って来ません」
少女たちは黙って鴨志田を見つめ、そして九条はその子たちに向けゆっくりカメラをかまえた。
カメラバックを肩にした九条は原宿の駅を背にし、指定されたファストフードに向かった。店の入り口で鴨志田が出迎える。
-ミチルの件でファンの子たちと集会やるから、カメラまわしなよ-
ハルからのメールを受け取った翌日、鴨志田からそう連絡があった。鴨志田はライブ会場に常連で来る女の子たちとハルが触れ合う場‥所謂ファンとの交流会のような集いを定期的に設けていた。デビューしたとはいえ、無名インディーズレーベルの歌手だ。固定ファンは大事にしなければならない。しかしハルのライブに来る少女たちは、一般的なファンとはちょっと違っていた。
「お疲れ様。みんなあっちに集まってるよ」
鴨志田が指差す方を見ると、店の一角を異様な集団が占拠している。ハルへの憧れか、一様に赤や黒の派手なゴスロリ系ファッションに身を包んだ十代と思える少女達。その集団の真ん中にいたハルが九条に気づき、唇の端だけで笑い小さく手を振った。
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ハルは高校1年の時からいじめにあい、2年で学校をやめていた。都内では割と有名な私立の女子校だ。いじめの理由は、生徒達に人気のある英語のイケメン教師に色目を使った‥というハルにとっては身に覚えのない噂話がきっかけらしい。ハルは学校をやめてから家に引きこもりひたすら詞を書きためた。そしてその詞にギターをかぶせ路上で歌っていた時に、たまたま鴨志田の目に止まったのだ。
折れた自らの心を励まし、再び羽ばたくための歌‥
誰も君を信じてくれない
だから君は君を信じよう
まだ負けたわけじゃない
目を凝らせば見えるはず
君の翼が きっと飛べる
ハルのデビュー曲「見えない翼」より
九条には現実逃避の稚拙なメッセージに思えるが、それがハルの澄んだ声に乗るとちょっといい感じには聞こえてくる。特に同じような痛みを抱えた同世代の少女達にはグッとくるのだろう。ハルのライブ会場には、いつしか不登校や引きこもり‥そんな傷ついた女の子がたくさん集まってくるようになった。
イケる! 興味を持ったのはそこだ。
九条はハルの企画書を作り、知り合いの番組プロデューサー滝本に投げた。
『いじめで学校をやめ歌い出したハル‥そして、彼女の周りに不登校や引きこもりの女の子が集まり始めた。そんなハルと少女たちの姿を追うドキュメンタリー』
滝本が所属する制作会社はドキュメンタリーを得意としている。九条はこれまで何本か彼と番組を作ってきているが、滝本はプロデューサーとしてなかなか優秀だった。今回も彼の動きは早く、九条が企画を提案した三日後には携帯に連絡が入った。
「局P(テレビ局の社員プロデューサー)から面白いって返事をもらったよ。正式な発注は先になるけど、そのハルって子に動きがあるならもう追っかけちゃっていいよ。九条ちゃん」
滝本からGOサインをもらい、以来三ヶ月。九条は事あるごとにカメラを抱えハルと行動を共にした。テレビで良く言う『密着』ってやつだ。ライブは勿論、そのリハーサル、そして音楽雑誌のインタビュー現場など、時間が許す限り九条はカメラでハルを追った。出来るだけ被写体と時間を共有する‥それがドキュメンタリーの基本だ。
ハルも何故か九条を気に入ったらしくカメラを向けても文句は言わない。だが、問題なのはハルの周りに集まってくる少女たちだった。インディーズレーベルとはいえハルは芸能界側の人間だが、ファンである彼女たちは一般人、要するに素人だ。しかも中学生や高校生。おまけに不登校や引きこもりといった問題を抱えている。迂闊にカメラを向け、それが引き金となって自傷でもされたら一大事だ。この三ヶ月、九条はハルを追いかける現場でそんな子たちを気遣い、撮影を躊躇することが多々あった。
その躊躇するリストのNo1‥それが失踪したミチルだった。
***********************************
ファストフードの一角にいる十数名の少女たち‥九条は彼女たちから少し離れた席に腰掛けると、カメラバックから愛用の5D Mark4(一眼系のカメラ)を取り出しファインダーを覗いた。
レンズ越しに少女たちを観察する。一人一人の容姿を記憶し、表情の機微に注意を払う。そして気になる子がいれば後で鴨志田に名前を確認する‥彼女たちの中から、ドキュメンタリーとして取り上げるターゲットを絞り込むのだ。
番組構成のメインとなるハル以外に、サイドストーリーとして3-4人の取材対象が見つかれば1時間の番組として十分成立する。この三ヶ月、九条はカメラでハルを追いかけながら何人かの気になる少女を見つけていて、その中にミチルがいた。
ライブ会場で、いつも1番後ろからひっそりとハルのステージを見ている子‥それがミチルだった。ハルのファンには珍しくストレートの黒髪。メイクもせず服装も地味だがどこか育ちの良さを感じる品があり、そして静かだった。
声援をおくることもせず、じっとステージのハルを見つめている‥その静けさが九条の興味を引いた。鴨志田に尋ねると「ミチルって子で、高校1年生だったかな。でも学校行ってないらしいよ」くらいの情報しか返ってこなかった。
-こんな真面目そうで普通の子が何で不登校やってんだ?-
九条はこっそりミチルにカメラを向けることが多くなった。悟られないように遠目から、背後から‥そうやって距離を縮めながら声をかけるタイミングを測る。この『被写体との距離感』がドキュメンタリーでは最も大事だ。そこを読み違えるとターゲットはスルリと逃げてしまう。
しかしある時、九条はファインダーの中でミチルと目があってしまった。
ハルのライブ会場。最初はステージで歌うハルを追っていたが、やがて九条のカメラは会場の端でステージを見つめるミチルに向けられて行く。ゆっくりと彼女の背後に回り、そしてミチル越しにステージのハルを捉えた。静かにステージを見つめるミチルの小さな背中‥その先に歌うハルがいる。
いい構図だ!
その時、不意にミチルが振り向いた。レンズ越しに九条はミチルと目があってしまった。ファインダーの中でミチルは訝しげな表情でカメラを見つめている。そのカメラ目線にハッとしたが九条はレンズから目を離すことができなかった。そして次の瞬間、ファインダーの中のミチルの姿がフッと消えた。
自分に向けられたカメラに気づいたミチルは、フレームアウトするとそのままライブ会場のドアを押し開け走り去った。
しまった!
九条は慌ててミチルの後を追ったが、彼女の姿はもう無かった‥
「すみません、鴨さん」
ライブ終了後、楽屋で頭を下げた九条に鴨志田の背後から顔をのぞかせたハルが言った。
「あの子のメアド知ってるからフォローしておく」
その晩、ハルからメールが来た。
-ちょっとびっくりしただけだって。気にしないでいいよ-
以来、ハルに密着する中で何度かミチルを見かけた。もちろん露骨にカメラを向けることはなかったが、そこは九条もプロだ。ハルをとらえながら、さりげなくファインダーの中にミチルの姿を追いかけていた。この子には何かある‥ディレクターとしての嗅覚が九条にそう告げていた。
「九条さん、ちょっとこっち来て」
少女たちの集団の中から声がした。見るとハルが手招きしている。カメラを抱えたまま近づくと、ハルはふわりと腰を浮かせ九条が座るスペースを作った。隣に座るとハルが少女たちに向かって叫んだ。
「知ってる人も多いけど、こちら九条さん」
ハルの言葉に慌てて九条は「どうも」と言い頭を下げた。
「カメラに映りたくない子は私に言ってね。じゃあ鴨さん、お願い」
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