九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-6 インタビュー

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「いやー大変だったね、九条ちゃん。ご苦労さん」

そう言いながら鴨志田がドアを開けた。乱雑な玄関に相応しくない厚底でピカピカの黒い靴が九条の目に入る。

「ハルも来てるよ」

鴨志田の背中越しに目があったハルは、右手を敬礼のようにこめかみに当て「ご苦労様」と言って両目を大げさに固く閉じた。労いの表現なのだろう。
ミチルの家を後にした九条は真っ先に鴨志田へ電話し、ミチルが無事なことを伝え、今回の経緯を話したいから会えないか?と打診していた。

「まずは、お疲れちゃんの駆けつけ一杯」

九条は鴨志田から冷えた缶を受け取ると、プルトップを引きグイッと喉にビールを流し込んだ。そしてバッグからカメラを取り出すと、いつものようにケーブルを鴨志田のパソコンに繋いだ。
プレビュー(撮影した映像の再生)の準備をしながら今日の経緯、そしてハルと鴨志田に全てを話す許可をミチルにとったことを説明した。

「ミチルが九条ちゃんに接触するとはね。最初連絡もらった時驚いたよ」

鴨志田の言葉に「俺が一番驚いてますよ」と九条は返した。「でしょうね」とハル。

「じゃあ、流します」

九条はそう言ってカメラの再生ボタンを押した。タクシーの後部座席で、ぼんやりと窓外を見つめるミチルが映る。

「おー、情熱大陸(TBSのドキュメンタリー番組)みたい」

鴨志田が身を乗り出す。
車内での九条との短いやり取りが終わると、次にベッドの上にちょこんと座るミチルが映し出された。
今度はハルが身を乗り出す。

<ミチルへのインタビュー>

「ミチルちゃん、歳はいくつだっけ?」
「17」
「高校2年生だね。学校は楽しい?」
「今は学校行ってないんです」
「何かあったのかな?」
「1年生の時は楽しかったけど‥」
「と言うと?」
「高校に入学してすぐ仲良くなった子がいて、いつも一緒だったからその頃は楽しかったと思う」
「うん」
「でも2年生になって、急にその子と話さなくなっちゃって」
「ケンカしたの?」
「してないです」
「じゃあ、何でかな?」
「分からない」
「その子に聞いてみたの?」
「聞いてない。その子はクラスで割と目立つ子たちと仲良くなって‥私は無視されるようになっちゃった感じです」
「どう思ったかな?」
「やっぱりつまらなかったかな。学校も行かなくなっちゃったし」
「いつから行ってないの?」
「2年になってすぐ。5月くらいから」
「お家の人は何て言ってるの?」

ここで映像はミチルの困惑の表情を残したまま途切れる。
九条はカメラのポーズボタンを押すと「一度ここでカメラ止めました」と鴨志田に向かって言った。

「親の話はダメだってことでしょ?」

鴨志田の言葉に九条は頷いた。撮影が中断している間、ミチルから “親の話だけはごめんなさい” と懇願されていた。九条はその申し出は受け入れ、撮影は再開される。ミチルが抱えている家庭内の闇はこの番組には深すぎる。

「あらためて聞くけど学校に行かなくなって、それから?」
「そんな時にハルちゃんの歌に出会ったんです。で、ライブとかも行くようになって」
「ハルの歌に何か感じるものがあったんだね?」
「はい」
「それは何だと思う?」
「‥」
「何かを感じたのかな?」
「うまく言えないけど、繋がった」
「何が?」
「気持ち」
「誰の?」
「私とハルちゃん」

九条はチラッとハルの表情を盗み見た。ハルは真剣な表情で食い入るように画面を見ている。ミチルの独白が続く。

「ハルちゃんもいじめにあったことがあるって聞いたとき、すごくびっくりして‥だって、そんなことがあったなんて信じられないくらいエネルギーを感じたから。私は学校行くのやめちゃって何もしてないけど、ハルちゃんは自分で曲を作って、しかもそれをみんなの前で歌ってる‥なんかスゴイと思った」
「そのエネルギーはどこから来ると思う?」
「分からない。だからそばにいたいって思った‥ハルちゃんの近くにいたら、何か分かるような気がしてたの」
「気がしてた?今は違うの?」
「今まではハルちゃんのそばにいれば、なんだか安心だったの。ハルちゃんの歌を聞いたら元気になれた。でも最近、それだけでいいのかなって」
「どういうこと?」
「ハルちゃんから元気をもらって‥」
「うん」
「で、そして‥」

ここでミチルは沈黙する。カメラは、必死で自分の言葉を探すミチルを追う。ここから少し長い。が、九条は早送りせず鴨志田とハルにそのミチルを見せた。そして‥

「自分で‥自分で何か見つけなきゃいけないんじゃないかって、そう思った」

-もらった!- 
この時、ファインダーを覗きながら九条はそう思った。17歳の少女の精一杯がそこにあった。そして、それを撮った。不登校の女子高生がハルの歌に惹かれ、そして自分で自分の道を探し始める‥ストーリーができた。
短い時間の中で芽生えたミチルへの親近感や情はある。が、それ以上に、良い素材を撮らねばならぬディレクターの習性が勝っていた。

「ちょっと外で煙草吸ってきます」

九条は鴨志田にそう言って立ち上がった。この先の展開に同席するのは居た堪れない。ミチルは堰を切ったように思い悩む心情を九条に吐露する。が、彼女の心の叫びに応対する九条は、どこから見てもヘタレなカウンセラーだった。
表に出た九条は、煙草を咥え火をつけた。脳裏には今日最後に見たミチルの笑顔がこびりついている‥
取材を終えた九条を、ミチルは外まで見送りに出て来た。

「何かあったらいつでも相談に乗るから連絡してよ」

大きな門の手前で振り返りそう言った九条に、ミチルは笑って小さく手を振った‥が、それは見たこともないような寂しい笑顔だった。取材という目的を果たしてミチルの家を後にする九条‥しかしミチルは再び漆黒の闇のようなあの家に戻っていくのだ。九条にすがってきた少女の現状は何も変わっていない。

-クソったれが!-

九条は吸い殻を投げ捨て、踏みつけた。
ドキュメンタリーなんて所詮その程度のものだ。他人の人生に土足で踏み込み、暴くだけ暴いてあとは知らぬ顔だ。こちらは一瞬の収穫があれば良いが、被写体の抱える問題は何も解決しない。巷ではコンプライアンス云々とテレビの所業が問題視されている。だが、本当はそんなことどうでも良い。タチの悪いのは、偽善ヅラして擦り寄って何の責任も負わないドキュメンタリーの制作者だ。自分も含め、人の人生を喰いものにしているそんな番組こそが問題なのではないか?ドキュメンタリーを自分の主戦場にしながらも、九条には常にその葛藤が渦巻いていた。

部屋に戻った九条に、鴨志田がニコニコしながら言う。

「いい感じで撮れてるじゃん。俺、こんなに喋るミチル初めて見たよ」

鴨志田のパソコン画面は、今日撮影したラストカットがフリーズ状態で映し出されていた。イメージカット (人物の紹介やナレーションベースに使う映像)として撮ったミチルの部屋のロングショットだ。部屋一杯のハルのポスターとベッドに腰掛けたミチル、そしてその隣のキャリーバック‥

「ハルとの接点も話してくれてるし。プロデューサーの俺としては満足ですな」
「まあ、そうですね」
「そうだ。九条ちゃん、このミチルの映像を見たハルのコメント撮りなよ」

鴨志田の提案で、急遽ハルのインタビューを撮影することになった。フリーズしたミチルのモニターを背景に、九条はカメラを構えハルにレンズを向けた。
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