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act-7 厚底と赤い自転車
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<ハルのインタビュー>
「ミチルの話を聞いてどう思った?」
「まずは無事で良かったと思った。それと、私の歌を聞いて心がつながった気がしたって言ってたけど、それはちょっと嬉しいかな」
「何で嬉しいと思ったの?」
「だって、心なんて簡単につながるものじゃないでしょ?」
「そうだね」
「いい歌ってたくさんあると思う。でも、心がつながるのはメロディじゃなくて詞じゃないかな」
「うん」
「だとしたら歌詞は私の気持ちだから、そこに共感してくれたらやっぱり嬉しいと思う」
「部屋もハルのポスターやグッズがいっぱいあったね」
「そういうのが嬉しいのはプロデューサーさんでしょ」
そばで聞いていた鴨志田に目をやると、額に手をやり「あたた!」といった表情で九条に片目をつむってみせた。
「そうかも。では質問を変えるよ。ミチルのように複雑な環境や思いでハルの歌を聞いている子は多いと思うけど、そのプレッシャーは感じる?」
「プレッシャー?」
「例えば、誤解されたり間違って伝わったりしないかっていう」
「それはないかな」
「どうして?」
「私は自分の言葉を歌にしてるから‥冷たい言い方かもしれないけど、あくまで私。だからつながってくれたら嬉しいけど誰かを救うことが目的ではないよ」
「そうか」
「一度私から離れた歌はもう受け取った人のものだと思う。だから誤解されても仕方ないし、その人次第だと思う」
「うん」
「でもね、誤解でも何でもいいからその人の感情のプラスになれたらいいかなって思う」
「なるほど。そういう意味では、ミチルはポジティブな力をハルの歌から受けたように思うけど」
「うん。そうかも」
「意地悪な質問になるけど、ハルの歌を聞いて‥あるいはハルのように強く生きることが出来なくて、悪い方向に行っちゃったとしたら?」
「死んじゃうとか?」
「まあ、極端に言えば」
ハルはちょっと考えて、意外なことを言った。
「九条さんは死のうと思ったとことある?」
「うーん。死にたい、くらいのことはあったけど。ホントに死のうかと思ったことはないと思う」
「あのね。本気で死のうと思ったら、逆に死ねなくなるよ」
「どうして?」
「死ぬのって簡単なことだって分かるから」
「?」
「生きることの方が難しいと思う」
「じゃあ、生きるって何?」
「生きることは闘うことだと思う」
九条はカメラを止め、ハルに向かって「カット。ありがとう」と告げた。鴨志田は満足そうな笑みとともに、いつの間に作ったのか九条に焼酎のグラスを渡しながら「お疲れさん」と言った。グラスを合わせる二人の後ろで、ハルの声がする。
「鴨さん、もう遅いから私帰るね」
九条は焼酎のグラスを床に置いてハルに言った。
「表に停めてある赤い自転車、もしかしてハルの?」
「うん」
「最後に、それ乗って帰っていくハルを撮ってもいいかな?」
ハルが頷くのを確認し、九条は三脚からカメラを外して表に出た。
カメラのRECボタンを押し、キッチンの窓の隙間から顔を覗かせ合図待ちをしている鴨志田にOKサインを送った。
ドアを開けハルが出て来る。彼女を追ってカメラがパン(カメラを横に振ること)すると赤い自転車があり、そのスタンドを厚底で弾き飛ばしたハルがサドルにまたがる。カメラはそのまま走り去るハルの後ろ姿を捉える‥はずが、ハルは走り出さず振り向いた。
「で、九条さん。ミチルにはどんなアドバイスをしたの?」
「えっ?」
「だってミチルは、何か九条さんを頼った理由があるんでしょ?」
「‥」
「ミチルには何て答えたの?」
-こいつ、相変わらず鋭いな-
ミチルが聞きたかったこと。その答えはインタビューを終え、カメラを止めた後に話していた。ハルはそこに気づき、九条がどんな答えをミチルに告げたのかを聞いてきている。
「ミチルはね。何か自分にしか出来ないことを探し始めていて‥」
「さっきのインタビューはそこまでだよね?」
「うん。ここから先はカメラを止めた後の話なんだけど、結局ミチルは家を出て、その答えを探したんだけど見つからなかった」
「うん」
「で、僕にこう聞いてきた。私にも何か出来ることがあるのか?」
「何て答えたの?」
「正直、なんて言っていいのか分からなかった。でも、ミチルが好きになったハルがそうしたように、自分を表現することを始めたらどうか?と言った。別に音楽でなくてもいい。小説でも絵でもいい。素直な自分の心を形にすることは、何かのきっかけになるかもしれないよ、って言った」
九条が一気にそう話すと、ハルはちょっと考え、そしてびっくりするほど柔和な表情で言った。
「それ、すごくいいアドバイスになったと思うよ」
「えっ?」
九条が反応に戸惑った瞬間「お疲れ、九条ちゃん」という言葉と共にハルは身を翻し自転車を漕ぎ始めた。その後ろ姿を慌てて九条のカメラが追いかける。厚底が跳ね、華奢な身体が弾ずむ。
-九条ちゃんじゃねーよ-
舌打ちをしながらも九条の口元は緩む。
この時、ミチルの思いもよらぬ運命を九条はもちろん、ハルも鴨志田も想像すらしていなかった‥
「ミチルの話を聞いてどう思った?」
「まずは無事で良かったと思った。それと、私の歌を聞いて心がつながった気がしたって言ってたけど、それはちょっと嬉しいかな」
「何で嬉しいと思ったの?」
「だって、心なんて簡単につながるものじゃないでしょ?」
「そうだね」
「いい歌ってたくさんあると思う。でも、心がつながるのはメロディじゃなくて詞じゃないかな」
「うん」
「だとしたら歌詞は私の気持ちだから、そこに共感してくれたらやっぱり嬉しいと思う」
「部屋もハルのポスターやグッズがいっぱいあったね」
「そういうのが嬉しいのはプロデューサーさんでしょ」
そばで聞いていた鴨志田に目をやると、額に手をやり「あたた!」といった表情で九条に片目をつむってみせた。
「そうかも。では質問を変えるよ。ミチルのように複雑な環境や思いでハルの歌を聞いている子は多いと思うけど、そのプレッシャーは感じる?」
「プレッシャー?」
「例えば、誤解されたり間違って伝わったりしないかっていう」
「それはないかな」
「どうして?」
「私は自分の言葉を歌にしてるから‥冷たい言い方かもしれないけど、あくまで私。だからつながってくれたら嬉しいけど誰かを救うことが目的ではないよ」
「そうか」
「一度私から離れた歌はもう受け取った人のものだと思う。だから誤解されても仕方ないし、その人次第だと思う」
「うん」
「でもね、誤解でも何でもいいからその人の感情のプラスになれたらいいかなって思う」
「なるほど。そういう意味では、ミチルはポジティブな力をハルの歌から受けたように思うけど」
「うん。そうかも」
「意地悪な質問になるけど、ハルの歌を聞いて‥あるいはハルのように強く生きることが出来なくて、悪い方向に行っちゃったとしたら?」
「死んじゃうとか?」
「まあ、極端に言えば」
ハルはちょっと考えて、意外なことを言った。
「九条さんは死のうと思ったとことある?」
「うーん。死にたい、くらいのことはあったけど。ホントに死のうかと思ったことはないと思う」
「あのね。本気で死のうと思ったら、逆に死ねなくなるよ」
「どうして?」
「死ぬのって簡単なことだって分かるから」
「?」
「生きることの方が難しいと思う」
「じゃあ、生きるって何?」
「生きることは闘うことだと思う」
九条はカメラを止め、ハルに向かって「カット。ありがとう」と告げた。鴨志田は満足そうな笑みとともに、いつの間に作ったのか九条に焼酎のグラスを渡しながら「お疲れさん」と言った。グラスを合わせる二人の後ろで、ハルの声がする。
「鴨さん、もう遅いから私帰るね」
九条は焼酎のグラスを床に置いてハルに言った。
「表に停めてある赤い自転車、もしかしてハルの?」
「うん」
「最後に、それ乗って帰っていくハルを撮ってもいいかな?」
ハルが頷くのを確認し、九条は三脚からカメラを外して表に出た。
カメラのRECボタンを押し、キッチンの窓の隙間から顔を覗かせ合図待ちをしている鴨志田にOKサインを送った。
ドアを開けハルが出て来る。彼女を追ってカメラがパン(カメラを横に振ること)すると赤い自転車があり、そのスタンドを厚底で弾き飛ばしたハルがサドルにまたがる。カメラはそのまま走り去るハルの後ろ姿を捉える‥はずが、ハルは走り出さず振り向いた。
「で、九条さん。ミチルにはどんなアドバイスをしたの?」
「えっ?」
「だってミチルは、何か九条さんを頼った理由があるんでしょ?」
「‥」
「ミチルには何て答えたの?」
-こいつ、相変わらず鋭いな-
ミチルが聞きたかったこと。その答えはインタビューを終え、カメラを止めた後に話していた。ハルはそこに気づき、九条がどんな答えをミチルに告げたのかを聞いてきている。
「ミチルはね。何か自分にしか出来ないことを探し始めていて‥」
「さっきのインタビューはそこまでだよね?」
「うん。ここから先はカメラを止めた後の話なんだけど、結局ミチルは家を出て、その答えを探したんだけど見つからなかった」
「うん」
「で、僕にこう聞いてきた。私にも何か出来ることがあるのか?」
「何て答えたの?」
「正直、なんて言っていいのか分からなかった。でも、ミチルが好きになったハルがそうしたように、自分を表現することを始めたらどうか?と言った。別に音楽でなくてもいい。小説でも絵でもいい。素直な自分の心を形にすることは、何かのきっかけになるかもしれないよ、って言った」
九条が一気にそう話すと、ハルはちょっと考え、そしてびっくりするほど柔和な表情で言った。
「それ、すごくいいアドバイスになったと思うよ」
「えっ?」
九条が反応に戸惑った瞬間「お疲れ、九条ちゃん」という言葉と共にハルは身を翻し自転車を漕ぎ始めた。その後ろ姿を慌てて九条のカメラが追いかける。厚底が跳ね、華奢な身体が弾ずむ。
-九条ちゃんじゃねーよ-
舌打ちをしながらも九条の口元は緩む。
この時、ミチルの思いもよらぬ運命を九条はもちろん、ハルも鴨志田も想像すらしていなかった‥
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