九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-8 手紙

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9月某日。九条は、渋谷の大手レコード店の片隅に即席で作られたスペースに三脚を立て、カメラをセッティングしていた。今日この店でハルのインストアライブが行われる。インストアライブとは、新譜の発売などに合わせアーティストが来店し店内で曲を歌ったり、ちょっとしたトークを行うイベントだ。配信がメインになりつつある昨今、このような催しもめっきり少なくなった。
来週ハルは新曲をリリースする。

鴨志田はデビュー2曲目となるハルの新曲で賭けに出た。デビュー曲がインディーズチャートのベスト10内に入り、ハルのファン以外にもマニアックな音楽通や、ネットの一部がザワつき始めていた。新曲がベスト3に入れば、メジャーシーンが見えてくる。

「年末にはアルバム出そうと思うんだ」

鴨志田の鼻息は荒い。そう言えば開演にはまだ早いが、イベントスペースにはお馴染みのファン以外に、見知らぬ少女たちが結構集まってきていた。ハルのルックスに魅かれたのか、中高生らしき男子の姿もちらほら見受けられる。
九条の携帯にメールの着信があった。見ると「あと5分で到着」の一文。鴨志田からの合図だ。九条はカメラを手に店の裏口へと急いだ。搬入口の前で目をこらすと、交差点を曲がりまっすぐこちらに向かって来るタクシーが見えた。

-あれだな-

九条はカメラのRECボタンを押し、ファインダーの中にタクシーをとらえた。タクシーは搬入口の前で停車し、そしてハルがおりてきた。九条は近づき「今日は何かあるの?」と白々しい問いかけをした。もちろん、番組に使うための言葉だ。ハルも心得ている。

「新しい曲を出すから、それをここのお店で歌う」
「何ていう曲?」
「トナリの私」
「どんな歌なの?」
「うーん、一言では難しいなぁ」

そこにタクシーの領収書を財布に押し込みながら、鴨志田が割って入って来た。

「取り敢えず会場に入っちゃっていい?遅れてるんだよね」

九条は「了解です」と答え、そのまま鴨志田とハルの後ろ姿をカメラで追いかけた。階段を駆け上がる途中で頭上から声がした。

「ハルちゃん、こっちこっち!」

見ると、金髪でショートカットの女の子が大きく手招きしている。

「おー、アスカ。遅れてごめんな」

鴨志田はそう言うと振り向き、九条に向かって「今日はアスカにヘルプを頼んでるんだ」と状況を手短に伝えた。

アスカ‥ハルの追っかけで、取材の際たまに見かける少女だ。話したことはないが元気でみんなをよく笑わせるムードメイカー的な存在、というイメージがある。不登校や引きこもりの子が多いハルのファンの中では異色で‥と言うか一般的にはごく普通の子なので、九条の取材ターゲットからは外れていた。
鴨志田とハルを三階にある控え室へと案内したアスカは、カメラを抱えた九条に向かって「お疲れ様でーす」と屈託のない笑顔を向けた。高校のクラスにいたら男子の人気を独占しそうな可愛い少女だ。

控え室にはレコード店の担当者がいて、ハルを見え見えの愛想笑いで出迎えた。渋谷という立地条件、大手チェーン店‥となれば所謂大物アーティストもたくさん訪れる。ハルのようなデビュー間もない無名の歌手なんぞ、店側からすればお仕事以外の何物でも無い。特にインディーズのアーティストは9割以上がすぐに消えていく。スタッフの対応もおざなり感が拭えない。が、店は何も悪くない。それはアーティストにとって乗り越えねばならない試練なのだ。
ハルはすぐに今日の段取りと打ち合わせを始めた。九条はその様子を、控え室の入り口から少し遠目にカメラで狙っている。この手のシーンは客観的に撮った方が良い。
と、その時。九条の耳元で押し殺した声がした。

「九条さん、後で読んでください」
「えっ?」

同時に小さな手が九条の上着のポケットに素早く何かを滑り込ませた。振り向くと、ニコニコと笑顔のアスカがいる。

「九条さんのメアド知らないから、手紙にしたよん」

そう言うとアスカはイベントスペースに向かって走って行った。その背中を見送りながらポケットを探ると一通の封書が出て来た。表には『九条様』という丸っこい文字、裏にはアスカの名前と赤いハートのスタンプが押されていた。
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