九条Dの完パケ -傷だらけの天使たち-

麻美拓海

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act-9 インストアライブ

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イベントスペースにハルが姿を見せると、会場前方を陣取った少女たちから歓声が上がった。いつもライブや交流会に来るファンの子達だ。彼女たちの後方でじっと事の成り行きを見つめる女の子は、おそらくネットなどで初めてハルを知った子たちだろう。そしてそのさらに後方、所在無さげに男子が遠巻きに様子をうかがっている。

「あっ!」

後方で三脚を高く立て、会場の様子をカメラで映していた九条は思わず声をあげた。その男子たちの中に、ひとりの少女を見つけたからだ。

ミチル!

九条はファインダーから目を外した。ミチルは制服を着て手には通学用のカバンを持っている。

-学校、行き始めたのか‥-

ミチルの後ろ姿を感慨深く見ているとハルの声がした。九条はあわててカメラをステージに向ける。

「どうも。ハルです」

短い一言を合図にハルのデビュー曲『見えない翼』のイントロが流れる。九条はズームでハルのアップにはいかず、集まった客を入れ込んだロングカットをメインに撮影する。今日のポイントはイベントだ。心象的なカットよりも、何が起きているのかが分かる客観的な‥いわゆる記録映像の方が後の編集で使いやすい。なので、撮影をしている九条にもさほど緊張感はない。第一、演奏自体バンドではなくカラオケだ。だが、歌っているハルからミチルの後ろ姿へは渾身のパンで決めた。

一曲目を歌い終えると、先ほど控え室で打ち合わせをしていた店の担当者がマイクを手に現れた。

「今注目の歌手ハルちゃんがお店にきてくれました。ハルちゃん、今日はよろしくお願いします」

ここで段取り通り、ちょっとしたトークコーナーとなる。ステージの背後から折りたたみ椅子を持って現れたのは鴨志田と‥アスカだ。九条は上着のポケットに入れた手紙を思い出した。読む時間はなくまだ開封もしていない。

「では、これからハルちゃんにいろいろお話を聞いていきたいと思います」

九条は、ハルに質問を投げかける司会者とそれに答えるハルを基本2人のツーショット、時たまズームバックして会場全体を映しながら半ば機会的にカメラを回し続けた。今日のイベントの構成は、最初にハルがデビュー曲を歌いそのあとはトーク、そして最後に新曲の『トナリの私』を歌うという流れになっていた。
少し気を抜いていたせいか、いつの間にか隣にアスカがいることに気づかなかった。九条と目が合うと、アスカはサッと小さな紙切れを見せた。丸っこい文字が目に入る。

『何か手伝うことあれば言ってください 』

九条を見てアスカはニコニコ笑ってる。

-できたADか!-

「俺は大丈夫だから、鴨さんの方よろしく」

九条が小声で言うと、アスカは “いいねマーク” のように親指を立てて見せると、小走りで会場から出て行った。
ハルのファンには珍しいタイプだ。なんて言うか‥普通だ。十代の女の子ってこんな感じだろう。普通に会話して普通に笑って‥普通に元気で。

「これからもハルちゃんをヨロシクです。では最後に来週リリースの新曲!」

担当者の言葉が終わると同時にイントロが流れた。そして「今日はありがとう。“トナリの私“ 聞いてね」ハルが歌い出す。

君がほろりと泣いたこと
誰にも言わずにおきましょう
君の言葉は嘘だから
誰にも告げずに去りましょう
前を向いても分からない
後ろを見ても気づけない
でもね いるんだトナリの私

                  ハル2ndシングル「トナリの私」より

最後は即席のサイン会があった。九条はカメラをハンディに持ち変えると、ハルの元に走った。狙いはミチルだ!
失踪、そして自宅でのインタビュー‥ここでミチルとハルのカットがあれば、番組としてのストーリーは完結する。
サイン会の列後方に並んだミチルは、ハルの親衛隊のような子たちに声をかけられ照れ臭そうに相槌をうっている。九条はファインダーにその姿をとらえ、そのまま彼女を追った。

-ミチル‥-

九条の脳裏に、キャリーバックを引きずるミチルと満面の笑みの母親が浮かぶ。

ニキビ面の男子高校生が「応援してます」の言葉とともに去ると、ハルの前にミチルが立った。九条は対面する二人を画面におさめる。声をかけたのはハルだった。

「元気だった?」
「‥うん」

ハルは新曲のジャケットにサインペンで何か書くと、手を差し出して言った。

「とにかく、またミチルに会えて嬉しいよ」

ミチルはハルの手を両手で受け止め、何度も頷きながら言った。

「それ、私が言おうと思ってた言葉」

よし!そのやり取りをファインダーの中で見ながら、九条は心の中で呟いた。そして、店の出口に向かうミチルを追った。カメラを回しながら声をかける。

「ミチル!」

ファインダーの中でミチルが振り向く。

「学校、行ってるんだ?」
「はい」
「そっかー。なんか俺も嬉しいよ」
「うん」
「さっき、ハルが何か書いたよね?それ、撮らせてもらえるかな?」

ミチルは頷くと、カバンに入れたハルの新譜を取り出した。そこには手書きで [負けるな、ミチル!] と書かれている。九条はその言葉をカメラにおさめると、ハルと同じ言葉をミチルに向かって言った。

「負けるな、ミチル!」

ミチルは一瞬はにかんだ笑顔を見せると、ぺこりとお辞儀をして店の出口に向かった。その後ろ姿を見ていると「ちょっとぉー、九条さん」と声がした。

「もしかしてミチルのこと好きなの?」

振り向くと、頬を膨らませたアスカがいた。
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