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act-10 アスカ
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インストアライブが終わり客のいなくなった会場で、九条はカメラと三脚を片付けていた。心の片隅に先ほどのアスカの言葉が引っかかっている。
-もしかしてミチルのこと好きなの?-
九条は嫌な予感がして、ポケットからアスカの手紙を取り出し封を切った。
『九条さん、大好き。付き合ってください』
予感的中‥いや、想像以上に直球な文面だ。面倒なことになった。
九条は手紙を丸めてポケットにしまうと、カメラと三脚バックを肩に担ぎハルの控え室に向かった。
「お。九条ちゃん、紹介するよ」
控え室では、サングラスをした業界丸出しの髭男がハルと話していた。鴨志田が九条の肩を引き寄せる。
「俺の友達でディレクターの九条ちゃん。今、ハルのドキュメンタリー撮ってくれてるんだ」
髭男は笑顔で「増渕です」と言いながら、大手代理店の名が刻まれた名刺を差し出した。金の匂いのするところには必ずこんな輩がいる。ただ、こういう奴らがハルをメジャーにのし上げてくれる。鴨志田にとっては大事な存在だ。
九条は丁寧に名刺を受け取ると「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「俺とハルはこの後、増渕さんと飯に行くんだ。後片付け終わったら悪いけどアスカと一緒に帰ってもらえる?」
「なんで俺がアスカと‥」
「はーい。九条さん、一緒に帰ろうね」
九条の言葉を遮り、控え室の端っこでハルの衣装を畳んでいたアスカが振り向く。さっきのふくれっ面が嘘のような笑顔に九条は少し怯んだ。
***********************************
渋谷駅に向かって九条とアスカは並んで歩いていた。アスカはニコニコしながら、今にも腕を組んできそうな勢いで九条に身体を密着させている。中年オヤジと金髪の若い少女‥この2ショット、場所が場所なだけにいかがわしい関係に見られてもおかしくない。
無言の九条に向かってアスカが「手紙、読んでくれました?」と聞いてきた。九条は立ち止まり、そして言った。
「こういうことは、はっきりさせておいた方がいいから言うけど、付き合うことはできないよ」
アスカも立ち止まる。笑顔が急速に冷えた。
「付き合えない理由を聞かせて」
「あのね、アスカちゃん。俺はもう35歳だよ。君とは一回り以上離れてるんだ。無理でしょ?」
九条の言葉を聞くとアスカは拍子抜けしたかのように「なんだぁ、そんなこと?」と言い、弾ける笑顔で「私は全然気にしないから安心して」と続けた。
「いや、そういうことじゃなくて」
「付き合ってる人いるんですか?」
「いないけど、そういうことじゃなくて」
「なーんだ。じゃ、いいじゃん」
「あのね」
「私が嫌いですか?」
「‥」
「嫌いですか?」
「いや、だから」
「じゃあ、いいじゃないですか。いつか好きになってください」
ニコニコと笑うアスカにそれ以上の言葉が見つからず、九条は通りがかったタクシーを拾った。鴨志田との約束だけ完了させ、一刻も早くひとりになりたかった。
「取り敢えず送っていくから」
九条はアスカを後部座席に押し込め、住んでる町を聞き出すと運転手に告げた。
「別に帰らなくてもいいし。ね、どっか泊まる?」
「バカなこと言うな」
アスカは九条の反応を楽しんでいるようにも見える。
「九条さんて、なんかいいんですよね」
「‥」
「いい歳なのに、大人になってない感じって言うか」
「あのね、アスカちゃん」
「アスカでいいですよ」
「いや、だから」
「アスカって呼んでください」
「‥‥」
「黙っちゃって、カワイイなぁ」
「オマエさぁ」
「九条さんて雅人って言うんでしょ。まー君て呼んでいい?」
「‥」
「まー君!」
「‥」
「まー君ってばぁ」
「大人をからかうな」
「はーい」
ふざけるな、と思いながらも不思議と嫌な思いはなかった。こんな小娘に主導権を握られつつも、その無垢さに頰が緩む。
送って行ったアスカの家は、西武新宿線の沿線にある小さな駅の近くだった。「ホントに帰らなくちゃダメ?」とアスカは言いながらも、最後は素直にタクシーを降り九条に向かって「またねー」と手を振った。
その夜、自宅で今日撮影した素材を九条がチェックしていると携帯が鳴った。表示画面には鴨志田の文字。時刻は12時を回っている‥
「お疲れ様」
「どうしました?」
「ごめんねー、夜遅く」
鴨志田の声の裏側で街のノイズがかすかに聞こえる。
「今、飯食べた帰りでさ。隣にハルもいるんだけど。増渕さん、ハルの曲を来年始まる新番組のテーマ曲に起用してくれるってさ」
「それはすごい!良かったですね」
「おう。これはデカイよ」
テレビ番組のテーマ曲。その効果は絶大だ。胡散臭いと思ったが増渕という男、結構やり手かもしれない。
ひとしきりその話をした後に、鴨志田が唐突に言った。
「そう言えば、アスカは大丈夫だった?」
下手に隠し立てして後で面倒なことになるのはごめんだ。九条はアスカから手紙をもらったこと、そして帰りのあれこれを手短に話した。
「それ、マジ?」
鴨志田は「ちょっと待って」と九条に言うと、隣にいるらしきハルと何やら話している。次の瞬間、予想外に二人の笑い声が弾けそしてハルの声がした。
「鴨さんから聞いたよ。アスカに告られたんだって?」
九条が何か言いかけるよりも先に「お似合いだと思うよ」という言葉が聞こえ、ハルと鴨志田が吹き出して笑う声が響いた。そのやり取りに九条がムッとしていると鴨志田の声がした。
「いやー、ごめんごめん」
「何ですか、鴨さん。その笑いは?」
「九条ちゃん、落ち着いて聞いてね」
何だか妙な鴨志田の言い回しに九条は身構える。
「アスカはね」
「‥」
「女の子じゃないんだ」
「‥えっ?」
「アスカは男なんだよ」
それは予想外の言葉で、すぐに理解できなかった‥
-もしかしてミチルのこと好きなの?-
九条は嫌な予感がして、ポケットからアスカの手紙を取り出し封を切った。
『九条さん、大好き。付き合ってください』
予感的中‥いや、想像以上に直球な文面だ。面倒なことになった。
九条は手紙を丸めてポケットにしまうと、カメラと三脚バックを肩に担ぎハルの控え室に向かった。
「お。九条ちゃん、紹介するよ」
控え室では、サングラスをした業界丸出しの髭男がハルと話していた。鴨志田が九条の肩を引き寄せる。
「俺の友達でディレクターの九条ちゃん。今、ハルのドキュメンタリー撮ってくれてるんだ」
髭男は笑顔で「増渕です」と言いながら、大手代理店の名が刻まれた名刺を差し出した。金の匂いのするところには必ずこんな輩がいる。ただ、こういう奴らがハルをメジャーにのし上げてくれる。鴨志田にとっては大事な存在だ。
九条は丁寧に名刺を受け取ると「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「俺とハルはこの後、増渕さんと飯に行くんだ。後片付け終わったら悪いけどアスカと一緒に帰ってもらえる?」
「なんで俺がアスカと‥」
「はーい。九条さん、一緒に帰ろうね」
九条の言葉を遮り、控え室の端っこでハルの衣装を畳んでいたアスカが振り向く。さっきのふくれっ面が嘘のような笑顔に九条は少し怯んだ。
***********************************
渋谷駅に向かって九条とアスカは並んで歩いていた。アスカはニコニコしながら、今にも腕を組んできそうな勢いで九条に身体を密着させている。中年オヤジと金髪の若い少女‥この2ショット、場所が場所なだけにいかがわしい関係に見られてもおかしくない。
無言の九条に向かってアスカが「手紙、読んでくれました?」と聞いてきた。九条は立ち止まり、そして言った。
「こういうことは、はっきりさせておいた方がいいから言うけど、付き合うことはできないよ」
アスカも立ち止まる。笑顔が急速に冷えた。
「付き合えない理由を聞かせて」
「あのね、アスカちゃん。俺はもう35歳だよ。君とは一回り以上離れてるんだ。無理でしょ?」
九条の言葉を聞くとアスカは拍子抜けしたかのように「なんだぁ、そんなこと?」と言い、弾ける笑顔で「私は全然気にしないから安心して」と続けた。
「いや、そういうことじゃなくて」
「付き合ってる人いるんですか?」
「いないけど、そういうことじゃなくて」
「なーんだ。じゃ、いいじゃん」
「あのね」
「私が嫌いですか?」
「‥」
「嫌いですか?」
「いや、だから」
「じゃあ、いいじゃないですか。いつか好きになってください」
ニコニコと笑うアスカにそれ以上の言葉が見つからず、九条は通りがかったタクシーを拾った。鴨志田との約束だけ完了させ、一刻も早くひとりになりたかった。
「取り敢えず送っていくから」
九条はアスカを後部座席に押し込め、住んでる町を聞き出すと運転手に告げた。
「別に帰らなくてもいいし。ね、どっか泊まる?」
「バカなこと言うな」
アスカは九条の反応を楽しんでいるようにも見える。
「九条さんて、なんかいいんですよね」
「‥」
「いい歳なのに、大人になってない感じって言うか」
「あのね、アスカちゃん」
「アスカでいいですよ」
「いや、だから」
「アスカって呼んでください」
「‥‥」
「黙っちゃって、カワイイなぁ」
「オマエさぁ」
「九条さんて雅人って言うんでしょ。まー君て呼んでいい?」
「‥」
「まー君!」
「‥」
「まー君ってばぁ」
「大人をからかうな」
「はーい」
ふざけるな、と思いながらも不思議と嫌な思いはなかった。こんな小娘に主導権を握られつつも、その無垢さに頰が緩む。
送って行ったアスカの家は、西武新宿線の沿線にある小さな駅の近くだった。「ホントに帰らなくちゃダメ?」とアスカは言いながらも、最後は素直にタクシーを降り九条に向かって「またねー」と手を振った。
その夜、自宅で今日撮影した素材を九条がチェックしていると携帯が鳴った。表示画面には鴨志田の文字。時刻は12時を回っている‥
「お疲れ様」
「どうしました?」
「ごめんねー、夜遅く」
鴨志田の声の裏側で街のノイズがかすかに聞こえる。
「今、飯食べた帰りでさ。隣にハルもいるんだけど。増渕さん、ハルの曲を来年始まる新番組のテーマ曲に起用してくれるってさ」
「それはすごい!良かったですね」
「おう。これはデカイよ」
テレビ番組のテーマ曲。その効果は絶大だ。胡散臭いと思ったが増渕という男、結構やり手かもしれない。
ひとしきりその話をした後に、鴨志田が唐突に言った。
「そう言えば、アスカは大丈夫だった?」
下手に隠し立てして後で面倒なことになるのはごめんだ。九条はアスカから手紙をもらったこと、そして帰りのあれこれを手短に話した。
「それ、マジ?」
鴨志田は「ちょっと待って」と九条に言うと、隣にいるらしきハルと何やら話している。次の瞬間、予想外に二人の笑い声が弾けそしてハルの声がした。
「鴨さんから聞いたよ。アスカに告られたんだって?」
九条が何か言いかけるよりも先に「お似合いだと思うよ」という言葉が聞こえ、ハルと鴨志田が吹き出して笑う声が響いた。そのやり取りに九条がムッとしていると鴨志田の声がした。
「いやー、ごめんごめん」
「何ですか、鴨さん。その笑いは?」
「九条ちゃん、落ち着いて聞いてね」
何だか妙な鴨志田の言い回しに九条は身構える。
「アスカはね」
「‥」
「女の子じゃないんだ」
「‥えっ?」
「アスカは男なんだよ」
それは予想外の言葉で、すぐに理解できなかった‥
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