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act-12 だって男だもん
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-アスカと一緒にいる-
居酒屋のカウンターで鴨志田からのメールを読んだ瞬間、九条はピンと閃いた。
-待てよ。アスカが本当に男だったら、逆に面白いじゃないか-
少女だらけのハルのファンの中にいる女装したアスカ‥明るく、よくみんなを笑わせる彼女‥いや、彼がどんな理由でハルに惹かれたのか?ミチルと雰囲気が真逆なのもいい。ミチルが少々重かったので、番組の展開的にはアスカのような存在の方が構成としてのメリハリにもつながる。
取材対象として美味しい相手が目の前にいるのに、何故すぐそこに気づかなかったか‥あまりに近くなりすぎてディレクターの勘が鈍っていた。
居酒屋を出た九条が一旦自宅に戻ったのは、カメラを取りに行ったからだ。目黒に向かう電車の中、もうアスカをどう取材していくかの頭しかなかった。
***********************************
「さすが、九条ちゃん」
鴨志田はそう言って美味そうに電気ブランを飲み干すと、通りがかった店員に「このテーブル、全員もう一杯!」と告げた。
「ちょっと待ってよ、九条さん」
慌てるアスカを、カメラにレンズを付けながらチラリと見た九条は「まー君じゃないのか?」と言った。鴨志田が吹き出す。
「ちょ、ちょっと待って」
そう言いながらアスカが席を外す。鴨志田は九条に向かって「メイク直しに行ったんだ。分かってやりなよ、乙女心」と言った後「ん?乙女はおかしいか?」と低く笑った。
「でも鴨さん、グッジョブですよ」
「ん?なんで」
「この奥まった席ですよ。店に入ってきた時ここなら撮影できる、と思いましたね」
「あぁ、そういうこと。俺たちいいバディだな」
鴨志田の妙な例えを聞き流しながら、九条はハンディでカメラを構えた。
-さぁ来いアスカ-
手が小刻みに震える。胸も高鳴っていた。
年に何度もない‥でも、時たま感じるこの感覚。今、自分の手がけている映像が成功に繋がる匂いを放つこの瞬間。武者震いとしか例えようのないこの高揚感‥アスカの存在が、今回のドキュメンタリーにとって重要なピースの一つになることをディレクターの本能が教えていた。
「あっ、もう撮影してるんですか?」
想定通りのリアクションをしながらアスカは席に着いた。少しメイクが濃くなっている。
<アスカのインタビュー>
「まず、アスカがハルの音楽に出会う経緯を知りたい。いつ、どんな状況でハルの曲を耳にしたのかな?」
「表参道の路上で、ハルちゃんがギター弾いて歌ってるのを‥去年の暮れくらいかに見て、それが最初」
「ハルのどこに惹かれたの?曲?それとも詞?」
「んー‥」
ここでアスカは答えに詰まると、小声で九条に「これ、どこまで正直に答えるの?」と聞いてきた。「ヤバかったら後でカットする。できるだけ本音で」と九条は言った。
「正直どっちでもなくて‥最初はハルちゃんのルックスに惹かれたの。顔も綺麗だし、お洋風も可愛いし」
「アスカは顔や洋服が可愛い女の子が好きなの?」
「うん」
「どうしてかな?」
「ずっと憧れてたから」
「何に?」
「可愛い女の子」
「でも、アスカもすごく可愛いと思うけど」
ここからの沈黙は結構長かった。
九条はじっとアスカの返答を待つ。今の『ずっと憧れていた、可愛い女の子』の言葉で番組的にはある程度十分だ。仮にこの先アスカが本質に触れなくとも、ナレーションで『なぜなら、この少女は戸籍上男子だからだ』と引き取ってやればOKだからだ。が、アスカは続けた。
「私はどんなに頑張ってもダメなんだ」
「どうして?」
「だって、男だもん」
まさか、ここまでアスカがぶっちゃけるとは思わなかった。しかも、コメント的にはこれ以上ない短く要点を突いた言葉で。
だから、九条は敢えてここで撮影を中断した。
アスカはメチャクチャ正直で取材しやすい。ならば、同じシチュエーションというのはもったいない。
この九条の思惑には解説がいる。
つまり、ドキュメンタリー番組において取材シチュエーションは変化した方が良いということだ。同じ場所、同じ背景では視聴者は『同じ日に撮影したものを編集で刻んで流してるだけだな』と思うからだ。そこまで明確な実感が無くとも、視聴者というものは無意識に番組の熱量を感じとってしまう。長い期間密着し、取材を重ねた結果がこの映像です‥という制作側の熱意を感じさせるため、取材のシチュエーションは多いほど良い。だから敢えてここでカメラを止めた。それが九条の見極めだった。この感覚はディレクターが10人いたら10人全員違う。
「ありがとう。以上だよ」
「もういいの?九条ちゃん」と聞いてきた鴨志田には説明が面倒なので「はい」とだけ答えた。アスカはホッとしたのか椅子にもたれ込むと「コレ、きついよ。九条さん」と言った後、すぐ照れくさそうに「‥まー君」と言い直した。
居酒屋のカウンターで鴨志田からのメールを読んだ瞬間、九条はピンと閃いた。
-待てよ。アスカが本当に男だったら、逆に面白いじゃないか-
少女だらけのハルのファンの中にいる女装したアスカ‥明るく、よくみんなを笑わせる彼女‥いや、彼がどんな理由でハルに惹かれたのか?ミチルと雰囲気が真逆なのもいい。ミチルが少々重かったので、番組の展開的にはアスカのような存在の方が構成としてのメリハリにもつながる。
取材対象として美味しい相手が目の前にいるのに、何故すぐそこに気づかなかったか‥あまりに近くなりすぎてディレクターの勘が鈍っていた。
居酒屋を出た九条が一旦自宅に戻ったのは、カメラを取りに行ったからだ。目黒に向かう電車の中、もうアスカをどう取材していくかの頭しかなかった。
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「さすが、九条ちゃん」
鴨志田はそう言って美味そうに電気ブランを飲み干すと、通りがかった店員に「このテーブル、全員もう一杯!」と告げた。
「ちょっと待ってよ、九条さん」
慌てるアスカを、カメラにレンズを付けながらチラリと見た九条は「まー君じゃないのか?」と言った。鴨志田が吹き出す。
「ちょ、ちょっと待って」
そう言いながらアスカが席を外す。鴨志田は九条に向かって「メイク直しに行ったんだ。分かってやりなよ、乙女心」と言った後「ん?乙女はおかしいか?」と低く笑った。
「でも鴨さん、グッジョブですよ」
「ん?なんで」
「この奥まった席ですよ。店に入ってきた時ここなら撮影できる、と思いましたね」
「あぁ、そういうこと。俺たちいいバディだな」
鴨志田の妙な例えを聞き流しながら、九条はハンディでカメラを構えた。
-さぁ来いアスカ-
手が小刻みに震える。胸も高鳴っていた。
年に何度もない‥でも、時たま感じるこの感覚。今、自分の手がけている映像が成功に繋がる匂いを放つこの瞬間。武者震いとしか例えようのないこの高揚感‥アスカの存在が、今回のドキュメンタリーにとって重要なピースの一つになることをディレクターの本能が教えていた。
「あっ、もう撮影してるんですか?」
想定通りのリアクションをしながらアスカは席に着いた。少しメイクが濃くなっている。
<アスカのインタビュー>
「まず、アスカがハルの音楽に出会う経緯を知りたい。いつ、どんな状況でハルの曲を耳にしたのかな?」
「表参道の路上で、ハルちゃんがギター弾いて歌ってるのを‥去年の暮れくらいかに見て、それが最初」
「ハルのどこに惹かれたの?曲?それとも詞?」
「んー‥」
ここでアスカは答えに詰まると、小声で九条に「これ、どこまで正直に答えるの?」と聞いてきた。「ヤバかったら後でカットする。できるだけ本音で」と九条は言った。
「正直どっちでもなくて‥最初はハルちゃんのルックスに惹かれたの。顔も綺麗だし、お洋風も可愛いし」
「アスカは顔や洋服が可愛い女の子が好きなの?」
「うん」
「どうしてかな?」
「ずっと憧れてたから」
「何に?」
「可愛い女の子」
「でも、アスカもすごく可愛いと思うけど」
ここからの沈黙は結構長かった。
九条はじっとアスカの返答を待つ。今の『ずっと憧れていた、可愛い女の子』の言葉で番組的にはある程度十分だ。仮にこの先アスカが本質に触れなくとも、ナレーションで『なぜなら、この少女は戸籍上男子だからだ』と引き取ってやればOKだからだ。が、アスカは続けた。
「私はどんなに頑張ってもダメなんだ」
「どうして?」
「だって、男だもん」
まさか、ここまでアスカがぶっちゃけるとは思わなかった。しかも、コメント的にはこれ以上ない短く要点を突いた言葉で。
だから、九条は敢えてここで撮影を中断した。
アスカはメチャクチャ正直で取材しやすい。ならば、同じシチュエーションというのはもったいない。
この九条の思惑には解説がいる。
つまり、ドキュメンタリー番組において取材シチュエーションは変化した方が良いということだ。同じ場所、同じ背景では視聴者は『同じ日に撮影したものを編集で刻んで流してるだけだな』と思うからだ。そこまで明確な実感が無くとも、視聴者というものは無意識に番組の熱量を感じとってしまう。長い期間密着し、取材を重ねた結果がこの映像です‥という制作側の熱意を感じさせるため、取材のシチュエーションは多いほど良い。だから敢えてここでカメラを止めた。それが九条の見極めだった。この感覚はディレクターが10人いたら10人全員違う。
「ありがとう。以上だよ」
「もういいの?九条ちゃん」と聞いてきた鴨志田には説明が面倒なので「はい」とだけ答えた。アスカはホッとしたのか椅子にもたれ込むと「コレ、きついよ。九条さん」と言った後、すぐ照れくさそうに「‥まー君」と言い直した。
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