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act-13 アーティストとプロデューサー
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16時。約束の時間ちょうどに鴨志田の事務所を訪ねると‥案の定、鍵が閉まっていた。九条は舌打ちをすると、カメラの入ったバッグと担いでいた三脚を肩から下ろして携帯を取り出した。
『ごめん、待っててちょ』と『向かってまーす!』
二通のメール。前者が鴨志田で、後者はハルだ。
この二人、こういうところがそっくりだ。とにかく時間にルーズだった。典型的なA型気質の九条は、こんな時いつも損な役回りだと思う。たまにはわざと遅刻してやろうかと思うが性分的にそれが出来ない。鴨志田もハルもB型だ。
一応表参道から徒歩数分の立地にはあるが、鴨志田の事務所はかなり老朽化が進んだビルの二階にあった。「ちょっと古いけど、新しい物件は全部禁煙だからさ」‥それが鴨志田の言い訳だった。
さすがに廊下で煙草はマズイかな、と思っていると階段を駆け上がる大げさな足音がして、すまなそうな表情を作った鴨志田が現れた。エレベーターを使わないアピールだが、たかだか二階だ。
「ごめん、ごめん。今、開けるから」
鴨志田は鍵を取り出しドアを開け「どうぞ~」と言いながら九条の身体を部屋に押し込んだ。事務所は1ルームだが割と広く、鴨志田が奮発して揃えたアンティークなデスクや家具のせいか小洒落た感じすらする。古びた外観を除けば、なかなか居心地のいい空間だ。
「今日は俺、すごい楽しみでさ」
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、九条に手渡しながら「ハルはどんな曲持って来るのかな」と鴨志田は言った。今日はファーストアルバム用に作った曲を、ハルが鴨志田に聞かせる日だ。
「鴨さん、もう9月も終わるけど本当に年内にアルバム出す気ですか?」
「いやいや、意気込みはそうだったんだけど諸々準備と根回し、それにプロモーション期間も必要だから、さすがに年内は難しいかな。でも、年明け1月には出すつもりだよ」
それはいい‥九条は内心そう思った。
今から4ヶ月後にハルのアルバムが出る。こうして密着取材は続けているが想定でもゴールを決めないと、ズルズルといつまでも撮影を続けることになる。鴨志田は友人に近い存在だがこれはビジネスだ。シビアな話をすれば、取材が終わり編集し、テレビ局に納品して初めて九条にギャラが発生する。実際、この企画をプレゼンした製作会社のプロデューサー滝本からは「いつぐらいに放送できそう?」と何度かせっつかれている。
ちなみに、一般的なテレビ番組の制作過程は『撮影』→『オフライン』→『局試写』→『編集』→『MA』→『納品』→『OA(放送)』となっている。
『撮影』はそのままの意味。バラエティであれば、そのメイン部分は1日で終わるスタジオなどでの収録だが、今回のようなドキュメンタリーの場合は取材対象によってまちまちで振り幅が広い。極端に言えば一週間程度の撮影で済む場合もあれば、半年から一年かけてじっくり取材を重ねるものもある。
『オフライン』というのは、撮影した素材をディレクターが構成と番組の尺に合わせざっくり繋ぐ仮の編集のこと。それをテレビ局のプロデューサーに見せる、これが『局試写』。そこでOKが出ると、本格的な『編集』作業に入る。『MA』と言うのはナレーションとBGMを入れる最終作業で、これが終わるとテレビ局に『納品』そして『OA(放送)』となる。
九条の読みはこうだ。
ハルのファーストアルバムが来年の1月に出ると仮定する。となれば、レコーディングやプロモーションなど、構成の素材となるいろいろな動きがそこに集中する。それを出口にハル自身やファンの子達の取材を重ね、全てが結実するのが初めてのアルバム。うん、エンディングに相応しい。取材は1月までで、2月は編集期、そして3月に放送‥という大まかな道筋がたてられる。
もちろん、ドキュメンタリーなので先は読めない。想定通りにいかない場合もある。だが仮にでもゴールが見えると様々な状況が前に進み始める。
「ちょっと電話してきます」
九条は鴨志田にそう言うと、カメラを手にドアを開け廊下に出た。短縮を押し携帯を耳にあてる。相手は制作会社のプロデューサー滝本だ。
「おぅ、九条ちゃん。例のシンガーの件だね」
「出口が見えましたよ。来年、3月くらいの放送はどうです?」
「お。時期的にはいいかも。年度末の特番枠、今からなら間に合うと思うよ」
そんなやり取りをしているとエレベーターが開き、視界の片隅にハルが歩いてくる姿が映った。
「滝さん、ごめん」
九条は相手の返答も聞かず携帯を切り、素早くカメラを構えレンズをハルに向けRECボタンを押した。
いつもの厚底の靴に、今日は赤いミニスカート。パンキッシュなTシャツにGジャンを引っ掛け、キャップを深く被りハルはゆっくりと歩いて来る‥
ハルが九条に気づいたのは事務所の扉のすぐ前だった。九条を見たハルは一瞬驚いた表情をして「待たせてごめん」と小声で言うと、事務所の中に入って行った。
思った通りいつもよりも表情が硬い。作った曲を鴨志田に聞かせる‥それはある意味、アーティストからプロデューサーへのプレゼンと言える。ハルも緊張するはずだ。その一瞬の、素の表情を撮りたい‥その勝負は彼女が事務所の扉を開ける前だ、と九条は読んだ。鴨志田と対面する前、この廊下の直線‥そのわずかな距離に九条は賭けた。
「よし」
手応えを実感した九条は、自分も事務所の中に入りそっと扉を閉めた。
ハルはバッグからファイルを取り出し、そこからA4の紙を数枚鴨志田のデスクに並べ「完成したのは4曲。詞はこんな感じ」と言った。鴨志田は椅子に座って腕組みのまま頷いている。いつもの軽口どころか、九条には視線すら向けなかった。
「まず1曲目」
そう言うとハルは手にしたスマホを鴨志田のデスクに置いた。ギター1本で歌うミドルテンポの曲が流れ始めた。鴨志田は椅子に深く座り目を瞑って聴いている。ハルは窓際に行き、ガラス越しに見える表参道の景色を見つめていた。そうするより他に居場所がない‥そんな背中をしていた。九条は二人の姿と‥時たま、曲が流れるハルのスマホのアップを撮り続けた。
曲が終わるとハルは窓際で振り向き、鴨志田に「こんな感じ」と言った。鴨志田は目を瞑ったまま「うん」と一言。
「じゃ、次の曲」とハルが言い曲が流れ鴨志田は無言で聴き入る‥こんな調子で4曲。機械的な作業のように同じやり取りが繰り返され、アンティークな空間にハルの歌声が流れた。
4曲聴き終わると鴨志田は、デスクに並べられた歌詞を食い入るように目で追い、そして「1曲目のサビをもう一度」「2曲目を頭から」といった調子でハルにプレイバックを要求した。
2曲目は少しアップテンポなロック調の曲。3曲目はスローなボサノヴァ風の曲で、4曲目はちょっと歌謡曲っぽい感じだ。歌詞の書かれたA4の紙を丁寧にまとめ、ハルに視線を向け鴨志田は言った。
「どの曲が自信作?」
ハルが即答で「全部」と言うと、初めて鴨志田は表情を和らげ「だろうな」と満足げな笑みを浮かべた。
「基本、詞はこのままでいい。曲は俺の方でアレンジも含めて煮詰めてみる。形が見えたら連絡するよ」
ハルは「わかった」と事務的な感じで答えてはいるが、明らかに安堵の表情を浮かべている。
「九条ちゃん、悪いけどちょっとだけ外してもらえる?」
鴨志田の言葉に九条は頷きカメラを持ったまま黙って廊下に出た。おそらく今、鴨志田はハルに細かな要望や曲の方向性を伝えているのだろう。そこは察してくれ、と言うことだ。つまり『ドキュメンタリー番組としての必要素材は十分でしょ?この先はちょっと企業秘密だよ』と。
無論、全く異論はない。この番組は音楽ものではなく一般的なドキュメンタリーだ。これ以上の深い専門的な音楽シーンはいらない。あとは、今日の取材の締めとなるような鴨志田とハルのインタビューを撮るだけだ。
-まあ、怒られたら謝ればいいか-
九条は内ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
ミチルやアスカの話は側道だ。このドキュメンタリー、番組の縦軸となるハルという少女をどれだけ深掘りできるかが最重要課題だ。今、九条がカメラにおさめた鴨志田とハル、二人のやり取りは真剣勝負だった。ハルの音楽にかける思い、そしてそんなハルを見つけた鴨志田‥両者の気持ちが映像に映っている。たった1時間くらいだが今日の収穫は大きく、こんな時の煙草は格別にうまい。
ちょうど一服終えた時に扉を開けハルが出てきた。「一言いいかな?」と声をかけた九条にハルは頷く。
<ハルのインタビュー>
「今日は何があったの?」
「アルバムに入れる曲を作ったので、それを聴いてもらった」
「詞や曲はどうやって作るの?」
「思ったことや感じたことを毎日書き留めてるんだ。その断片をつなぎ合わせて詞を作っていく感じ」
「うん」
「曲は‥もうイメージかな。出来た詞を見ながらギターで」
「鴨志田さんの評価は?」
「んー。鴨さんの評価は大切だけど、関係ないから」
「どういうこと?」
「だって私たちの気持ちを、おじさんが本当に分かると思う?」
思わず九条はレンズから目を離し、ハルをマジマジと見た。ちょっと拗ねたような表情に真意を探る。
今の言葉、半分は本音だ。高校二年の時にいじめで学校を辞めることになった少女‥確かに、その心境を四十を越えたオヤジが共有することは難しい。が、ハルは賢い。そんなおじさんが音楽業界のプロフェッショナルとして『売れる』ということの嗅覚を持っていることを知っている。だから、あれだけ緊張したのだ。
九条はレンズから目を離したままカメラのスイッチをオフにし「そりゃ難しいね。俺にも分からないよ」と言った。カメラがまわっていないことを知るとハルはフーと息をつき、何だか妙に頼りない弱々しい笑顔を見せた。
九条のディレクターとしての牙が一瞬疼く。本当はここから勝負がしたい。強気の裏に隠された、実際は弱い少女の微かな本音と対峙したい‥が、今じゃない。それはまだ先でいい。今日はここまでだ。
「でしょう?お疲れ様―」
そう言ってくるりと背を向けたハルに、九条は言葉をかけた。
「よく分からないけど、俺は3曲目が好きだったよ」
ハルは驚いた表情で振り向くと「ありがとー」と言った後に「でもその曲、さっき鴨さんにダメ出しされた」と言って笑った。こんな時のハルの笑顔は恐ろしく魅力的だ。
ヒラヒラと手を振りながら赤いスカートが遠ざかって行った
事務所に戻ると、鴨志田が冷蔵庫から缶ビールを取り出しているところだった。
「お疲れ。取り敢えず乾杯だけして、その後ガッツリ飲みに行こう」
表情が今日の結果を表している。ハルの持ってきた曲に手応えを感じているのだろう。まあ、今夜はとことん付き合うか‥九条がそう覚悟した時にメールの着信音がした。
-助けて-
短いメールはアスカからだった。
『ごめん、待っててちょ』と『向かってまーす!』
二通のメール。前者が鴨志田で、後者はハルだ。
この二人、こういうところがそっくりだ。とにかく時間にルーズだった。典型的なA型気質の九条は、こんな時いつも損な役回りだと思う。たまにはわざと遅刻してやろうかと思うが性分的にそれが出来ない。鴨志田もハルもB型だ。
一応表参道から徒歩数分の立地にはあるが、鴨志田の事務所はかなり老朽化が進んだビルの二階にあった。「ちょっと古いけど、新しい物件は全部禁煙だからさ」‥それが鴨志田の言い訳だった。
さすがに廊下で煙草はマズイかな、と思っていると階段を駆け上がる大げさな足音がして、すまなそうな表情を作った鴨志田が現れた。エレベーターを使わないアピールだが、たかだか二階だ。
「ごめん、ごめん。今、開けるから」
鴨志田は鍵を取り出しドアを開け「どうぞ~」と言いながら九条の身体を部屋に押し込んだ。事務所は1ルームだが割と広く、鴨志田が奮発して揃えたアンティークなデスクや家具のせいか小洒落た感じすらする。古びた外観を除けば、なかなか居心地のいい空間だ。
「今日は俺、すごい楽しみでさ」
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、九条に手渡しながら「ハルはどんな曲持って来るのかな」と鴨志田は言った。今日はファーストアルバム用に作った曲を、ハルが鴨志田に聞かせる日だ。
「鴨さん、もう9月も終わるけど本当に年内にアルバム出す気ですか?」
「いやいや、意気込みはそうだったんだけど諸々準備と根回し、それにプロモーション期間も必要だから、さすがに年内は難しいかな。でも、年明け1月には出すつもりだよ」
それはいい‥九条は内心そう思った。
今から4ヶ月後にハルのアルバムが出る。こうして密着取材は続けているが想定でもゴールを決めないと、ズルズルといつまでも撮影を続けることになる。鴨志田は友人に近い存在だがこれはビジネスだ。シビアな話をすれば、取材が終わり編集し、テレビ局に納品して初めて九条にギャラが発生する。実際、この企画をプレゼンした製作会社のプロデューサー滝本からは「いつぐらいに放送できそう?」と何度かせっつかれている。
ちなみに、一般的なテレビ番組の制作過程は『撮影』→『オフライン』→『局試写』→『編集』→『MA』→『納品』→『OA(放送)』となっている。
『撮影』はそのままの意味。バラエティであれば、そのメイン部分は1日で終わるスタジオなどでの収録だが、今回のようなドキュメンタリーの場合は取材対象によってまちまちで振り幅が広い。極端に言えば一週間程度の撮影で済む場合もあれば、半年から一年かけてじっくり取材を重ねるものもある。
『オフライン』というのは、撮影した素材をディレクターが構成と番組の尺に合わせざっくり繋ぐ仮の編集のこと。それをテレビ局のプロデューサーに見せる、これが『局試写』。そこでOKが出ると、本格的な『編集』作業に入る。『MA』と言うのはナレーションとBGMを入れる最終作業で、これが終わるとテレビ局に『納品』そして『OA(放送)』となる。
九条の読みはこうだ。
ハルのファーストアルバムが来年の1月に出ると仮定する。となれば、レコーディングやプロモーションなど、構成の素材となるいろいろな動きがそこに集中する。それを出口にハル自身やファンの子達の取材を重ね、全てが結実するのが初めてのアルバム。うん、エンディングに相応しい。取材は1月までで、2月は編集期、そして3月に放送‥という大まかな道筋がたてられる。
もちろん、ドキュメンタリーなので先は読めない。想定通りにいかない場合もある。だが仮にでもゴールが見えると様々な状況が前に進み始める。
「ちょっと電話してきます」
九条は鴨志田にそう言うと、カメラを手にドアを開け廊下に出た。短縮を押し携帯を耳にあてる。相手は制作会社のプロデューサー滝本だ。
「おぅ、九条ちゃん。例のシンガーの件だね」
「出口が見えましたよ。来年、3月くらいの放送はどうです?」
「お。時期的にはいいかも。年度末の特番枠、今からなら間に合うと思うよ」
そんなやり取りをしているとエレベーターが開き、視界の片隅にハルが歩いてくる姿が映った。
「滝さん、ごめん」
九条は相手の返答も聞かず携帯を切り、素早くカメラを構えレンズをハルに向けRECボタンを押した。
いつもの厚底の靴に、今日は赤いミニスカート。パンキッシュなTシャツにGジャンを引っ掛け、キャップを深く被りハルはゆっくりと歩いて来る‥
ハルが九条に気づいたのは事務所の扉のすぐ前だった。九条を見たハルは一瞬驚いた表情をして「待たせてごめん」と小声で言うと、事務所の中に入って行った。
思った通りいつもよりも表情が硬い。作った曲を鴨志田に聞かせる‥それはある意味、アーティストからプロデューサーへのプレゼンと言える。ハルも緊張するはずだ。その一瞬の、素の表情を撮りたい‥その勝負は彼女が事務所の扉を開ける前だ、と九条は読んだ。鴨志田と対面する前、この廊下の直線‥そのわずかな距離に九条は賭けた。
「よし」
手応えを実感した九条は、自分も事務所の中に入りそっと扉を閉めた。
ハルはバッグからファイルを取り出し、そこからA4の紙を数枚鴨志田のデスクに並べ「完成したのは4曲。詞はこんな感じ」と言った。鴨志田は椅子に座って腕組みのまま頷いている。いつもの軽口どころか、九条には視線すら向けなかった。
「まず1曲目」
そう言うとハルは手にしたスマホを鴨志田のデスクに置いた。ギター1本で歌うミドルテンポの曲が流れ始めた。鴨志田は椅子に深く座り目を瞑って聴いている。ハルは窓際に行き、ガラス越しに見える表参道の景色を見つめていた。そうするより他に居場所がない‥そんな背中をしていた。九条は二人の姿と‥時たま、曲が流れるハルのスマホのアップを撮り続けた。
曲が終わるとハルは窓際で振り向き、鴨志田に「こんな感じ」と言った。鴨志田は目を瞑ったまま「うん」と一言。
「じゃ、次の曲」とハルが言い曲が流れ鴨志田は無言で聴き入る‥こんな調子で4曲。機械的な作業のように同じやり取りが繰り返され、アンティークな空間にハルの歌声が流れた。
4曲聴き終わると鴨志田は、デスクに並べられた歌詞を食い入るように目で追い、そして「1曲目のサビをもう一度」「2曲目を頭から」といった調子でハルにプレイバックを要求した。
2曲目は少しアップテンポなロック調の曲。3曲目はスローなボサノヴァ風の曲で、4曲目はちょっと歌謡曲っぽい感じだ。歌詞の書かれたA4の紙を丁寧にまとめ、ハルに視線を向け鴨志田は言った。
「どの曲が自信作?」
ハルが即答で「全部」と言うと、初めて鴨志田は表情を和らげ「だろうな」と満足げな笑みを浮かべた。
「基本、詞はこのままでいい。曲は俺の方でアレンジも含めて煮詰めてみる。形が見えたら連絡するよ」
ハルは「わかった」と事務的な感じで答えてはいるが、明らかに安堵の表情を浮かべている。
「九条ちゃん、悪いけどちょっとだけ外してもらえる?」
鴨志田の言葉に九条は頷きカメラを持ったまま黙って廊下に出た。おそらく今、鴨志田はハルに細かな要望や曲の方向性を伝えているのだろう。そこは察してくれ、と言うことだ。つまり『ドキュメンタリー番組としての必要素材は十分でしょ?この先はちょっと企業秘密だよ』と。
無論、全く異論はない。この番組は音楽ものではなく一般的なドキュメンタリーだ。これ以上の深い専門的な音楽シーンはいらない。あとは、今日の取材の締めとなるような鴨志田とハルのインタビューを撮るだけだ。
-まあ、怒られたら謝ればいいか-
九条は内ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
ミチルやアスカの話は側道だ。このドキュメンタリー、番組の縦軸となるハルという少女をどれだけ深掘りできるかが最重要課題だ。今、九条がカメラにおさめた鴨志田とハル、二人のやり取りは真剣勝負だった。ハルの音楽にかける思い、そしてそんなハルを見つけた鴨志田‥両者の気持ちが映像に映っている。たった1時間くらいだが今日の収穫は大きく、こんな時の煙草は格別にうまい。
ちょうど一服終えた時に扉を開けハルが出てきた。「一言いいかな?」と声をかけた九条にハルは頷く。
<ハルのインタビュー>
「今日は何があったの?」
「アルバムに入れる曲を作ったので、それを聴いてもらった」
「詞や曲はどうやって作るの?」
「思ったことや感じたことを毎日書き留めてるんだ。その断片をつなぎ合わせて詞を作っていく感じ」
「うん」
「曲は‥もうイメージかな。出来た詞を見ながらギターで」
「鴨志田さんの評価は?」
「んー。鴨さんの評価は大切だけど、関係ないから」
「どういうこと?」
「だって私たちの気持ちを、おじさんが本当に分かると思う?」
思わず九条はレンズから目を離し、ハルをマジマジと見た。ちょっと拗ねたような表情に真意を探る。
今の言葉、半分は本音だ。高校二年の時にいじめで学校を辞めることになった少女‥確かに、その心境を四十を越えたオヤジが共有することは難しい。が、ハルは賢い。そんなおじさんが音楽業界のプロフェッショナルとして『売れる』ということの嗅覚を持っていることを知っている。だから、あれだけ緊張したのだ。
九条はレンズから目を離したままカメラのスイッチをオフにし「そりゃ難しいね。俺にも分からないよ」と言った。カメラがまわっていないことを知るとハルはフーと息をつき、何だか妙に頼りない弱々しい笑顔を見せた。
九条のディレクターとしての牙が一瞬疼く。本当はここから勝負がしたい。強気の裏に隠された、実際は弱い少女の微かな本音と対峙したい‥が、今じゃない。それはまだ先でいい。今日はここまでだ。
「でしょう?お疲れ様―」
そう言ってくるりと背を向けたハルに、九条は言葉をかけた。
「よく分からないけど、俺は3曲目が好きだったよ」
ハルは驚いた表情で振り向くと「ありがとー」と言った後に「でもその曲、さっき鴨さんにダメ出しされた」と言って笑った。こんな時のハルの笑顔は恐ろしく魅力的だ。
ヒラヒラと手を振りながら赤いスカートが遠ざかって行った
事務所に戻ると、鴨志田が冷蔵庫から缶ビールを取り出しているところだった。
「お疲れ。取り敢えず乾杯だけして、その後ガッツリ飲みに行こう」
表情が今日の結果を表している。ハルの持ってきた曲に手応えを感じているのだろう。まあ、今夜はとことん付き合うか‥九条がそう覚悟した時にメールの着信音がした。
-助けて-
短いメールはアスカからだった。
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